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天球のカラビナ  作者: イツロウ
03-首都セントレア-
27/107

026 一輪の橙花


 026


 猟友会本部

 本部には支部と違い、狩人の育成施設が併設されている。

 この養成所で若い狩人の卵達が日々戦闘技術やディードに対処する術を学んでいる。

 広い敷地には無数の演習施設があり、その中の一箇所である第2演習場にクロトはいた。

(まるで運動場だな……)

 地面には黄土の砂が敷き詰められ、周囲には金網のフェンスが立っている。

 とりあえずここに集合しろと言われてきたわけだが……それ以降は何の指示もない。

 ちなみにリリサは手続きが終わるやいなやカミラ教団に向かって行ってしまった。今頃モニカやティラミスと合流している頃だろう。

(それにしても……意外と多いな)

 演習場の中央、約40名の受験生が並んでおり、クロトは一番後方の列に並んでいた。

 後ろからだと受験生の様子がよく見える。

 殆どが筋骨隆々、たくましい男達で、それぞれ自前の武器も持っているようだった。

 この上級狩人試験は狩人の中でも一握りしかなれない狭き門だ。かなりの手練が集まっていると言っても過言ではない。

 そんな中で中肉中背のクロトは結構目立っていた。

 ひとりひとり観察していると、不意に横にいる受験生と目があってしまった。

 そのまま無視するわけにもいかず、クロトはとりあえず挨拶してみる。

「よろしく……」

 当然挨拶を返してくれるものかと思ったが、現実は甘くなかった。

 横にいる受験生は眉をひそめ、こちらを指差す。

「お前、どんな手を使ったか知らないが、簡単に上級狩人になれると思うなよ」

「はい?」

「……第一課程で半分が弾かれ、第二課程で更に半分が弾かれる。この最終課程をクリアできるのはその中でもほんの2割か3割程度だ。辞めるなら早いうちに辞めるといい。わかったか?」

 受験生は言い終えると同時に前を向き直し、それ以降は何も喋らなかった。

「忠告どうも……」

 クロトは小さく礼を言い、同じく前を向く。

 ……なるほど、上級狩人というのはかなり優秀な狩人でなければなることができないようだ。

 その後も緊張感に包まれつつ整列していると、前方からキャップ帽を被り、戦闘服に身を包んだ男が現れた。

 その男は堂々たる態度で40名の前に立ち、腹から声をだして喋り始める。

「受験生諸君、第2課程通過おめでとう。まずはこの場にいるこということを素直にほめてやろう」

 どうやら彼は試験官のようだ。

 彼は受験生ひとりひとりを見つめるように首を左右に振りながら言葉を続ける。

「これまでの試験では貴様らを肉体的に精神的に追い詰めてきた。だがこの最終課程からは根性だけでは生き残れない。貴様達には実践に近い状況で訓練を受けてもらう。怪我は当たり前、下手をしたら死ぬ可能性もある」

 死ぬ、という言葉が出ると受験生に少し動揺が走った。

 が、その動揺も呼吸が乱れたり姿勢が固まったりする程度で、騒ぎになるほどのものではなかった。

 その動揺を知ってか知らずか、試験管は脅すように更に続ける。

「ちなみに前期の最終課程では死者こそ出なかったが重傷者が8名出た。この中の殆どが再起不能者だ。……覚悟がある人間だけ俺についてこい」

 言い終えると同時に試験官は踵を返し、別の場所にむけて移動し始めた。

 40名の受験生は特に何も喋らず、彼の後を付いて行く。

(帰りたいなあ……)

