018 一芝居
018
翌朝、クロトとリリサは予定通り猟友会のケナン支部を訪れていた。
支部長室にはアリスタ支部長の他に昨日広場で見た狩人たちもいて、全員が敵意の視線を二人に向けていた。
アウェー感漂う中、アリスタ支部長は早速昨日の広場での件について指摘してきた。
「昨日は大変な騒ぎを起こしてくれたそうだな」
アリスタはローテーブルの長椅子に足を組んで座っており、表情は不機嫌そうだった。
ウェーブのかかった髪を弄りつつ、アリスタは低い声で続ける。
「部下から話は聞いた。……ヒトガタ、匿っているんだろう? 教団にサンプルとして渡すとか何とか言っているらしいが、面倒なことになる前にこちらに引き渡してもらおうか」
「それはできない相談ね」
「何?」
リリサの即答に、アリスタは若干キレ気味にリリサを睨む。
威圧感たっぷりだったが、リリサは態度を変えることなく淡々と応じる。
「いえ……不可能って言ったほうがいいのかしら」
「いい度胸だな。我々を甘く見ていると……」
「そういう意味で言ったわけじゃないわよ。……ほら」
リリサはそう告げた後、用意していた大袋をローテーブルの上に置き、中身を取り出す。
全員が注目する中、一番最初に袋から出てきたのは黒く大きな角だった。
「!!」
その角は牡羊の角のように捻れており、異様な存在感を放っていた。
リリサはそれをテーブルの上に置き、続けて同じものを隣に置いた。
対になっている立派な角を見て、ケナンの狩人が反応を示した。
「これは……あのヒトガタの?」
「そうよ」
リリサは応じつつも袋から骨を取り出し続ける。
数十秒後には、テーブルの上にはヒトガタ一体分の骨が積み上がっていた。
ケナンの狩人はテーブルに置かれた黒い骨を手に取り、リリサに問いかける。
「まさか、あのヒトガタ……殺したのか?」
「ええ。サンプルとして教団に提出する予定だったけれど……大人しくしていたと思ったら急に襲いかかってきて……仕方なく殺したわ」
「……そうか」
狩人たちの視線はその立派な角に向けられていた。
そんな狩人達を見つつ、クロトは事が思惑通り進んだことに安堵していた。
(ティラミスの策……思った以上にうまくいったな)
ティラミスの策、それは自分が死んだとケナン支部の連中に思わせる、という大胆なものだった。
角はティラミスが自ら切り取った本物の角である。が、他の骨は猪型のディードから適当に拾い集めた物だ。
角を切ってくれと彼女から言われた時は少し躊躇したし、実際に切る時もかなり硬くてティラミス自身を傷つけないようにするのに相当な集中力を要した。……が、苦労しただけの効果はあった。
黒く捻れた角は言わば彼女のトレードマークのようなものであり、それ故、ケナン支部の狩人は彼女の死を信じて疑っていない様子だった。
アリスタはテーブルから視線を上げ、リリサに告げる。
「わかった。ヒトガタの一件については不問にしてやる。……だが、これで借金が帳消しになったわけじゃない。それだけは覚えておけ」
「そんな理不尽な……」
クロトはアリスタに対し反論しようとした。が、唐突にリリサがクロトの頬を思い切り殴り、言葉はすぐに途切れた。
リリサは続いて胸ぐらをつかみ、全員が見ている前でクロトを脅す。
「この借金、元はといえばお前の責任よ。今度余計なことを言ったら刺し殺すわよ」
どすの聞いた口調で告げた後、リリサはクロトの頭を掴み、無理矢理下げさせる。
「今更だけれど、私の奴隷が無礼な振る舞いをしたこと、謝るわ。今後はあんなことがないようにきつく指導していくつもりよ」
「さすがは狂槍、部下にも容赦無いのだな……」
リリサの唐突な暴力を前に、アリスタやケナンの狩人達は若干引いている様子だった。
リリサは最後にクロトの後頭部をばちんと叩き、話を先に進める。
「さて、ディードの掃討についてだけれど……私たちはどこから攻めればいいの?」
アリスタは思い出したようにディードの討伐について、作戦を話す。
「昨日伝えた通りだ。殲滅の作戦についてはそちらに一任する。……我々は街の守りを固めなくてはならないからな」
「わかったわ。大物だけを狙うつもりだから、雑魚はそっちに流れるかもしれないけれど……大丈夫よね?」
「ああ、雑魚だけなら我々で十分対処できる。安心して山に攻め入ってくれ」
「了解。それじゃ、早速行ってくるわ」
リリサは簡単に打ち合わせを済ませると、席を立って支部長室から出て行く。
クロトも殴れらた頬をさすりながら、リリサの後に続いた。
「リリサ、ちょっとくらい手加減してくれてもいいのに……」
「駄目よ。あのアリスタって女、相当に疑い深い性格よ。このくらい徹底的にやらないとティラミスの存在がばれちゃうでしょ」
ケナン支部を出た二人は、街の南側の宿に戻ってきていた。
「お二人共、お帰りなさい」
ドアをくぐると、白いワンピースに身を包んだティラミスが出迎えてくれた。
ティラミスからは黒い角が無くなっており、頭部は普通の人間と全く同じ状態になっていた。髪を上げれば角の断面が見るのだが、今は濃い紺色の髪に隠れて全く見えなかった。
