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塩鮭の戦士  作者: 藤本角
17/53

【ドラゴンと少年】

作品のタイトルを変更しました。

「き、きみも学園牧?」


 圧倒的な強さも誇ったにもかかわらず、ツムリの声はやはりまだうわずっていた。


 男はニヤリ笑うと、


「火野エンパイマ学園のボテフリゲンタロウだ。どこの者か知らないが覚悟しろ」


 そういうとボテフリゲンタロウの両手のひらのあいだの光がスパークし、周辺に稲妻が走った。取り巻いていた不良軍団の数人に槍の閃光が突き刺さり、まわりの数人とともにもんどり打って倒れた。


 ボテフリゲンタロウの全身が光に包まれ、その光がグニャグニャとアメーバのようにかたちを変えると一気に巨大化し、大地を揺るがす咆哮が響いた。


 光が消えると、そこにあらわれたのはもはや人間のかたちをしていなかった。見た目は鋼鉄の鱗と茶色の翼、そして長い首と長い尻尾、鋭い牙と角を持った巨大な怪物だった。尻尾まで含めると全長が何十メートルになるのか見当もつかない。マンガやアニメで見るドラゴンそのものだった。


(ボテフリゲンタロウの能力ってこれか)


 不良軍団はこれから起こるであろう惨劇を予感して、この場から一斉にサーッと引きはじめた。あとに残るのは大部分ツムリにやられて悶絶している不良連中だけとなった。しかしそれでも砂利を敷き詰めたかのようなおびただしい数だったが。


「グオオオーッ!」


 ドラゴンがふたたび雄叫びをあげた。長い首を少しうしろに引いたかと思うと、次の瞬間に巨大な火の玉が口から飛び出した。


「あっ!」


 ツムリはスズナの体を軽々と抱えると両膝を折って跳躍した。

 間一髪火の玉はツムリの立っていた地点に激突し、おびただしい火のかたまりが一帯の瓦礫とともに四方八方にはじけ飛び、耳をつんざく爆裂音が地面を揺るがせた。

 最寄りの半壊した五階建てマンション屋上に着地したツムリだったが、それでもまだドラゴンの目線のほうがはるか上にある。


 ギロリと血走った眼球がツムリを上から睨み下ろしてくる。見るも邪悪なおそろしい形相だった。


(でもやっぱりお尻の割れ目に何かを挟んでるんだよなあ)


 そう思うと純粋に怖がる気にはなれなかった。

 ツムリはまだスズナをお姫さまのように抱きかかえていたが、彼女のほうはといえば、恐怖のせいなのかツムリの腕の中で気を失っていた。

 見ているとそれがなんだか気持ちよさそうにすやすや眠っているかにも思え、


(やっぱり図太い神経なんじゃないのかなあ)と改めて首をひねらずにはおれなかった。


 しかしそうしてずっとスズナの寝顔に見入ってる場合じゃなかった。はっと気がつくとドラゴンはまたしても火炎弾を吐きかける寸前のポーズをとっている。


「あぶないっ!」


 間一髪ジャンプして火炎弾を避けたツムリだったが、屋上の片隅に着地したすぐその目の前に、衝撃で破壊されたビルの屋上の巨大な瓦礫が迫っていた。もはや逃げられない。


「くっ!」


 スズナを抱いていて両腕の使えないツムリは反射的に右足でツムリの体の三倍くらいありそうな巨大な瓦礫にシュートの要領で蹴りを入れた。


 巨大な瓦礫は吹っ飛び、ちょうどうまい具合にドラゴンの腹に激突した。


「グアアアアーッ!」


 のけぞったドラゴンは、まるでスローモーションのようにゆっくりとうしろに転倒した。

 激しい地響きがあたりを揺らし、ツムリのいるマンションの屋上まで震動が伝わってきた。


「ゴオオオッ!」


 長い首を持ち上げ、怒りの形相でほえるドラゴンは、しかしまだ立ち上がれないでいる。


「……まったく、見かけ倒しのだらしないやつだよね」


 ツムリの背後で声がした。


 振り返ると、向かいのマンションの屋上にいつのまにかひとりの人物が立っていた。


「だ、誰?」


「きみ、かわいい子を抱いているね。このへんのエリアはかわいい女の子を誰かさんが根こそぎ持って行っちゃったんだよ。僕にその子をくれない?」


 そういった男、少年といってもいいくらいの童顔だったが、やはり高校の制服を着ていた。今まで見てきた不良軍団にくらべると体つきは華奢だが、目つきは鋭く決して油断ならない相手であることはツムリにもすぐにわかった。


「ひょっとして、きみも学園牧?」ツムリが聞く。


「さすがだなあ。僕は待田ジョキッチ学園の牧、チヂワレヒロシっていうもんだよ。きみは? それから、その女の子は?」


「ぼ、僕は絵戸川ヒカップ学園のツムリケンジ、彼女は同じくスズスロスズナちゃんだよ」


 生来の真面目な性格のおかげで思わず律儀にツムリは答えた。スズナのことを知らない点から、チヂワレヒロシと名乗る男の耳にもモミノコヂョーと同じようにスズナ誘拐の指令は届いていないようだった。どうやら南多魔エリアの不良連合はシリコダマギンガに決して重用されていないことがうかがわれた。


「ツムリくん」と、チヂワレヒロシはいった。「絵戸川区のきみがなんでここにいるの? もしかして三多魔エリアに戦争でもしかけにでも来たのかい」


「違うよ。そうじゃないんだ。僕は争いに来たんじゃないよ。ねえ、みんなで協力してギンガを倒さない?」


 しかしチヂワレヒロシはツムリの提案がまったく耳に入らなかったかのように、


「……そうかあ、その子、スズナちゃんっていうのか。いい名前だな。ねえ、その子を僕にくれない? 僕さあ、ギンガに彼女をとられちゃって寂しい思いしてるところなんだよ」


「だから、今はそんなこといってる時じゃ……」ツムリはがっかりした。ギンガに反旗を翻そうという発想を誰も持っていない。


「一目その子を見てわかったんだ。その子は僕の女になることが運命づけられているってね」ヒロシがいった。


「スズナちゃんは」ツムリは思わず本当のことを告げずにはおれない。「スズナちゃんは今、ギンガに狙われているんだ。きみが僕からスズナちゃんを奪ったら、今度はきみも一緒に狙われることになるんだよ」


「えっ」


 それを聞いたチヂワレヒロシは、さすがに動揺する表情を見せた。


「……チキショー、ギンガのやつ、どこまで女好きなんだ。もう許せない。スズナちゃん、きみはこの僕が守ってあげるよ。命にかえても」


「それだったら」咳込まんばかりにツムリはふたたび相手を説得しようと試みる。「一緒にギンガと戦おうよ(争いは好きじゃないけど)」


「というわけで、その子をこっちに寄越してくんない?」チヂワレヒロシはやっぱりツムリのいうことなど聞いてはいなかった。


「僕はねえ、下でウダウダしてるあの有象無象の不良軍団とは違うんだ。こう見えても漢字検定の一級を持ってるからね」


「?」


 何をいってるんだろう。


「だからきみに今からむずかしい漢字を教えてあげるよ。そうだなあ、むずかしい漢字ってもいろいろあるんだけど」そういうとヒロシはこころもち腰を落として構えるようなポーズを取った。「よく出てきがちな言葉でこの字は書けるかな? 薔薇!」


 ヤッホーの要領で口に手を添えながらそう叫んだヒロシの口からいきなり薔薇の文字が立体的に飛び出してくると、それがグイーンと岩石のように一気に巨大化してミサイルの速さでツムリめがけて飛んできた。



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