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天球のカラビナ  作者: イツロウ
04-毒霧の遺跡-
46/107

045 毒霧の遺跡


 045


 翌朝

 準備万端で屋敷を出たメンバーはラグサラムの入り口に立っていた。

 全員、顔面にガスマスクを装着しており、

 リリサは螺旋の長槍を肩に担ぎ

 クロトは黒刀を腰に提げ

 ティラミスはハンマーを両手で抱え

 モニカはライフルを3点スリングで肩に掛け

 ダンシオは両腰に蜘蛛の糸が大量に入った金属製のホルスターを

 ジュナは黒の大鎌を腰の後ろに構えていた

 リリサは濃い紫の毒霧を前に呟く。

「ラグサラム……5日ぶりね」

 前回来た時は本当に見学程度だったが、今回は奥の奥、遺跡のある地点まで進行するつもりだ。

 何が起きるかわからない。が、全員が作戦の成功を祈っていた。

 ダンシオは全員に告げる。

「相変わらず霧が濃い。フィルター交換のタイミングに気をつけろよ」

「わかってるわよ」

 リリサの返事を聞きつつ、ダンシオは出発を前にして全員の前に立つ。

「さて諸君、これからラグサラム奥の遺跡に向かうわけだが……段取りは頭にきちんと入ってるな?」

「もちろん」

 ジュナが元気よく応じ、続いてクロトが喋り出す。

「僕とジュナとティラミスが遺跡前で退路確保。ダンシオさんとリリサとモニカが遺跡内を探索……危険を感じたら即撤退。でしたっけ」

「そのとおり」

 ダンシオはクロトを指差した後、そのまま指先を毒霧の奥へ向ける。

「今回は制限時間がある。なるべく戦闘を避けて遺跡へむかう。……かなりの速度で走ることになるが、絶対にはぐれるんじゃないぞ。特にモニカ」

「わかってます。こう見えて体力には自信があるんです」

 モニカはこの中で唯一非戦闘員だ。銃という強力な武器を持ってはいるが、見通しの悪いラグサラムでは殆ど使いものにならない。

 格闘の心得があるとも思えないし、特に気をつけておくことにしよう。

 クロトのそんな心配を他所に、話はどんどん進んでいく。

「それじゃあ進行開始だ。気合入れていけよ」

「おー」

 全員が掛け声を上げ、ダンシオにつづいて走り始める。

 ラグサラムの遺跡まで30分。それまで敵と遭遇しないよう、祈るクロトだった。



「やっと着いた……」

 霧中を夢中で走り続けること30分

 クロト達は遺跡の手前50mの位置に到達していた。

 結局途中で何回かディードと遭遇したが、全て先頭を走っていたダンシオが切り捨ててしまった。敵は一瞬でバラバラになり、一度も止まることなく走り続けることができた。

 やはりダンシオは強い。是非とも仲間に迎え入れたい。

 そのためにもこの作戦、成功させねばならない。

 そんな決意でもって、クロトは改めて遺跡を視界に捉える。

「ここが遺跡か……」

 遺跡……というよりは何かの施設のようだった。

 高さはあるものの、外から見る限りでは1階建て。壁面は灰色でコンクリートのようにも見える。建物自体はかなり巨大で、霧のせいで左右の端は見えない。奥行きは不明だが、幅は軽く100mは越えているだろう。

