042 塔の番人
042
高原での狩りを終え、クロトとジュナは孤児院に戻ってきていた。
「ほらガキどもー、ふかふかのパンだぞー」
「わーい」
「チーズとハムがあるから、挟んで食べるといいよ。きっと美味しいよ」
「はーい」
食堂には既に子供たちが待機しており、クロトとジュナが買ってきたパンを見て目を輝かせていた。
クロトはジュナと協力し、子供たちにパンを配っていく。
その最中、リリサが話しかけてきた。
「クロ、何かあったでしょ」
クロトは手を動かしながらリリサに応じる。
「ジュナとは何もないよ」
「そうじゃない。誤魔化そうとしても無駄」
「……」
クロトは手を止め、リリサを見る。
リリサの琥珀の瞳はまっすぐクロトに向けられており、全てお見通しと言わんばかりだった。
クロトは黒コートの男と遭遇したことで少し動揺していた。が、それを表に出したつもりはなかった。しかし、リリサはクロトの些細な変化に気づいたようだ。
クロトもそれを悟り、パンを配る作業から離れる。
「ちょっとクロト、何してんだよ」
「ごめんジュナ、ちょっとリリサと話があるんだ」
クロトは一方的に告げるとその場から離れる。ジュナは「おい」や「待てよ」などと言っていたが、クロトはその言葉を無視してリリサと共に食堂から離れていく。
「それにしてもよく分かったね……」
「帰ってきた時、何か悩み詰めた様子だったからね。あの脳天気なクロがあんな顔を見せるなんて……ただ事じゃないに決まってるじゃない」
「僕のこと、よく見てるんだね」
「当たり前でしょ、奴隷の管理は飼い主の義務なの」
「はは……」
クロトとジュナは食堂を出て大階段前まで移動する。
そこには偶然にもティラミスとモニカの姿があった。どちらとも寝起きらしい、ティラミスは目をこすっており、モニカは小さくあくびしていた。
黒コートの男の事を話すなら、メンバー全員に周知しておいたほうがいいだろう。
「ティラミス、モニカ。急で悪いけど付いてきてくれないか? 重要な話があるんだ」
珍しく真面目なクロトの言葉に二人は眠気が覚めたのか、しっかりとした表情で小さく頷く。
その後クロトはリリサ、ティラミス、モニカを連れて建物の外に停めてある馬車へ向かうことにした。
10分後、馬車後部の荷台にて
クロトは一連の出来事を全て話し終えていた。
荷台は幌で覆われ、密室状態だ。小声で話せば話が漏れる心配もない。
リリサはクロトの話を聞き、顎に手を当て悩ましい表情を浮かべていた。
「真黒のコートにフードを被った男ねえ……」
「雰囲気的には人間だったけれど、狩人じゃない。間違いなくヒトガタだ……と思う」
「空飛んでる時点で人間じゃないのは間違いないわね。……で、そいつがカラビナにもラグサラムにも近づくなって警告してるわけね」
「うん。後悔することになるらしい……」
何をどう後悔するのか。
一番考えられるのは仲間の全滅だ。それだけ強力な敵がラグサラムの遺跡に潜んでいるのだろうか。
色々と考えていると、不意にモニカが紙に何かを描き始めた。
「……」
クロト、モニカ、ティラミスは黙ってその様子を見守る。
数十秒後、モニカは筆を置くと紙をクロトに向けて付き出した。
「あのクロトさん、その男の外見って……こんなのじゃありませんでした?」
紙に描かれていたのは人間だった。
……意外に上手いなと思いつつ、クロトは正直に応える。
「ああ、黒コートに黒フード、顔も見えない。こんな感じだな」
クロトの返答で確信を得たのか、モニカは力強く告げる。
「間違いない、クロトさんが会った男の人……『黒衣の男』です」
「黒衣の……?」
モニカは紙を床に置き、黒衣の男について説明する。
「遺跡を破壊して回っている謎の人物です。神出鬼没で手掛かりはこの外見だけ。……我々は彼のことを黒衣の男と呼称しています」
「遺跡を破壊してる……ってことはラグサラムも壊されるんじゃないの?」
リリサの疑問にモニカは応じる。
「それが、無闇矢鱈と遺跡を破壊しているわけじゃないんです。目的さえ分かればどの遺跡が狙われるか解明できるのですが……」
「つまり、謎ってことね……」
「そういうことです」
モニカはがくりと肩を落とす。
しかし、リリサは何故かやる気満々だった。
「黒衣の男だか何だか知らないけれど、そんな奴のいうことなんて無視よ無視。もしまた現れたとしてもぶっ倒せば問題無いわ。言葉が話せるのなら、ボコボコにしたうえですべての事情を吐かせればいいでしょ」
「乱暴すぎですよ、リリサ様……」
ティラミスは呆れと憂いが混じったような、微妙な顔をリリサに向けていた。
確かにリリサの言うことにも一理ある。が、相手の戦闘能力が未知数である以上、なるべく戦闘は避けるべきだとクロトは考えていた。
その考えを踏まえ、クロトは全員に宣言する。
「とにかく、彼は僕のことを仲間だと認識しているみたいだった。だから、黒衣の男と遭遇した時は僕が対処する。いいね?」
「珍しく強気ね、クロ」
「僕の記憶に関わることなんだ。強気にもなるよ」
クロトは自分の意見を通すべく、リリサをじっと見つめる。