ティラミスは支部から返ってきた二人に対しニコニコと笑顔を向けていたが、クロトの顔を見るなり驚きの表情を浮かべた。
「ク、クロト様、その頬は!?」
「あー、演技の一貫でリリサに殴られたんだ」
事情を聞くやいなやティラミスは「お待ちを」と言い、部屋を出る。
数秒もすると濡れたタオルを片手に戻ってきた。
ティラミスは背伸びをし、その濡れタオルをクロトの頬にあてがう。
「痛みますか?」
「うん、手加減してくれなかったからね……自分で持つよ」
クロトはティラミスからタオルを受け取り、室内へ移動する。
「それは酷いですね……」
ティラミスはクロトの隣にぴたりと付き添い、そのまま一緒にベッドに腰掛けた。
リリサは水の入ったコップを手に持ち、向かい側のベッドに腰掛ける。
そのまま一気に水を飲み干すと、リリサはコップを床に置き、代わりに長槍を手に取る。
そして、布を巻き直したりしてメンテナンスし始めた。
その様子をぼんやり眺めていると、唐突にリリサから鋭い声が飛んできた。
「……クロト、いつまでティラミスとくっついてんのよ」
「……?」
ティラミスはクロトを見、首を傾げる。
クロトはリリサの言葉を訳することにした。
「僕から離れろってさ」
「いえ、腫れが引くまでお側にいます」
ティラミスは更にクロトにくっつき、濡れタオルを小さな手で支える。
この一連のやり取りを見て、リリサは更に語調を強める。
「クロ、仮にも狩人なんだから討伐前に武器の調整くらいしておきなさい」
「ああ、そういうことか……」
頬の腫れなど気にしている場合ではない。
今はこれから繰り広げられるであろう戦いに備えて武器をメンテナンスすることが最優先だ。
クロトは「ちょっとごめんね」とティラミスに告げ、腰に差している黒刀を鞘から抜く。
この黒刀は超大型ディードの尾の先端についていた剣を加工して造られたもので、その切れ味と耐久性は市販の刀剣類のそれを大きく上回っている。
おまけに重量バランスもよく、取り回しやすい。名刀と言っても過言ではない武器だ。
クロトは頬に当てていたタオルを手に持ち帰ると、緩やかなカーブを描いている刃を綺麗にしていく。
クロトとリリサ、二人で武器のメンテナンスをしていると、リリサが何気なく話し始めた。
「……昨日の猪型のディード、街からかなり近い位置にいたわ。連中が街の周囲に集まってきてるのは間違いない。すぐにでもリーダーを狩らないと街が大変なことになるわ」
「リーダー……つまりはヒトガタか」
「ええ。私の経験則から推察するに、ヒトガタは山頂に構えてると思う。とりあえず山に入って山頂を目指すわよ」
頭を潰してしまえば統率力は失われる。バラバラになったディードを各個撃破するのは容易い。それに、街の防衛も楽になるはずだ。
当然ながら道中激しい戦闘になるだろうが、最短コースを進めば戦闘も最小限で済ませられるだろう。
リリサの突破力があれば、難なく山頂に行けるはずだ。
そんなことを考えていると、ティラミスがこちらの肩を叩いた。
「私も行きます!!」
ティラミスは本気の目をしていた。
「ティラミス……」
気持ちは有り難いが、不確定要素はなるべく排除したいのが心情だ。
リリサは連携攻撃を得意としないため、他者へのフォローもできない。
自分も戦闘に関しては慣れてきたつもりだが、他者をフォローできるほど器用ではない。
つまり、ティラミスに何かあった場合、助けられない可能性が高いのだ。
「何て?」
クロトはティラミスの言葉をリリサに通訳する。
「ティラミスも戦闘に参加したいってさ」
「駄目よ」
即答だった。これにはクロトも同意だった。
彼女はヒトガタ、普通の人間に比べれば戦闘力はかなり高い。が、今回の狩りは戦闘経験がゼロの彼女にとってリスクが高すぎる。
クロトはティラミスにそのことを告げる。
「ティラミス、リリサは……」
「訳してくださらなくてもわかります。駄目なんですね……」
ティラミスははぁと溜息を付き、ベッドの上で膝を抱える。
それから暫く会話はなく、やがて二人共武器のメンテナンスが終了した。
リリサは螺旋の長槍を肩に担ぎ、ドアを開けて玄関に立つ。
「クロト、行くわよ」
「ああ」
クロトも黒刀を鞘に収め、腰に差す。
ティラミスも玄関まで来たが、リリサは穂先を向けて制止した。
「部屋で大人しくしてなさい。いいわね?」
「ごめんねティラミス、すぐに帰ってくるから」
クロトが日本語で告げると、ティラミスはしゅんとなった。
「全力でお手伝いすると啖呵を切っておきながらこの体たらくぶり……情けないです」
「しょうがないよ。留守番、まかせたよ」
「はい……」
クロトはティラミスの無念そうな顔を見つつ、ドアを閉める。
完全にドアが閉まると、リリサは呟く。
「さて、狩りの時間よ」
リリサはニヤリと笑っていた。つくづく怖ろしい狩人だ。
そんなことを思いつつ、クロトはリリサと共に戦いの地へ赴くことにした。




