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天球のカラビナ  作者: イツロウ
03-首都セントレア-
26/107

025 狩人資格取得試験(上級)

~これまでのあらすじ~


 人を襲う魔物、ディードが蔓延る異世界

 クロトは自分の記憶を取り戻すため慣れ親しんだ土地を離れ、カラビナと呼ばれる軌道エレベーターを目指して狂槍の異名を持つ狩人リリサと旅に出ることとなった。

 二人は旅の途中で『ケナン』という街に立ち寄る。そこではディード同士で殺し合いをさせる賭場が人気を博していた。その賭場でクロトは人型ディードの少女『ティラミス』を救う。

 クロト達は賭場を乱した責任を問われ、借金を負わされ、ついでに北の山でのディード討伐を命じられる。

 無事にディードを討伐したクロト達だったが借金完済には届かなかった。

 借金返済のため、リリサは『モニカ』というカミラ教団の学者を護衛する仕事を請ける。仕事は失敗に終わったが、モニカはセントレアまでの護衛を引き受けるのなら報酬を払うと約束してくれた。

 かくしてティラミス、モニカを加えたクロト一行は首都セントレアに向かうこととなった。


025


 ケナンを出発した一行はのんびりと馬車に揺られてゆったりとした時間を過ごしていた。

(暇だなあ……)

 ディードが襲ってこないことはいいことだ。が、ここまで何もないと暇で暇で仕方ない。

 御者台で手綱を握りつつ、クロトは前から後ろに流れていく風景をぼんやり眺めていた。

 アイバールとケナンを結ぶ街道は両端を木々に覆われていたが、ケナンからセントレアへの道は視界が開けていた。

 左右に広がるのは深緑の草原。なだらかな丘が幾重にも重なり、遥か遠くまで延々と続いている。道もゆるやかにカーブしていることもあり、幻想的な風景を生み出していた。

 日本では決して拝むことのできない風景だ。

 草原には大型の草食動物の群れも見られ、彼らものんびりとした時間を過ごしているようだった。

 そんな動物の中にはそれらより一回り大きい黒いディードの影も紛れていた。

 象にサイにキリンは当たり前で、中にはチーターやハイエナ、ライオンの形を模したディードの姿も確認できた。

 穏やかな風景にの中に潜む漆黒の魔物……

 始めは警戒していたが、7日もすると慣れてくるものだ。リリサの話によれば近寄らないかぎり襲われることはないらしい。

 仮に襲われてもリリサ一人で十分対応できる。と本人が豪語していたので問題無いだろう。

 クロトが御者台で一人手綱を握っている間、荷台では女性陣が思い思いの方法で時間を潰していた。

 リリサはトレーニングに余念がなく、定期的に荷馬車を下りてはランニングしている。

 夜も野営中は螺旋の長槍を振り回しているし、稽古に付き合わされたりもする。

 美容にも余念はなく、朝は化粧品らしきものを塗り、香水も付けているのか、常に爽やかな香りを身に纏っている感じだ。

 ティラミスは荷馬車に乗ってからというものずっと本を読み漁っている。

 本の虫とはこの事を言うのだろう。

 野営の準備や食事の用意の際は率先して手伝ってくれているが、それ以外はずっと活字を見ている状態だ。

 夜もかなり遅くまでランプを付けて読書しており、いつ寝ているのかわからないほどだ。

 モニカはそんなティラミスを観察し、手帳に頻繁に何かを書き記している様子だった。

 観察には目視の他にお触りも含まれており、ティラミスの頭を撫でてみたり、太ももを触ってみたり、尻尾を弄ったりとやりたい放題していた。

 当のティラミスは本に夢中であまり気にしていない様子だが、エスカレートしないように注意したほうがいいかもしれない。

 ちなみに、彼女だけは完全にお客様状態で、野営も手伝わなければ食事も作らない。彼女に金貨100枚工面してくれたお陰で借金返済ができたのは事実だが、少しは手伝ってほしいものだ。

