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天球のカラビナ  作者: イツロウ
03-首都セントレア-
28/107

027 ディスコミュニケーション


 027


 場所は変わって猟友会本部

 その第3演習場。

 だだっ広いグラウンドの中央に40名ほどの上級狩人試験の受験生が整列していた。

 ……時刻は夕刻

 全員が汗をかいており、汗の蒸気が影となってグラウンドの上で淡い影を描いていた。

 そんな受験生たちを前に、キャップ帽を被った試験官は淡々と告げる。

「今日は貴様らの大体の実力を知るために基礎体力テストを行ったわけだが……流石は第2課程を通過しただけのことはある。中々の粒揃いだな。……一部を除いて、だが」

 試験官の視線がクロトに突き刺さる。

 クロトは40名の中でただ一人膝に手をついており、肩でぜーぜーと呼吸していた。

(き、きつい……)

 基礎体力テストは殆ど運動をしていなかったクロトにとってかなり辛いものだった。

 ランニングをしたかと思えば筋肉トレーニングをし、筋肉トレーニングが終わったかと思えば走りこみダッシュを数十回繰り返し、それが終わったかと思うと障害物コースを延々と走らされたり……

 これまで経験したことがないほど疲れた。

 だが、何とか乗り切った自分を褒めたい。途中挫けそうになったが、それでも自分はやり遂げたのだ。

 そんなクロトとは違い、クロト以外の受験生は楽々この体力テストをクリアしていた。

 彼らは汗をかいてはいるが、息が乱れているものはいない。

 流石は上級狩人の最終過程に到達しただけのことはある。全員が優秀な狩人に違いない。

 そんなことを思っている間も試験官は喋り続ける。

「これからの予定だが……貴様らはこれからの15日間、上級狩人として必要なスキルを学んでもらう。そして、その間に3回の試験を受けてもらう。この3回の試験を通過したものだけが上級狩人の資格を得ることができる。逆に、一度でも試験を通過できなかった者はその時点でリタイアだ。分かったな?」

 試験官はそこまで言うとキャップ帽を外し、髪をかきあげる。

「……明日からが本番だ。今日はゆっくり休め。……解散」

 解散の合図とともに40名から緊張が解け、ある方向にむけて移動し始めた。

 クロトは膝から手を離して二本の脚で立ち、よろよろと彼らについていく。

 流れのままついて行くとやがて建物が見えてきた。

 木造の平屋建て。一見すると中規模の寮に見えなくもない。

「さて、晩メシはなんだろうな」

「明日からはもっとキツくなる。腹いっぱい食えるのは今日までだろうな……」

 彼らの話しぶりから察するに、やはりここは宿泊施設に間違いないようだ。

 クロトも彼らの後に続き、施設の中に入る。

 すると、すぐ正面に木製の長テーブルの並ぶ食堂が見えた。

 食堂には既に受験生たちが屯しており、各々がカウンターでパンと豆料理を受け取り、長テーブルに座って食事をしていた。

 クロトも遅れまいと最後尾に並び、数十秒の待機時間を経て夕食を手に入れた。

 受け取ったトレイの上には少し固めのパンとボウル状の皿に煮豆料理がこんもりと盛られており、見ているだけで食欲をそそられた。

 クロトは早速料理を胃の中に収めるべく席を探す。

 しかし、探している間にどんどん席が埋まっていき、とうとう座る場所が無くなってしまった。

「……」

 当然ながら救いの手を差し伸べてくれる受験生などおらず、全員がクロトの事を無視して食事をしていた。

 このまま立って食べようか。

 そんなことを考えていると隅の隅に空いている席を見つけた。

(ほ……)

 クロトはだるい体に鞭打って隅の隅まで移動し、おもむろに席に着く。

 これでゆっくりと食事できる。……と思ったのも束の間、棘のある声が正面から発せられた。

「そこに座んじゃねーよ……」

 クロトは声に反応して正面を見る。そこにはオレンジのサイドテールがよく似合う少女、ジュナの顔があった。

 ジュナは固いパンを噛みちぎり、敵意の眼差しでこちらを睨みつける。

 が、今更移動するわけにもいかず、クロトは「お邪魔します」と小さくつぶやく。

 すると、またしても棘のある声が発せられた。

「邪魔するなら座るなよ」

「小学生みたいなこと言うなよ……」

「しょうがく……?」

「なんでもない」

 クロトはジュナの言葉を無視してパンを千切り、頬張る。

 見た目にそぐわず塩味のきいた、非常に美味しいパンだった。

 ジュナもクロトを追い払うのを諦めたのか、今度は別の角度からクロトに攻撃を加える。

「それにしてもお前、体力全然ないな。途中参加してくる奴がいるって聞いてどれだけ凄い狩人が来るのかと思ってたが……最下位って、恥ずかしくないのか?」

「仕方ないだろう。僕は君らと違って何年もここで訓練してきたわけじゃないんだから」

「よくそれで上級狩人になろうと思ったな」

「僕だってなりたいわけじゃないよ。でも、リリサ……いや、リーダーが上級狩人の資格を取れって言うから仕方なく来ただけだよ」

「お前ごときが上級狩人になれるわけが無いだろ。お前のリーダー、頭おかしいんじゃないか?」

「僕も時々そう思うよ」

 会話しつつ、クロトはパンに続いて煮豆料理も食する。

(あ、こっちも美味しい……)

