104 顔合わせ
104
アイバール猟友会の客室で一泊し、二日酔いに苦しむミソラに別れを告げた後、
パイロとシロはセントレア中央に位置する重要施設、カミラ教団の入り口で待機していた。
すぐ隣の広大な敷地には立派な建物、猟友会の本部棟が見える。
あの3階の会長室でカレンに泣きつかれたのが一昨日の夜である。
時間もさほど経っていないためカレンの肌の感触や声、そして露わな肢体に至るまで鮮明に思い出せる。
特に思うところがあるわけではないが、元気にしているのか気になるところである。
パイロは猟友会の建物から視線を外し、その周囲を観察する。
朝も早いこともあってか、人影は少ない。
出勤前の職員や、小休止している狩人の姿が散見される程度だった。
石畳の地面にうっすらと反射している朝日を眺めつつ、パイロは高速飛行で乱れた赤の短髪をかきあげる。
「お前の言うとおりカミラ教団に来たわけだが、期待できる武器があるとは思えないな」
「私は必ずあるとは言ってませんよ。可能性としてこの場所を挙げただけで、判断したのはあなただと言うことを忘れないで下さい。早速責任をなすりつけようとするなんて、ひどい人ですね」
抑揚のない声で淡々と言い返したのはガイノイドのシロだった。
彼女はカミラ教団の施設の外壁に背を預け、両足を広げて地べたに座り込んでいた。
開脚して座っている彼女は、くるぶしを軸につま先を左右に揺らしながら付け加える。
「それよりも、管理者の出迎えなんて待たずに早く内部に侵入しませんか? 時間を無駄にできるほど余裕がある状況ではないのはあなたも理解しているはずですが」
「勝手に入って迷子にでもなったらどうするんだ。余計時間を食うことになるぞ」
「迷子だなんて、あなたの透視能力があれば問題ないでしょうに」
「透視ができねーから問題なんだよ」
人の形をしたDEEDが野に放たれた後、パイロは監視も兼ねて世界中を索敵していた。
しかし、唯一ここの地下だけ探ることができなかった。
岩盤が邪魔で能力が行き届かない場所は多々あれど、明らかに怪しいこの場所を透視できないのは不自然極まりなかった。
パイロに同意するようにシロも語る。
「あなたの能力をもってしても透視できないのですね。調べたところ完全に電波を遮断しているようですし、無理もない話でしょう」
「調べたって、いつの間に?」
「これまでに活動を停止したクロイデルが何体もここに運び込まれましたが、このエリアに入ったとたんにモニタリングできなくなりましたから。何らかの手法で通信を遮断しているのは確実です。結構高度な技術ですよ」
「マジか、注意して監視していたつもりだったんだが、全く気づかなかったぞ」
「今も調べていますが、原因を解明できないでいます。クロイデルの個体同士を利用したネットワークシステムなのでそう易々とシグナルロストすることはないのですが、そのあたりの仕組みもこの施設の管理者は理解しているのかもしれません」
「エヴァーハルト、全く油断のならないやつだな」
「そのようですね。クロイデルユニットの共有ネットワーク上でも彼に関する情報は異常なほどに少ないですし」
知らないことが多いと認識はしていたが、思っている以上の曲者かも知れない。
2人で話し込んでいると、施設内部からエヴァーハルト当人が姿を現した。
「いや、お待たせして申し訳ない」
壮年の男エヴァーハルトに続いて桃色の髪が特徴の女性、猟友会会長のカレンも出てきた。
「パイロ、久しぶりー」
カレンはパイロに小走りで駆け寄るとぐるりと回り込み、遠慮なくパイロの左腕に抱きついた。
一連の動作は人懐っこい大型犬を彷彿とさせた。
離れろともくっつくなとも言えず、パイロは彼女のスキンシップをあまんじて受け入れることにした。
一晩一緒にいただけなのに随分と気に入られてしまったものだ。悪い気はしないが何だか気まずい。
エヴァーハルトは改めてパイロに手を差し出す。
「それにしても早かったね。随分こっ酷くやられたと聞いていたのだが、怪我も無いようで安心した」
パイロはエヴァーハルトの握手に応じ、言葉を返す。
「そんな情報どこで仕入れたんだよ。アイバールの猟友会に盗聴器でも仕込んでたのか?」