 クロトはそう思いつつも教官の後についていく。

 移動することで列が乱れ、周囲の受験生の様子をよく観察することができた。

 武器は大きい物が多く、自分のような日本刀を持っているような狩人は見られなかった。

 それにしてもみんな逞しい体つきだ。米国などの先進国の特殊部隊の隊員を髣髴とさせる。

 が、そのむさ苦しい中に一輪の花を見つけた。

「あれは……女の子?」

 列に並んでいた時は気付かなかったが、クロトは斜め前方に女性を一人発見した。

 その女性はケナンの支部長のようなガタイの良い女性ではなく、普通の少女のように見えた。

 クロトはその少女のことが気になり、少し歩く速度を上げて彼女を観察する。

 熟したひまわりを連想させるオレンジ色の髪は側頭部で纏められ、サイドテールになっていた。

 背後からだとうなじがよく見える。

 体型はガッチリしているかと思いきや、体のラインは流線的だった。

 他の訓練生は革製の分厚い戦闘服に身を包んでいたが、彼女は何故か半袖のシャツにミニスカートという軽装だった。一応グローブとブーツは履いているが、女性であることも相まってかなり目立っていた。

 こちらの視線に気づいてか、彼女は振り返りこちらを見る。

 ここで初めてクロトは彼女の顔を見ることができた。

(……おお)

