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天球のカラビナ  作者: イツロウ
02-ヒトガタの少女-
21/107

020 破壊の権化


 020


「――敵、出てこないね」

 ティラミスと合流してから1時間

 3人は山頂目指して慎重に進んでいた。

 先頭はティラミスが務め、ハンマーを両手に構えて敵が出てくるのを今か今かと待ち構えている。スカート裾からは硬質な鱗で覆われた長い尻尾が伸びており、周囲を警戒するかのように大きく左右に揺れていた。

 リリサとクロトはその後ろをのんびりと歩いていた。

 周囲にディードの気配は感じられず、山は不気味なほど静かだった。

 背後を振り向けば街が見渡せる。

 街も特に異常は無いようで、平和そのものだった。

 リリサはクロトの言葉に対し、この山にいるディードの動きを予測する。

「多分、山頂に戦力を集中させてるんだと思うわ。私達を確実に潰すために、ね」

「つまり、総力で僕らを迎え撃つ、ということか」

「向こうさん、私達を強敵と認識してくれているみたいね。喜んでいいのやら、悲しむべきか……」

「リリサ、随分と弱気だね」

「弱気? 誰が弱気ですって?」

 リリサはクロトの言葉が気に食わなかったのか、穂先をクロトに突き付ける。

 その穂先を手のひらで押さえつつ、クロトは言い返す。

「だってそうだろう? 今までは相手が何であろうとその槍で貫いてきたのに……やっぱりヒトガタが気になる?」

「ヒトガタ……」

 リリサは数秒ほど会話を中断し、下を向きながら話を再開する。

「クロ、私が禁猟区で5人の仲間を無駄死させてしまったこと、知ってる?」

「うん」

 その話はアイバール支部のシドルさんから、そして喧嘩をふっかけてきたオールバックの狩人からも聞いた覚えがある。

「その時戦ったのがヒトガタだったのよ……いや、戦いにすらならなかった」

 リリサは当時のことを思い出しているのか、琥珀の瞳は斜め下に向けられ、浅く肩を抱いていた。

「あれはまさに魔人だったわ……攻撃が見えない上にどんなに遠く離れていても命中して……近づくことすらできない、圧倒的な戦力差だったわ。一人が殺られた時点で撤退したんだけれど、逃げてる途中に4人殺されて……結局逃げ切れたのは私一人だけだったの」

「じゃあ、詳しい外見は……」

「もちろん、遠すぎて全く確認できなかったわ……。後は聞いての通り。そのミスのせいで私はアイバール支部に飛ばされ、だらだらと狩人生活を送っていたってわけ」

「そうだったのか……」

 ヒトガタ。怖ろしい存在だ。

 だがティラミスのことを鑑みるに、全てのヒトガタがリリサの言うような圧倒的な戦力を持つディードだとは限らない。ヒトガタでも強い個体もあれば弱い個体もいるはずだ。

 が、弱い個体でも通常のディードと比べると圧倒的に強い力を持っているのは間違いないだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前で揺れていたティラミスの尻尾がぴーんと真上に立った。

 クロトは尻尾の変化に反応して、前方に目を向ける。

 前方は開けた場所になっており、それ以上、上り坂が存在しなかった。

 ……つまりは頂上である。

 その頂上の広場の中央。黒い人影が仁王立ちしていた。

「ティラミス、あれは……」

「ヒトガタです。間違いありません」

「あれが……ヒトガタ」

 人の形をしたソレは体長は2m近くあり、甲冑のような鎧を身に纏っていた。猿型ディードが武器を使っていたので何らかの装備を身に着けていることは予想していたが、まさか甲冑を着込んでいるとは思わなかった。

(いや……あれは体の一部か……?)

