031 初めての集団狩猟
031
およそ2週間に渡る激しい訓練と2度の試験を乗り越え、クロト達はとうとう試験最終日を迎えていた。
2度の試験を乗り越えた16名は今、真っ昼間の第3演習場で整列していた。
キャップ帽を被った試験官は例の如く受験生たちに問いかける。
「狩人に求められるもの、それは何だと思う?」
やはり誰も何も答えない。
クロトは間違っているだろうなと思いつつ、恐る恐る挙手して答える。
「……戦闘能力ですか?」
「違う。チームワークだ」
試験官はクロトの答えを一蹴し、試験について説明し始める。
「狩りの基本は連携にある。一人では無理な相手でも複数でかかれば楽に狩れる。個々の鍛錬も重要だが、互いの長所を最大限に発揮して狩りにあたることが重要だ」
毎度毎度説得力のある話だ。リリサにも言って聞かせてやりたい。
試験官は説明を続ける。
「……よってこの上級課程では4人一組で協力して課題にチャレンジしてもらう」
(協力か……)
最後の最後で集団戦闘をやらされることになるとは思ってもいなかった。
独力なら合格しても落第しても自己責任なので納得できるが、チームで試験するとなると落第した時の不条理さは倍かそれ以上だろう。
誰と組むべきか、考えている間にも試験官は話を前に進める。
「これから貴様らにはセントレア北東の平原地帯に向かってもらう。そこでサイ型と象型、そして麒麟型ディードをそれぞれ1体ずつ狩ってこれたら合格だ」
合計3体のディードを狩ればいいだけなら簡単そうだ。
……が、そんなことを思っていたのはクロトだけのようで、周囲の受験生たちは悩ましい表情を浮かべていた。
クロトは「そんな……」と嘆いている隣の受験生に声をかける。
「あの、この最終試験ってそんなに難しいことなんです?」
受験生はこちらを見ることなくつらつらと語り出す。
「……ディードは大きければ大きいほど狩りにくいってのは常識だ。しかも通常の動物と違って“あちらから襲ってくる”。特に麒麟や象は手練の狩人でも手を焼く相手だ。それを3体も、しかも4人だけで狩るなんて……無理だよ」
他の受験生も同じように口々に愚痴っていた。
試験官はそんな陰鬱な空気を一掃するように声を上げる。
「ごちゃごちゃ言うな。何も無理強いはしない。怪我が怖ければ辞退しろ」
「……」
試験官から“辞退”の言葉が出てきただけですぐに全員が大人しくなった。
「……よし、それじゃあクジを行うぞ」
試験官はまたしても木箱を取り出し、地面に置く。
16人で4人ずつなので4チームできるはずだ。
木箱が置かれると受験生たちは列を作り、それぞれ木箱の中から木札を取り出していく。
クロトも木札を取り、表面に彫られた数字を見る。
木札には1の数字が刻印されていた。
「1番か……」
クロトは数字をつぶやく。すると、真横から不機嫌な声が飛んできた。
「お前もかよ……」
クロトは右を見る。そこには苛ついた表情を浮かべているジュナの姿があった。
オレンジ色のサイドテールの髪はやや粗雑に纏められており、そんな前髪の下に位置しているダークブラウンの双眸はクロトを睨みつけていた。
また、クロトとチームを組むのが余程嫌なのか、顎に力が入ってムッとていた。
……偶然もここまでくると運命を感じざるを得ない。
ジュナの手にはクロトと同じく1番の札が握られており、ジュナはそれを憎らしげに握りしめていた。……が、携えていた大鎌で札をスパっと切り捨て啖呵を切る。
「おい、なんでお前と一緒なんだ? わざとか?」
「組み合わせは先週と同じく完全にクジだったんだから仕方ないだろ……」
言い訳しつつも、クロトはジュナとチームになったことを内心喜んでいた。