冗談半分で言ったパイロだったが、エヴァーハルトは「やはりバレバレだったようだね」と、懐から小型の通信機器を取り出した。
それは遠い昔にパイロ自身もよく使っていた携帯端末、いわゆるケータイとよく似ていた。
「お前、いつの間にそんなものを」
驚きを隠せないパイロに、エヴァーハルトは自慢げに答える。
「モノとインフラ自体はそれこそ数百年前から作っていた。君や君の仲間に悟られないように隠していただけだ。君と協力関係を結べたのだし、もう隠す必要もないと思ってね」
今しがたシロが言っていた“高度な技術を持っている”という予想は当たっていたというわけだ。
驚きこそすれ、それを咎めるつもりはなかった。
むしろパイロにとっては嬉しい誤算だった。
「それだけの物があるってことは、他にも色々ありそうだな。 これは兵器類も期待できそうだ」
「兵器……なるほど、とりあえずは情報を擦り合わせる必要がありそうだ」
エヴァーハルトは早々に合点がいったようで、手のひらを軽く叩く。
「中へ案内しよう、話はそれからだ」
その言葉を合図にエヴァーハルトは踵を返し、カレンもパイロから離れて施設内部へ戻っていく。
それぞれが施設へ向かう中、シロは地べたに座った状態で両手をパイロへ差し出していた。
「……ん」
立たせろということらしい。
首を少し傾げて助力を求めるその姿はまさに庇護欲を掻き立てる完璧な所作であった。が、パイロはシロの思惑を完全に無視してテレキネシスで強引に宙に浮かせる。
「モノ扱いも甚だしいですね。こっちも気合い入れて色々と試しているのに、これじゃあ張り合いがありません」
「人をからかう能力だけは一級品だな、お前は」
「それはどうも」
シロは無抵抗のままパイロに運ばれ、エヴァーハルトたちに遅れてカミラ教団の施設入り口へ向かった。
……それから5分後
隠し扉から地下へ入った一行は、長い長い通路を歩いていた。
移動中も会話は途切れることなく、パイロはエヴァーハルトが保有している兵装について色々と質問を投げかけていた。
「じゃあプラズマキャノンとか超重力砲とか未知の粒子かなんかの光線的なものもないのか?」
「期待するのは勝手だが、あの兵器工場を制圧できるような物はないぞ」
「エヴァーハルトお前さあ、こんな立派な施設を建てたんだし、せめて軌道エレベータを破壊できるような武器の一つや二つ作っとけよ」
「君が何を考えているのかわからないが、どんなに高性能な武器も君やクロト君を超えられない。もしそんなものを開発できていればクロイデルに恐れることもなかったろうに」
「使えるかどうかは俺が決めることだ。とりあえず見せてもらわないことには始まらないな」
「……まるでおもちゃを前にした小学生男児のような有様ですね」
意気揚々と喋るパイロに釘を刺したのはシロだった。
シロはパイロの背中をつつき、言葉を続ける。
「秘密基地っぽい雰囲気に興奮するのはわかりますが、もう少し静かにできませんか? 人類の叡智の結晶である私が、あなたのような人間の被造物と考えるだけで自分の存在がとても矮小なものに思えてしまいます」
「遠まわしな嫌味だな」
パイロは振り返り、シロを睨む。
シロは臆する様子もなく、パイロの胸部をつつき続ける。
「嫌味に聞こえたのならよかったです。少しは自重してください。彼らにとって最重要と言って差し支えない場所へ招いてもらっているのです。ゲストの我々がこんな様子だと協力関係に悪影響が出ますよ」
返す言葉もない。
シロの正論にぐうの音も出ないパイロだったが、エヴァーハルト本人はそこまで気にしていない様子だった。
「いや、遠慮する必要なんて全くないし失礼だとも感じていない。彼の人間性は少しは理解しているつもりだ。思った以上に優しい人だよ、彼は」
「そうですか、要らぬ節介だったようです。すみません」
シロはエヴァーハルトへ軽く頭を下げ、その隣を歩いているカレンへ会釈する。
カレンは全く話を聞いていなかったようで、シロの会釈に驚きつつも笑顔で手を振って応じていた。
改めてカレンを観察すると少しではあるが緊張を感じられた。
面識があるとは言え、長年“ヒトガタ”という呼称で驚異として認識されていたのだ。
