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天球のカラビナ  作者: イツロウ
04-毒霧の遺跡-
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047 隻腕の狩人


 047


「や、久しぶり」

 急に聞こえた女性の声にクロトは慌てて目を覚ます。

 現在自分がいるのは街中にあるカフェテラス。パラソルの刺さった丸テーブルには空になったグラスが置かれていた。

 テーブルのすぐ横は大きな歩道が通っており、大勢の若者が行き来していた。

(……夢か)

 また自分は夢のなかにいるらしい。これまで何度か夢で自分の過去について知ることができたが、今回はどうだろうか。

 そんな考えを無視して夢の中の自分は声をかけてきた女性に応じる。

「久しぶり。15分遅刻だよ」

「ごめんごめん。ちょっと支度に手間取っちゃった」

「支度って……何の支度だい」

「服、色々選んでたら出るのが遅くなっちゃったのよ」

 クロトの目の前に立っていたのはカチューシャを頭につけた女性だった。

 確かこの女性と自分は恋人関係にあったはずだ。デートの待ち合わせか何かだろう。

「……とにかく座りなよ」

「ちょっとまって」

 カチューシャの女はすぐに席に座らず、服を自慢するようにその場でくるりと回ってみせる。

「どう? 今日は気合入れてきたのよ」

 季節は夏。

 カチューシャの彼女は大きな花柄がプリントされた肘丈のシャツに青のミニスカート、そして茶色のブーツサンダルを履いていた。

 可愛らしいコーディネートだ。

 夢のなかの自分もそれを認めたようで、素直に頷いていた。

「……たしかに可愛い服だね」

 カチューシャの彼女は「良かった~」といいながら席につき、溜息をついた。

「ファッション雑誌に書いてることに間違いはないわね。褒めてくれてありがと」

「そこまで気合を入れなくてもいいのに……」

「気合も入るわよ。なにせ、半年ぶりのデートだものね」

 カチューシャの彼女はテーブルに両肘をつき、こちらを見て微笑んだ。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 カチューシャの彼女の来店に反応してか、店員がやってきた。

