024 首都へ
024
夕刻
ケナン南部の安宿の一室にて
クロトとティラミスはベッドの上で向かい合っていた。
「ティラミス……次はここを……そうだ。上手だな……」
「クロト様……私、緊張で胸が張り裂けそうです……」
「最後まで我慢するんだ。……次はここを掴んで上下に……ゆっくり……ああ、そうだ」
「ああっ、すごいですクロト様。こんなに形が変わるなんて……」
「このくらいで驚いてたら駄目だぞティラミス。さ、次からが本番だ」
「そこを開いて、ほら、指で開いて真ん中をよく見せて……」
「駄目ですクロト様、これから先は……」
「大丈夫。安心して僕に任せるんだ。それに、やってるうちに慣れてくるから……」
そんな会話をしていると、ドアが勢い良く開き、何者かが慌てた様子で室内に侵入してきた。
「――何をやってるの!?」
二人の会話を邪魔するように現れたのはリリサだった。
リリサは槍を構えており、その穂先はクロトに向けられていた。
クロトは突然の帰宅に驚きつつも、両手をリリサに向ける。
その手には紐が絡まっており、幾何学的な模様を形成していた。
「あやとりだよ。日本の古典的遊戯」
「あや……?」
クロトは指を器用に動かし、手の内で紐の形状を変えていく。
数秒もすると先程よりシンプルな模様が完成していた。
「ほらできた。4段梯子」
「……」
リリサは冷たい目で4段梯子を見ていたかと思うと、無言でクロトから紐を奪い取り、投げ捨てた。
紐はふわりと飛行し、玄関付近に落ちる。
「ちょっと……せっかく作ったのに……」
クロトは文句を言いつつ玄関に向かう。と、そこには見慣れない少女の姿があった。
紫色の髪にグレーの瞳、口元を覆い隠すコートを着込んだ少女。
その少女は紐を拾い上げ、興味深そうに目の前に掲げる。
「ほう、なかなかマニアックな遊戯ですね。後で私にもご教示していただけませんか?」
少女は紐を暫く眺めた後、クロトに手渡す。
手渡されたクロトは少女とリリサを交互に見、質問を投げかけた。
「……誰?」
「護衛対象……いや、今はただのお客さんね」
リリサは溜息を付き、部屋の奥のテーブルに座る。
紫髪の少女は「お邪魔します」とつぶやくと室内に入り、リリサの隣に立った。
「金貨100枚で坑道の奥まで案内する約束だったんだけれど、途中で道が塞がれちゃって……全部駄目になっちゃったのよ」
「そうだったのか……」
「それは残念でしたね……」
クロトとティラミスは借金の返済が更に先延ばしになった事を悟り、しょんぼりした表情を浮かべる。
が、すぐに表情を消して意気込んだ。
「でも、次は大丈夫だよ。体調も良くなってきたし、僕も手伝えると思う」
「そうですよリリサ様、私も借金返済のために全力でお手伝いしますから」
前向きな二人に対し、リリサはため息混じりに応じる。
「クロ、あんたはまだ万全じゃないんだから大人しくしてなさい。……それにティラミス、あんたは論外でしょ」
ティラミスは狩人でなければ人間でもない、ヒトガタだ。そんな彼女が堂々とリリサを手伝えるわけがない。
一応カムフラージュしているとはいえ、ばれる危険性もある。特にケナンの狩人とは因縁もあるし、露見するのは避けなければならない。
「とりあえず今日は休んで、明日にでもまた支部に行くわ」
リリサは方針を告げた後、紫髪の少女に謝る。
「仕事、失敗してごめんなさいね」
リリサの謝罪に、紫髪の少女は首を左右に振る。
「いえ、あれは不可抗力ですから……あと、借金についても大丈夫ですよ? 約束通り金貨100枚支払いますから」
「ほんとっ!?」
リリサは今までの暗い雰囲気が嘘だったかのようにワントーン上の声を上げる。
クロトもこの少女の提案は嬉しかった。これで借金は完済である。
しかし、少女もタダで100枚支払うつもりではないようだった。
「……が、条件があります」
紫髪の少女は前置きして、リリサに目を向ける。
一体どんな条件なのか……全員が言葉を待つ。
が、そこまで複雑な条件ではないらしい。少女は軽い口調で条件を述べた。
「私をセントレアまで護衛していただけませんか」
この条件にリリサを含めた3名はほっと息をついた。
自分たちがこれから向かう先はセントレア。そのついでに彼女を連れて行けばいいだけなのだから楽な仕事だ。
リリサは「わかったわ」と条件を飲み、握手するべく少女に手を伸ばす。