加えて得体の知れないガイノイドがいるとなれば緊張するのも当然である。
エヴァーハルトが当たり前のように接してくれていたので気にも留めなかったが、以後はあまり彼らを刺激しないように大人しく努めよう。
会話が途切れ、しばらく無言で進んでいるとそれらしい隔壁が見えてきた。
おそらくあの向こう側が目的地なのだろう。
隔壁を視界に完璧に捉えられるようになると、久方ぶりにエヴァーハルトが口を開いた。
「ひとつだけお願いがある」
エヴァーハルトは視線を前に向けたまま続ける。
「まずは中にいる狩人と顔合わせしてもらえないだろうか」
「狩人連中と? ……初対面でもあるまいし、かしこまることもないだろ」
「確かに初対面ではないが、”ほぼ初対面”だ。これまで敵対者だと思われていた上に昨日今日の付き合いだ。カレン君はともかく、他の狩人からは未だ不審に思われている」
こちら側からすればずっと監視していたので彼らの顔や名前はもちろん、性格やちょっとした癖や食べ物の好き嫌いまで知っている。
ただ、お願いを断れる立場ではなかった。
「わかった。焦ったところで状況が変わるわけでもないし、嫌われたままってのも気分が悪いからな」
「会ったところで好感度が上がったり好かれることはあり得ないと思いますが」
シロの嫌味にパイロは即座に言い返す。
「うるせーな。マイナスイメージをゼロに近づけるだけで十分だ」
「それ、自分で言ってて虚しくなりませんか」
毎度毎度当たりがキツい。
イラつくほどではないが、何かとつけて言われるとさすがに気が滅入る。
「では早速ミーティングルームに案内しよう」
エヴァーハルトはドアの端末に手をかざし、続けてタッチパネルを慣れた様子で操作する。
数秒するとドアのロックが外れる音がし、一行はドアの向こう側へ足を踏み入れた。
中に入ると地下とは思えない広い空間が広がっていた。
壁面は通路と同じく発光する白いパネルで覆い尽くされ、対象物もないため距離感がわかりづらい。
ただ、過去見たことのある米軍のミサイルサイロよりも広いのは間違いなかった。
床面積は戦闘航空機がダース単位で格納できるほど
高さについては被っているフードがずり落ちるほど首を曲げなければ天井が確認できないほどだった。
「こんなのを造ってたのか、バレることなくよくやったもんだ」
「バレないようにこっそりと造ったので、おかげさまで随分と時間がかかりました」
エヴァーハルトは皮肉を交えて応え、広い空間内に建てられている簡素なプレハブ小屋へ向かっていく。
小屋へ向かっていた一行だったが、到着する前に小屋の入り口のスライドドアが開き、見覚えのある面々が姿を見せた。
さらさらとした白い長髪、獣を連想させる切れ目に琥珀の瞳を持つ女性、スレンダーな体躯ではあるが強者の風格を醸し出している狩人、リリサ・アッドネス。
橙のサイドポニーテール、戦闘服に身を包んでいるリリサとは対照に丈の短いシャツにスカートというラフな出立ち、端正な顔立ちではあるもののそれよりも快活さが溢れ出ていて美少女というよりは明るいギャルのイメージが強いジュナ・アルキメル。
口元まで覆っているオーバーサイズのパーカーに身を包んではいるものの、リリサやジュナと比べると四肢は細く身長も低く一見貧相に見える、紫色のショートカットヘアーとどことなくアンニュイな表情が印象的な少女、モニカ・バーリストレーム。
あとはオールバックの双剣使いの狩人のフェリクス、中性的な顔立ちの短髪の鍛治師ヘクスター。
それぞれが建物の前で出迎えてくれていた。
各々示し合わせるでもなく、あるものは好奇心の目で、またあるものは不安そうに、双眸をこちらへ向けていた。
共通して不信感は感じられるものの、概ね落ち着いていた。
しかし安心したのも束の間、彼らが姿を見せてから数秒とたたないうちに強烈な殺意が発せられた。
毛の逆立つような緊張感に場の空気は凍りつき、狩人たちは身構え、リリサとジュナに至っては即座に殺意に反応してパイロ目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