 二人は飲み物を注文し、雑談に戻る。

「そっちの様子はどう?」

「可もなく不可もなくって感じかな。士官学校、かなりきついところだと思っていたけれど、そこまでひどい場所じゃないよ」

「あんたが士官学校にどんなイメージを持っていたか聞きたいところね……」

「とにかくこっちは順調だよ。……そっちはどうなんだい?」

「私?」

 カチューシャの彼女はテーブルに手をついて腕を伸ばし、ニヤリと笑う

「私は超順調よ。前期の評価はオールA、向かうところ敵なしね。後期もオールAを狙うつもりよ」

「さすがだね」

「ガリ勉舐めてもらっちゃ困るわ。今日もカバンに参考書入れてきてるんだから」

「……お待たせしましたー」

 すぐにドリンクが運ばれてきて、店員によってテーブルの上に並べられる。

 店員が去るとカチューシャの彼女は早速ストローを口に咥え、オレンジ色の液体を一口、二口飲み込む。

 と、何かを思い出したように急に話題を変えた。

「……で、あいつのことは聞いた?」

「あいつって?」

「“あいつ”って言えば渡米したあのお調子者しかいないでしょ」

 渡米したお調子者……多分赤髪の男子のことだろう。前の夢では米国のPMCに雇われたとか何とか言っていたが……彼がどうかしたのだろうか。

 カチューシャの彼女は続けて話す。

「あいつ、本当にアメリカで彼女作ったらしいわよ」

「本当かい!?」

「ええ……。2日でフラれたみたいだけど。あっちでもああいう軽いノリの男は駄目みたいね。……フフ」

 カチューシャの彼女は笑いを堪えられないようで、口元を隠して肩を震わせていた。

 赤髪の男の話に続き、カチューシャの彼女はもう一人の仲間、長髪の女子についても語り出す。

「それはともかく、あの子も順調らしいわよ。この間来たメールにはいい研究室に入れたって書いてたわ」

「へえ、それはすごいね」

「ガリ勉はガリ勉でもあの子は天才な上にガリ勉だからね……私とは格が違うわよ」

 カチューシャの彼女は再びドリンクを口にし、今度はじっとこちらを見つめる。

 そして、おもむろにこちらの腕を両手で掴んできた。

「何か前より筋肉ついてきたんじゃない? さっきは可もなく不可もなくとか言ってたけど、やっぱり訓練厳しいんじゃないの?」

「もともと鍛えていたわけじゃないからね。ちょっとトレーニングするだけでも結構違うんだよ」

「ふーん、そんなものなのね」

 会話している間、カチューシャの彼女はこちらの二の腕をぐにぐにと触っていた。

 会話が途切れても彼女は触ることを止めず、むしろ強く握り始める。

 そして不満気に告げた。

「ねえ、私のことはもっと詳しく聞いてくれないわけ?」

「ああ、ごめん。えーと……研究テーマとかはもう決まってるのかい?」

 カチューシャの彼女は待っていましたと言わんばかりに告げる。

「フフ……実はもうとある研究室に所属させてもらってるのよ」

「もう!? まだ半年しか経ってないのにすごいね……」

「でしょー」

 彼女は自慢気に胸を張り、続けて前のめりになって、とあるニュースに関して話し始める。

「……ねえ、隕石のニュース見た?」

「隕石……ああ、ニュースサイトでも話題になってるアレのことかい?」

 隕石のニュース。

 それは直径にして1mほどの隕石が北海道の湿原に落下したというニュースである。

 殆どの隕石は大気圏で燃え尽きてしまったが、その一つだけが奇跡的に湿原に辿り着いたということで、ちょっとした話題になっている。

 ニュースのことを思い浮かべている間、カチューシャの彼女は自慢気に語る。

「そう。……あれ、私が所属してる研究室がリーダーになって研究をすすめてるのよ」

「へえ……」

 それだけでも十分驚きなのだが、更に衝撃的な事実が彼女の口から発せられた。

「ここだけの秘密なんだけど……実は中に冷凍状態の有機物が混じってるらしくて、史上初の宇宙生命体の発見に繋がるかもしれないって」

「……!!」

 驚きの連続に、夢の中の自分は言葉を失っていた。

 そんな反応が嬉しいのか、カチューシャの彼女の言葉は止まらない。

「実はもうその生命体の名前も決まってるんだ。チームの4名の研究者の頭文字を取って、D・E・E・D……」

 言葉の途中で視界が揺らぐ。同時に耳鳴りがし、何も聞こえなくなる。

 やがて視界も黒に塗りつぶされ、クロトは真黒な空間に放り出された。

 ……今回はどうやらここまでらしい。

 クロトは最後の言葉を頭のなかで反芻する。

(D・E・E・D……ディード……?)

 それが何を意味するのか、分からないクロトではなかった。

 “ディード”は今自分がいるこの世界では人間を襲う真黒な怪物のことを意味する。

 夢のなかの彼女の口から出た“DEED”がそれとは全く無関係とは思えなかった。

 彼女の研究チームが研究していたDEEDが何らかの原因で変質し、人間を襲う化物と化してしまった……。

 強引な理論だが、もしそれが事実だと仮定すると、この世界は日本という国があった時代よりも未来の時代ということになるのではなかろうか。

 ディードに文明を駆逐され、人の生活レベルが中世にまで戻ってしまったと考えると色々と合点がいく。

 しかし、ディードも所詮はただの獣だ。銃器や戦闘機などの武力を保有するあの世界がディード如きに滅ぼさえるとは到底思えない。

(……考えるだけ無駄か……)