ジュナの戦闘能力はこの16人の中でも高いレベルにあることは間違いない。対人戦の成績は芳しくなかったが、大型ディード相手なら存分に力を発揮してくれることだろう。
逆にジュナは刀一振しか所持していないクロトに対し、真逆の感情を抱いているようだった。
「はぁ、よりによってこいつかよ……今からでも槍に持ち替えろ。そんな刀じゃろくなダメージも与えられないぞ」
「いや、この刀は結構な名刀で……って言うかジュナ、キマイラの棘とか何とか言って褒めてたじゃないか」
「そいつの切れ味がいいのは確かだ。が、適材適所ってもんがあるだろ」
「でも……」
いつまでも反論するクロトだったが、唐突に横槍が入ってきた。
「……女の意見に同意だな。槍なら使ったことくらいあるだろう」
「この試験はチーム戦だ。リーチの短い刀は連携する上でデメリットでしか無いぞ」
話しかけてきたのは二人、どちらも長身でガタイのいい受験生だった。
一人は槍使い、もう一人は鈍器使い。
二人の手には1の数字が彫られた木札が握られており、メンバーだということがすぐに理解できた。
同時に、クロトはこの2名に見覚えがあった。
「あ、お二人共……」
「第二試験の時は世話になったな」
「あの後2勝するの、かなり大変だったんだぞ……」
二人は第二試験の時に対戦した受験生だった。
筋骨隆々の鈍器使いは快活な笑みを浮かべていたが、少し細身で引き締まった体を持つ槍使いからはあまり好意が感じられなかった。
が、メンバーとしては文句ないメンツだった。
鈍器も槍も大型ディードには有効な武器だ。
狩人の中でも槍使いは結構多い。使い勝手もよく対ディード武器としては優秀だからだ。
鈍器も槍ほどではないが結構メジャーな武器だ。斬撃ではなく打撃を与えられるので内蔵に直接ダメージを与えることができる。それに、大ぶりの鈍器による攻撃の威力は眼を見張るものがある。
他にも長剣や大剣などもあるが、鎌や刀を使っているクロトやジュナはその中にあって異色と言っても過言ではなかった。
受験生二人は早々にそれを悟ってか、溜息をつく。
「それにしてもお前らと一緒か……運がいいやら悪いやら」
槍使いの言葉にジュナはつっかかる。
「おい、それどういう意味だ?」
ジュナに応じたのは槍使いではなく鈍器使いだった。
「お前らは編入組だろ? それだけでチームワークが取りにくいんだ」
「……?」
首を傾げるジュナに、鈍器使いは丁寧に解説する。
「ここにいる連中は言わば狩人仲間。ほぼ全員がお互いにお互いの特性を知ってるし、短所も長所も知ってる。だからどんな組み合わせでも最低限のチームワークは発揮できるし、連携も普通にできる」
言葉を引き継ぐように槍使いが喋り出す。
「だがお前らのことは何も知らない。当然お前らも俺達の事を知らないだろう? 他の組と比べて連携って点では不利ってわけだ」
槍使いは肩を落としつつさらに続ける。
「武器もバラバラだから濃い連携は望めない。……これから先、思いやられるぜ」
「むう……」
ジュナは二人の正論にぐうの音も出ないらしい。
暫く二人を睨んでいたが、ふと何か思いついたようでニヤリと笑みを浮かべた。
「それじゃ、お前らは3人で大人しく後ろで控えてろ。狩りは全部オレがやってやるからよ」
「一人で大型ディードを? はっ……何も分かってないな。これだからガキは……」
「あぁ? 誰がガキだって?」
槍使いに突っかかっていくジュナをクロトは必死に押さえる、
「ちょっとちょっと、ここで喧嘩しても仕方ないでしょ……」
結局その後も不穏な空気が晴れることなく、クロトたちを含めた16名はセントレア北東の平原地帯へ向かうこととなった。
平原地帯は広かった。
短い草が生えているだけのまっ平らな地面が限りなく続いている。
所々に木が生えているが、基本的には凹凸はなく、視野いっぱいに広がる地平線は見ていてとても壮観だった。