 正面には大きなガラス製の扉があり、奥は暗く、ここからでは何も把握できなかった。

 ダンシオは遺跡を見、呟く。

「じっくりと観察したことはなかったが……見る限りここが毒霧の発生源らしいな」

「どうしてです?」

 ティラミスの純粋な質問にモニカが代わりに答える。

「あそこを見てください。窓から色の濃い煙が噴出しています。内部はここ以上に毒霧の濃度が高いと考えていいでしょうね」

 確かにモニカが指差した先、換気口らしき場所からは濃度が段違いに濃い毒霧が勢いよく噴出していた。

 これは新事実だったようで、ダンシオは作戦の変更を余儀なくされる。

「予定外だな……中に居られるのは1時間……いや、それ以下になるかもしれないな……」

 ダンシオの言葉にその場の空気が重くなる。

 全てが予定通り行くとは限らない、が、遺跡突入前に探索時間の半減を告げられれば動揺もするものだ。

 そんなこんなで遺跡の前で佇んでいると、遺跡から不穏な影が出現し始めた。

 それらは黒く、巨大であり、端的に言えばディードだった。

 どうやらこちらの存在に気づいたらしい。大型の昆虫型ディードがこちら目掛けてゆっくりと近づいてくる。

 敵の出現に、クロト達6名は気を引き締める。

「ともかくここからが本番だ。まずは門前の大型ディードを一掃するぞ」

「……私が先行します!!」

 いの一番に飛び出したのはティラミスだった。

 メンバーの中で一番愛らしい外見をしている彼女だが、一番肝が座っているのも彼女だ。

 ティラミスに続いて全員が駆け出す。

 先行するティラミスはハンマーを振りかぶり、更に加速する。

 遠くから見るとそうでもなかったが、近づくとディードがかなり大きいことに気がつく。

 それに、種類も様々だった。

 一番目立つのはムカデ型ディードだ。全長は15mはあるだろうか。大きさだけで言えばキマイラを越えている。

 他にもクモ型ディードの群れやダンゴムシ、そしてバッタの姿も確認できた。

 そんな群れの中にティラミスは単身で突進していく。

 大型ディードもティラミスに反応してか、接近する速度を上げる。

 時間にして数秒後、とうとうティラミスは大型ディードと接触した。

 まず襲いかかってきたのはムカデ型ディードだった。

 ムカデ型ディードは縦長い体の両側に無数の足を持っており、頭部には鋭く太い牙が確認できた。

 ムカデ型ディードはその自慢の牙でティラミスを砕かんと飛びかかる。

 しかし、その牙が届く前にティラミスはハンマーを振り下ろす。

 ハンマーは怖ろしいほどの速度でムカデ型ディードの頭部に命中し、ガン、と暴力的な音と共に頭部は地面と激突した。

 その時点でムカデ型ディードの頭部は四散しており、黒い血が周囲に豪快に飛び散る。

 それでもティラミスは攻撃の手を緩めない。

 ムカデ型ディードの長い体に飛び乗ると、何度も胴体を叩き潰し、原型を留めないほどグシャグシャにしていく。

 他のムカデ型ディードも果敢にティラミスに飛び掛かっていくも、一匹目と同じく先ず頭部を破壊され、後は滅茶苦茶に破壊されていた。

 黒い血が飛び散り、砂漠に染みこんでいく……。

 ハンマーでひたすら節足動物を潰し殺す。その光景はまさに地獄絵図だった。

「すごいわね」

「ああ……」

 早速大暴れしているティラミスを見ていたクロトとリリサだったが、ふと気づくと脇から黒い影が湧いて出てきた。

 それは大量のクモ型ディードだった。

 種類的にはタランチュラだが、顎の部分が異様に大きく、そして鋭かった。あれに噛まれるとひとたまりもない。加えて毒を持っていることを考えると一撃でももらうと危ない。

 これに対応したのはリリサだった。

 リリサは一気に跳び上がると問答無用で槍を投げ下ろす。高速で飛翔する槍は毒霧を切り裂きクモ型ディードの脳天に突き刺さった。

「やっぱ虫でも基本は頭ね」

 リリサはそう言うと槍の石突に巻きつけた糸を引っ張り上げる。

 長槍はすぐにリリサの手元に戻り、リリサはすぐさま投擲態勢に移行する。

「とりゃ」

 リリサはその後もジャンプしては槍を投げ、正確にクモ型ディードの脳天だけを貫いていく……。