 今の情報だけでは答えは出そうにない。

 クロトは考えるのを止め、目を開く。

 すると、目の前に可愛らしい少女の顔があった。

「クロト様、大丈夫ですか?」

 寝ているクロトを覗き込んでいたのは紺のショートカットに真黒な目に青紫の瞳、それに眼鏡が特徴の褐色美少女、ティラミスだった。

 ティラミスの手には水で濡らさえたハンカチが握られており、ティラミスはそれをクロトの額の上に優しく載せた。

 クロトはそのハンカチを手のひらで抑えつつ、ティラミスに質問する。

「ティラミス……今回は僕は何日寝ていた?」

「3日です。何事も無く、静かに眠っていらっしゃいました」

「そうか……」

 クロトは気を失う前の最後の記憶を思い出す。

 確か自分はダンシオを助けるべく一人で遺跡内に突入し、そこでトキソと呼ばれるヒトガタと遭遇した。

 そのトキソから攻撃を受けつつも僕は彼女を攻撃し、カプセルが並ぶ奇妙な部屋に蹴りこんだ。カプセル内部には人間がいたが、彼女の毒のせいでボロボロに崩壊し、それを悲しむようにトキソは動かなくなった。

 その間に僕はダンシオに応急処置を施し……すぐにあの黒衣の男が現れた。

 黒衣の男はトキソを連れて遺跡から離脱。僕もダンシオを抱えて遺跡から脱出した。

 それからまもなく遺跡は大爆発を起こし、跡形もなく消え去ってしまった。

 命からがら遺跡から脱出した僕はダンシオを連れてラグサラムから離れ、エンベルの街に辿り着いた。

 ……それから先は覚えていない。

 リリサもジュナも行動不能だったことを考えると、多分ティラミスとモニカが屋敷まで運んできてくれたのだろう。

 渋い表情を浮かべながら記憶を呼び覚ましていると、ティラミスが心配そうに話しかけてきた。

「クロト様……どこか痛むのですか?」

「いや、どこも痛くないよ」

 クロトは笑顔でティラミスに応じ、身を起こす。

 そして、額からハンカチを剥がし、ティラミスに手渡した。

「看病ありがとう。僕はもう大丈夫だから」

 ティラミスはハンカチを受け取ると、ベッド脇の棚に置いて立ち上がる。

「食事、用意してきますね。すぐに持ってきますから待っててください」

「ああ、ありがとう」

 ティラミスはベッド脇を離れると、駆け足で室内から出て行ってしまった。

 クロトは改めて室内を見渡す。

 ここは初めて見る場所だ。装飾や経年劣化具合から見て屋敷の中には違いないだろうが……ここがダンシオが言っていた2階の病室だろうか。

 しばらく室内を観察していると、ティラミスと入れ替わるように子供達がベッドに近寄ってきた。

 数にして6人ほど。

 幼い彼らは不安げな表情でクロトに問いかける。

「クロト……大丈夫?」

「大丈夫。痛いところはないし、ご飯を食べればすぐに動けるようになるよ」

「そっか、よかった」

 6人の表情が一気に明るくなる。それを見てクロトも少し元気になる。

 子供の笑顔というものは素晴らしいものである。

 元気を貰ったクロトは6人に告げる。

「僕の心配よりダンシオさんの心配をした方がいいんじゃないかい?」

 クロトが発現した瞬間、6人の子供全員が笑い始めた。

 何かおかしなことを言っただろうか……。

 6人のうち一人がその理由を教えてくれた。

「あはは、クロト、ダンシオと同じ事言ってる」

「ダンシオさんと?」

「うん。“俺のことはいいから、クロトの見舞いにでも行ってやれ”って」

「その様子だとダンシオさんも大丈夫そうだね」

「うん、腕がなくなっちゃったけど、それ以外は全然平気そうだった」

「そうか……」

 結構重症を負っていたように見えたが、彼はベテランの上級狩人だ。腕以外は致命傷を避けていたに違いない。

 一応目も覚めたことだし、ダンシオの見舞いにでも行こう。

 そう決めたクロトはベッドから立ち上がる。

 2歩3歩と歩いてみる。少しふらつくが大丈夫そうだ。

「どこいくの?」

「ダンシオのところだ。一緒にいくか?」

「うん」

 子供たちは元気よく返事をすると先導するように先に部屋から出て行く。

 クロトはその後を追い、ダンシオのいる部屋へ向かうこととなった。 



 ダンシオが寝ていたのは隣の部屋だった。