 よく見ると鎧は体のラインに沿って隙間なく貼り付けられており、皮膚が硬質化しているようにも思えた。ただの皮膚ならば攻撃も通るかもしれない。

 ただ、手には円錐型のランスが、もう片方の手には巨大で重厚な盾が握られ、簡単にダメージは通りそうになかった。

 それに加えて周囲から親衛隊らしきディードが出現する。

 猿型に豹型に熊型、どのディードも今まで戦ってきたものより一回り大きく、放つ雰囲気も尋常ではなかった。

「いよいよね……」

 先程までの暗い雰囲気はどこにいったのか、リリサはヒトガタを前にしても臆する気配はなく、螺旋の長槍をビシっと構える。

 クロトは少し恐怖を覚えていたが、同時に、ここが敵の本陣であると確信し、闘志を燃やしていた。

 ティラミスもやる気満々のようで、長い鎚をぶんぶん振り回していた。

 最後の戦いになることを確信しつつ、3人は広場に足を踏み入れる。

 広場に入った途端、敵目掛けて駆け出したのはティラミスだった。

「行きます!!」

 ティラミスは先行し、猿型ディードに襲いかかる。

 猿型ディードは例によって亀甲の盾を前面に押し出してきたが、ティラミスはハンマーでいとも容易くその盾をかち割った。

「まずは数を減らすわよ!!」

 リリサも姿勢を低くしてダッシュし、豹型のディードに狙いを定める。

 そのまま突進するかとおもいきや、リリサは槍を投擲した。槍は20mの距離を瞬きする間に飛翔し、豹型ディードの頭部を瞬時に貫いた。

 頭蓋が割れ、中にあったモノが後方に飛び散る。

 リリサは槍の石突に取り付けていた糸を引っ張りその手に槍を引っ張り戻す。

 再度その手に槍を握ったリリサは流れるように熊型ディードに向かって行く。

 ……そんな二人とは対照的に、クロトは動かず、じっとヒトガタを見ていた。

 甲冑の如く硬そうな皮膚を身に纏ったヒトガタもまた、動かずクロトを見ていた。

(動かない……?)

 ヒトガタに関してはまだ分からないことが多い。とリリサは言っていた。

 ティラミスとは日本語で意思の疎通ができ、仲間として迎え入れることができた。

 いま眼の前にいる甲冑の彼も、意思の疎通ができれば話し合いで戦闘を回避できるかもしれない。

 言葉が通じるかどうか、クロトは試しに日本語で話しかけてみる。

「お前は……ディードなのか?」

「……」

 返事はない。

 発声器官がないのか、それとも意味を理解していないのか。

 クロトはもう一度声をかけようとする。……が、その前に甲冑のヒトガタが走りだし、戦闘が始まった。

「くそ……」

 どうやら彼は“敵”のようだ。まあ、あそこまでディードをけしかけておいて、敵じゃないわけがない。

 クロトは迫ってくるヒトガタに対し左手で黒刀を構える。

 やがてヒトガタはランスを脇に構え、射程に入った瞬間目にも留まらぬ速さで突き攻撃を放ってきた。

 尖ったランスの先端はこちらの胸部を狙っており、必殺の攻撃であることは火を見るよりも明らかだった。

 ……これは受けてはならない。回避すべきだ。

 クロトはランスから逃れるように横に跳ぶ。しかし、ヒトガタは避けることを許してくれなかった。

 ヒトガタはランスの軌道を即座に修正し、こちらの動きに合わせてきたのだ。

(これは……)

 跳んでいる間に軌道修正は不可能だ。

 受け止めるしかない。

 クロトは黒刀の刃を寝かせ、盾代わりにする。やがて切っ先は刃に命中し、重い衝撃とともに鈍い衝突音を発生させた。

 寝かせた刃は体にめり込み、クロトの胸部に大きな負荷をかける。そんな負荷に耐え切れるわけもなく、クロトは後方に大きく吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ……!!」

 肺の空気が全て外に押し出される。内蔵がやられたのか、その吐息には血が混じっていた。

 とんでもない衝撃だ。が、驚くべきはこの攻撃を受けても折れない黒刀である。

 流石は超大型ディードの鹵獲品、頑丈な事この上ない。

 クロトは口元を血で濡らしつつも何とか着地し、黒刀を構え直す。

 甲冑のヒトガタはランスを突き出した体勢で止まっていた。追撃してくるものかと思っていたが……あちらはあちらで何か考えでもあるのだろうか。

 ヒトガタとのファーストコンタクトを終えた所で、ようやくリリサとティラミスが攻撃に参加してきた。

「クロ!!」

「クロト様!!」

 クロトは左右を見る。右側には盾を粉々にされて頭部も破壊された猿型ディードの死骸が、左側には頭部を貫かれた豹型ディードと胸部に無数の穴の空いた熊型ディードの死骸を確認できた。

