040 孤児院
040
エンベル支部を出てから15分後
クロト達は街の南にある居住区、その中でも南端に位置する閑散としたエリアを訪れていた。
オアシスの緑地から離れていることもあり、周囲は砂だらけだ。
そんな寂しい景色の中、大きなボロ屋が1軒、堂々と建っていた。
ボロ屋と言ってももともとは豪勢な屋敷だったようで、玄関には錆びた鉄門が、その先に続く庭には像らしきものが並んでいた。……が、その殆どが半壊か原型がわからないほど壊れていた。
建物自体は2階建てで造りはしっかりしている。壁面もひび割れているが、豪華な装飾の残滓が見て取れた。
ダンシオは開けっ放しの門をくぐり、玄関の前に立つ。
「ここが俺たちの家だ。まあゆっくりしてくれ」
クロトは庭の中に馬車を停め、改めて家を見上げる。
「家って……」
「広い家だろう?」
「確かに広そうですけど……」
上級狩人と聞いて立派な家に住んでいると思っていたが……なんとも貧乏くさい空気が漏れ出ている。
いや、建物自体は大きくて立派なのだが、掃除も整備もされていないのは見るからに明らかだった。
リリサたち女性陣も屋敷のボロさに驚いているのか、何も言わずに家を眺めていた。
家の前で佇んでいると、不意に玄関のドアが開く。
ドアから現れたのは無数の子供たちだった。
「あ、ダンシオだー」
「ダンシオおかえりー」
「ジュナねえもおかえりー」
子供たちの年齢はまちまちで、小学生低学年くらいの子供もいれば、中学生くらいの子供もいた。
子供たちはあっという間にダンシオを取り囲み、わいわいがやがやと騒ぎ出す。
ダンシオも笑顔で子供たちに対応していた。
(……なんだ、これは……)
この状況はクロト達の理解の範疇を超えていた。
大家族にしては子供の数が多すぎるし、共同生活をしているにしては年齢層が低すぎる。
悩むクロトだったが、モニカはすぐに答えを出した。
「あの、もしかしてここって……孤児院ですか?」
モニカの言葉に応じたのはジュナだった。
「ああ、驚いただろ?」
ジュナに続いてダンシオも応える。
「孤児院というか保護施設というか……詳しい話は後だ。とにかく中に入ってくれ」
ダンシオは群がる子供たちを持ち上げたり振り回したりしつつ、建物内に入っていく。
クロト達も恐る恐る中に入る。
建物内も外観と同じくボロボロで、床は波打つように歪んでおり、穴が空いている所もあった。
とは言え元は相当豪華なお屋敷だったようで、中央には大階段があり、内部には無数の部屋があった。
屋敷に入ってしばらく進むと、ダンシオは屋敷全体に届くくらいの声を上げる。
「全員、集合!!」
ダンシオはいきなり号令を発した。……かと思うと2階からドアの開く音が無数に聞こえ、続いてバタバタとした足音が大量に聞こえ、あっという間に大階段が子供たちで埋め尽くされた。
(うわあ……)
多すぎる。100人何てもんじゃない200人以上はいる。
殆どが10代で男女混合、着ているものは粗末な服だった。
大量の子供が集まった所で、ダンシオはクロトたちを指差す。
「こちら、猟友会からお連れした4人のお客さんだ。これから暫くみんなと一緒に暮らすことになるから、優しくしてやってくれ」
「はーい」
「わかったー」
「うん」
子供たちは各々返事しつつもクロト達に興味津々なようで、視線が釘付けになっていた。
やはり、子供とはいえこれだけの数から注目されると緊張するものだ。
「ほら、みんなお前らのことを知りたがってる。……自己紹介してやってくれ」
ダンシオに促され、まず声を発したのはリリサだった。
「私はリリサ・アッドネス。暫く厄介になるわ」
そっけないリリサの自己紹介をフォローするように、クロトは口調を和らげて自己紹介する。
「僕はクロト・ウィウソン。みんな、よろしくね」
クロトに続きモニカは深々と頭を下げる。
「私はモニカ・バーリストレームです。カミラ教団の第一級考古学者です。……よろしく」
モニカは静かに告げ、視線を下に向ける。
最後に声を発したのはティラミスだった。
「私はティラミス……ティラミス・ウィルソンです。よろしくです」