セントレアに来るまでの道のりで御者台の上から観察していたが、改めて見てもやはり広い。
そんな平原の真っ只中、16名は試験官の前で再び整列していた。
ここまでくるともはや詳しい説明など不要だ。
試験官は一言だけ述べる。
「さあ最終試験開始だ。……危険だと判断したら遠慮なく撤退しろ。制限時間は定められているが、試行回数は無制限だからな……では、始め!!」
試験官の一声で16名4チームは駆け出し、それぞれが四方に散らばっていく。
クロト達4名は獲物を探すべく北に向かっていた。
かなりの速度で走りつつ、4名は最初のターゲットについて話し合う。
「まずは何を狙うんだい?」
クロトは柄を押さえつつ4人に遅れまいと走る。
せかせか走るクロトとは違い、ジュナは大鎌を肩に担いで跳ぶように走っていた。
ジュナは振り返り、後方を走るクロトに応じる。
「そりゃあ……」
クロトの問いにジュナは即答しようとした。
「……サイ型ディードだな」
が、隣を走る槍使いに先に言われてしまった。
槍使いに続いて鈍器使いはその理由を簡単に言う。
「アレの攻撃は直線的、脇を突けば簡単に攻撃が通る。まずはサイ型を狩って勢いをつけよう」
良い判断だ。
クロトも、そしてジュナも反論する気はなく、あっという間に最初のターゲットが決定した。
「じゃあ、最初の目標はサイ型でいいのかな?」
「ああ、そうしよう」
鈍器使いは力強く頷く。
「異議なーし」
槍使いは呑気に応じる。
「そうと決まればさっさと見つけるぞ」
ジュナは狩りたくて堪らないのか、走りながら鎌をくるくる回していた。
……その後平原を駆けていると、ようやく目標を見つけることができた。
他の3人も早々に気づいたようで、全員の体に力が入る。
「見えてきたな……」
「少し大きめだな」
「何? ちょっと大きいからってビビってるわけ?」
メンバーはそれぞれ喋りながら目標に近づいていく。
目標との距離が100mを切ると、その姿形がよく見えるようになってきた。
(あれがサイ型ディードか……)
全身は例によって真黒。角も黒くて長く、且つ、尖っているように思えた。
通常のサイよりも体は大きい。まさに戦車を髣髴とさせる外見だった。
サイ型ディードはこちらの接近に気づいてか、角をこちらに向けて迷う素振りすら見せず襲いかかってきた。
体重もかなりあるようで、結構離れた位置からでも地面が振動しているのが感じ取れた。
距離が30mを切ると、鈍器使いが叫んだ。
「まずは俺が真横から行く!! 援護頼むぞ!!」
鈍器使いは宣言した後速度を上げ、サイ型ディードの突進を紙一重で避ける。そして、すれ違いざま、横っ腹に攻撃を加えた。
遠心力の乗った鈍器は一瞬で目標の側腹部に到達する。しかし、踏み込みが甘かったのか、硬い皮に弾かれてしまった。
ファーストコンタクトに失敗し、サイ型ディードは尚も突進を続行する。
しかし、槍使い、クロト、ジュナは横にそれることで簡単にその突進を回避した。
回避しつつ、クロトは敵の狙い所を探る。
(やっぱり体の内側か……目を狙うしかないか……)
やはりディードの外皮は硬い。狙うとすれば皮の薄い腹側、そして最も柔らかいであろう眼球だ。
眼球を貫けば脳ごと破壊できる。理想的な狙いどころだ。が、高速で突進する敵の目玉に刀を突き立てるのは至難の技のように思えた。
「また来るぞ!!」
サイ型ディードは大きく弧を描いて旋回し、鈍器使い目掛けて突進していく。
鈍器使いは今度は攻撃することなく、余裕をもって右に跳んで回避する。
その隙を突いたのは槍使いだった。
「今度は俺が行く!!」
槍使いはディードの進路予測地点目掛けて駆け、ドンピシャのタイミングで槍を付き出した。
槍はサイ型ディードの後ろ足の付け根に突き刺さり、黒い血を吹き上げさせる。
