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塩鮭の戦士  作者: 藤本角
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【熊】


 よく見てみると、ヂョーの臀部は不自然なまでに大きかった。

 まるで尻が妊婦のようにふくらんでいるではないか。それがぐにゃぐにゃと動いているのだ。


「気持ち悪い、と思っていてぇ」顔をしかめながらアザミがつぶやく。


 自分のタンコブをちぎって食うようなやつだ、今度は尻の肉をちぎって食べるのかもしれない。そんなことをツムリが考えていると、次の瞬間とんでもない光景が一同の前で展開された。

 突然ヂョーの尻から何やら黒いものがニューッと出てきたからだ。


「ゲーッ、何さらしとんねんこいつコラ!」オサムが怒鳴る。


 皆、いやなものを見てしまったとばかりに顔をそむける。


 三、四秒のちおそるおそる視線を戻すと、その黒いものはスポーンと音をたててヂョーの尻から飛び出した。


「うわっ」思わずツムリは頭を抱える。あんなものに頭上から降り注がれた日にはたまったもんじゃない。


 しかしそれは一同が想像していたものとはまったく違っていた。

 飛び出て地面に着地した黒いものが不意にしゃべったからだ。「チッ、やっと出られたやんけボケ」


 一同はあんぐりと口をあけたまま眼前の光景を眺めるしかなかった。ふだんクールなセリまでが同じだった。


 黒いものの正体は熊だった。

 大きさはちょうど人間ほど。小熊より大きく、おとなの熊よりはちいさかった。

 熊は自分がしゃべったおかげで、口にくわえていたものを落とした。そいつをふたたびくわえるとこっちを見て、ピタリとポーズを決めた。


「置物と一緒だ……」ツムリが思わずつぶやく。


 熊がくわえたのは鮭だった。鮭をくわえた熊だった。


(そうか、そういうことだったのか)ツムリはやっと理解した。


(モミノコヂョーが尻に挟んでいたのは鮭をくわえた熊だったんだ。道理で塩鮭の切り身を挟んでいる僕より強かったはずだよ)


 でも、人間ほどの大きさの熊なんかお尻に挟めたりするものだろうか。きっとこの熊、ヂョーの肛門の奥の奥にでも吸い込まれていたのに違いない。やつの直腸は四次元ポケットなのか? でも、それって反則なんじゃないの? まあいいか。


 熊は全身をぶるぶると震わせ、しみついたヂョーの直腸の匂いを振り飛ばそうとした。「なんで俺がこないな目にあわんとアカンのじゃボケ」しゃべったので、くわえていた鮭がまたぽとりと落ちた。


 熊の口調はミタラシオサムのそれとよく似ている。同じ冠西地方出身のようだ。


「驚いたわね……」セリが目を剥いている。「ヂョーのやつ、こんなものよくお尻に挟んだものだわ」


「こんなものてなんじゃボケ」くわえていた鮭を手に持ち変えると熊がセリを睨みつけてきた。

   

「おいおまえコラ」かわりにオサムが一歩前に出る。「おまえ何であいつの尻に挟まれとったんじゃコラ。窮屈すぎるやろがコラ」


「知るかボケ。気ぃついたら挟まれとったんじゃボケ」


「……口が悪いと思っていてぇ」


「そんなわけあるかコラ」オサムが吐き捨てる。


「あるわボケ」


「ないわコラ」


「あるんじゃボケ」


「ボケてなんじゃコラ」


「コラてなんじゃボケ」


 よくよく話を聞いてみるとこういうことだった。

 シリコダマギンガが鉢王子ヴォミティン学園の牧にモミノコヂョーを指名したのち、その傘下にある稲儀グローイン畜産高校からこの熊を連れてきて尻に挟ませたというのだ。稲儀グローイン畜産高校は、その性質上さまざまな動物が校内で飼われていた。象からサイからカバからラクダからダチョウからアルパカからワニまで、畜産とは無縁のものまでが人間たちと生活を共にし、運動場や人工池を跋扈していた。熊もその中にいた一匹だったのだ。


「俺は無理やりギンガのいうことを聞かされてヂョーの尻に挟まされてもうたんじゃボケ」そういうと熊は急にさめざめと泣き出した。「こんな屈辱あるかいなボケ」


 一同は熊に同情した。ギンガの被害者は人間に対してだけでなく動物にも及んでいたのだ。


「動物虐待は許すまじと思っていてぇ」アザミが拳を握りしめる。


 ようやく地面に伏していたヂョーの体がモゾモゾと動きはじめた。

 最初に腰が浮き、その場にひれ伏すような格好になったヂョーは、やがて顔を上げ、不審げにあたりをキョロキョロと見回した。


 ツムリたちのあいだに緊張が走った。オサムとアザミは思わず身構える。熊はツムリたちのほうにのそのそやって来て、まるでツムリたちの仲間にでもなったかのように一緒になってヂョーの様子をうかがいはじめた。


「……なんだよ、どうなったっていうんだ」


 生き返ったモミノコヂョーはツムリたちを不思議な顔つきで見ながらいうと、ゆっくり立ち上がった。



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