ウィルソンの姓を名乗られ、クロトは思わず反応してしまう。
「ちょ、ティラミス……」
「いいじゃないですか。私だけ姓がないのも不自然ですし」
二人は小声で口論を続ける。
「それでも無理に僕の姓を名乗ることもなかったろうに……そもそもこのウィルソンってのも借り物みたいなもので……」
「私は、クロト様と一緒が良かったんです」
「……」
ティラミスは珍しく強気だった。まあ、減るものでもないし、容認することにしよう。
ウィルソンの名前に反応したのはクロトだけではなかった。
「あれ、二人は兄妹だったのか」
ダンシオは訝しげにクロトとティラミスを交互に見る。
怪しまれていることも知らないで、ティラミスは堂々と告げる。
「兄妹なんで恐れ多いです。私はクロト様のために身を粉にして働く所存で……」
「……兄妹です」
暴走しかけたティラミスを押さえこみ、クロトは苦笑いする。
何だかんだで納得したのか、ダンシオは「そうか」と言ってそれ以上は追求してこなかった。
自己紹介が終わると、ダンシオは手を叩く。
「さあ、そろそろ昼食の時間だ。今日はお客さんが来てるから特に行儀よく食べるように。わかったな?」
「はーい」
「わかりました」
子供たちは口々に応じると階段を降り、食堂があるであろう1階の奥の部屋へ移動していった。
子供の集団が視界から消え去り、クロトはようやく一息つく。
日本では学年集会などが頻繁にあったので慣れていないわけでなかったが、それでもやはり緊張はするものだ。
子供たちが去ると、リリサはダンシオに話しかける。
「……で、事情を話してくれる?」
ダンシオは小さく頷き、語り始めた。
「……数年前に一度ラグサラムの毒霧がエンベルの北部まで到達したことがあってな。その時大勢の人間が毒にやられて死に、親を失った子供が大量に発生したんだ」
「なんで子供は無事だったのよ」
「エンベルは北部に商業地区が、南部に居住区が集中している。……就業中の親が毒霧にやられて、留守番中の子どもたちは何とか難を逃れたというわけだ」
「なるほど……」
思った以上にラグサラムの毒霧は厄介な代物らしい。
ダンシオは続ける。
「……だが、全員が無事だったわけじゃない。助けられたのは600人程度、でも、間もなく半分が死んだよ。そして半分は重度の障害を負ってしまった。盲目、四肢の麻痺は当たり前。中には言葉すら発せられない子供もいた。当然受け入れ先があるわけもなく、当時この屋敷の主が全員を受け入れたんだ」
「全員を……すごいですね」
「彼は私財を投げ売って薬を買い、それで子供たちの治療を始めた。……くしくもラグサラム原産の薬は効能が高くてな、子供たちはどんどん病を克服して元気になっていった。……ちなみに、俺とジュナもその内の一人だ」
ダンシオはジュナに視線を向ける。
ジュナは当時のことを思い出しているのか、表情は暗かった。
……ダンシオの言葉は止まらない。
「でも、全財産をつぎ込んで買い込んだ薬で助けられたのは3分の1だけだったんだ。……それからはつらい日々が続いた。およそ100人の孤児と、200人の病を負った子供。所謂ギリギリっていうやつだな。食事も一日に一食しか出せない。薬代の名目で教団からの援助もあったらしいが、全て食費に消えてしまった」
ダンシオは表情を歪ませる。……壮絶な日々だったのだろう。クロトには想像できそうになかった。
「……こんな状態がそんなに長く続くわけがない。そう考えた俺はみんなを助けるため、金を稼ぐために狩人になることを決めた。12歳でここを出て猟友会の育成校の門を叩き、それから5年間で上級狩人試験に合格することができた」
「すごいわね」
リリサの賞賛の言葉を無視してダンシオは話を続ける。
「俺はすぐにエンベルに戻った。そして狩人としてラグサラムのディードを狩りに狩った。ディードの血をそのまま薬にしてもらっていたから儲けは殆ど出なかったが、薬の入手が格段に楽になって、子供たちもみるみる元気になっていったよ」
なるほど。ダンシオが子供たちに好かれている理由も分かるというものだ。