 その速度は凄まじく、クロトの出番はなさそうだった。

 クモをリリサに任せ、クロトは遺跡へ近づいていく。

 すると、前方から地鳴りが聞こえてきた。

 巨大な物体が地面を転がるような音……

 そんな音と共に現れたのは巨大な球体……体を丸めた巨大ダンゴムシだった。

 ダンゴムシ型ディードの殻は硬そうで、黒い光沢を放っていた。大きさも3、4メートルはある。正面突破はまず無理だろう。

 が、クロトの考えなど知る由もなく、敵は容赦なく回転しながら押しつぶすように襲い掛かってくる。

「オレに任せな」

 これに対応したのはジュナだった。

 ジュナはクロトの前に出ると、大鎌を構え、大きく後ろに引く。

 そして、敵と接触すると同時に正面から横方向に大鎌を思い切り振りぬいた。

 ダンゴムシは綺麗に上下に分かれ、内臓と黒い血を豪快に散らせながら彼方へと転がっていく。

 自慢の固い殻もあの大鎌の前では豆腐に等しい。

「クロト、ここは任せて先にいけ」

「わかった!!」

 頼もしい言葉である。

 クロトはダンシオ、モニカと共に遺跡までの道をどんどん前に進んでいく。

 だが、敵はそう簡単に通してはくれなかった。

 最後に正面玄関で待ち構えていたのはバッタ型のディードだった。

 その姿を見てダンシオは思わず呟く。

「何だこいつは……」

 バッタはバッタでもただのバッタではない。

 他の巨大ディートは比べ物にならないほど大きな巨大バッタだった。

 全長はムカデ型に匹敵するほどだろうか、長さに加えて高さもあり、触覚も合わせると6メートルはありそうな勢いだった。

 ドス黒い巨大なバッタ

 色合いのせいでコオロギにも見えたが、後ろ足は太くて長く、前顎は鋼鉄すら切断できそうなほど分厚く、そして鋭かった。

 あれに噛まれてはひとたまりもない。

「先手必勝だな」

 これに対応したのはダンシオだった。

 ダンシオは即座に蜘蛛の糸を展開させる。

 巨大バッタはダンシオの動きに反応してか、瞬時に後ろ足を伸ばし、真上に飛び上がった。

 風圧で吹き飛ばされそうになるも、クロトとダンシオはその場で耐える。

 上を見ると巨大バッタはすでに落下の体勢に入っており、こちらを押しつぶすべく落下してきた。

「避けろ!!」

 ダンシオの叫びにクロトは反応し、左に回避する。

 ダンシオは右に回避しており、同時に蜘蛛の糸をバッタに投げつけていた。

 蜘蛛の糸は瞬時に巨大バッタの前足に絡まり、次の瞬間にはバラバラに切断していた。

 巨大バッタはバランスを崩し、その場に倒れる。

 その隙をクロトは見逃さなかった。

「行きます!!」

 クロトは黒刀を腰の位置で構え、巨大バッタに接近する。

 そして、後ろ足目掛けて水平に斬撃を放った。

 斬撃は後ろ足に見事に到達し、抵抗を感じさせることなく左の後ろ足を切断した。

 黒い血が飛び散る。

 だが、敵もやられてばかりではない。

 巨大バッタは残った脚でその場で回転し、クロトに顔面を向ける。そして、強靭な顎で噛み付いてきた。

「な……」

 クロトは攻撃を終えた後で隙だらけであり、回避も防御もできる状態ではなかった。

 しかし、意外なところから助け舟がやってきた。

「クロトさん!!」

 声を発したのはモニカだった。

 そして、その声が聞える頃には巨大バッタの側頭部に弾丸が命中していた。

 この弾丸を受け、巨大バッタの動きが一瞬鈍る。

「!!」

 これはチャンスだ。

 そう判断したクロトは後退することなく前に進み、腔内に刀を突き刺す。そして刃の向きを上に向け、内部から脳天を串刺しにした。

 クロトの攻撃で巨大バッタの動きが止まる。……が、致命傷にはなったが殺しきれなかったようで、バッタは再度動き始める。

 しかし、次の瞬間、巨大バッタはバラバラに砕け散った。

「これだけデカイと糸を巻き付けるのも一苦労だな……」

 巨大バッタを解体したのはダンシオの蜘蛛の糸だった。

 見事に解体してみせたダンシオは蜘蛛の糸をホルスターに仕舞う。

 これでようやく門前の大型ディードを追い払うことができた。