腱か何かを切ったのか、サイ型ディードは動きが鈍り、バランスを崩して地面に転げてしまった。
どすんという音と共に巨体が真横になり、草原の草をすり潰していく。
……これはチャンスだ。
そう判断したクロトとジュナは間髪入れずディードに飛び掛かり、同じタイミングで渾身の一撃を加えた。
ジュナの大鎌は腹を喉元から肛門にかけて真横に切り裂く。同時に黒い血が吹き出し、周辺の緑の草を黒に染めた。
クロトは胴体ではなく頭部を狙っていた。
黒刀は赤い眼球から入り、脳を突き抜ける。切っ先は頭蓋を破壊して頭から飛び出ていた。
サイ型ディードは足をバタバタさせていたかと思うと、数秒ほどでピクリとも動かなくなった。
……こちらの完全勝利だった。
意外にも簡単にサイ型ディードを狩れ、4人は素直に喜ぶ。
「やったな」
「その鎌、切れ味半端ないな」
「いや、お前が槍で転倒させたから楽に腹を裂けたんだ」
「初めてにしては良くできてたんじゃない?」
今までリリサと散々一緒にディードを狩ってきたが、いつも“それぞれ勝手に各個撃破”という感じだった。
こんな風に協力して一匹のディードを倒したのはいい経験になったかもしれない。
クロトは黒刀を再度振りぬき、サイ型ディードの角を切り取る。
これがディードを狩った証拠となるわけだ。
デイバッグに黒い角を仕舞っていると、遠くから勝どきが聞こえてきた。
どうやら他の班もサイ型ディードの討伐に成功したらしい。
向こうさんも余裕を持って狩れたようで、横たわっているディードの死骸を確認することができた。
槍使いはサイ型ディードの死骸を足蹴にしつつ、憂いの表情を浮かべる。
「サイ型はなんとなかったが……問題は象型と麒麟型だな」
鈍器使いも同感なのか、難しい顔をしていた。
「そうだな……象型はあの長い鼻がヤバイ。一度捕まったら締め上げられて即死だ」
「麒麟型は?」
「あいつは……」
クロトの問いに答えようとしたその時、ジュナが大声を上げた。
「おい、何かでかいのが近づいてきてるぞ!?」
ジュナの声に反応し、全員が顔を上げる。
草原の向こう、真黒な象がこちら目掛けて駆け寄ってきていた。
十分に策を練ってから狩ろうと思っていたが、敵は待ってくれないようだ。
象型ディードはそのスピードも然ることながら、サイ型とは比べ物にならないほどの迫力だった。
大きさはサイ型の倍近い。鼻も長ければ象牙も長く、草食動物とは思えぬほどの殺気を放っていた。ディードなので草食も肉食も無いのだが……とにかく、殺すつもりでこちらに向かってきているのは間違いなかった。
4名は慌てて武器を構え、迫り来る象型ディードに相対する。
「対処法は!?」
クロトの質問に鈍器使いは冷静に応じる。
「死角から……つまり背後から攻撃するしかない」
どうやって背後に回り込めばいいのだろうか。
鈍器使いは迫り来る象型ディードに対し、鈍器をまっすぐに構える。
「オレが囮になる。お前らは後ろに回りこんで後ろ足を攻撃しろ。そうすれば攻略は難しくないはずだ」
またしても鈍器使いが先陣を切るようだ。
しかし、先ほどの動きを見た限りでは鈍器使いはそこまで機敏ではない。
ここは少しでも武器の軽い自分が囮を引き受けるべきだ。
「囮なら僕が……」
そう進言したクロトだったが、槍使いに言葉を遮られる。
「もう時間がない。奴に任せよう」
確かに、距離は既に20mを切っており、これ以降の作戦の変更は混乱を招くだけだった。
鈍器使いは宣言通り、迫り来る象型ディードに駆け寄って行く。
その隙に残りの3名は後ろに回り込むべく大きく弧を描くように駆け抜ける。
が、ここで予想外のことが起きた。
象型ディードが急に進行方向を変え、3名の方に向けて鼻を伸ばしてきたのだ。
「!!」
