028 鉄球と大鎌
028
その後も上級課程とは名ばかりのトレーニングが続き、どこかの映画で見たような軍隊ばりの過酷な試練が4日間ほど続いた。
2日目は肉体的にも精神的にも辛かったが、3日目になると体が慣れてきて、4日目には精神的にも慣れてきた。これが洗脳というものだろうか。
そして今日、5日目は武器を取り入れたトレーニングも行われ、それらも難なくこなす事ができた。
トレーニング中はジュナに一切話しかけなかったが、時々彼女の様子を見ていた。
彼女は自分で豪語した通り本当に優秀で、数々のトレーニングを涼しい顔でクリアしていった。余程お兄さんとの訓練がハードだったのだろう。
となるとお兄さんも相当な実力者に違いない。
そんなこんなで5日目の訓練が終わり、ついに最初の試験を迎えた。
昼下がり、クロト達候補生は養成施設の演習場に集められ、試験官を前に整列していた。
試験官は声高々に告げる
「狩人に求められるもの……それは何だと思う!?」
誰も何も応えない。
クロトは暫く考え、思う所を述べる。
「チームワーク……ですか?」
「違う。索敵能力、そして状況判断能力だ」
試験官はクロトの答を一蹴し、説明し始める。
「狩りの基本はディードを発見することから始まる。相手に気取られずに敵を発見し、先制攻撃を仕掛ける……これこそ狩りの醍醐味だ。……だが、時に奇襲を受ける時もある。その時求められるのは素早い敵の位置の把握、そして的確な状況判断だ」
(なるほど……)
クロトは妙に納得してしまう。
情報というのは戦闘においてもっとも重要なファクターだ。
正確な情報を素早く手に入れることができれば戦闘も有利になるのは自明の理である。
「……ということで、第一の試験は四方八方からの攻撃への対処能力を測らせてもらう」
試験官はそう言うと、パチンと指を鳴らす。
すると、猟友会の係員らしき人達が背後から現れた。彼らは6台ほど荷台を引いており、その荷台には見慣れぬ大きな木箱が2台ずつ載せられていた。
係員は特に指示されるでもなく荷台から木箱を降ろし、それを円状に等間隔に配置していく。
やがて12台の木箱が時計の基盤のごとく配置された。
箱には長い筒が接続されていた。
長い筒は円の中心に向けられており、その筒を撫でながら試験官は言葉を再開する。
「……これはカミラ教団の技術部に特別に用意してもらった『硬球射出装置』だ」
言うと同時に箱の中から重低音が響き始める。かと思うとぼんっと音が鳴り、球が筒から飛び出してきた。
飛び出した……と言うより発砲された。
こぶし大ほどの球は緩やかな放射線など描かず一直線に飛翔し、刹那の間に候補生たちの前を通り過ぎ、演習場の隅にある煉瓦の壁に衝突した。
球は壁にめり込んでおり、威力がどれほどか想像するのは容易かった。
「これからこの12機の射出装置から球がランダムに発射される。貴様らはこの円の中心に立って避けるなり防ぐなりしてダメージを最小限に抑えろ。2回以上球に体が触れたら落第だ。いいな?」
「……」
誰もが言葉を失っていた。
試験の方法がユニークであることもさながら、球のスピードがかなり速い。
しかもあれを四方八方から撃たれるとなると回避するのは大変そうだ。
やがて試験が開始され、一番目の受験生がサークルの中に入る。
12機の射出装置に囲まれ、受験生はせわしなく体を回転させていた。
「……では、始め!!」
試験官の掛け声と共にまず1射目が発射された。
発射されたのは受験生から見て3時方向の筒。
しかし、受験生はその速度に対応できず、脇腹に球を受けてしまった。
「うっ!?」
弾は脇腹にめり込み、受験生は思わず苦悶の声を漏らす。
そのまま倒れる……かと思いきや受験生はその場で踏ん張り、正面から来た二射目を横っ飛びに回避した。
(おお……)
流石は上級狩人を目指しているだけのことはある。あの程度のダメージはダメージのうちに入らないのだろう。
受験生は同じように3射目、4射目も器用に回避し、最後の5射目も真上にジャンプして回避してみせた。
