021 夢か幻か
021
「あ、やっときた」
「遅かったですね」
「遅刻だぞ、遅刻」
ふと目を覚ますとファストフード店内にいた。
目の前には4人席、そのうちの2席に女子が、1席に男子が座っていた。
奥の右側には赤髪の少年、左側には長髪の少女
手前の左側にはカチューシャの少女が座っていた。
彼ら3人には見覚えがあった。
(……ああ、夢か)
どうやらまた日本にいた頃の記憶を見ているみたいだ。
彼らは以前夢の中で見た、仲の良い同級生だ。今は制服ではなく私服を身に纏っており、
カチューシャの少女は明るめのロングTシャツにスキニージーンズを、
長髪の少女は白のシャツワンピースを、
赤髪の少年はアロハシャツにハーフパンツを履いていた。
自分はタートルネックにチノパンという地味な格好だった。
「遅いぞ、おかげでイケてないガリ勉女子ーズと10分も無駄話しちまったじゃねーか」
「誰がガリ勉女子ーズよ、というか相変わらず絶望的なまでのネーミングセンスね」
「うるせーよ、ほら、そっち座れよ」
赤髪の少年に言われるがまま、夢の中の自分は手前の右側の席に座る。
テーブルには既にドリンクが4つ置かれており、それぞれが自分のドリンクを手に取る。
「それじゃ、早速……4人とも合格おめでとーう!! カンパーイ!!」
赤髪の少年の元気な掛け声の後、4名はお互いにグラスをぶつけ合い、ドリンクに口をつけた。
「コーラで乾杯……ビールで乾杯できるのは何年後になるでしょうね」
長髪の少女は感慨深く告げ、赤髪の少年は即答する。
「2年後だろ」
2年後……となると、自分たちは高校を卒業したばかりのようだ。
長髪の少女は赤髪の少年の回答が不本意だったのか、首を横に振る。
「いえ、次はいつ4人で集まれるかなって、思っただけです」
「……」
長髪の少女の発言の後、沈黙が流れる。
そんな沈黙を破ったのも長髪の少女だった。
「私は……ケンブリッジに留学します。飛び級狙ってそのまま博士号も取るつもりですから、暫く日本に帰る予定はないかも……です」
赤髪の少年も後に続く。
「俺は……世界大会で好成績を残したおかげで米国空PMCにスカウトされて、渡米する予定だ。軍と合同で特設されたパイロット育成過程を受けることになるから……情報統制の意味でも日本に帰る機会は全くなくなると思う」
赤髪の少年は続けてこちらを指差す。
「こいつも士官学校だから自由時間は殆ど無いと思うぜ」
なるほど、自分は国内で戦闘機乗りになる道を選んだようだ。
赤髪の少年はこちらに続いてカチューシャの少女も指差す。
「時間が取れるのは東工大のガリ勉デコだけか」
「デコ言うな」
カチューシャの少女は赤髪の少年にストローの空袋を投げつけた。
進路について語った所で、長髪の少女はふうと溜息をつく。
「仕方ないよね。みんな、自分の夢を叶えるためだもの」
暗い表情を浮かべる長髪の少女に、カチューシャの少女はフォローを入れる。
「そんな顔しないの。……そりゃあ、直接会う機会はかなり減ると思うけれど、メールも手紙もあるし、問題ないわよ」
「そう……だよね」
長髪の少女の表情が少し明るくなった気がした。
赤髪の少年はドリンクを半分ほど一気に飲み、感慨深く告げる。
「……楽しかったな、この6年間」
「そうね……」
自分は何も覚えていない。だが、自分以外の3人の表情を見ればどれだけ充実した学生生活を送っていたか、想像するのは難しくなかった。
暫くの沈黙の後、鼻を啜る音が聞こえた。
その音に反応したのは例によって赤髪の少年だった。
「……何? まさか泣いてんの?」
「泣いてないわよ、バカ」
カチューシャの少女は目元を拭い、外に顔を向けてしまった。
赤髪の少年は「そうだ」とつぶやくと、思い出したように手のひらを叩き、自分に話しかけてくる。
「それはそうと、お前もゲーム大会でスカウトされてたんだろ? どうして一緒に来なかったんだ?」
この質問に応じたのはカチューシャの少女だった。
「……ごめん。それ、私のせいなの……」
「ん?」
「私が、行かないでって、お願いしたの……」
何だか様子がおかしい。赤髪の少年もそれを悟ってか、余計な茶々を入れることはしなかった。
カチューシャの少女は外を向いたまま語り続ける。
「離れてほしくなかったから。離れたら、気持ちも遠くなっちゃうかもしれないって思って……」
この時点で赤髪の少年はある事実に気づいたようで、こちらと少女を交互に指差しながら驚愕の声を上げた。
「まさかお前ら……付き合ってたのか!?」
「うん……」
自分も驚きである。どうやら日本にいた頃、自分はカチューシャの少女と交際していたらしい。隣りに座る彼女はテーブル下で手を絡めてくる。
夢の中の自分はそれに応じ、手をつなぐ。
「うっわ、マジで気づかなかった。お前、知ってたか?」
長髪の少女はぶんぶんと首を左右にふる。
「……し、知らなかった……でも、おめでとう」
「ま、これだけ仲良くしてりゃこうなるのも当然か……」
赤髪の少年はコーラをぐいっと飲み、両手の指先を自分とカチューシャの少女に向ける。
「じゃあ、二人はちょくちょく会うつもりなんだな。何か進展があればメールでもしろよ? ……俺はアメリカでイケてるねーちゃんでもつかまえるわ」
「あんた、表現がいちいち古いのよ」
カチューシャの少女の突っ込みを聞き流し、赤髪の少年は長髪の少女に顔を向ける。
「お前もイギリスでいい男捕まえろよ」
「私は……学問が恋人ですから」
「強がってるなあ。実は“先越されたー”とか思ってんだろ」
「思ってないです」
長髪の少女は頑なだった。
カチューシャの少女は彼女をフォローする。
「まあ、この子は生粋のメカフィリアだから……本当に興味ないと思うわよ」
「その通りです」
フォローされて嬉しかったのか、長髪の少女もお返しと言わんばかりにカチューシャの少女に告げる。
「でも、ほんとに良かったですね。士官学校って男ばかりだし、浮気の心配はなさそうですね」
「……いや、わかんねーぞ」
赤髪の少年は神妙な面持ちでこちらを見つめる。
「……こいつ、男にしては綺麗な顔してるからな。もしかしたら男同士で……」
「やめて。本気で」
カチューシャの少女は冷たい声でくだらない話をさえぎる。
長髪の少女はその場面を想像してしまったのか、少し顔が赤くなっていた。
赤髪の少年は「冗談冗談」とカラカラと笑い、溜息をつく。
「今度会えるのはいつか分からねー……今晩は思う存分楽しもうぜ?」
「ええ」
「そうですね」
話がまとまった所で、赤髪の少年はグラスを片手に席を立つ。
そして、掛け声を上げた。
「じゃ、改めて……乾杯!!」
4人は再びソフトドリンクの入ったグラスを打ち付け合う。
小気味のいい音が響く。本来ならすぐに落ち着くはずのその音は、何故かどんどん大きくなり不協和音を奏で始める。
同時に視界も暗く、ぐにゃりと曲がってきた。
どうやら今回の夢はここで終わりのようだ。
もう少し長く見ていたかったが、記憶を取り戻しつつある事実を確認できただけでも十分な収穫だ。
今度はいつこの夢の続きを見られるのか。
期待に胸を膨らませつつ、クロトの意識は闇の中に落ちた。