ディードは頭のいい魔物だ。こちらの作戦などお見通し、ということだろうか。
黒く長い鼻は鞭のようにしなり、刹那の間に3名に到達する。
「クソッ!!」
ジュナは軽く跳び上がると大鎌を引き、勢い良く回してその鼻を弾く。
黒く長い鼻は鎌と激突して一瞬怯んだが、ジュナの斬撃だけでは鼻の勢いを止めることはできなかった。
長い鼻は滞空しているジュナ目掛けて鼻を伸ばし直す。
ジュナは鼻から逃れるべく鎌を振り回すも、鼻は鎌をすり抜けてジュナの脚に絡みついた。
一度絡みついた鼻はそう簡単に外れない。
ジュナは引っ張りあげられ、象型ディードに巻き取られていく。
「きゃあ!?」
ジュナの悲鳴が草原に響く。
黒い鼻は獲物に巻き付く大蛇のごとくジュナの腰、胸、首を締め上げていく。
その力は想像するに易く、ジュナは悲痛の声を上げた。
「あ、ぐぅ……」
このままでは数秒もしないで絞り殺されてしまう。
「ジュナ!!」
気づくとクロトは象型ディード目掛けてダッシュしていた。
クロトは迷うことなく敵の頭部正面に接近していく。
接近の途中、黒く鋭い象牙で突かれたが、クロトはそれを姿勢を低くすることで切り抜け、とうとう頭部の真下に到達する。同時に刃を上に向け、クロトは弧を描くように黒刀を振りぬいた。
黒刀は象型ディードの鼻の根元を正確に捉えており、鋼の如き黒い筋繊維に刃が差し込まれる。
刃はそのまま抵抗を感じさせることなく進み、とうとう鼻を一刀両断してしまった。
根本から切れた鼻は瞬時に力を失い、ジュナは鼻の締め付けから開放される。
同時に鼻は重力に引かれ、地面にずしんと落下した。
この攻撃に、槍使いと鈍器使いは驚きの声を上げる。
「嘘だろ!?」
「あの筋肉の塊を切りやがった……!!」
やはりこの黒刀の切れ味は一級品だ。
……鼻がなくなれば怖くない。
槍使いはクロトに遅れながらも側面に回り込んで首の根元を突き刺し、鈍器使いはジャンプして背に乗ると、頭部めがけて大斧を思い切り振り下ろした。
めきっというグロテスクな音を響かせ、象型ディードの頭部が凹む。
その瞬間ディードの動きは停止し、ゆっくりと横に倒れ、大きな音とともに地面に体を打ち付けた。
これで象型ディードの討伐も成功である。
あとは象牙を切り取れば討伐の証拠となる。が、クロトは象牙を切るよりも先にジュナの元に駆け寄った。
ジュナは黒く長い鼻から自力で脱出している最中で、どこか怪我でもしたのか、顔は痛みに歪んでいた。
クロトはジュナに巻き付いた鼻を黒刀で切り裂き、膝をついてジュナに声をかける。
「大丈夫かジュナ?」
「こほっ……平気……平気だ」
ジュナはクロトが差し伸べた手を押しのけ、大鎌を杖代わりに立ち上がる。
そして体が万全であることを示すかのように大鎌を振り、黒い象牙をスパっと切り取った。
サイの角と象牙を手に入れ、残るは一体だけとなった。
……麒麟型のディードである。
「あとは麒麟型か……」
難敵を倒したばかりだというのに槍使いは悩ましい表情を浮かべていた。
クロトは一度黒刀を鞘に納め、問いかける。
「さっきは聞きそびれたけれど、麒麟型ってそんなに厄介なんですか?」
この質問に堪えたのは鈍器使いだった。
「ああ、まず後ろ足のキックの威力が半端ない。一撃で木をなぎ倒すほどの威力だ。あとはあの首、リーチを活かした頭突き攻撃は速いし範囲も広いしどうしようもない」
鈍器使いの弱気な発言に、ジュナは苛立ちの声を上げる。
「どうしようもないじゃ駄目なんだよ。何か弱点はねーのか?」
「弱点はない。でも、倒す方法はある」
鈍器使いは左の手のひらを振り子のように振り下ろし、胸の前で右の拳とぶつけた。
このジェスチャーだけで言わんとしていることは理解できた。
「頭突きのタイミングに合わせてカウンター攻撃で目をピンポイントで狙うんだ」