彼らにに取ってダンシオは救世主であり、もっとも信頼できる家族なのだろう。
これで話は終わったかと思いきや、ダンシオは沈んだ口調で告げる。
「でも3年前に悲劇が起きた。心労からか、とうとう屋敷の主が死んでしまったんだ。……それからは俺がこの孤児院を支えてる状態だ」
ダンシオは拳を固く握る。
「ラグサラムでディードを狩り、その血を教団に持ち込んで薬に変えてもらって、病気の子供達に飲ませている。200人いた病人も、今は残すところ50人ほどだ。これまではちまちまとディードを狩って騙し騙しやってきたが、もう限界が近づいてる。この作戦が成功すれば莫大な金が手に入る。そして、教団は必要なだけの薬を用意してくれると約束してくれた。……金さえあればこの孤児院を建て直すこともできるし、あいつらをセントレアの学校に通わせることもできる。少なくとも大人になるまでは苦労せずに暮らしていける」
ダンシオはふうと溜息を付き、改めてクロト達に視線を向けた。
「……この作戦の成否はお前らにかかっている。頼むぞ」
「……」
重い。
単にラグサラムの遺跡を攻略できればいいと思っていたが、子供たちの将来が関わると思うとかなりのプレッシャーを感じざるを得ない。
おかげでやる気は出てきたが、同時に重い責任も負わされたような気がした。
クロト達が発する暗い空気を察してか、ダンシオはぱんと手を叩く。
「……昔話はここまでだ。さ、一緒に昼飯を食おう」
ダンシオはジュナを引き連れ、屋敷の奥へ向かっていく。
クロト達は互いに何も言わず、彼らの後を追うことにした。
昼食は簡素なものだった。
固いパンに薄いスープ。あれが日常かと思うとあの子たちが不憫でならない。
後で馬車の中の食料をダンシオさんに全て預けよう。
そんなことを思いつつ大階段に腰掛けていると、階段下に数名ほどの少年少女の集団が目に入った。
彼らはクロトに興味があるようで、互いヒソヒソと話しながらチラチラとクロトを見ていた。
何だかんだでこちらは部外者だ。話しかけづらいのだろう。
クロトは気を利かせて話しかけることにした。
「僕に何か用かな?」
子供たちはこの一言で決心したのか、階段を駆け上がって近寄ってきた。
「クロトさんは……狩人なんですか?」
「うん、まあ、一応上級狩人だね」
「すげー……それってダンシオやジュナねえと同じってことだろ?」
「えー、こんなのが兄ちゃんたちと一緒?」
「意外ー」
(心外だなあ……)
子供は素直だ。
(でも、その通りだけなんだけどね……)
僕の実力ではダンシオに遠く及ばない。それほどダンシオの蜘蛛の糸による攻撃は凄まじく、それでいて鮮やかだった。優雅さすら感じさせる攻撃だった。
ラグサラムでの事を思い起こしていると、不意に少女がクロトに質問を投げかけた。
「ねえクロトさん、どうやったら狩人になれるの? 私、狩人になりたいの」
冗談かと思ったが、少女の表情は真剣そのもので、固く唇を結んでいた。
余程狩人になりたいのだろう。
だが、部外者の自分がおいそれとアドバイスをすることはできなかった。
「……狩人は死と隣り合わせの危ない仕事だよ。あんまりおすすめはできないなあ」
「なりたいの」
「俺も」
「僕も狩人になりたい……」
少年少女たちは真剣な眼差しをクロトに向ける。
何故、こうまでして狩人になりたいのだろうか。
理由が知りたかったクロトは彼らに理由を聞くことにした。
「……理由を聞かせてくれるかい?」
少女はコクリと頷き、語り出す。
「狩人になって、ダンシオやジュナ姉ちゃんの手伝いをするの……そうしたら、今よりお金が稼げて、孤児院のみんながいっぱい食べられるから……」
「……」
ある程度予想はしていたが、何とも切実な理由だ。
リリサに言われるがまま上級狩人になった自分とは大違いである。
クロトは彼らの純粋さに、心の綺麗さに大いに感心していた。
「君たちはいい人に引き取られたみたいだな……」
家も私財も投げ打って子供を養ってたのだ。悪い人間なわけがない
「……?」
少年少女はクロトの言葉の意味がいまいち理解できないようで、首を傾げていた。
クロトは話を元に戻す。