 ティラミスもリリサもジュナも大方のディードを片付けたようで、しばらくすると遺跡の入り口に集まってきた。

 とりあえず最初の仕事を終え、ダンシオは関心した様子で告げる。

「あれだけ苦労させられた門前のディードの群れを……やはりお前らと組んで正解だったな」

「褒めるのはまた後で。さっさと中にはいるわよ」

 リリサは槍の穂先にべっとりついた黒い血を一振で振り払い、遺跡の入り口へ向かっていく。

 入り口は解放されており、中からは濃い毒霧が漏れ出ていた。

 地面を這う毒霧を物ともせず、リリサは一人で中へ入っていく。

「待ってくださいー……」

 モニカは銃を両腕に抱え、リリサの後を追いかける。

「せっかちな女だな……」

 ダンシオはため息混じりにリリサとモニカの後ろ姿を見ていた。

 そんなことをしていると、建物の両脇、奥からどんどん雑多な種類の虫型ディードが湧いてきた。

 まだ完全に門前のディードを排除したわけではない。クロト達退路確保組にとってはこれからが本番なのだ。

 遺跡入り口からダンシオは叫ぶ。

「ジュナ!! 退路は任せたぞ!!」

「ああ、行って来い兄貴!!」

 ジュナは襲い掛かってくるクモ型ディードを横に切り裂きつつ応じる。

 ダンシオは名残惜しそうにしながらも、二人の後を追って遺跡の中へ入っていった。

 遺跡内部調査組の姿が見えなくなり、クロトは呟く。

「さて、あと1時間か……」

 クロトは黒刀を構え直し周囲を見渡す。

 ティラミスは虫駆除に夢中なようで、門付近の大型ムカデを叩き潰したり、ダンゴムシを叩き潰したり、クモを叩き潰したり、休みなくハンマーを振り下ろしている。

 既にメガネは黒い血で汚れ、白のワンピースシャツも裾部分は真黒になっていた。

 ジュナもわらわらと湧いてくるクモ型ディードを余裕を持って切り裂いていた。

 とりあえず3人いれば退路の確保は余裕だろう。

 クロトは二人の援護を行うべく、バッタから離れて門前へ向かうことにした。



 遺跡門前でクロト達がディードと戦闘していた頃

 リリサ達は遺跡内部を慎重に、かつ迅速に進んでいた。

「へー、ここが遺跡ねえ。内部に入るのは初めてだわ」

 内部は予想通り暗く、先頭を歩くリリサはランプを片手に掲げていた。

 赤い灯りに照らされた遺跡内部を、リリサ達は冷静に分析していた。

「……かなり砂が入り込んでいるな」

 とダンシオ。

 歩く度にジャリジャリと音が鳴り、その音は暗い空間に不気味に響いていた。

 ダンシオを肯定するようにモニカは続ける。

「ですね。……他の遺跡も老朽化が進んでいたり、道が崩れている場所も多々あります。が、それらと比べるとまだこの遺跡の保存状態はいいほうだと思われます。少なくとも足場が崩れていたり障害物があるとは思えません」

「そうか。やっぱり学者さんが一人いると心強い。……しかし不思議だな」

「何が不思議だって?」

 リリサの問いに、最後尾を歩くダンシオは応じる。

「ディードの気配が全くない。……他の遺跡同様、てっきりディードの巣窟になっているかと思っていたが……考えすぎだったか?」

「確かにそうね。何でかしら」

 疑問符を浮かべる二人にモニカは答えを与える。

「毒の濃度が高いせいではないでしょうか。流石の虫型ディードもこの濃度を中和できる能力を獲得できなかったんだと思います」

「なるほど、そう考えると納得できるな」

「……ってことはもぬけの殻って可能性もあるんじゃないの?」

 リリサの純粋な疑問にモニカは応じる。

「そうかもしれません。ですが、この毒霧を発生させている何かは必ずあるはずです。それを調べるだけでも学術的には十分価値はあると思います」

「ま、戦闘せずにすすめるならそれに越したことはないわ。さっさとこの遺跡を調べつくしちゃいましょ」

 リリサは曲がり角をろくに確認しないで曲がっていく。

 その危機感のない行動に釘を差すようにダンシオは告げる。

「おい、油断するなよリリサ。普通のディードはいないかもしれないが、ヒトガタがいる可能性は十分ありえる。ヒトガタは普通のディードとは違う。この毒の中でも自由に動けるのがいても不思議じゃない」