 リリサとティラミスはほぼ同じ速度でヒトガタに向けて駆け寄り、同じタイミングでそれぞれの武器を振りかぶり、絶妙なタイミングでヒトガタに挟み撃ち攻撃を仕掛けた。

 右からはティラミスのハンマーによる打撃

 左からはリリサの長槍による超高速の突き

 世界広しといえど、この攻撃をどうにかできるディードはそういないはずだ。……が、甲冑のヒトガタはそれをどうにかしてしまった。

 ヒトガタは大盾でハンマーを受け止め、ランスで槍の軌道を変えて地面に叩きつける。

 ハンマーと盾の衝突音は周囲の空気を激しく振動させ、ランスと槍が擦れる音は鼓膜に強い不快感を与えた。

 だが、受け止めただけでヒトガタの行動は止まらない。

 ヒトガタは手首のスナップを効かせてランスをティラミスの方へ向け、突き出す。

 ランスの先端はティラミスの肩に突き刺さり、ティラミスは黒い血を流しながら右へ吹き飛んだ。

 リリサはその隙に長槍を引いて狙いを定め直し、顔面を突く。

 しかし、その攻撃は紙一重でかわされ、大盾で地面に押さえつけられてしまった。

 点でも線でもなく面の攻撃。

 リリサは回避することができず、槍の柄で盾を抑えて踏ん張る。だが、甲冑のヒトガタの腕力に敵うわけもなく、あっという間に押しつぶされてしまった。

 リリサは槍ごと地面に叩きつけられる。その際内臓にダメージを受けたのか、口から血を吐いていた。

 この様子だとこれ以上戦うのは無理だろう。

 ティラミスも肩に大穴を開け、地面に仰向けに倒れたまま動きがなかった。

 ……圧倒的な戦力差だった。

(こんなに簡単に……)