「よろしくね、えーと……」
「モニカです」
少女は短く応じ、リリサの手を握り返す。
「『モニカ・バーリストレーム』。カミラ教団の第一級考古学者です」
紫髪の少女……モニカは自己紹介をし、笑顔でリリサの手を上下に振った。
「よろしく」
クロトもリリサに続いてモニカと握手する。
「よろしくお願いします……」
同じ流れでティラミスもおずおずと手を差し出す。モニカは握手するかと思いきやその手をぎゅっと握り、中々手放さなかった。
「それにしても今日は貴重な体験ができました」
モニカはティラミスの手をむにむにと弄りながら感想を述べる。
この言葉にリリサは肩をすくめる。
「体験って……結局坑道の奥まではいけなかったでしょうに」
「いえ、こうやってヒトガタとコミュニケーションをとるのは初めてですので……」
「……!!」
モニカがヒトガタという言葉を告げた瞬間、ティラミスは慌てた様子でモニカから離れ、クロトの背後に隠れる。
モニカは追おうとはせず、目だけでティラミスを追っていた。
まさかこんなにも早くティラミスの正体がばれるとは思っていなかった。
流石はカミラの学者さんと言ったところだろうか。
クロトはモニカに慎重に問いかける。
「なぜ分かったんだ?」
「なぜって……尻尾丸見えですし」
「あっ……」
ティラミスは思い出したように硬質な尾をワンピース内にスルスルと隠す。
角を切ったのでバレないだろうと油断していた。明らかにこちら側のミスだった。
「それに、猟友会であなた達がヒトガタを助けたという噂も聞きました。ケナンの狩人に頼んで骨を見せてもらったのですが、角以外は明らかにサベージの骨だったので、もしかして逃がしたのかと思っていたのですが……まさか一緒に生活しているとは驚きです」
モニカはクロトの背後に隠れているティラミスに近付き、ティラミスの紺の髪にさらりと触れる。
「それにしても可愛らしいヒトガタですね。少し研究させてもらっても?」
「それは……」
「協力してくれないなら今からでもケナンの狩人にこの事を報告しますよ」
見た目に反してさらっと怖ろしいことを言う人だ。
ここは大人しく従っておいたほうがいいだろう。
「ティラミス、頼む」
「はい……」
これもティラミスが生きていくためだ。仕方がないと思って割り切ろう。しかし、まさか本当にカミラ教団に研究対象として差し出すハメになろうとは……。
モニカは早速調べたいのか、ティラミスに命令する。
「じゃあ、まずは服を全部脱いでもらって……」
「待った待った!!」
大声と共にモニカとティラミスの間に割って入ったのはリリサだった。
リリサはモニカの肩を掴んでティラミスから距離を取らせ、話題を変える。
「借金も返済の目処が立ったし、すぐにセントレア行きの準備にとりかかりましょ。ティラミスについては道中いくらでも触らせてあげるから」
モニカは隈だらけの三白眼をリリサに向ける。
「……お預けですか。流石は“狂槍”、知的好奇心をくすぐるのが上手いですね」
モニカは「ふう」と溜息をつくと懐から金袋を出し、リリサに手渡す。
「金貨100枚。坑道案内の報酬とセントレアまでの護衛代です。よろしくお願いしますね」
渡し終えるとモニカは足先を玄関に向ける。
「……では、明日の朝、ケナンの西口で落ちあいましょう」
そう言うとモニカはさっさと部屋から出て行ってしまった。
金貨100枚を貰えるのは有り難いが、これからセントレアまであの学者さんと一緒だと色々と疲れそうだ。
しかもティラミスの正体もバレている。何をされるか分かったものではない。
「なあリリサ、カミラ教団の学者ってみんなあんな変人なのか?」
「あの子が特別なだけ。さ、準備するわよ」
リリサも悩ましげに目の間を摘んでいたが、気持ちを切り替えるように掌を拳で叩き、玄関へ向かう。
「どこに行くんだ?」
「支部よ。このお金で借金を返済してくるわ」
リリサは先程受け取った金袋を軽く掲げていた。
クロトも玄関に向かい、リリサに問う。
「手伝えることはないか?」
リリサは「あのねえ……」と溜息混じりに言い、ベッドを指差す。
「遊んでる暇があるなら少しでも体を休めてなさい。出発は明日なんだからね」
「はい……」
あやとりを出来る程度には回復したが、まだ体に痛みは残っている。
クロトは大人しく指示に従うことにした。