「そうですね。ですが、これまでの報告書から考えるにヒトガタは遺跡の最深部にいるケースが多いです。時間節約のためにもまずは奥へ向かいましょう」

「了解了解。とにかく警戒しつつ早く奥に到達しろってことね」

 リリサは二人の言葉を簡単にまとめ、遺跡内部を進んでいく。

 遺跡内部は基本的に広い廊下が続いており、両脇にドアらしき物がたまに見られた。

 ドアは完全に封鎖されており、ドアノブもなければ手を引っ掛ける場所もなく、のっぺりとしていた。

 一本道の通路は下へと続いており、3人は似たような景色を見ながら順調に階段を下っていく。

 どんどん地下へ向かうこの状況に、リリサは思い出したように告げる。

「そういえばここ、どことなくカミラ教団の構造と似てるわね」

「それはそうですよ。カミラ教団本部ももともとは遺跡として発見された場所だったんですから……」

「そういえばそうね……」

 3名は殆ど会話することなくどんどん階を下っていく。

 暫く下って行くと砂が殆どなくなり、床の質感が感じられるようになってきた。

「この床、石でも木でもないわね」

 床は弾力のある素材で構成されており、足音は全くしなかった。

 モニカは立ち止まってしゃがみ込み、床面を指の腹でなぞる。

「何か柔らかいものでコーティングされているようです。樹液か何かでしょうか……」

「床ごときにそんな手間ひまかけるものかしら……」

 リリサは長槍の穂先で床面を引っ掻く。

 穂先に触れた部分は切れ込みができたが、液体らしきものは出てこなかった。

 リリサとモニカが床談義をしている中、ダンシオは告げる。

「しかしこの毒霧、奥に進むにつれて確実に濃くなっているな」

「やはり、奥に毒霧を発生させている物体があるのかもしれませんね……」

「それ、止めるか破壊するだけでも今後の仕事が楽になるわね」

 リリサは何気なく告げたつもりだったが、ダンシオは真面目に考えていた。

「楽になるどころか、ラグサラムの毒霧を消した狩人として後世に語り継がれることになるぞ。そうなれば教団からの報奨金なんて目じゃないくらい金が転がり込んでくるかもな」

