Love with contrast
さらさらと紙の上に文字を写す。真面目なのは変わっていないらしく、集中しているのかペンが長くは止まることは無い。君が引越しをして遠くへ行ってしまう前、子供であった君がこんな風に勉強をしている時俺はどう驚きを齎していたか。
君を見ていて、ぼんやりと思っていた。
子供であった時はもっと躊躇いが無かった。子供であった時はもっと彼女が近かった。しかし今ではテーブルを挟んだ向こう側に君はいる。前は隣だった筈だ。
こうして再会できたとはいえ君がまだ遠い気がして怖い。また離れてしまいそうで怖い。それは幼子であった俺の心には無かった気持ちで、少し重い。
「…レポートは終わったの?」
そんな事を考えたいたのも束の間、突然聞かれてぎくりとした。彼女は俺の方を見ずに話し掛けていて、
「驚いた…君は勘が良いな」
「良いから、早く手を動かしなさいよ」
冗談にも変わらず厳しい口振り、つれない態度。君らしいとは言え、やはりどこか寂しい。
ルーズリーフの端を押さえる様に置かれた君の手に触れてみた。少し汗ばんだ手の甲はひやりと冷たくて気持ちが良い。
「なっ、何するのよ」
「手を動かせと言ったのは君だろう?」
「そっちの手じゃ無いってば…」
呆れた様に溜息をつけば俺の手を振り払って集中しなさいと再び諭した。反動でさらりと落ちた桃色の髪の毛を耳にかけ直すと視線を文字列に落とす。
そんな素っ気なさもまた苦しい。
「…なあ、」
俺は君を離したくない。
どうしても忘れられなくて、それでも君は覚えていなくて、だからこそ余計に怖くて。
彼女の手に触れた二度目には指を絡めた。柔らかい中の細い骨の感触は、壊れそうな脆さを孕んでいる。
透明な板越しの空には目に沁みて痛い程の青が広がっていた。全面ガラス張りの図書館ではどうやら冷房は効かないらしい。驚いて顔を上げた君の白い首筋には汗が伝って、桃色の瞳が大きく見開かれていた。やけに鮮やかな青と淡い桃色、透ける様な白のコントラストは、まるで夜明けの海の様な透明感。
遠いから寂しい。離れて行きそうな君が怖い。それだけ。
なのにここまで胸が締め付けられるのはきっと、彼女が誰より愛しいと気付いたから。
「だから集中しなさいって、」
「…これが、恋なのかい」
カラン、とコップの氷が音を立てた。