 ケナンを出てから7日目。

 ティラミスの観察にも飽きたのか、モニカは唐突にリリサに話しかけた。

「……ところで、アッドネスさんはどうしてセントレアに?」

 リリサは「リリサでいいわよ」と、名前に関して言及した後、改めてモニカの問いかけに応じる。

「えーと、話せば長くなるんだけれど……」

「ぜひ話してください。どうせセントレアまで5日は掛かりますから。時間はたっぷりあります」

「……行方不明の父を探してるのよ」

 意外にもリリサは簡単に目的を打ち明けた。

「セントレアは目的地じゃなくて通過点、用事を済ませたら西に向かうつもりよ」

「なるほど……。で、クロトさんとティラミスちゃんはそのお手伝いをしているというわけですね」

 名を呼ばれ、クロトは会話に混じる。

「いや、ちょっと違うんです。僕は……カラビナを目指してるんです」

「カラビナを……それはまた大変な目標ですね……」

 モニカは本気でそう思っているようで、深刻な表情を浮かべていた。

 口元は襟で隠れていて見えない。目元も隈だらけ。そんな彼女が浮かべる真剣な表情は少し不気味でもあった。

 リリサは話を続ける。

「実はクロは記憶喪失なんだけれど、父と深い関係にあった可能性が高いの。本当は記憶を取り戻してくれると有り難いんだけれど、その手掛かりがあのカラビナにあるらしいからカラビナを目指してるってわけ」