「……狩人になりたいなら僕じゃなくて直接ダンシオさんに相談すればいいじゃないか」
「もちろんダンシオにも何度も言ってるよ。でも、“狩人には絶対なるな”って言って何も聞いてくれないんだ」
「狩人は多かれ少なかれ命にかかわる仕事だからね。ダンシオは君たちに危険な目に遭ってほしくないんだと思うよ」
「ダンシオの気持ちはわかってる。でも……」
「……お前ら、まだそんなこと言ってんのか?」
少年が熱く語っていると、不意に階段の下からジュナの声が聞こえてきた。
ジュナは少年少女たちに歩み寄るときつい言葉を浴びせる。
「狩人になるにはすごい才能が必要なんだ。おまえらみたいな凡人は何をどう頑張ったって狩人になれっこない。分かったか?」
ジュナは高圧的な物言いで少年少女達をあしらう。
さすがの子供たちもこの物言いには悔しさを感じたのか、とうとう暴言を吐いた。
「ジュナのわからず屋!!」
「才能があるかどうかなんて、やってみないとわからないだろ!!」
「絶対無理だ。変なこと考えてねーで家の手伝いでもしてろ」
「……」
少年少女たちはそれ以上何も言わず、ジュナを憎らしげに睨みながら大階段から離れて行ってしまった。
彼らの後ろ姿を見て、クロトはいたたまれない気持ちになる。
「ジュナ、何もあそこまで言わなくても……」
クロトはジュナに反省を促すべく隣を見上げて語り出す。
が、ジュナはクロトの想像とは違い、儚げな表情を浮かべていた。
そんな表情のまま、ジュナは心の内を打ち明ける。
「……あいつらには幸せになってほしいんだ。先生になりたいとか医者になりたいとか学者になりたいとか……そういうのなら応援する。が、……狩人になるなんて論外だ」
ジュナはジュナなりの優しさで彼らを諭していたようだ。
ジュナの気持ちを知り、クロトは思う所を述べる。
「やっぱり、彼らはいい人に育てられてるみたいだね」
「なんか言った?」
「何も」
クロトはジュナを見つつニヤニヤ笑う。
「何だよ。笑ってんじゃねーよ」
「ごめんごめん」
クロトは口元を手のひらで覆い隠し、階段を降りていく。
「待て、どこ行くんだ?」
「外の馬車まで。せっかくだし余った肉とかチーズとか全部子供たちにあげるよ」
「マジか、それは助かる」
ジュナはクロトの後を追う。
「運ぶんだろ? オレも手伝う」
「いいよ。ジュナはジュナで忙しいんだろう?」
ジュナはエプロンをしており、昼食の後片付けの途中で抜け出してきたことがまるわかりだった。
ジュナもそれを悟ってか、ためらいがちに踵を返す。
「わりーな。じゃ、楽しみにしてるぞ」
「うん、楽しみに待っててよ」
その後ジュナは食堂へ戻っていき、クロトは玄関へと向かった。
一方その頃。
食堂の片隅にて、モニカは子供たちにせがまれ、首都セントレアについて説明させられていた。
「……とまあ、セントレアは様々な機関が集中している大都市です。私の所属するカミラ教団は特に都市機能の殆どに関わっていて……」
椅子に座るモニカの周囲には子供たちが群がっており、全員が真剣にモニカの話に耳を傾けていた。
暫くモニカが説明していると、不意にモニカの隣に座っていた少女が言葉を発した。
「モニカさんってそのカミラ教団の学者さんなんですよね? 頭いいんだろうなあ……」
「自分で言うのも何ですが、相対的に見れば頭がいい部類には入ると思います」
「いいなあ。私も将来モニカさんみたいになりたいなあ……」
羨望の眼差しを向けられ、モニカは思わず視線をそらす。
「……夢があることはいいことです。学校で沢山学んでそれなりの成績を修めれば、カミラ教団にスカウトされる機会もあるでしょう」
「学校……」
少女の表情が曇る。
その意味がわからないモニカではなかった。
「すみません。学校には行けないのですね。……なら独学で本を読むのもいいでしょう」
「そんなお金もないよ……」
今度は少女だけでなく、周囲の子供たちも暗い表情を浮かべた。
このままではまずい。
モニカはそう判断したのか、あることを提案した。
「……でしたら、読み終えた本をお譲りしましょう。これから先の旅では荷物になるだけですから」