 一言で言うと美人だった。しかしそれは綺麗とか麗美などという言葉とは程遠く、元気というか快活というか、野性的な美しさを感じさせられた。

 目はパッチリしていて顔立ちも整っている。笑顔がよく似合いそうな少女だった。

 だが、現在その女性の顔は苛立ちの表情を浮かべており、ダークブラウンの瞳はこちらを睨みつけていた。

「……お前、見ない顔だな」

 声は想像していたより低く、男っぽい喋り方だった。それは、彼女の性格を反映しているようにも思えた。

 ……とにかく好意を持って話しかけられていないことだけは理解できた。

 とりあえずクロトはその少女に応じる。

「……途中参加だから見かけなかったんだと思う」

「途中から? ……ってことは非公認の狩人かなんかか?」

「まあ、そのようなものかな」

「なるほど、一応実戦経験はあるわけか……」

 彼女はスローダウンしてこちらの横まで移動してくると、腰に指していた黒刀に興味を示した。

「それ、お前の武器か?」

「そうだけど……」

「見てもいいか?」

「……うん」

 クロトは腰から鞘を外し、彼女に手渡す。

 彼女は片手でそれを受け取ると、手慣れた仕草で刀を抜いた。

 抜く瞬間ひゅんと音が鳴り、刀は空中でピタリと停止した。

 刃を観察し、彼女は呟く。

「キマイラの棘か、いいモノもってんじゃん」

「キマイラ……?」

「ま、使いこなせるかはまた別の問題だけどな」

 彼女はまたも熟れた様子で刀を鞘に仕舞い、こちらに投げ返す。

 クロトは両手でそれを受け取り、腰に差した。

「オレは『ジュナ』だ。お前は?」

「クロトですけど」

「クロトか……。実はオレも非公認の狩人なんだ。お互い頑張ろうぜ、クロト」

 少女はいきなり肩を組んだかと思うと、馴れ馴れしく腰辺りを叩いてきた。

 女子からのスキンシップは男の身としては嬉しい限りだが、この短時間でここまで馴れ馴れしくされると逆に引いてしまう。

 ここでスキンシップ仕返すのが普通の男子だろうが、あいにく自分はそこまで明るい性格ではない。

 クロトは苦笑いしつつ、彼女にもエールを送る。

「そっちこそ、女の子一人だけだけど頑張ってね」

「……あ?」

 今の今まで和やかな雰囲気だったのに、途端にジュナは声色を変える。

「テメエ、オレが女だからって舐めてんのか?」

「いや、そういうつもりじゃ……うぐ」

 クロトは弁解しようとしたが、問答無用でジュナに腹を殴られてしまった。

 ジュナはそのままクロトを押し飛ばす。

「前言撤回だクソ野郎が……。今後一切話しかけてくんじゃねーぞ」

 乱暴な言葉を吐くとジュナは先へ行ってしまった。

「なんだかなあ……」

 クロトはお腹をさすりながら不条理さに打ちひしがれていた。

 女性からの不条理にはリリサで十分慣れているつもりだったが、上には上がいるものだ。

 彼女の言うとおり、あまり関わらないようにしよう。

 それ以前にこの試験をパスできるのだろうか……

 色々と不安が絶えないクロトであった。



 クロトがジュナからブローパンチを受けていた頃

 リリサはカミラ教団本部のロビーにいた。

「ここがカミラ教団本部……初めて入ったかも」

 教団の研究員は何度も見たことがあるし、彼らからいろいろと講義を受けたこともあるが、こうやって教団の建物内に入ったのは初めてだ。

 内部は厳かな雰囲気に包まれており、猟友会本部と違ってとても静かだった。

 人の影も少なく、全体的に暗い雰囲気が漂っていた。

 上を見ると吹き抜け構造になっており、円錐の塔の天辺まで見ることができた。

 どうやって建てたのか、どんな素材なのかは謎だが、高い技術で建築されたことだけは間違いなかった。

 これより上の階は無いようだ。このフロアだけで教団全ての仕事ができるとは思えない。

 ……一体どこで研究をしているのだろうか。

 素朴な疑問を感じていると、前方から声が聞こえてきた。

「リリサさん、こちらです」

 くぐもった声と共に現れたのはモニカだった。

 モニカは奥へと続いているであろう通路の入口に立っており、手招きしていた。

 その手招きに応じるようにリリサは建物内を小走りで移動する。

「ごめん、待たせた?」

「いえ、こちらこそ出迎えが遅れてすみません。手続き、意外と早かったですね」

「ちょうど知り合いがいて上手くいったのよ」

「そうですか。やはり狂槍と呼ばれるだけあって顔は広いようですね」

「おかげで変な連中に絡まれることも多いけどね」

 二人は会話をしつつ通路の奥へと進んでいく。

 やがて通路は行き止まりとなり、そこには扉が一つだけ設置されていた。

「この先がカミラ教団の本部?」

「ええ」

 モニカは扉を開け、中にはいるようにリリサに促す。

 リリサは扉を抜けて中に入る。てっきり広いフロアが広がっているのかと思いきや、そこは狭い箱状の部屋だった。

 扉も何もなければ窓もない。完全に密封された空間だった。

「……?」

 リリサが疑問符を浮かべている間にモニカもその部屋の中に入り、扉を閉じる。

 すると、部屋の外からガコンと音がし、部屋自体が下に向かって動き出した。

 戸惑うリリサに向かって、モニカは先程の言葉を訂正する。

「正確には“この先”ではなく、“この下”がカミラ教団の本部です」

「下……ってことは地下?」

 どうやらこの部屋は地下に移動するための乗り物のようだ。

「はい。実は円錐の塔は単なるオブジェで、本部は地下にあるんですよ。これを知っているのは教団関係者と一部の狩人だけです」

「随分な秘密主義ね」

「教団は基本、研究員や学者を派遣することはあっても外部から客を入れることは少ないんですよ。殆どが創立メンバーの子孫らしいですし、研究員の補充もほぼスカウトで賄っています。閉鎖的なコミュニティであることは間違いないですね」

 やがて箱型の部屋の動きは止まり、扉が開く。

 扉の向こうには長くて広い通路が広がっていた。

 地下なのにかなり明るい。ランプらしき物は見当たらない。よく見ると壁自体が白い光を発しているようだった。

「さ、こちらです」

 モニカはその明るく照らしだされた通路に足をつけ、歩き出す。

 リリサも遅れてモニカの後を追った。

 地下と聞いて暗くて陰鬱なイメージを浮かべていたリリサだったが、目の前に広がる光景は陸上に建てられた建物の構造と同じで、もっと言うと綺麗でシンプルなデザインだった。

 予想外の光景に驚きつつも、リリサはモニカに話しかける。

「こんな場所で研究してるのね……」

「そうです。同じようなフロアがいくつかあるんですが、ここはその中でも最下層に位置するフロアです。本来は各フロアごとに研究テーマが決まっているんですが、ここではテーマに縛られず様々な研究が行われています」