「そんな無茶な……」
失敗すればまともに頭突きを受けて大怪我は必至だ。当たりどころがよくても悪くても今後の生活に支障が出るのは間違いなかった。
危ない作戦だが、槍使いは乗り気の様子だった。
「無茶でもやるしかない。……俺がやる」
槍使いはそう言って槍を握りしめる。その手は少し震えていた。
「まあ、この中で一番カウンターに適してるのは槍なのは間違いないな。だが、本当にできんのか?」
「できるもできないも、俺がやるしか無いだろう」
槍使いの覚悟は固いようで、早速麒麟型のディードを探し求めて視線を周囲に向けていた。
まずは目標を見つけなければ話にならない。
クロト達も槍使いを見習って麒麟型のディードを探し始める。
……背の高い麒麟型ディードを見つけるのはそれほど難しいことではなかった。
「あれ、そうじゃないかな」
クロトは早速真黒なシルエットを見つけ、指をさす。
メンバーはクロトが指差した先に目を向ける。
そこには首が異様に長い、真黒で巨大な魔物の姿があった。
すぐ隣には木が生えていたが、麒麟型のディードはその木の丈をゆうに3mは超えており、通常の麒麟と比べても1.5倍近く大きかった。
幸いなことに周囲に他のディードの影はない。
クロト達は早速目標に向けて移動することにした。
(やっぱり大きいなあ……)
近づくに連れ、麒麟型のディードは大きくなっていく。遠くから見ても大きく感じられたのに、もっと大きく感じられる。
目前で見るとどれほど大きく見えるのだろうか。
そんな事を考えつつも、クロト達はじわりじわりと目標に近づいていく。
できるなら死角から先制攻撃を加えたいが、この遮蔽物も何もない平原では不可能だ。
ある程度進むと警戒区域内に入ったのか、麒麟型ディードはこちらに顔を向ける。そして、ゆっくりと近づいてきた。
「気づかれたな」
「ああ」
槍使いと鈍器使いは武器を両手に構える。
クロトも抜刀し、ジュナも大鎌を腰の位置で構えた。
こちらが臨戦態勢になったというのに、麒麟型ディードは悠々と歩いていた。
まるでこちらを危険だと感じていないかのようだ。自分たち程度、余裕で殺せると考えているのだろうか。
やがて麒麟型ディードは目前まで接近する。クロト達は扇状に散開し、敵を囲むように慎重に移動していく。
先頭は槍使いだ。
カウンターを決めれば一瞬で終わるはずだが、果たして上手くいくだろうか。
槍使いは頭突きを警戒してか、ディードの頭部を見上げて構えていた。
……そんな考えを見透かされたのか、麒麟型のディードはいきなり反転し、後ろ足でキックを放ってきた。
「!!」
まさに虚を突いた攻撃だった。
上から頭突きが来ると構えていたところに、真正面から2つの蹄が怖ろしい速さで迫ってきたのだ。
上手く対処しろというのは無理な話だった。
「わっ!?」
「くっ……!!」
恐ろしく素早い攻撃に、クロトとジュナは後方に跳んで回避する。
槍使いも虚を突かれはしたものの、真横にローリングしてキックから逃れた。
……が、鈍器いはこの攻撃に対処できなかった。
「ぐおっ!?」
鈍器使いは回避ではなく防御を選んでしまい、硬い蹄を鈍器の側面で受ける。
当然キックの威力を受け止めきれるわけもなく、鈍器使いは地を離れ、吹き飛ばされてしまった。
筋骨隆々の大男が紙くずのように宙を舞う。
およそ20mほど飛んだだろうか。数秒ほどの飛行を終えた鈍器使いは固い地面に激突してしまった。
受け身を取る余裕がなかったのか、鈍器使いは地面で2度ほど跳ね、慣性のまま地面を転がり、ついに動かなくなってしまった。
死んではいないだろうが、復帰するのは難しいだろう。
これで味を占めたのか、麒麟型ディードは後ろ足でキックを連発してくる。