「ああ、ということはリリサさんよりもクロトさんが旅の主導権を握っているというわけですね」

「ま、そういうことになるわね」

 実質的なリーダーは戦闘能力や資質から鑑みるにリリサに間違いないが、リリサの父を見つけられるかどうかは全てクロトの記憶次第。

 そういう点ではクロトが主導権を握っていると言っても過言ではなかった。

「……でも、カラビナを目指すのは正しい選択だと思いますよ」

 モニカはリリサを見、言葉を続ける。

「あなたの父『スヴェン・アッドネス』はカラビナに関して第一線で研究・探索を行っていた人物でしたから」

「!?」

 衝撃の告白に驚いたのか、リリサは馬車の中で立ち上がりモニカの正面に移動する。

「父のこと、知ってるの!?」

「当たり前ですよ。彼は狩人としても有名でしたし、研究者としても優秀でしたから。……足取りが途絶える前にもカラビナ付近に頻繁に出入りしていたらしいですよ」

「そうだったの……」

 リリサは深呼吸して腰を下ろす。

 これはかなり有益な情報だ、と御者台に座るクロトは思っていた。

 これまでの手掛かりは黒のブレスレット、それを付けていた自分の記憶だけだったが、新たにカラビナという場所が加わった。

 場所が分かれば探すのは難しくない。思い出せるかどうか分からない不確かな記憶に頼る必要もなくなる。

 ケナンで足止めを食らった時はうんざりしていたが、ケナンでしばらく滞在していなければモニカと出会うこともなかった。

 ここは出会いの神様に感謝しておこう。

 しかし、クロトは不満がないわけではなかった。

「リリサ、父親探すならこの程度の情報くらい知ってないと……」

「うるさいわね。カミラ教団と関わっていたなんて知らなかったんだから仕方ないじゃない。それにどうせカラビナを目指してたんだし、結果オーライじゃない?」

「いい加減だなあ……」

 このリリサの行き当たりばったりな性格は人探しには向いていない。

 もし自分と出会わなかったら一生手がかりを得ることもできなかっただろう。

「ともかく、あなた達の事情はよくわかりました。これも何かの縁ですし、リリサさんを教団内に案内して差し上げますよ」

「本当!?」

「ええ、本部には古参の研究員が多々いますので、そこでならあなたの父、スヴェンさんの情報も得られるかと」

 これは良い提案だ。そこでもっと詳しい情報を得られれば本当にリリサの父親を見つけることができるかもしれない。

 そして、彼に会えば彼から僕についての情報を得られるかもしれないし、記憶を取り戻せるかもしれない。

 この提案を逃さない手はなかった。

 リリサはモニカに手を差し伸べ、握手を求める。

「それじゃ、案内よろしくね」

「はい」

 モニカはリリサのグローブを握り返す。

 リリサは両手でモニカの手を包み込み、話を続ける。

「……それで、モニカは私の父のこと、どのくらい知ってるの?」

「直接お会いしたことはないのですが、人伝に何度か聞いたことはあります」

「それ、教えてもらってもいい?」

「もちろん。先程も言いましたが、セントレアまでまだまだ時間はありますから」

 二人はリリサの父、スヴェンについて語り始める。

「……」

 そのタイミングでティラミスが立ち上がる。

 ティラミスは御者台まで移動し、クロトの隣に座った。

 手には分厚い本が握られていたが、ページは閉じられていた。

 ティラミスは眼鏡を押し上げ、前方、遠くを眺めながら話しだす。

「クロト様」

「どうしたんだティラミス」

「記憶、早く取り戻せるといいですね」

 クロトは手綱を握ったままティラミスを見る。

 ティラミスはこちらに視線を向けており、眼鏡越しに黒い目を、そして青紫の瞳を確認できた。

 リリサの父の話が進展したことに対し、こちらの記憶に関しては全く手掛かりがない。 そのことを気にかけてくれたようだ。

 彼女も彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。

 そう思うと頭を撫でずにはいられなかった。

「……優しいな、ティラミスは」

 クロトはそっとティラミスの頭に手を載せ、軽く撫でる。

「え……あ、はい……」

 ティラミスは俯き、固まってしまう。が、10秒もすると慌てた手つきで本を読みだした。

「あの、私、続きを読みますので……」

 そして御者台から離れ、再び荷台のなかに戻ってしまった。

 出すぎた真似をしてしまったかな、と一瞬思ったが、ティラミスの尻尾は嬉しげに左右に振れており、それだけで彼女がどのような気持ちなのか測り知れた。

(……あと5日か……)

 セントレアまで後5日。

 到着するまでディードに襲われないことを祈りつつ、クロトは手綱を握り直した。

 

 

 ケナンを出発してから13日

 クロト一行はこの世界の中心、首都セントレアの手前にいた。

「あれがセントレア……」

 少し小高い丘から、一行はセントレアの全貌を眺めていた。

 一言で表すなら、セントレアは『広大な城壁都市』だった。

 だだっ広い平野、セントレアの周囲は10mはあるであろう石造りの分厚い城壁で囲まれていた。城壁は綺麗な円状に設置され、一分の隙も無い。

 都市の直径は15km、いや20kmはあるだろうか。

 とにかく広い。視界いっぱい街が占めている。

 一部は海に面しており、入江港には無数の船が停泊していた。

 南の港付近には工場らしき大きな建物が軒を並べ、続いては大小様々な家が並ぶ居住区が、中心には円錐状の大きな塔が建っており、塔の隣には学校のような施設があった。更に北に目を向けると大きな広場があり、そこには多くの商店が密集して建っていた。