 ヒトガタが強いということは重々承知していた。しかし、リリサなら、狂槍と呼ばれているリリサならば勝てるだろうと思っていた。だが、それは自分の勝手な思い込みだった。

 ……逃げたい。

 が、逃げる訳にはいかない。

 自分が、なんとしても二人を守らなければならない。

「こっちだ!!」

 クロトは無謀だと感じつつも、再度ヒトガタに駆け寄って斬撃を放つ。

 しかし、ヒトガタはそれが分かっていたかのように、すれ違いざまにランスを突き出す。

 その穂先は当たり前のようにクロトの腹部を貫いた。

「うっ……」

 敵の攻撃はそれだけでは終わらない。

 ヒトガタはランスを貫通させたままクロトを持ち上げ、おおきく振って遠くへ投げ捨てた。

 クロトは数秒ほど宙を舞った後、地面に叩きつけられた。

 口の中に砂が入り込み、それは血を吸い込んで不快な食感をクロトに与える。

 そんな食感を得つつ、クロトは何とか四つん這いになる。

 と、びちゃびちゃと嫌な音がし、急に体が軽くなった。

 腹部には大穴が空いており、その真下には自分のものであろう臓器が漏れ出ていた。

 視覚的にも触覚的にもショッキングなダメージを受けたクロトだったが、まず体を駆け巡ったのは痛みではなく熱さだった。

 熱い。火傷の時の感覚と似ている。

 ヒリヒリするような感覚、それは電撃のように鋭く走るショックではなく、じわじわと体を覆っていく耐え難い疼きだった。

 その疼きを感じたその瞬間、懐かしい感触が身を貫いた。

「!!」

 ――どくん、と心臓が高鳴る。

 体中が熱くなり、熱い血が脈打ちながら体中を駆け巡る。

 神経が研ぎ澄まされ、視覚は赤に染まり、聴覚は敵の筋肉の軋む音を捉え、触覚は周囲の空気の流れを感じ、肌がピリピリし始める。

 すでにクロトの脳内に「逃げ」の二文字は存在しておらず、代わりに「破壊」の文字で埋め尽くされていた。

 もう痛みも恐怖も何も感じない。ただただ高揚感に包まれ、敵を破壊したいという衝動だけがクロトの脳内を埋め尽くしていた。

 これはベックルンで超大型ディードを倒した時に感じた感触と似ている。

 そんなことを感じつつ、クロトは黒刀を捨てる。

 そして、地面を強く蹴り、跳躍した。

「ガッ!!」

 クロトは刹那の間にヒトガタの正面に到達し、拳を前に突き出す。

 ヒトガタは咄嗟に盾を構えてクロトの拳を防ぐ、が、拳は大盾をいとも容易く突き破り、ヒトガタの腹部にまで到達した。

 結果、ヒトガタは盾を手放して後方に吹き飛ぶ。

 ヒトガタは宙を舞い、一直線に木の幹に体を叩きつけられた。

 衝撃を受け止めきれなかったのか、木の幹は根っこから折れ、けたたましい音を立てながら地面に倒れた。

 木が倒れて地面と衝突し、ずしん、という音が響く。

 クロトは腕にめり込んだ盾を引き抜くと遠くへ投げ捨てた。

「……」

 ヒトガタは地面に膝を付いていたがランスを杖代わりにして立ち上がり、再び構えてみせた。

 甲冑の腹部は見事に砕け散っており、中身が見え隠れしていた。

 クロトは特に何も考えることなくヒトガタへ歩み寄っていく。

 この時、クロトは自分の戦闘能力が飛躍的に向上していることを悟っており、同時に既に勝利を確信していた。

 ヒトガタもそれを感じ取ったのか、唸り声を上げてランスを構えて突進してきた。

 クロトはその超速の突進をまともに受けた。

 しかし、今度はしっかりとランスの穂先を腕で挟み込んでおり、重量感たっぷりの突進を一歩も退くことなく止めてしまった。

 クロトはそのままランスを奪い取り、これもまた遠くへ投げ捨てる。

 すると、ヒトガタは負けを確信したのか、戦意を喪失したかのように跪き、頭を垂れた。

 これは命乞いでも何でもない。ただ、死を受け入れた者が取る行動だった。

 この時のクロトに慈悲の心など一欠片もなく、拳を振り上げると、容赦なく頭部めがけて振り下ろした。

 兜ごと頭部が破壊され、柔らかい果実が潰された時のように、中身が四散する。

 少し遅れて黒い血が吹き出し、ヒトガタは前のめりに地面に倒れた。

 クロトは死体と化したヒトガタを見下ろす。ひしゃげた頭部からは止めどなく黒い血が流れだし、周囲の土を黒に染めていた。

「う……」

 状況が終了するとクロトは頭痛を覚え、また、急に力が抜けてその場に膝をついた。

 呼吸は荒い。が、今回はまだ意識がある。

 クロトは気合を入れて立ち上がり、リリサとティラミスの無事を確認するべくゆっくりと歩き出す。

 まず歩み寄ったのはリリサだった。

 地面に叩きつけられたリリサは口から血を流して気を失っていたが、呼吸も脈拍も安定していた。

 流石は手練の狩人だ。あれだけの衝撃を受けても致命傷となっていない。

 きしむ体に鞭打って、クロトは続いてティラミスの元へ向かう。

 と、歩いている途中でティラミスが立ち上がり、よろめきながらもこちらに近づいてきた。

「クロト様……」

 ティラミスはクロトを支えるように隣にピタリとくっつく。

 この様子ならティラミスの方は怪我も問題無いだろう。

「あれは、クロト様が……?」

 ティラミスの視線は頭部の無くなったヒトガタに向けられていた。

 未だに血が首から流れでており、先程見た時よりも黒の範囲が広がっていた。

 クロトは血を吐きつつ、ティラミスの問いに応える。

「ああ、そうらしい」

 自分は何か得体のしれない力を秘めている。その力で格上の相手を数秒足らずで殺した。

 しかも先程まで開いていた腹部の大穴も塞がっており、服だけが破けて不格好になっていた。

 超人的な力、再生能力……この謎もいつかはきちんと解明せねばならないだろう。

 そんなことを思っていると、視界が暗くなってきた。

「……わるい、ティラミス、力が……」

 四肢に力も入らない。

 クロトはそのまま体重をティラミスに預けることになり、やがて意識を失った。

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