狙いはそこまで正確ではなかったが、速度もサイクルも早く、残された3人は避けるので精一杯だった。
驚異的な攻撃にも関わらず、槍使いは前に出る。
「今から回りこむ!! 引きつけておいてくれ!!」
そう言うと槍使いはキックの雨の中に自ら飛び込み、股の間を抜けてディードの正面に出ることに成功した。
麒麟型ディードは股を抜けてきた槍使いに対し、とうとう頭突きを放つ。
首を時計方向に回し、遠心力を最大限に活かした頭突き……。
その速度はキックの比ではなく、プロゴルファーのフルスイングを連想させた。
攻撃を受ければ即死。
しかし、槍使いは回避することなく、宣言通りに槍を相手の目玉目掛けてカウンター気味に突き出した。
タイミングはばっちり。……が、穂先の狙いは正確ではなかった。
穂先は目を逸れて短い角に激突した。結果、穂先は粉々に砕け、そのまま槍使いは頭突きをまともに受けて吹き飛ばされた。
……30mは飛んだだろうか。
長い滞空時間の末に槍使いは地面に激突し、草原をゴロゴロと転がって動かなくなってしまった。
流石は大型ディードだ。圧倒的な質量差は如何ともし難い。
カウンターが失敗に終わり、2名のメンバーを失った今、こちらには有効な策は何もない。
だが、ここでおめおめと退却するわけにもいかなかった。
(またあの時みたいな力が出るといいんだけど……)
クロトはベックルンで超大型ディードを倒した時、そしてケルン北部の山頂でヒトガタを倒した時に発揮した力のことを思い出していた。
あの時の自分は火事場の馬鹿力を遥かに超える力を出した。
が、未だ全くもって理由は謎だ。生命の危機に瀕すれば勝手にその状態になるのではないかと予想してはいるが、定かではない。
ここは無謀に飛び込むのではなく、冷静に攻略法を考えたほうがいい。
……しかし、考える時間をディードは与えてくれなかった。
麒麟型ディードはこちらを向くと同時に再度首を振り回し、モーメントを最大限に活かした頭突きを放ってくる。
目が付いている分、後ろ蹴りより狙いは正確だ。
クロトは槍使いの二の舞いになるのを防ぐべく、後ろに下がる。
だが、ここで無謀にもジュナが前に出た。
「この野郎!!」
ジュナは脚を大きく開いて構え、大鎌を大きく引いてカウンターの態勢を取る。
カウンター態勢が完了すると同時に、麒麟型ディードの頭突きがジュナに到達した。
頭突きに合わせてジュナは鎌を振りぬき、頭部と武器が激突する。
ジュナの大鎌はやはり目を逸れており、短い角とぶつかった。しかし、ジュナは先ほどの二人と違って吹き飛ばされることなく、踏ん張って頭突きを受け止めてしまった。
麒麟型ディードはその反動を利用して首を逆回転させ、今度は逆方向からジュナを狙う。
不意打ちに近い連続攻撃。
しかし、ジュナは振り向きざまに大鎌を振りぬき、またしても頭突きを受け止めた。
激しい打撃音が周囲に響き渡る。
しかし、受け止めきれたのもこの2度だけだった。
麒麟型ディードは首を回転させるのを止め、今度は真上に首をもたげ、叩き潰すように頭突きを放ってきたのだ。
「!!」
この真上からの攻撃にジュナは対応しきれず、大鎌の柄で攻撃を受け止める。
がん、と音が鳴り響く。
ディードの骨からつくられた大鎌は大きくしなり、何とかその衝撃を吸収する。だが、負担は凄まじかったようで、ジュナは地面に膝をつき、武器から手を離してしまった。
「クソが……」
ジュナは腕に多大な衝撃を受けたようで、両腕はプルプルと震えており、武器を握れる状態ではなかった。
麒麟型のディードは味を占めたのか、同じように真上から地面に向かって頭突きを放つ。
ジュナは何とか地面を転がってこれを回避し、事なきを得た。
頭突きを受けた地面は大きく抉れており、豪快に土が舞い上がる。
(……!!)