「それはいいわね」

「二人共、今は遺跡の主の捜索が最優先ですよ。先の話よりも今は作戦に集中してくださいね」

「わかってるわかってる」

 そんなことを話しつつ進んでいくと、不意に奥から明かりが見えてきた。

「……!!」

 3名は同時にその人工的な明かりに気づき、歩を速める。

 明かりは壁面から発せられている。が、更に近づくとその明かりが窓から漏れ出ている光だということに気がついた。

 やがて窓に到達し、3人は言葉を失う。

「これは……」

 横長い透明な窓、その奥には広い部屋があり、等間隔に楕円形のカプセルが並んでいた。

 カプセルの大きさは2mほど。それが広い空間におよそ500近く並べられていた。

 モニカは興奮気味に告げる。

「これは大発見ですよ!! 目的のものとは違いますが、かなり価値のある物だと思います!!」

 モニカは隊列を無視して先行し、透明な窓伝いに奥へ奥へ進んでいく。……と、窓の終着点にドアがあった。

 そのドアはこれまで見てきたドアと違って中心部分が緑色に点灯していた。

 やがてリリサとダンシオが追いつき、ドアに注目する。

「このドア、中に入れるんじゃないか?」

「ここが最下層みたいだし、とりあえず中に入ってみましょうよ」

「待ってください。動くかどうか私には……」

 そう言いつつモニカはドアに手を触れる。

 するとドアは上にガバッと開いた。ドアは二重構造になっており、短い通路の向こう側にも同じようなドアが見えた。

 開かれたドアを前に、3名は立ちすくむ。

「罠……じゃないわよね」

「とりあえず一人だけ中に入ってみるか?」

「何で私の方を見ながら言うのよ……」

「……」

 リリサとダンシオが言い合っている間に、モニカは一歩前に踏み出してドアの敷居を跨いだ。

「ちょっとモニカ!!」

「おい二人共!!」

 モニカにつられるようにダンシオとリリサは内部に足を進める。

 するとドアが締まり、3名は狭い通路に閉じ込められてしまった。

 その通路の壁面には小さな穴が無数に開いており、それは天井にまで達していた。

 リリサは恐る恐るその部屋を進み、向こう側のドアに到達する。

 しかし、ドアに手を触れても、叩いても、蹴ってもドアはびくともしなかった。

「ちょっと、閉じ込められちゃったんじゃないの、これ」

「リリサさん、落ち着いてください」

 モニカはそう言うとある一点を指差す。その先には小さなスイッチボタンがあった。

 壁に取り付けられたそれを、モニカは至近距離から観察する。

 慎重なモニカに対し、ダンシオはかなり楽観的だった。

「とりあえず押してみたらどうだ。向こうの扉が開くかもしれないし」

「待ちなさい。トラップだったらどうするの!?」

「もしここが罠なら入った瞬間何かしら攻撃を受けてるはずだ。まあ、大丈夫だろう」

 モニカも同意見のようで、ボタンに手をかざす。

「それじゃ、押します」

 モニカはそう宣言すると、覚悟を決めてボタンを押した。

 ……が、何も起きなかった。

 と思ったのも数秒のことで、すぐに壁に開いた小さな穴から勢い良く風が噴射された。

「きゃっ!?」

 風は3人の体を全身くまなく四方から吹き付け、埃や砂を吹き飛ばしていく。

 風を受け、ダンシオのボサボサ頭は更にボサボサになり

 リリサの長い髪は激しく乱れ、

 モニカのプリーツスカートも激しく捲れ上がる。

「このっ!!」

 いきなりの風に驚きリリサは槍を構える。しかし、その頃には既に空気の噴射は止まっており、大部屋へと続く扉が開いていた。

「……」

 3名は呆然としつつも大部屋に歩を進める。

 楕円のカプセルが並ぶ大部屋は天井から明かりが降り注いでおり、かなり眩しかった。

 地下深くにも関わらずこの明るさ……異常である。それに加えてこの無数のカプセルの集団。リリサにとっては世にも珍しい光景だった。

 そんな光景に驚いていたリリサ達だったが、それよりも重大なことに気づいたのはモニカだった。

「あれ、この部屋だけ空気が澄んでる……」

 モニカの言葉に、リリサとダンシオは周囲を見渡す。

 確かにこの室内に毒霧はなく、視界も良好だった。

「ほんとね」

 リリサはマスクを外すべく反射的に口元に手をやる。しかし、ダンシオがそれを制した。

「待て、一応マスクは付けておこう」

「ですね。無色透明だというだけで空気中に毒が含まれている可能性はありますし」

「……」

 リリサはマスクから手を離し、引き続きマスクを装着することにした。

「で、これが毒霧の発生元?」

「見る限りそうとは思えませんね……とりあえず詳しく調べてみましょう」

 モニカは両手に抱えていたライフルを背中に回し、早速カプセルに歩み寄っていく。

 カプセルは埃をかぶっており、お世辞にも綺麗な状態とは言いがたかった。

 この埃も毒の可能性もあるし、おいそれと触れたものではない。

 そんな事を思っていたリリサだったが、モニカは好奇心が優っていたようで、躊躇することなく埃を袖で拭う。

 埃を拭うと透明なガラスが姿を現した。

 中に何が入っているのか気になり、モニカははやる気持ちを抑えつつ、丁寧に埃を拭っていく。

 やがて光がカプセル内を照らし、中身を露わにする。

 その中身を見て、モニカは素っ頓狂な声を上げた。

「なっ!?」

 声に驚き、リリサとダンシオはモニカの側に駆け寄る。

 そして透明なガラス越しにカプセルの中を覗き込む。

 ……カプセル内には人間の姿があった

「え……!?」

「これって人間……だよな?」

 中には若い男が横たわっていた。

 男はチューブが繋がったマスクを付けており、見たこともないようなスーツを身に纏っていた。内部は粘性のある液体で満たされているようで、時々水泡が下から上へ流れていた。