 室内は少し暗かったが、窓から入ってくる日差しのおかげではっきりと視認することができた。

 ダンシオの怪我は左腕以外はほぼ完治しているようで、上半身を起こして壁にもたれかかり、右腕だけで器用に読書していた。

 クロトは部屋に入るなり、ダンシオに声をかける。

「ダンシオさん、元気そうで何より」

 ダンシオは声に反応して本を閉じ、クロトに目を向ける。

「お、ようやく目を覚ましたのかクロト」

「はい。3日も寝ていたみたいですね、僕」

 クロトはダンシオのベット脇まで移動し、木の丸椅子に腰を下ろす。

 ダンシオは右腕で左肩を撫でつつクロトに告げる。

「……気を失っていて覚えてないが、俺はお前に助けられたらしいな。感謝するぞ」

「いえ。それより左腕、すみませんでした」

「いいや、あの状況下で命が助かっただけでも奇跡だ。礼を言っても言い切れない」

 ダンシオは本心からそう思っているようで、クロトに向けて頭を下げる。

「そんな、やめてくださいよ。ダンシオさんが助かったのはダンシオさんが強かったからです。あのトキソ……いえ、ヒトガタと戦闘して無事でいられる狩人なんてそうそういませんよ」

「それでも助けてもらったのは事実だ。この借りは必ず返すからな」

「それはどうもです……」

 感謝されるのには慣れていない。

 クロトは空気に耐え切れず、話題を変える。

「ところで、カミラ教団からの依頼の件はどうなったんですか? 結局、あそこの主の血は手に入れられませんでしたし……」

「ああ、そのあたりは心配するな」

 ダンシオは快活に続ける。

「血は手に入らなかったが、毒霧の元を絶った功績が認められて教団から報奨金が出る。それもかなりの額だ。薬も約束通り大量に手配してもらえる。……随分時間がかかったが、全員健康な体に戻してやれそうだ」

「それはよかったですね」

 教団には堅苦しいイメージがあったが、案外気の利く団体のようだ。

「済まないな。本来なら山分けするところだが……」

 報奨金についてダンシオは告げるも、クロトは即座に応じる。

「いいんです。僕たちはダンシオさんがカラビナへの旅に同行してくれるだけで……あ」

 クロトは言葉を発しながら重大な事実に気付いてしまう。

 それは、左腕を失ったダンシオがこれまで通りの戦力を発揮できないという事実だった。

「今頃気づいたか……。すまないが、先日の戦闘でこの有様だ。同行できないことはないが、足手まといになるだけだろう」

「……」

 片腕だけでもダンシオの戦闘能力は並の狩人よりは上だ。しかし、それでは駄目なのだ。

 カラビナを目指す以上はそれ相応の戦闘能力が求められる。

 いまのダンシオがその基準に達していないのは明らかだった。

 この件、リリサはどう考えているのだろうか……

 そんなことを考えていると、ダンシオは予想外の言葉を口にした。

「……代わりと言っちゃ何だが、ジュナを連れて行ってやってくれないか」

「ジュナを……?」

 面食らうクロトにダンシオは説明を続ける。

「あいつはまだまだ半人前だが素質はある。実戦経験を積んでいけば間違いなく俺よりも強い狩人になれるだろう」

 確かに、ジュナには素質がある。

 あの大鎌捌きは実に見事であり、美しくさえもある。

 作戦本番でも全く緊張することなく実力を発揮していたし、広範囲をカバーできる薙ぎ攻撃は戦術的にも魅力的た。

 メンバーに加えるのに異論はない。が、本人がそれを了承しているかどうかが問題だ。

「ジュナは納得してるんですか?」

「いいや、話した途端部屋を出て行っちまったよ」

「駄目じゃないですか……」

 ガクリと肩を落とすクロトに、ダンシオは告げる。

「だがNOと言ったわけじゃない。……お前さん達は俺達に協力してくれて、おまけに命まで助けてくれた。話せば分かってくれるだろうさ」

 ジュナは兄と同じく仁義は通すタイプの狩人だ。

 兄がカラビナへの旅に同行できないとなれば、代わりに同行してくれる可能性は高い。

 クロトは話もそこそこに椅子から立ち上がる。

「……ジュナと話をしてきます」

「そうしてくれ」

 クロトは話をつけるべく、ジュナの姿を探すことにした。

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