「様々って……ディードの研究がメインなんじゃ?」

「ディードの研究が重要な研究であることは間違いありません。が、教団が最も力を入れているのは遺跡発掘です」

「遺跡……」

「そうです」

 モニカはリリサの隣に並び、ここぞとばかりに解説し始める。

「今、世界中で使われている技術……その殆どが遺跡から発見された書籍や遺物を参考に造られてるということは知っていましたか?」

「そうなの……?」

「そうなんです」

 首を傾げるリリサに強めに言い、モニカは話を元に戻す。

「つまり、研究・開発というよりは遺跡から新たな技術を発掘・発見することが、この教団の存在意義というわけです」

「待って、どうして遺跡から新しい技術が発見できるの? おかしくない?」

 もっとな疑問だ。

 その疑問にもモニカは完璧に応えてみせる。

「……この世界は神が創った」

 モニカは本を朗読するような口調で淡々と語り出す。

「神はありとあらゆる知識を人に授けたが、そのせいで人は堕落してしまった。神はこれを嘆き、知恵の種を人から取り上げ、世界の各所へ隠匿した……」

 ここまで言うとモニカは息継ぎし、口調を元に戻す。

「これが俗にいう“神の試練”です。人が自らの手で豊かな生活を送れるように、神は人に試練を授けたというわけです」

「神、ねえ……」

 いかにもな話だが、遺跡から新たな技術が発見されているのは事実らしいし、あながち作り話とも言えない。

 ……が、リリサはあまり神の存在を信じていなかった。

 モニカはそんなリリサの気持ちも知らず、歩きながら話を続ける。

「この試練に立ち向かうべく設立されたのがここ、カミラ教団です。……教団は世界の各所に隠匿された知恵を探すため、初めの知恵が隠されていたこの場所に本部を設立し、同時にその知恵を用いて巨大な都市を建造しました」

「ちなみにその知恵って……」

「“言葉”です。この言葉のおかげで現在我々はお互いに意思疎通ができているというわけです」

「そう言えば学校で習った記憶があるわ。……あまりにも嘘っぽくて真面目に聞いてなかったけど」

「そうですね。自分で言ってみても神話や伝説に近いと感じます。が、各所で新たな蔵書物や複雑奇怪な物体が発見されているのは事実です」

 モニカは遠い目で前を見る。

「この神話の謎を解き明かすのも、我々の使命なのかもしれませんね……」

 ……そろそろこの話は終わりにしよう。

 リリサは早速本題に入ることにした。

「ところで、父の情報についてなんだけれど……」

「……ここです」

 モニカは歩みを止め、右を向く。

 そこには両開きの扉があり、扉の隣の壁には『カラビナ研究部署』の看板が掲げられていた。

「……海上からカラビナへと伸びる塔。あそこも神が知恵を隠匿した遺跡の一つだと考えられています。そして、そこにたどり着くために教団内では猟友会と手を汲んで造られた部署……それが、このカラビナ研究部署です」

 言葉を終えると同時にモニカは扉を開く。

 そして、リリサを誘うように手を部屋の奥へ向けた。

「ここなら色々と情報が集まると思います」

「ありがと」

 リリサはモニカに案内されるがまま部屋に足を踏み入れる。

 しかし、モニカはリリサの後に続かなかった。

「では、私は自室に戻ってティラミスちゃんを調べさせていただきますので……」

 どうやら中までは案内してくれないみたいだ。

 少し不安だが、ここまで連れて来てもらえただけでも良しとしよう。

「……節度は守りなさいよ」

「わかってますよ」

 モニカはそう言うと入り口から離れ、乗降部屋がある場所に向かって戻っていってしまった。

(さて、頑張りますか……)

 リリサは気合を入れ直し、部屋の奥へ進むことにした。

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