032 調査命令
032
最終試験から一晩明け、正午
猟友会本部2階、そのほぼ中央に位置する教室内にて
クロトとジュナ、そして槍使いと鈍器使いは横一列に並んでいた。
4名の前にはキャップ帽を被った試験官、その隣にはクロトが2週間ほど前に猟友会本部1階の受付で出会った人物、バスケス老人の姿もあった。
先ず声を発したのは試験官だった。
「今期の合格者は貴様達4名だけだ。合格おめでとう」
合格を正式に告げられ、4名中2名から安堵の息が漏れた。
槍使いや鈍器使いは途中で怪我を負ったので不合格になるのではないかと心配していたらしい。
まあ、あれだけの打撃を受けて打撲程度で済んだのだから、それだけでも上級狩人としての資格は充分あるように思える。
安堵の表情を浮かべる2名の受験生とは打って変わって、試験官は険しい顔で続ける。
「……素直に褒めてやりたいところだが、これでも基準は甘く設定したつもりだ。特にそっちの二人」
試験官は槍使いと鈍器使いを指差す。
「お前たちは気絶した時点で本来は不合格でもおかしくない。……が、近年狩人もディードの勢いに負けて行方不明者や殉職者も出ている。人員を確保する意味で今回は多目に見て合格させた。そのことを肝に銘じておくように」
試験官は腕をおろし、そのまま胸の前で組む。
「上級狩人になれたからといって傲慢になるなよ。これでやっとスタートラインだ。肩書を得たからといって簡単に一人前を名乗れると思うなよ。……私からは以上だ」
せっかく合格したというのになんだか叱られているみたいだ。
試験官の言葉が終わると、バスケス老人は一歩前に出て締めの言葉を述べる。
「上級狩人も所詮は肩書に過ぎん。実際、お前さんたちより狩りの能力に秀でた人間は五万といるじゃろう。……これで満足せずより一層訓練に励むことじゃ」
言い終えるとバスケス老人は一歩下がり、再び試験官が声を発する。
「以上で上級狩人試験は終了とする。……解散!!」
そう告げると試験官は早々に部屋から出ていき、バスケス老人もその後に続いた。
試験官達がいなくなり、ようやくクロトは緊張から解放された気がした。
他のメンバーも各々ため息をついたり、背伸びをしたり、空いている椅子に腰掛けたりしていた。
隣で小さくため息を付いていたジュナに、クロトは声をかける。
「やっと終わったね。合格おめでとう」
「お前もな」
ジュナは言葉と同時にクロト背を軽く叩く。
「しかしまあ、なんだかんだで楽勝だったな。もうちょっとキツめでも良かったんじゃねーの?」
「よく言うよ。第2試験の時僕に勝ってなかったら不合格だったのに」
「その言い方……やっぱテメエわざと負けたんだな?」
「だから違うって」
ジュナに睨まれながらもクロトは話を続ける。
「でも、結果的にジュナが残ってくれてよかったよ。もし最終試験でジュナと組めなかったら合格できなかっただろうし」
「……」
ジュナは複雑な心境なのか、「む……」と気難しそうな顔をしていた。
そんなやり取りをしていると、槍使いと鈍器使いが話に混ざってきた。
「そうそう、お前らと組めてよかったよ」
「だな。ぶっちゃけ、お前らのおかげで合格できたようなもんだ。一応礼を言っとく」
二人は半ば強引にクロトとジュナに握手をし、にこやかに続ける。
「それにしても上級狩人か……合格しておいてなんだが、あんまり実感が無いな」
「そんなもんだ。……だが、上級狩人は普通の狩人と違って特定の支部に常駐する必要はない。余程のことがない限り己の裁量で自由に行動できる」
「だな。禁猟区へも立ち入れるようになるし、やれることがかなり増えるな」
クロトは何気なく二人に質問を投げかける。
「二人はこれからどうするつもりなんです?」
先ず応えたのは槍使いだった。
「これからは上の命令だけでなく自分の裁量で自由に狩りを行えるようになる。試験官の言った通り、各地を回りながら腕を磨くつもりだ」
鈍器使いも後に続く。