次の瞬間、クロトはある作戦をひらめき、ジュナの元に駆け出した。
「ジュナ!!」
そしてジュナを守るように上に覆いかぶさった。
いきなり正面から抱きしめられ、ジュナは声を上げる。
「何やってんだ!! このままじゃ二人共……」
「大丈夫だ」
やがて麒麟型ディードの3度目の頭突きが振り下ろされた。
頭部はクロトとジュナを正確に捉えており、圧倒的な威力で二人を押しつぶした……かに思えた。
しかし、麒麟型ディードの頭部はクロトとジュナに到達する寸前で止まっていた。
麒麟型ディードは首を振り下ろした状態のまま膝を折り、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
長い四肢は地面に放り出され、黒い巨体は明らかに生命活動を停止していた。
一体何が起きたのか。
麒麟型ディードの後頭部からは黒刀の切っ先が覗いており、刃は麒麟型ディードの額から後頭部にかけてを貫いて根本まで突き刺さっていた。
その切り口からは黒い血がとめどなく流れ出ていた。
遅れてからくりを理解したジュナは呆れた口調でクロトに告げる。
「お前……頭ぶっ刺せるなら最初からそうしろよ……」
「いや、相手の力を利用しただけさ」
黒刀の柄の最端部、柄尻は大鎌の柄の上に載せられ、天に向けて聳え立っていた。
理屈は至極簡単である。
こちらから刺すのではなく、相手の頭突きの勢いを利用して頭蓋を貫通させたというわけである。
「まさかこのディードも自害に近い方法で死ぬだなんて思いもしなかっただろうね」
衝撃は予想以上に強く、鎌は地面にめり込んでいた。
ジュナはそんな大鎌を横目で見つつ、クロトに問いかける。
「滅茶苦茶だな……刃が折れたらどうするつもりだったんだ?」
「この黒刀はそう簡単に折れたりしないさ」
キマイラの棘……あの超大型ディードに比べればこの麒麟型ディードなんて恐れるに足りない。
「ま、理屈はわかった。分かったから……さっさとどけよ……」
そう言うとジュナは頬を赤らめ、視線を横にそらす。
この反応で、クロトは自分が女の子に覆いかぶさっているという事実に今更ながら思い至った。
「ごめんごめん……」
クロトはディードの重い頭部を押しのけると、立ち上がる。
そして、仰向けで黒い血にまみれたジュナに手を差し伸べる。
「……ありがとな」
ジュナはぶっきらぼうに告げるとその手を掴み、立ち上がった。
立ち上がると二人はそれぞれ自分の武器を頭部と地面から引っこ抜く。
ジュナの大鎌は全くの無傷だったが、クロトの黒刀は度重なる衝突で木製の柄の部分が割れていた。
刃は無事だが、これではまともに使えない。……修理に出す必要があるだろう。
ジュナは麒麟型ディードの短い角を刈り取り、手に取る。
そして短く溜息をついた。
「ふう……これで上級課程合格だな」
「だね」
クロトはある種の達成感のようなものを感じていた。
最初は不安で仕方なかったが、人間、頑張ればなんとかなるものだ。
後は3本の角を試験官に見せればミッションコンプリートである。
……が、その前にやるべきことがあることをジュナが思い出させてくれた。
「さて、二人を助けにいくか」
「あ、そうだった……」
槍使いと鈍器使いはそれぞれ吹き飛ばされて今も動かない。
死んではいないだろうが、怪我をしているのは明らかだった。
「じゃ、集合地点で落ち合うぞ」
「わかった」
その後二人はそれぞれ別れ、槍使いと鈍器使いの受験生を……いや、上級狩人を介抱することとなった。