 煮豆料理はスパイスが効いていて、疲れが吹っ飛ぶような美味しさだった。

 食べながらクロトは考える。

(それにしても、わからないことだらけだな……)

 知らないことが多すぎる。

 この40人は第一課程と第二課程を突破してきた受験生らしいが、そもそも彼らはどのような種類の人間なのだろうか。

 リリサから聞いた話だと狩人を養成する学校のような物があると聞いたが、彼らもその学校に属する生徒なのだろうか。それとも、既に学校を卒業して狩人の資格を持っている者なのだろうか。

 この試験は何度でも受けられるのだろうか……

 疑問は尽きない。

 ……食事中は会話も弾むというし、色々と情報を彼女から聞いておこう。

「ねえ、ジュナ……」

「黙って食え」

「……」

 早速初手を潰されてしまった。まるで鉄壁である。

 しかし、この程度でくじける自分ではない。

 会話のきっかけを作るべく、クロトは水差しを取り、ジュナのコップに水を注ごうとする。

「水、入れてあげるよ」

「必要ない」

「まあ、遠慮しないで」

「いい加減にしろ!!」

 クロトのしつこさに苛ついたのか、ジュナは椅子から立ち上がり水差しを押しのけた。

「あっ」

 クロトは思わず水差しから手を放す。

 水差しはそのままテーブルの上に落下し、落下の衝撃で盛大に水を撒き散らした。

 水は主にジュナに向けて飛び散り、胸元から腹部にかけてをびっしょり濡らした。

 テーブルも水びたしになり、木製のテーブルが濃い色に変色していく。

「……」

 ジュナは自分の服を見下ろし、暫く無言で佇んでいた。

 が、唐突に豆料理の皿を掴み上げると、思い切りクロトに投げつけた。

「!?」

 クロトはそれを顔面で受けてしまい、口はもちろん鼻の中にも豆が入りこんだ。

「ぐっ……げほっげほっ……」

「馬鹿が……二度とそのツラ見せんじゃねーぞ!!」

 啖呵を切ると、ジュナは苦しむクロトを放置して食堂を出て行く。

 これだけの騒ぎがあっても周りの受験生は全く反応を示さなかった。そして当然、クロトのことを助けてくれるものは誰もいなかった。



(ひどい目に遭った……)

 クロトは屋外の洗い場で豆料理で汚れたシャツと顔を洗った後、偶然遭遇した試験官に案内されて宿舎の中を歩いていた。

 この宿舎は試験専用の施設らしく、先程の食堂の他には寝室と洗面所と浴室くらいしかないらしい。

 ……まるで刑務所のような場所だ。

 現在クロトは試験官に案内され、寝室に向かっていた。

「貴様」

「はい?」

 試験官は前を向いたまま喋る。

「聞く話によると貴様はあのバスケス教官の推薦で最終過程を受験する許可をもらったらしいな」

「バスケス教官……ああ、あの髭の立派な方ですか」

「ああ見えてあの方は人を見る目だけは確かだ」

 試験官はそこまで言うと顔をぐっとこちらに寄せ、強く告げる。

「……くれぐれも失望させてくれるなよ」

「……はい」

 期待されているのやら、脅されているのやら……

 とにかく、注目されていることだけは間違いなかった。

「ここが寝室区間だ。どこでも好きな部屋にはいるといい」

 ふと前を見ると廊下の左右に5つずつドアが並んでいる区間が目の前に広がっていた。

 一番手前の右側のドアが開いており、クロトはそっと中を覗きこむ。

 室内はシンプルなベッドが4つ並べられているだけだった。既にベッドは男の受験生が占拠しており、その部屋には入れそうになかった。

「では、しっかりと体を休めておくように」

「案内、ありがとうございました……」

 クロトは試験官に別れを告げ、左右を見ながら前に進む。

 2部屋目も3部屋目も既に一杯で、ドアが閉じられている部屋が大半だった。

 本当に空いているベッドはあるのだろうか。

 そんな疑問を感じつつ、クロトは一番奥の左側の部屋、ドアが開いている部屋を覗き込む。

 すると、部屋の奥の右隅のベッドが空いていた。

(よかった……)