「いいの?」
「私は頭がいいんです。一度読んだ内容は忘れないんです」
モニカのこの言葉に、子供たちの表情が一気に明るくなる。
隣りに座る少女は気持ちを抑えられなかったのか、嬉しさを表現するようにモニカに抱きついた。
「ありがと、モニカおねえちゃん!!」
「おねえ……」
戸惑うモニカを無視して、少女はモニカの服の袖を引っ張る。
「ねえ、あっちでお話きかせてよ。教団のこととか色々知りたいんだ」
「いいですよ。話せることでしたらいくらでもお話しましょう」
その後モニカは食堂の中央に移動し、暫くの間子供たちに様々なことを話していた。
「わー、尻尾だ」
「ホントだ。この人尻尾がついてるー」
「ちょっと……やめてください……」
「すげー、それ動かせるんだ」
モニカが食堂で子供たちの注目を集めていた頃、屋敷の玄関前ではティラミスがやんちゃ坊主達の餌食となっていた。
男子たちが興味を示しているのはティラミスのしっぽであり、猫じゃらしを追いかける猫のごとくティラミスのおしりを追いかけていた。
追いかけられているティラミスはと言うと、どうも子供たちの相手は苦手らしい。
困り顔で子供たちを適当にあしらいつつ、ある仕事を行っていた。
「危ないですから下がってくださいね」
「何してるの?」
「クロトさんに頼まれて食料を降ろす手伝いをしているんです。干し肉にチーズに……あとパンも少々」
ティラミスは馬車の中から荷物を降ろす作業をしており、馬車の前には既に木箱が数箱置かれていた。
「食料……?」
ティラミスから食べ物と聞き、男子たちは木箱の蓋をずらし、中を覗き込む。
中には道中で食べきれなかった干し肉がギュウギュウに詰まっていた。
「うわ、こんなにいっぱい……」
「もしかして、僕達にくれるの?」
目を輝かせている男子たちに向け、ティラミスは告げる。
「“泊まらせてもらう以上はお礼をしないといけない”とクロト様はおっしゃっていました。……この人数だと1食か2食分にしかならないでしょうが、どうぞ皆さんで食べてください」
「……」
男子たちはティラミスの言葉を聞くやいなやしっぽを追うのを止め、馬車の前で整列する。
「……僕らも手伝うよ、お姉ちゃん」
「いえ、先程もいいましたが危ないので大人しくしていてください……っと」
ティラミスは申し出を断り、3つほど縦に重ねた木箱を軽く持ち上げる。
その様子を見て男子たちは興奮気味に声を上げる。
「すっげー、力持ち!!」
「やっぱ狩人ってすごいなあ……」
一箱あたり20kgはあるが、ティラミスにとってはこの程度は片手でも持てるレベルの重さだった。
「やっぱ手伝うよ!!」
男子たちは一方的にそう告げると大きな木箱の周囲にとりつき、小さな手で持ち上げようとする。が、彼らには重すぎるようで四苦八苦していた。
ティラミスは彼らを見かねてか、3箱を左手に持ち替え、右手で男子たちが持ち上げようとしていた木箱を軽く持ち上げる。
そして、彼らに告げた。
「……荷降ろしが済んだらこの食材を使って料理する予定です。その時になったら手伝ってくれますか?」
ティラミスの言葉に、男子たちは力強く頷いた。
「うん!!」
「もちろん!!」
男子たちはすっかりティラミスに懐いたようで、荷物を運ぶティラミスの周囲を元気に駆け回る。
全ての食材を運び終えるまで、男子たちはティラミスから離れることはなかった。
各々が子供たちとコミュニケーションを取っていた頃、リリサは食堂の隅でテーブルに座り、愚痴っていた。
「なんで私のところには誰も来ないのよ……」
食堂には子供たちと一緒に夕食の準備を進めているクロトとティラミスの姿が、そして同じく子供たちと楽しげに雑談しているモニカの姿があった。
3名が和気あいあいと子供たちと交流を深めている中、リリサの周囲には全く子供の姿はなかった。
リリサの愚痴を聞いていたのか、ダンシオは小さく笑う。
「来て欲しかったのか? ……意外に寂しがり屋なんだな、狂槍は」
ダンシオはリリサの隣に座り、食堂内をのんびりと眺めていた。
ダンシオに誂われ、リリサは反論する。