「俺も、地方に行ってなるべく多くのディードを駆除するつもりだ。生活圏が広がれば、それだけ国が豊かになるからな」
ふたりとも中々高い志を持っているみたいだ。
とりあえず取っておけと言われて何となく資格を得てしまった自分とは大違いである。
話が終わると槍使いと鈍器使いは教室の出口に向かって移動し始める。
「そっちも何か目的があるんだろう? 頑張れよ」
「じゃあな」
槍使いと鈍器使いはそれぞれ軽く挨拶すると、教室から出て行ってしまった。
教室に二人残され、クロトは一応ジュナにも質問をする。
「ちなみにジュナは何か目的でも?」
ジュナは待っていたと言わんばかりに自慢気に告げる。
「ああ、これでようやく兄貴の仕事を手伝える」
「あれ? 今までも一緒に仕事をしてたんじゃ?」
「一緒に仕事をさせてもらえてたのは通常の仕事だけだ。特殊な仕事には同行させてもらえなかったんだよ」
「特殊な?」
「難度の高い仕事。危険なディードを相手にする仕事だ」
ジュナは少し視線を下に向け、事情を語り出す。
「……今回の仕事はかなり厄介らしくて、もう半年近く同じ仕事に掛り切りなんだ。だからどうしても手伝いたくて、兄貴に“手伝わせてくれ”って言ったんだ。そうしたら兄貴が“上級狩人になれたら考えても良い”って言ってくれた。……だから、合格したことを知らせたらすぐにでも仕事を手伝うつもりだ」
「なるほど……」
兄と仕事ができることが余程嬉しいのか、ジュナは話しながら笑みを浮かべていた。
兄のことが本当に好きなようだ。
ここまで信頼心の厚い妹がいるなんて、ジュナのお兄さんも幸せ者である。
「ちなみにお前は?」
ジュナに質問を返され、クロトは一瞬言葉に詰まる。
「僕は……」
答えが遅れたせいか、ジュナはクロトの言葉を遮ってあることを提案してきた。
「どうせ大した目的じゃないんだろ? ……どうだ? お前さえよけりゃ一緒に兄貴の仕事を手伝わないか?」
「え?」
予想外の勧誘にクロトは驚いてしまう。
すぐに断ろうとするも、ジュナは一方的に話し続ける。
「お前が加わりゃ仕事も随分楽になるはずだ。……んで、お前も兄貴から稽古を受ければもっと強くなれるぞ」
ジュナはクロトが断ることを一切考えていない様子だった。
が、クロトは考えることなく即座に断った。
「ごめん、僕には大事な目的があるんだ」
ジュナはクロトの答えに納得いかないのか、不服そうにしていた。
「……何だよ。教えてみ?」
ジュナはクロトに問いかける。口調は軽かったが、本気でクロトの目的を知りたい様子だった。
人に聞いておいて自分が喋らないのは理に反する。
そう考えたクロトは正直に、かつ簡潔に話すことにした。
「……カラビナを目指すつもりなんだ」
言った途端、ジュナはため息混じりに首を横に振った。
「そりゃ無理だ。今まで何人の狩人が挑んで、何人の狩人が死んだと思ってるんだ?」
「無理じゃないさ。僕一人で行くつもりはない。心強い仲間がいるからね」
「ふーん……誰?」
口調は軽い。が、目は真剣そのもので、こちらの仲間が気になって仕方ない様子だった。
クロトは名を告げる。
「リリサ・アッドネスって言うんだけれど、知ってる?」
「!!」
ジュナは一瞬目を丸くする。が、すぐに納得した様子でうんうんと頷いた。
「狂槍のアッドネスか。道理でお前も強いわけだ……」
「やっぱり有名なんだね」
「ああ、凄腕の長槍使いとして一目置かれてるらしいな。兄貴が言ってた」
目的地もはっきりしている。そして強い仲間もいる……。
ジュナはクロトの勧誘を諦めたのか、長い溜息をついた。
が、ふと思い出したかのようにクロトに告げた。
「……つーかお前、女と二人きりで旅してんのかよ」
「いや、他にも女の子が2人いるから全員で4人だけど……何か?」
「……なんでもねーよ」
ジュナは呆れ混じりの溜息を付き、教室前方に設置された時計を見る。
「……さて、帰るとするか」
「もう行くの?」