「まさか……」

 リリサは視線をカプセルから外し、部屋全体を見渡す。

「これ全てに人間が入っているの……?」

 総数にして500。これ全てに人間が入っているとなると大変なことだ。

「そんな馬鹿なことが……大体、これだけ大量の人間が一斉に失踪していれば事件として知れ渡っていたはずだ。猟友会や教団が気づかないわけがない」

「ということは、少しずつ誘拐してこの箱の中に閉じ込めてたってこと?」

「目的は分かりませんが、この装置を操作するとなればそれ相応の知能が必須です。……ヒトガタがいるとみてまず間違いないと思います」

 リリサ、そしてダンシオもモニカも想定外の事態に直面して少し混乱していた。

 ヒトガタと戦闘するつもりで遺跡内に入ったつもりが、カプセルの中に閉じ込められた500人の人間を発見してしまったのだ。混乱しないわけがない。

 それでも流石はプロといったところか、3名はすぐに冷静さを取り戻した。

「すぐに救出してやりたいところだが……助けても毒霧のせいでここから逃げられやしない。一旦戻ってガスマスクを大量に持ってくるか」

「待ってください。箱も埃をかぶっていたことですし、この人達はすぐにどうこうされるわけじゃないと思います。まずは遺跡の調査を優先しましょう。ヒトガタの討伐、もしくは毒霧の発生源の破壊。……彼らを助けるのはそれからでも遅くないはずです」