 他にランドマーク的なものはなかったが、どこもかしこも規則正しく道が整備され、中央には円を二分するように川が流れており、理想的な都市のように思えた。

 ……それにしても広い。

 一体これをつくり上げるまでに何年掛かったのだろうか。

 御者台からセントレアを眺めていると、リリサが隣に座ってきた。

「すごいでしょ。私も初めて見た時は度肝を抜かれたわ」

 リリサに続いてモニカも御者台にとすんと腰を下ろし、前方を指差す。

「中心にある塔、あれがカミラ教団の本部、兼、研究施設です。教団が中心となってセントレアを作り上げたと記録にはありま……うぐ」

 モニカを押しのけるようにティラミスも御者台に無理やり座る。

「わあ、広いですね。ケナンとは比べ物になりませんよ」

 モニカはティラミスに押されつつ、言葉に反応する。

「それはそうですよ。人口も経済も他の街とは桁違いですから」

 都市も広いが、平野部自体も広い。

 都市の周囲には牧場や畑らしきものが点在しており、大規模な農業を営んでいるようだった。

 あれだけやってディードに襲われていないということは、それだけセントレアの狩人達が仕事をしているということだろう。

 この広大な土地をディードの魔の手から守るのに一体どれだけの狩人が必要になるのだろうか……

「……とにかく行こうか」

 御者台に集まってきた女性陣から逃れるようにクロトは立ち上がり、手綱で馬の尻を叩く。

 それから城門に着くまで、女性陣は御者台から離れることはなかった。



「おお……」

 約1時間後、クロト一行は城門をくぐり抜けて首都セントレアに足を踏み入れていた。

 城門は大きく、馬車が同時に10台は通れそうなほど道幅も広かった。

 間近で見る城門は迫力満点だった。

 ディードの侵入をいつでも防げるようにするためか、城門には4名の狩人らしき男が立っており、城壁の上にも複数の人影を確認できた。

 これだけ守りが完璧なら中の人々も安心して暮らせるというものだ。

 門を抜けると早速人々の生活音が耳に届いてきた。

 石畳を歩く音

 人々の会話

 硬貨が擦れ合う音

 様々な音が重なりあい、それはアイバールやケナンでは経験したことのないような重厚でいて雑多な音だった。

 門を抜けて早速大通りには商店が軒を連ねており、店主が客を呼び込む声が飛び交っている。

 道は人で溢れかえっており、石畳もろくに見えない状況だった。

 人の波を掻い潜るように馬を進めつつ、クロトは呟く。

「なんだかすごく賑やかだね……」

「当然でしょ。セントレアは世界の中心。物も人も何もかもここに集まってくるんだから」

 大通りはずっと先まで続いており、人の波もずっと向こうまで続いていた。

 大規模な町並みに圧倒されていると、不意にリリサが今後のことを話しだした。

「で、クロト、ここから暫く別行動を取るわよ」

 クロトは視線をリリサに向ける。

「……別行動?」

「そう。私はカミラ教団の本部に行って、父のことを聞いてみる。モニカが言うにはカラビナに大きく関わっていたみたいだけれど……もっと情報が欲しいの」

「わかった。で、僕はその間どこで何をすれば?」

「あんたは猟友会の本部に行ってとりあえず上級狩人の資格をとりなさい」

 リリサの予想外の言葉にクロトは思わず問い返す。

「……いきなり上級?」

「大丈夫、いくつか試験があるだけ。それをクリアすればいいだけだから」

 リリサは簡単に言っているが、狩人の試験が……しかも上級の試験がそんなに簡単であるわけがない。

 中型のディードは倒せるようになったしそれなりに実力も付いている自覚はあるが、今の自分がリリサと同じ立場になれるとは思えない。

 クロトは反論する。

「ねえリリサ、別に狩人の資格をとらなくても旅するにはこまらないんじゃ……」

「肩書って結構重要なのよ」

 リリサはクロトの胸を指先で突く。

「私がこうやって勝手気ままに旅できるのも上級狩人であるおかげ、狂槍なんて二つ名のせいで目立っちゃいるけれど、これも役に立ってる」

 リリサは言葉を区切り、更に続ける。

「それに、カラビナに行くには猟友会のサポートは必須よ。交渉事も確実に増えるわ。そんな時、上級狩人が二人で頼めば大抵の人間は首を縦に振る。信用を得るには肩書も大切なの。あんたなら分かるでしょ?」