その様子を他の受験生たちは固唾を呑んで見守っていた。
試験官は小さく頷き、結果を告げる。
「……合格だ。次の者、円の中に入れ」
試験官の言葉を耳にしながらも、受験生たちは射出装置に囲まれたサークルを観察していた。
若干俯角に撃ち出されたため壁にぶつかることはなかったが、こぶし大の球は地面に深くめり込んでいる。
これを武器で受け止めるのは至難の技だ。
誰もがどうやって回避しようかと考えていたが、その中で一人だけが全く違う考えを持っていた。
「はっ、避けるなんて情けねーな」
息巻いてみせたのは橙色のサイドテールが似合う少女、ジュナだった。
ジュナの言葉は他の受験生の反感を買ったようで、近くにいた受験生から野次を飛ばされる。
「情けないだって? じゃあお前はあれを打ち落とせるのかよ?」
その言葉を待っていたと言わんばかりにジュナはニヤリと笑みを浮かべる。
「見せてやるよ。手本ってやつをな」
そう言うとジュナは列から一歩前に出て、試験をうけるべく準備に向かう。
ジュナは武器置き場から自分の獲物を取り出す。
ジュナが取り出した武器は……自身の身長を超えるほど大きな鎌だった。
大鎌は……例によってディードの骨で造られたものらしい。柄から刃に至るまで真黒で、継ぎ目は存在しなかった。
石突の部分は尖っており、パイクとしても使えそうだ。
柄以外の部分は全て切れ味の良さそうな刃になっており、鎌を象徴する先端部分は基本的には三日月状だが内側は波打った形状をしており、それは夜空に羽ばたくコウモリの羽を連想させた。
そんな凶器を軽々と持ち上げ、ジュナは円の中心に立った。
「……目で追ってるようじゃダメだ。気配を感じるんだよ」
ジュナは先ほどの候補生とは違い、視線を前に向けたまま大鎌を構える。
その構えは腰の位置で柄を持ち、刃を地面に対して水平にするという独特な構えだった。
独特だが、かなり慣れているようで、鎌が彼女の体の一部に見えるほど自然体だった。
試験官はジュナが準備出来たと判断したようで、間もなく開始の合図を出した。
「では……始め!!」
試験官の言葉が終わるやいなや第一射が射出される。
ジュナから見て6時方向、真後ろからの砲撃。
ジュナはそれを分かっていたかのように体を半回転させ、ついでに大鎌もくるりと腰回りで素早く回転させ、刃を球にぶち当てた。
がきんと堅い音が響く。
鉄球は綺麗に半球状に割れており、ジュナの足元に転がっていた。
見事な斬撃に周囲から「おお」とどよめきが起きる。
が、そのどよめきが終わらぬうちに第2射が発射された。
次は10時方向からの砲撃。
ジュナはフラフープのように大鎌を腰で回転させて刃を加速させ、またしてもどんぴしゃのタイミングで刃をぶつけ、球を真っ二つにした。
(凄い……)
その後の12時方向からの3射目、8時方向からの4射目も流れるような鎌捌きで切り捨てる。
最後の3時方向からの5射目に対してはジュナは大鎌を真下から上に振り上げ、横ではなく縦方向に切ってみせた。
全てが終わり、ジュナの周囲には10個の綺麗な半球が転がっていた。
「……ふん」
ジュナは満足気に溜息をつくと、円から出て元の場所に戻る。
他の受験生は何も言えないようで、ただただジュナを物珍しげに見つめていた。
……その後、ジュナの真似をしようと受験生達は頑張るも、球に武器を当てられるものは僅かで、切れたものは一人も現れたなかった。
それでも、回避するだけでもこの試験は合格だ。大半の候補生は球を防いだり回避したりして、合格していた。
あれよあれよと時が過ぎていき、とうとうクロトの番が回ってきた。
(いよいよか……)
この試験、ぶっちゃけるとそれほど難しくはない。
球に当たらぬように回避すればいいのだ。わざわざ武器を持ちださなくてもいいくらいだ。
黒刀を持つべきかどうか考えていると、ふと後方から視線を感じた。
クロトは振り返る。
そこには大鎌を携えたジュナの姿があった。