「ああ、早く家に帰って兄貴に自慢してやらないとな」
ジュナは視線を時計に向けたまま、こちらに手を差し出してくる。
数秒ほど掛けてクロトは握手を求められているいうことに気づき、その手をにぎる。
ジュナは軽く握ると上下に二度ほど振り、ようやく視線をクロトに向ける。
「……クロト、怪我には気をつけろよ」
「ジュナこそ、幸運を祈ってるよ」
クロトに言葉を返され、ジュナは恥ずかしげに下を向く。
「……握手なんて久しぶりだな。……だが、いいもんだ」
そう言ってジュナはクロトの手を固く握り、力を抜いて手を放す。
そして、教室の出口に足先を向けた。
「じゃーな」
ジュナは最後に短く告げると、そのまま教室から出て行った。
クロトは手に残った感触を得つつ、この2週間ほどの試験のことを思い出す。
……長いようで短い試験だった。が、得たものは多かったように思う。
特に、自分の実力を確認できたということが一番の収穫だ。自分は上級狩人として通用するほどの実力を持っている。客観的な物差しで自分の実力を知れるというのはいいことだ。
自分は上級狩人になれた。
クロトはリリサに報告するべく、カミラ教団に向かうことにした。
一方その頃カミラ教団の地下にある施設内、とあるフロアの奥にて
主任室と書かれた看板が掲げられている扉の前にモニカの姿があった。
「……失礼します」
モニカは扉をノックし、中へ足を踏み入れる。
すると、部屋の主である主任……ドミナス・エヴァーハルトの声が室内から聞こえてきた。
「来たか、モニカ・バーリストレーム研究員」
相変わらず室内は本で埋め尽くされ、机上も本の山のせいでエヴァーハルトの姿が見えない。
モニカは歩を進め、机の真横まで移動する。
そこでようやくエヴァーハルトと対面することができた。
相変わらず研究者に似合わないいかつい顔とごつい体だ。狩人と名乗っても誰も疑いはしないだろう。
エヴァーハルトは手に分厚い資料を持っており、視線はその資料に向けられていた。
ちょうど読み終えたのか、エヴァーハルトは資料を膝の上に置き、モニカに告げる。
「報告書は読ませてもらった。ケナン北部坑道ではご苦労だったな」
「いえ、すみません。結局奥までたどり着くことはできませんでした」
「気にすることはない」
……モニカをケナン北部の坑道に向かわせたのはエヴァーハルトだった。
結局探索は失敗に終わったが、収穫はあったようで、エヴァーハルトは資料のあるページを開いてモニカに見せた。
「途中気になる点があったのだが……この黒衣の男について、もう少し詳しく聞かせてくれないか」
「黒衣の男、ですか……」
モニカは坑道での出来事を思い出す。
途中まではリリサと順調に進んでいたが、唐突にあの黒衣の男が現れ、その後すぐに坑道が崩落して先に進めなくなってしまったのだ。
彼の姿が見えたのは一瞬。
しかも暗かったので詳しいことは殆どわからない。が、とりあえず分かっていることだけ伝えることにした。
「声は若い男の声でした。大きさも……人間と同じくらいの大きさでした。あの坑道にいたとなると上級狩人と考えるのが妥当な線ですが、ヒトガタの線も捨て切れません。私的にはヒトガタの可能性が高いと考えています」
「そうか……」
エヴァーハルトは報告書を机の上に置き、椅子に座ったまま体をモニカに向ける。
そして、悩ましい表情と共に黒衣の男に関して語り始めた。
「……この男、様々な遺跡で目撃されている。そして、目撃された遺跡では必ず崩壊事故が起きている」
エヴァーハルトは一息つき、続ける。
「私は、この男が崩壊事故を起こしていると考えている。狩人にせよヒトガタにせよ、厄介な存在だ」
深刻そうに告げるエヴァーハルトに対し、モニカは楽観的に告げる。
「それなら大丈夫ですよ。その報告書通り、落盤事故に巻き込まれて死にましたから」
彼は落盤事故に巻き込まれて死んだ。
モニカとリリサは命からがら坑道から脱出できたが、彼は脱出できなかった。