「確かに……」

 今後、ある目的に向けて別行動を取る場面もあるかもしれない。そんな時、両名ともが狩人の資格を持っていればあらゆることがスムーズに進むだろう。

 それに、あのリリサが何の考えもなく僕に試験を受けさせるとは思えない。

 それだけの実力が自分に備わっていると判断して、試験を受けさせようと考えたのだろう。

 そう思うと、なんだか自信が出てきた。

 リリサはクロトの心情を悟ってか、後押しするように告げる。

「あんたなら大丈夫。口利きもしてあげるから安心して試験に臨みなさい」

「わかったよ」

 クロトのセントレアでの方針が決まった所で、ティラミスが不安げに質問する。

「あのリリサ様、私は……」

「ティラミスちゃんは教団内の私の研究室に来てもらいます」

 質問に堪えたのはモニカだった。

 モニカはティラミスの胴に抱きつき、逃げぬようにガッチリとホールドする。

「セントレアから出るまでティラミスちゃんは私の好きにさせてもらいます。いいですよね?」

「言うこと訊かないと猟友会にも教団にもバラす、っていうんでしょう?」

「その通りです」

「じゃ、選択肢はないわね……」

 猟友会にヒトガタを匿っている事がバレるとリリサの立場が危うくなる。

 教団にバレると間違いなく解剖コースだ。

 そのことを重々承知していたリリサは、あっさりとモニカの提案を受け入れた。

 ティラミスは命の危険を感じてか、今にも泣き出しそうな顔をクロトに向ける。

「そんな……クロト様、助けて……」

 ティラミスは不安げにしているが、モニカも鬼じゃない。ティラミスに危害を加えるようなことはしないはずだ。

 そんな確信を持ってクロトはティラミスに応じる。

「大丈夫だティラミス。何も解剖されるわけじゃないんだし……我慢してくれ」

「そんなあ……」

 悲観的な声に耐えられなかったのか、リリサはモニカに釘を刺す。

「モニカ、ティラミスは一応貴重な戦力なんだから、あんまり乱暴しないでよ?」

「乱暴だなんて……むしろたっぷり可愛がってあげるつもりです」

 モニカはティラミスに抱きついたまま興奮気味に息を荒げていた。

 ティラミスはそんなモニカを見て短い悲鳴を上げる。

「ひい……」

 可哀想だが仕方ない。

 そんなことをしていると大通りの分岐点に到着した。

 左側には円錐の塔……カミラ教団の本部の建物が見えていた。

「私たちはここからは歩きですね」

 モニカはそう言うとティラミスを抱えたまま馬車から降りる。

 ティラミスはジタバタしていたが、やがて諦めたのか大人しくなった。

 リリサは馬車から身を乗り出し、モニカに告げる。

「私はこの馬車とクロを猟友会本部に連れて行くから、後で合流しましょ」

「はい、カミラ教団のロビーでお待ちしてます」

 モニカは軽く手を振ると、ティラミスと共に左の道を歩き始めた。

「さて、ちゃっちゃと手続き済ませるわよ」

 リリサはクロトから手綱を奪うと馬を右の道に向け、猟友会本部に向けて進み始めた。



 モニカとティラミスと分かれてから10分

 クロトとリリサは猟友会本部の建物内にいた。

(無駄に広いな……)