「違うわよ。あと、私のこと“狂槍”って呼ぶのやめてくれる?」
「分かったよ。リリサ」
「いきなり呼び捨て?」
リリサは食堂内に向けていた視線をダンシオに向け、睨む。
狂槍の琥珀の双眸に睨まれているにも関わらず、ダンシオはまったりとした雰囲気を保っていた。
「悪い悪い。だが、そんなにピリピリしてちゃ寄ってくるもんも寄ってこないぞ」
「だから、別にガキと触れ合いたいなんて全然思ってないんだって。単に、なんでこっちに来ないのか疑問に思ってるだけで……」
「それが普通なんだ」
ダンシオはここでようやくリリサに顔を向ける。
「正直な話、うちの子供達が部外者のあんたたちにあんなに懐くなんて思ってもいなかった。正直驚いてる。特にクロト……あれだけ慈愛のオーラを身に纏ってる狩人を見たのは初めてだ。あれで上級狩人なんだから余計に驚きだ」
「……」
ダンシオの言葉を受け、リリサもクロトを見る。
クロトは子供たちに揉みくちゃにされていたが、笑顔は絶やさなかった。
その笑顔とは裏腹に、クロトは壮絶な過去を体験している……とリリサは考えていた。でなければあれだけ短期間で実力を身に付けられるわけがない。狩人としての生き方への対応が早過ぎる。
確実にクロトは何度もの修羅場をくぐって来た戦士だとリリサは確信していた。
リリサが考え事をしていると、不意にダンシオが礼を告げる。
「それはともかく……食料の件はありがとう。久々に子供たちにまともな夕食を食べさせてやれる」
「あれはクロトの独断よ。感謝するならクロトに言うことね」
リリサは礼を突っぱねた上で続ける。
「あんたたちの事情はよく分かったわ。でもこんな程度の“事情”で私達が必死になって働くとは思わないでちょうだい」
「わかってる。俺たちは仕事上のパートナーで、それ以上の関係はない。そこら辺の境界線はきちんとわきまえてるつもりだ」
「ふん、どうだか……」
リリサはダンシオを睨むのを止め、再度子供たちに目を向ける。
そして、現実的な解決策をダンシオに提示した。
「……だいたい、子供たちの事を考えるならいつまでもこんな施設に閉じ込めてないでどこへでも奉公に出せばいいじゃない。養う人数が減れば、それだけ病気の子に薬を買ってあげられるでしょ」
リリサのこの解決策に、ダンシオはため息混じり応じる。
「……以前、全く同じことを奴隷商にいわれたよ」
「奴隷商……」
「ああ。……元気になった子供を売れば、病を負った子供達を助けられる……ってな具合にな」
当時のことを思い出しているのか、ダンシオは険しい顔を浮かべていた。
「だが断ったよ。俺たちは家族だ。家族を売るなんて考えられない」
ダンシオのこの言葉に、リリサは小声で異を唱えた。
「売ればよかったのに」
リリサが告げた瞬間、ダンシオはテーブルを叩いて勢い良く立ち上がった。
そして、静かにリリサに告げる。
「……取り消せ、リリサ」
リリサは座ったまま、あっけらかんと言い返す。
「私、間違ったことは何も言ってないわ。……いい買い主に引き取られれば最低でも3食は食べられる。今からでも遅くないわ、女の子なんかは特に高値で売れるらしいわよ」
「リリサ!!」
ダンシオはリリサの言葉に耐えられなかったのか、リリサの胸ぐらを強引に掴み、椅子から立たせる。
それでもリリサは平静を保っていた。
「……他人の事情を話すのは趣味じゃないんだけれど……」
リリサは前置きし、怒れるダンシオに言告げる。
「実はクロト、ああ見えて奴隷に身売りして金を作って、病気の家族を助けたの」
「……!!」
全く似た境遇の話を聞き、ダンシオの手から力が抜ける。
解放されたリリサはシャツの襟元を整え、椅子に座り直した。
「価値観は人それぞれだけれど、子どもたちの幸せを願うのなら早めに判断することね」
「……お前は残酷だな、リリサ」
ダンシオは力が抜けたように椅子に腰を落とす。
そんなダンシオにリリサは言い返した。
「違うわ。残酷なのは世界の方。私はただ単にその残酷さに慣れてるだけよ」
……二人はそれ以上会話せず、夕食ができるまでぼんやりと食堂を眺めていた。