たとえヒトガタだとしても、あの事故で無事でいられるわけがない。
そんなモニカの言葉に対し、エヴァーハルトは首を左右に振る。
「……報告書通り、彼が落盤事故に巻き込まれたのは事実なのだろう。……が、君が最後に確認した3日後、別の場所で確認されているのだよ」
「本当ですか!?」
驚くモニカに対し、エヴァーハルトは書類の山から一つの報告書を抜き出し、モニカに手渡す。
モニカはその報告書を速読し、言い返す。
「確かにこの報告書には黒衣の男の件が記述されてます。……が、他人の空似の可能性もあるのでは?」
「かもしれん。だが、事実として遺跡が破壊されている。仮に同一個体だとしたら恐るべき脅威だ」
エヴァーハルトは椅子に座り直し、顎に手を当てる。
「こやつの目的はわからん。が、遺跡を破壊して回っている事実を鑑みれば、カラビナも狙われる可能性は高い」
「カラビナ……」
オウム返しするモニカにエヴァーハルトは「うむ」と頷く。
「カラビナは我々カミラ教団が確認した中でも最大級の遺跡の一つだ。その内部には革新的な技術が記述された文献や高度な遺物が残されている可能性が高い。これを破壊されるわけにはいかない」
エヴァーハルトは口調を強める。
「今までは遠くからカラビナを眺めるだけだったが、今後は本格的にカラビナへの上陸を試みようと考えている」
「上陸……となると、かなり巨大なプロジェクトになりますね……」
カラビナにたどり着くことはかなり難しい。難度もさることながら、資金もかなりの額が必要になるだろう。
モニカが頭の中で期間や資金の計算をしていると、不意にエヴァーハルトがとんでもない事を口にした。
「……そこでバーリストレーム研究員、君には第3派遣チームの隊長として調査に加わってもらいたい」
「!!」
唐突な指示にモニカは狼狽えてしまう。一体主任は何を考えているのだろうか。
気づくとモニカは拒絶の言葉を口にしていた。
「私にそんな大役が務まるわけが……」
しかし、エヴァーハルトは真剣な表情で話を続ける。
「他の2チームは猟友会と連携して大規模な船団を編成する予定だ。しかしバーリストレーム研究員……君にはリリサ・アッドネスと行動を共にしてもらいたい」
「リリサさんと……?」
エヴァーハルトは「うむ」と頷き、その理由を話す。
「リリサ・アッドネス……彼女のカラビナに対する執念は眼を見張るものがある。私は、彼女がカラビナに到達できる可能性はかなり高いと考えている。彼女の手助けをし、共にカラビナを目指して欲しい」
無茶苦茶な話だ。カラビナに興味が有るのは事実だが、リリサさんほどカラビナに執着しているわけではない。
「頼む、彼女たちと繋がりのある君にしか頼めんのだ」
カラビナへの道のりは危険だ。死ぬ可能性も大いにある。
しかし、同時にカラビナという遺跡は魅力的でもある。もしカラビナに到達することができれば、この世界の謎を解き明かせるかもしれない。ディードという生命体の謎を誰よりも先に知ることができるかもしれない。
モニカの研究者としての異常なまでの知的好奇心は、カラビナへ向かう事を覚悟させた。
「……わかりました」
モニカは首を縦に振る。
これからカラビナに向かうにあたり相当な危険が待ち受けているだろう。
しかし、リリサやクロト、それにティラミスがいれば大丈夫だとモニカは考えていた。
モニカが了承すると、エヴァーハルトは満足気に告げた。
「良かった。……これでアレを無駄にせずに済む」
「アレ……とは?」
「君のために用意した護身具だ。兵器開発部に寄るといい。もう話は付けてある」
「はあ……」
自ら前に出て戦うつもりは毛頭ないが、武器があるに越したことはない。
どんな武器なのか、想像しているとエヴァーハルトは釘を差すように再度告げる。
「とにかく、リリサ・アッドネスを全力でサポートすることだ。いいな?」
「……わかりました」
……何にせよ長い厳しい旅になる。
そう確信するモニカだった。