 外観を見た時も感じたが、猟友会本部は支部と違いってかなり立派な造りになっていた。

 3階建ての建物はかなり横に長く、等間隔に大きなガラス窓が配置されていた。

 壁面にはアーチ状にレンガが積まれてデザイン性に優れており、そのアーチを支える柱にも彫刻などが施されていた。

 エントランスには高級ホテルによくあるような彫刻品が飾られており、床一面大理石のような乳白色のツルツルの石で覆われていた。

 横幅も広ければ奥行きも広く、入り口から向こうの端までかなりの距離があった。

 フロアの中心には一直線にカウンターが設けられ、無数にある受付では狩人らしき人間の他にも商人らしき人間の姿も見受けられた。 

「ほら、ぼーっとしてないで行くわよ」

「ああ……」

 クロトはリリサに案内されるがまま大理石の上を歩いていく。

 このフロアは様々な受付を行う場所らしい。カウンターを挟んで右側には事務机が並んで職員が働いており、左側には客が列をなして順番を待っていた。

 客の合間を縫ってしばらく歩いて行くと、やがて人気のない場所に行き着いた。

 リリサは唐突に足を止め、カウンターにもたれかかり受付に声をかける。

「あの、すみません。上級狩人の資格を取りに来たんですけれど」

 少し遅れて受付嬢が顔を出した。

「上級……申し訳ございません、紹介状のない方にはそう言ったご案内は……」

「あるわよ」

 いつ用意していたのか、リリサは懐から羊皮紙を取り出し、受付嬢に渡す。

 受付嬢は懐疑的な目でその文面を見ていたが、すぐに真剣な表情になった。

「リリサ・アッドネス様……まさか、あなたが直々に……」

「いいから、さっさと手続きしてちょうだい。こっちは急いでるの」

「わかりました。ですが、大変申し上げにくいのですが……上級狩人の試験の申込期限は1ヶ月ほど前に過ぎておりまして……次の試験となると5ヶ月後になるのですが……」

「え……あれ?」

 どうやら日付を勘違いしていたようだ。

 リリサは気まずそうな表情を浮かべていた。

「……リリサ」

「何も言わないで」

 リリサはクロトの言葉を遮り、顎に手を当てて何やら考え始める。

「……」

 が、結局いい案が思い浮かばなかったのか、そのまま肩を落とした。

 人間、ミスはよくあるものだ。

 今回は別に自分も乗り気ではなかったし、運が悪かったと思って諦めることにしよう。

 そんな感じで慰めようとした時、背後から声が聞こえてきた。

「聞き覚えのある声がしたかと思えば……リリサ・アッドネスか。久しいな」

 しわがれた声と共に現れたのは髭を蓄えた年老いた男だった。

 身長はリリサと同じくらいだろうか。

 頭は禿げ上がり顔も皺だらけだったが首から下はしっかりしており、指先が隠れるほどゆったりとした服を身に着けていた。

 リリサは振り返り、老人の名を呼ぶ。

「あ、バスケス先生。まだ生きてたのね」

「まだまだ現役じゃ」

 バスケスと呼ばれた老人は剣を構えるポーズをし、それをすっと振り下ろしてみせた。

 構えは達人のそれを彷彿とさせ、振り下ろす速度こそ遅かったが、全くブレのない綺麗な振りだった。

 どうやら熟練の狩人のようだ。

 バスケスはそのまま受付嬢のところまで行き、紹介状をやんわりと奪い取る。

「後の手続きは儂がやっておく。お前さんはゆっくり茶でも飲んでおれ」

「あ、はい。お願いします……」

 受付嬢はバスケス老人に言われるがままカウンターから離れ、奥へ姿を消してしまった。

 老人は早速紙に目を通し、そこに書かれている名を読み上げる。

「クロト・ウィルソン……」

 そして顔を上げ、クロトに視線を向けた。

「お前か。リリサに認められるとは、中々やるじゃないか」

「どうも……」

 バスケス老人はすぐに視線を紙に戻し、かいつまんで文章を読み上げていく。

「上級狩人の試験を受けさせたいのか。お前が誰かのために動くとは……もしかしてアレか? 恋人か?」

「笑えない冗談ね」

 リリサはバスケス老人の言葉を一蹴し、彼に歩み寄る。

「とにかく、こいつに上級狩人の正式資格を取らせてやりたいのよ。半年も待ってられないし……何かいい方法があったら教えてくれない?」

「なるほどな……」

 バスケス老人は羊皮紙を丸め、リリサに手渡す。

「方法が無いわけではない。が、その前にちょいと確かめたいことが……」

 ――それは一瞬の出来事だった。

 バスケス老人は言葉の途中で腕を大きく振り、何かをクロトに投げつけた。

「!!」

 クロトは瞬時に黒刀を抜き、飛んできた何かを刃で防ぐ。

 きぃんと音が響く。ぶつかったのは黒塗りのクナイだった。

 バスケス老人の手にはまだクナイが握られており、2投目を投げつける。

 今度は正面ではなく、頭部を狙っていた。

 クロトは黒刀をくるりと回して刃を上に向け、斜めに振って今度は弾き落とした。

 クナイは大理石に突き刺さり、綺麗な鏡面にヒビを生じさせた。

 時間にしてわずか1秒

 動きも小さかったこともあってか、周囲の注意を引くことはなかった。

 いきなり攻撃されたクロトはただ呆然としていた。

 そんなクロトに代わり、リリサがバスケスに文句を言う。

「ちょっと先生、いきなり何を……」

「腑抜けた顔に似合わず中々の手練のようじゃな」

 バスケスはそう言いつつ地面に突き刺さったクナイを回収していく。

 2つとも回収し終えると、バスケスは重要な事を口走った。

「リリサの紹介でもあることだし、第一、第二課程を飛ばしても構わんじゃろ」

 このセリフでリリサは全てを理解したようだった。

「もしかして……途中参加させてくれるの?」

「ああ、あれに瞬時に対応できるなら問題ない」

 どうやら自分はこの老人に試されたようだ。

 もし自分がド素人だったら心臓と頭にクナイを受けて死んでいたところである。

 それだけ人を見極める術に長けているのか、それともただの気まぐれか……

 どちらにせよいい方向に転んだのは間違いなかった。

 バスケス老人はクロトの肩をぽんぽんと叩き、ニコリと笑う。

「こう見えて儂はいろいろな部署に顔が利く。それに、最終課程をクリアできたら猟友会としても文句はないだろう」

「ありがとう先生、恩に着るわ」

「優秀な狩人が増えることは猟友会にとっては望ましいことじゃ。あとの手続きは任せておけ」

 バスケス老人はそう言うと羊皮紙をリリサから受け取り、離れて行ってしまった。

「ラッキーねクロ、2週間後にはあんたも上級狩人よ」

「まだ試験内容も聞かされてないのに簡単に言わないでよ……」

 いきなり途中から参加できるのはいいことだ。が、不安を禁じ得ないクロトだった。

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