 これで寝床には困らない。

 クロトはふうと溜息をつくと室内に入り、右隅のベッドに腰掛ける。

 ドア側の二人は既に寝ているようで、寝息が聞こえてきていた。

 あまり物音を立てずに、自分もさっさと眠ることにしよう。

 そう決めたクロトだったが、隣のベッドに寝ている受験生がそれを許してくれなかった。

「テメェ……」

 小声ながらもドスの利いた声を上げたのはジュナだった。

 まさか隣のベッドにジュナがいるとは知らず、クロトはすぐに弁解する。

「こ、これは不可抗力で……」

「不可抗力もクソもあるか。さっさと出て行け」

 ジュナはベッドから立ち上がり、威嚇するようにクロトの目前に立つ。

 すぐにでもここから去りたいクロトだったが、不幸なことに空いているベッドはここしか無い。

 クロトはどうにかしてジュナを説得することにした。

「……そんなに怒らないでほしい。さっきの事故のことは謝るからさ」

「お前のおかげで服がびしょ濡れだ。明日までに乾くかどうか……」

 よく見るとジュナはサイズの合っていないブカブカのシャツとズボンを履いていた。

 男用の寝間着だろうか。

 袖はまくり上げられ、裾の部分は左側で結ばれている。ズボンも同じくウエスト部分を結んでサイズを調整していた。

 ……細い腰だ。

 特に筋肉があるようには見えないのに、あの基礎体力テストを難なく乗り越えたのだから不思議だ。

 サイドで結ばれていたオレンジの髪も今は解かれ、肩口でふわりと広がっていた。

 見れば見るほど普通の少女だ。

 リリサもそうだが、やはり、狩人という人種は体の作りからして一般人とは違うのだろうか。

 そんな事を考えていると、不意にジュナは予想だにしないセリフを口走った。

「……お前、よく見ると変な奴だな」

 先程までの苛立った雰囲気は何処に行ったのか、今は真剣な眼差しでクロトのことを見つめていた。

「外見は普通の男か、それ以下なのに纏ってる空気がまるで違う」

 ジュナはづかづかと歩み寄ってくるとそのままクロトのベッドに侵入し、超至近距離で顔を見つめる。

「……その目。オレはその目を知ってる。修羅場を潜り抜けてきた目だ」

 先程まで嫌悪感を露わにしていたのに、今は同じベッドで見つめ合っている。

 ……女心というものはよくわからない。

 ジュナは目を逸らすことなく、むしろ自分の目を魅せつけるように更に距離を縮める。

「オレも修羅場をくぐってきた戦士だ。兄貴と一緒に毎日訓練して大型ディードを倒せるだけの実力を手に入れた。……訓練校出身のエリート連中に負けてられるか」

「訓練校……」

 そういえばリリサから聞いたことがある。

 猟友会本部には養成施設が併設されていて、リリサはそこで幼少の頃から厳しい訓練を受け、狂槍と呼ばれるほどの使い手になった。

 どうやらジュナは養成施設出身の狩人に対抗意識を燃やしているようだ。

「第一課程にはオレと同じような外部組が大勢居たんだが、試験を通過できずに落とされちまった。外部組で最終過程に残ってるのはオレとお前だけだ」

 ジュナはここまで言うとようやくクロトから視線を逸らす。

 が、相変わらず距離は近かった。

「敵の敵は仲間……ってわけでもないが、お前を邪険にするのは止めてやるよ」

「許してくれるのか」

「ああ。……だが、金輪際オレに話しかけてくるな。この試験は他人を蹴落とす類の試験じゃないが、仲良く協力して乗り越えるタイプのものでもない」

 ジュナはようやくベッドから降り、クロトを指差す。

「オレはオレのペースで試験に臨む。だから邪魔だけはするなよ」

「……わかった。僕なりに気をつけるよ」 

 そのまま自分のベッドに戻ると思いきや、ジュナは不快そうな表情で文句を告げてきた。

「その、自分のことを“僕”って言うのはやめろ、虫酸が走る」

「そうかな?」

「大体その喋り方もムカつく」

「そんな理不尽な……」

「いいから早く寝ろ。オレはもう寝るから話しかけてくんな」

 ジュナはようやく自分のベッドに戻り、横になった。

 このまま寝ようとしたクロトだったが、一応問いかける。

「一つだけ確認させてくれないか」

「……」

「ここで寝ていいんだよね?」

「勝手にしろ」

「でも、一応女性の隣に寝るわけだし……」

「テメエ、寝てる間に何かするつもりなのか?」

「いや、そんなつもりは……」

「なら問題無いだろ」

 ジュナはぶっきらぼうに言うと、背を向けてしまった。

 それ以降二人は会話をすることはなかった。

 ……その日の夜は意外にもぐっすりと眠ることができた。

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