ジュナはこちらを睨みつけるように見ていた。どうやら自分がどれほどの実力者なのか、気になって仕方がないようだ。
「……」
クロトはジュナの鮮やかな鎌捌きを思い出す。あれは実に効率的な動きであり、そしてその一挙一動は華麗でもあった。
あれを見せられてしまっては、自分も試したくなってしまう。
(……やってみるか)
合格を優先させるために回避しようと思っていたが……たまには冒険するのも悪くない。
クロトは一度置きかけた黒刀を再度握り直し、円の中心に立つ。
そして鞘から黒刀を抜き、腰だめに構えた。
意外にも緊張はしていない。ディードとの実戦に比べればこんなものはお遊戯同然だ。
気楽に行こう。
そう心に決めると、試験官の声が場に響いた。
「では……始め!!」
まずは1射目。
9時方向から飛んできた球をクロトは十分引きつけ、ギリギリのタイミングで刃を斜めに振り下ろす。
鋭い黒刀は球を容易く切り裂いた。
半球状になった球を目の隅に捉えつつ、クロトは2射目に備える。
続いての2射目は4時方向から飛んできた。
……ほぼ真後ろからの砲撃。
クロトは振り向きざまに刃を振り上げて球を切り裂いた。
手応えは十分。この調子なら全て黒刀で切り落とせそうだ。
そんなことを考えていると、間髪入れず3射目が飛んできた。
方向は12時、左側からの砲撃。
クロトは後ろに足を引いて地面を踏み込み、回転斬りを放つ。
水平に放たれたその斬撃は球の中心を捉えており、半球となって宙を舞った。
その半球が地面に落ちた瞬間、4射目が発射された。
4射目は10時方向、こちらから見て左前方から飛んできた。
これまでとは違って4射目は発射の瞬間から視界に捉えており、クロトは立ち位置を変えることなく返す刃で球を切り裂いた。
そして最後の5射目
最後の球は4射目からほぼ間隔を置かずに射出された。
しかも運悪く、その方角は3時方向だった。
(……!!)
この位置はクロトにとって辛い位置だった。
ほぼ真後ろ、刀を振り切った状態で体勢も崩れている。
……しかし、クロトはこれに見事に対処してみせた。
「っと!!」
クロトは黒刀を逆手に持ち直し、目視することなく背後に刃を突き出した。
背後から飛んできた球は見事に黒刀に串刺しに突き刺さり、刃の中腹辺りで停止した。
クロトはその後すぐに刃を真上に振り上げ、球を真上に放り上げる。
そして落ちてくるタイミングで刃を真上に振り上げ、今度こそ真っ二つに切り捨てた。
「ふう……」
全ての球を斬り終え、クロトは深い溜息をつく。
ジュナの時と同じく、クロトの周囲にも10個の半球が転がっていた。
溜息が終わると、試験官は合否結果を告げた。
「クロト受験生、合格だ」
「……ありがとうございます」
クロトは一礼すると地面に捨てていた鞘を拾い、黒刀を鞘に収める。
そして、円の外に出て服の袖で額を拭った。
サークルの外、集団に戻ると受験生は皆目を丸くしてクロトを見ていた。
基礎体力テストで最下位だった男がこうも試験を華麗にクリアしてしまったのだから驚くのも無理は無い。
ジュナも例外ではなく、ダークブラウンの瞳をじっとクロトに向けていた。
これだけ見られているのに何も言わないのは失礼かなと思い、クロトはジュナに話しかける。
「どうだった?」
「……あれくらい出来て当然だ」
クロトは少し会話をしようとしたのだが、ジュナはそれだけ言うと離れていってしまった。
別にほめられることを期待していたわけではないが、ここまで素っ気なくされるとそれはそれで寂しい。
その後も滞り無く一次試験は行われ、この試験では8名の落第者が出た。
落第者と言っても彼らは狩人しては優秀な部類に入る人間だ。上級狩人になれなくとも狩人としての仕事を全うできる資質は十分に持ち合わせている。
それにチャンスは一度きりではない。その気があれば半年後に再び受験しに来るだろう。
残り32名……
この調子だと上級狩人の資格を取るのも難しくない。
……この時のクロトは気楽に考えていた。