リリサは暫く考えていたようだったが、何か納得した様子で頷いた。
「……ん。わかったわ。でも危険だって感じたら容赦なく攻撃するから、そのつもりでいなさいよ」
「わかったよ」
話がまとまった所で、ティラミスはダンシオについて言及した。
「このこと、ダンシオさんにも話したほうが……」
「いや、黙っていよう。ダンシオは慎重な狩人だ。不確定要素が出てきたとなれば作戦の延期もあり得る。そうなると結果的にダンシオを仲間に迎え入れるのが遅くなる。カラビナへの道も遠くなる」
クロトの意見にリリサも同意する。
「そうね。こんな場所で足止め食らってる場合じゃないものね」
リリサに続いてモニカも肯定的な意見を述べる。
「それに、孤児院もそう長くはもちません。早くラグサラムの主を撃破して、教団から報奨金を手に入れないと……」
「わかりました……」
全会一致し、クロト達は荷台から出ようとする。
と、いきなり幌が開けられた。
「こんな所でなにしてんだ……」
後部の幌を開けたのはジュナだった。
リリサはジュナに文句を言う。
「ジュナ、あなたノックもできないの? 次からは気をつけなさいよ」
「はいはい」
ジュナはリリサの文句を軽く受け流し、親指で孤児院内を指差す。
「何をしてたか知らねーけど……早く食堂に行かないとサンドイッチ無くなっちまうぞ」
「!!」
唯でさえ毎食の量が少ないのに、朝食抜きは辛い。
クロト達は荷台から下り、食堂へ急ぐことにした。
軌道エレベーターと海との設置点『アース・ポート』
このアース・ポートは軌道エレベーターにとっての楔であり、そして要となる施設だ。
赤道上にあるこのアース・ポートは軌道エレベーターの主部品とも言えるケーブルを地上に固定し、そのケーブルの張力調整を行う役割も果たす、重要な施設だ。
そして、宇宙と地表とを結ぶ唯一の場所でもある。
そんなアース・ポートの直上にて、宙に浮かぶ二つの人影があった。
片方は黒いコートに身を包んだ黒衣の男
もう片方は人の形はしていたが体は金属で構成されており、大きさも10m近くあった。
……所謂ロボットである。
全身が黒でペイントされており、装甲は近代的でありながらも、戦国時代の鎧を髣髴とさせるデザインだった。
腰には巨大な日本刀の鞘が装備されており、それは侍のイメージに拍車をかけていた。
ロボットは黒衣の男に向けて言葉を発する。
「『パイロ』、無断でここを離れたのはこれで何度目だ?」
ロボットから発せられたのは男性の合成音声だった。
パイロ、と呼ばれた黒衣の男は普通の声で軽く応じる。
「さあな、数えてないから分からない」
10mを超える巨体は瞬時にパイロに接近し、その体をグワシと握りしめる。
「我々『塔の番人』の役目は軌道エレベーターの守護だ。……勝手に持ち場を離れるな」
「固いこと言うなよ『ゲイル』。ここの警護はお前一人いれば問題無いだろ」
パイロは巨大なロボット……ゲイルの拘束からスルリと抜け、軽い口調で続ける。
「……それに何度も言ってるが遊びに行ってるわけじゃない。奴らが余計な知恵を付けないように兵器に関する文献が残ってる施設や工場を破壊してるんだ。……もしあいつらがエンジンを作ってみろ。あっという間に飛行機を完成させてここに攻め込んでくるぞ」
「……分かっている。だが、お前がここを離れるのはそれだけが目的じゃないだろう」
「……」
「隠していても分かる。やつは生きているんだろう?」
長い沈黙の後、パイロは頷いた。
「ああ」
「やはりな。あの程度のダメージで死ぬようなやつではないからな……で、どんな状態なんだ?」
「話した感じ、ほとんどの記憶を失ってる。自分の名前すら思い出せないほどにな。だが、何らかの手掛かりを得たらしい。狩人と共にここに向かっている」
「それは厄介だな。パイロ、早々に排除しろ」
ゲイルの極端な意見に、パイロは「もっとよく考えろよ」と前置きして反論する。
「やつの戦闘能力は未だに未知数だ。戦闘になればこちらもダメージを負う可能性があるし、下手をすれば殺されるかもしれない。……記憶を失っているなら説得してここに近付けないのが一番の策だろう」
「お前らしい意見だな。……だが却下だ」
ゲイルは首を横に振る。
「リスクを野放しにはできない。やつを完全に排除しろ」
「なるほど、そうなると俺はこの軌道エレベーターから離れることになるが……いいのか?」
「……む」
「“持ち場を離れるな”って言っておきながら排除しろって……お前、機械のくせに頭悪いな」
矛盾を突かれ、ゲイルは自らの頭部をコツコツと叩く。
「メンテナンスフリーとは言え、ここまで年月が経つとバグも生じるものだ。……判断能力が著しく低下しているのは認める。……今後、やつに関することはお前に一任することにしよう」
「それはどうも」
パイロは皮肉たっぷりに丁寧なお辞儀をする。
しかし、ゲイルはそんなことを気にすることなく信念を呟く。
「私はこの軌道エレベーターの守護者。敵が警戒エリアに入れば排除する。……それだけのことだ」
二人はその後何も話さず、日が暮れるまで海を眺めていた。