……いや、正確にはパイロの背後に立つガイノイド、シロへ高速で襲いかかってきた。
刹那の間にパイロはすぐに状況を把握し、その元凶へ静止の言葉を投げかけた。
「やめろポンコツが」
言葉と共にパイロはテレキネシスを発動させ、リリサとジュナ、そしてシロを拘束する。
リリサはパイロの右側で拳を腰の辺りで握った状態で静止しており、ジュナは左側の下方をすり抜けるような、とても低いタックルの体勢で固まっていた。
そして肝心のシロはというと、右腕をリリサに、左腕をジュナへまっすぐに向け、その両手には拳銃らしき無骨な形状の武器が握られていた。
目立った突起もなくシンプルな形状をしていたが、これが致命傷を与える武器であることはなんとなく理解できた。
シロがこんなものを出したせいでリリサとジュナは自己防衛のために打って出てきたのだろう。
「バカかテメーは。何考えてんだよ」
「いえ、何も考えていません。これはクロイデルプラントで製造される躯体に標準装備されている対DEED兵装です。一定条件を満たすと自己防衛のために起動する優れもので、私の意志で発動させたものではないと弁明しておきます」
「条件反射ってやつか」
「そう解釈して問題ありません。あまりにもそちらのお二方から基準を大きく超えた強いDEED因子反応を検知いたしましたので」
「DEED因子反応ねえ……」
彼ら狩人は、いや、狩人に限らず人の形を真似ているこのDEEDたちはそれこそ全員がDEED因子を保有している。
この2人に限ってシロの兵装が反応したということは、それだけ脅威であると判断されたのだろう。
今もなおテレキネシスでリリサとジュナの動きを止めているが、言われてみれば結構な力で押さえつけている気がする。
間違いなく彼女たちの戦闘能力は向上している。
この短期間で何があったのか、パイロの推察が形を成していく途中でエヴァーハルトがとある単語を告げた。「DEED因子活性剤だ」
パイロは「なるほど……」と顎に手を当て頷く。
DEEDとしての本来の性質を活性化させ、身体能力が向上した。
過去真人に行われた人体実験とまではいかないが、似たような理論なのだろう。
DEEDの性質を獲得することで真人は最強の存在となり、結果としてクロイデルからもDEED判定され、腕輪型の敵味方判別装置が必要となった。
クロイデルの親玉であるシロが反応するのも仕方がないことだ。
色々と納得したところでパイロはテレキネシスを徐々に弱め、リリサとジュナを解放する。
リリサはすでに平静を取り戻しており、パイロを一瞥すると乱れた真白の長髪を首を振って整え、少し距離を取った。
ジュナはタックルの体勢のまま地面に倒れ込んだが、素早く腰を捻り、脚をたたんで重心を移動させ、見事に足から着地した。
拘束されたのが不服らしく、ジュナは舌打ちをしてパイロの左脛を軽く蹴飛ばす。が、固定化された足の強度は半端ではなく、逆にジュナがダメージを受けていた。
シロはというと、すでに拳銃のような武器は消えており背筋を伸ばして澄まし顔で佇んでいた。
緊張感が一気に解け、パイロはエヴァーハルトに説明を求める。
「こいつらと顔合わせさせたいって言ったのは、つまりはDEED因子活性剤とやらのお披露目をしたかったわけだな?」
「正直に答えるとその通りではある。一応説明するつもりだったが、シロ君が敵と認定してくれたことで詳細な説明を省けて何よりだ」
「いやいや、ちゃんと説明しろよ」
「説明したところでパイロ君、きみが完全理解できるかどうか怪しいし、実のところ私も試行錯誤の上でDEED因子活性剤を作っただけで原理については憶測の域を出ない。彼女らの戦闘能力が大幅に向上したということだけ頭に入れてもらえればと思うのだが」
「その憶測でもいいからしっかりと説明を……」
「すみません、ちょっといいですか」
恐る恐る会話を遮ったのはシロだった。
「先ほどの自己防衛の際に緊急性高めの救援信号も出てしまったようで」
シロは言葉を区切り、視線を天井に向け、申し訳なさげに伝える。
「結論から言いますと、ゲイルにこの場所がバレてしまいました」
「……は?」
パイロがその事実を受け入れるまで、かなりの時間を要することとなった。