「……だな。ここは一旦引き返して、別の通路に行ってみよう」

 話はすぐにまとまり、3名は同じ手順で大部屋から通路へと出る。

 通路は相変わらず濃い毒霧に包まれており、視界は良好とは言い難かった。

 リリサは再びランプを掲げ、来た道を戻るベく階段へと向かって歩き出す。

 ……すると、階段付近に動く影を確認できた。

「!!」

 リリサは警戒を強め、ランプを地面において長槍を両手で構える。

 後ろの二人も人影に気付き、モニカは銃口を人影に向け、ダンシオは蜘蛛の糸を飛ばす体勢に移行していた。

 毒霧の中、影はゆっくりと近づいてくる。

 ディードだろうか。ヒトガタだろうか。それとも別の何かだろうか……

 リリサ達は警戒しつつその影を待ち構える。

 しばらくするとシルエットがくっきりと浮かび上がり、それが人の形をしているものだということが分かった。

 その人影はヨロヨロと歩いており、壁にもたれ掛かっていた。

 更に近づくと容姿まで確認できるようになった。

「女……?」

 髪は長く、体のラインは曲線的。女性であることは間違いなかった。

 肌の色も普通で、人間だということがすぐに解った。

「だ、大丈夫ですか!?」

 人間だと分かると、モニカは銃口を下げて近づいていく。

「どこも怪我はしていませんか? いつ誘拐されたんですか!?」

 あの大部屋を見た後では、彼女が誘拐された人間の一人だと考えるのが自然だった。

 長髪の彼女は色白で、身長もリリサと同程度で華奢な体つきだった。

 しかし、身にまとっていたのは見慣れない服。

 そして不穏な空気を身に纏っていた。

 それはディードが発する空気と似ており、リリサは彼女に違和感を覚えていた。

 最初は何かの勘違いかと思いっていたが、リリサは気付いてしまった。

 ……彼女がガスマスクを装着していないということに

「モニカ!!」

 リリサはモニカを女から引き離すべく手を伸ばす。

 しかし、リリサよりも早くダンシオが動いていた。

「そいつから離れろ!!」

 ダンシオはモニカを色白の女から遠ざけるように引っ張り、同時に蜘蛛の糸で攻撃した。

 蜘蛛の糸は幾重にも重なり、色白の女の体に纏わり付く。

 しかし、その瞬間女の体から紫の霧が発せられ、蜘蛛の糸は一瞬にして腐敗し、ばらばらになって地面に落ちた。

「……ッ!?」

 ダンシオにとってこの展開は予想外だった。

 だが、この一連の出来事でダンシオは一つの答えを得た。

 強靭な蜘蛛の糸が瞬時に腐敗するほどの猛毒……この色白の女が毒霧の発生源だと見て間違いない。

 しかし、その一瞬の思考の隙は、敵に攻撃の機会を与えてしまった。

 色白の女はそれまでのよろめいた動きが嘘だったかのようにステップして接近し、ダンシオの左肩に触れる。

 女の手はダンシオの肩にずぶりとめり込み、容易に皮膚を筋肉を、そして骨を溶かしていく。

「ぐっ!!」

 ダンシオは遅れながらバックステップし、色白の女から距離を取る。

 しかし、左腕を守ることはできなかった。

 ダンシオの左腕は肩から消失しており、色白の女の足元に転がっていた。 

 切断面は切れたというより解けており、表面は腐敗していた。

 自らの左腕を見て、ダンシオは確信する。

「あいつは人間じゃない……ヒトガタだ!!」

「!!」

 ダンシオの言葉を受け、リリサは長槍を構え直し、モニカは銃口を長髪の女に向ける。

「私に任せなさい!!」

 ダンシオと入れ替わるようにして飛び出たのはリリサだった。

 リリサは長槍をまっすぐに構え、素早い突き攻撃を行う。

 穂先はすぐに音速を超え、殺人的なスピードでヒトガタの頭部めがけて突き進んでいく。

 ヒトガタは微動だにしない。

 しかし、何もしないわけではなかった。

 ヒトガタは小さく息を吸うとふぅと息を吐く。

 その吐息はこれまで見たものとは比べ物にならないほど濃く、そして色も紫ではなく緑がかっていた。

 緑の吐息は瞬時に前方に広がり、リリサの元まで到達する。

 その緑に触れた瞬間、リリサの体に異常が起こった。

 体が瞬時に硬直し、槍を構えたままその場に倒れたのだ。

 リリサは転倒後も慣性のまま転がっていき、ヒトガタの手前で止まり、ピクリとも動かなくなった。

「う……ぐ……」

 ガスマスクでは防げないレベルの毒……これを浴びてしまうとどうしようもない。

「リリサさん!!」

 モニカはリリサを助けるベくヒトガタ目掛けて銃弾を撃ち込む。

 しかし、ヒトガタは再び高濃度の紫の毒霧を噴霧する。

 銃弾は毒霧の影響ですぐさま腐敗し、ボロボロに分解されて敵に届くことはなかった。

 毒霧による攻撃は驚異的。

 接近することすらできない。

 防御も完璧……

 ダンシオは圧倒的な戦力差を前に、すぐに決断した。

「……撤退するぞ」

 ダンシオはモニカに告げ、残された右腕で蜘蛛の糸を前方に展開する。

 糸は空中で螺旋状に絡まり合い、瞬時に一本の長い鞭が出来上がった。

 ダンシオはその鞭で再度ヒトガタに攻撃する。

 流石の毒霧もこの蜘蛛の糸の塊は溶かしきれないようで、鞭は見事にヒトガタの足首に巻き付いた。

 ダンシオはそのまま鞭を引っ張り、ヒトガタを転倒させる。

 ヒトガタはこんな攻撃が来るとは予測していなかったのか、あっけなく、そして豪快に転倒した。

 これで十数秒は時間を稼げる。

 ダンシオは早口でモニカに指示を出す。

「モニカ、リリサを連れて外に逃げるんだ」

「ダンシオさんは!?」

「時間を稼ぐ。先に逃げるんだ」

「でも……」

「俺もむざむざ死ぬつもりはない。いいから早く逃げろ!!」

「……はい!!」

 モニカはダンシオの命令に従い、リリサ目掛けて走りだす。

 そして、麻痺して動けなくなったリリサを何とかして肩に担ぎ、そのままヒトガタの横を通り抜けて階段を上っていった。

 姿が見えなくなり、ダンシオは溜息をつく。

 それは安堵の溜息であり、同時にこれからの自分の運命を憂いての溜息でもあった。

 ヒトガタはやがて脚に絡まった鞭を溶かし、ゆっくりと立ち上がる。

 逃げた二人を追いかけるつもりは無いらしい。顔はダンシオに向けられていた。

「あれがヒトガタか……まるで人間だな」

 長い髪に白い肌。瞳の色は明るいブルー。くっきりした鼻筋に薄紅色の唇。

 状況が状況でなければ惚れてしまいそうだ。

 ヒトガタはその薄紅の唇を開き言葉を発する。

「――」

 しかし、ダンシオには理解できなかった。

「何言ってるかわかんねーよ……」

 挑発されているのだろうか。死を宣告されているのだろうか。

 少なくとも友好的な言葉でないことは確かだった。

 ヒトガタは毒霧を更に周囲に展開させ、完全にダンシオの退路を断つ。流石に逃がすつもりはないらしい。

 ならば戦うだけだ。

 ダンシオは再度蜘蛛の糸をホルスターから放出し、鞭を頑丈に編み直す。

 そして、床を打って破裂音を生じさせた。

「暫く付き合ってもらうぜ、ヒトガタさんよ」

 ダンシオは死を覚悟しつつ、ヒトガタとの戦闘に臨むことにした。

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