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昭和山

作者: 矢積 公樹
掲載日:2015/05/04

 大阪の歴史は湾岸開拓の歴史である。現在の海岸から数十キロ以上離れたところに航海の安全を祈願する神社が有ったりするし、最近・・では184年前に行われた運河の整備で出た土砂を積み上げたところ小さな山が出来たため、その時の元号をとって天保山と名付けた。現在では日本で二番目に低いというこの山の標高は4.53メートル。近所に水族館や美術館が無ければあっという間に忘れ去られてしまいそうな「山」である。そんな街だから坂というものにお目にかかることがまれだし、まして現在の住所から歩いて往復できる距離に樹木が生い茂る山があるということは、この街に20年近く住んでいて想像もつかないことだった。

 コンクリートの遊歩道をゆっくりと歩いて「山」の頂を目指す。道にはゴミや空缶タバコの吸い殻は落ちておらず、両脇はきちんと雑草が刈られている。少し見回してみるとすぐに分かるが、この「山」は自然の雑木林ではない。多種の広葉樹が適度な間隔で植えられており、間伐されたと思しき切り株もあちこちにある。それに、遊歩道の道筋に沿って植樹されたことは一目瞭然だ。しばらく歩くと頂へと着いたがここにも多くの木が植えられており、周囲を見回そうにも枝のせいであまり展望台としての役割は果たせていなかった。来た道とは違う遊歩道を歩いて降りていくと、山の外周には小さな公園がいくつかあり、子供を自転車で走らせる親子がいたし、近所に住む人々だろうか、公園のテラスの下に机とイスと将棋盤を持ち出して、飽きることなく対局に没頭していた。これで屋台とビールがあったらアジアのどこかの繁華街そのものの光景である。遊歩道の横の木の幹に注意書きがあり、カラスがこの近くで営巣中であり気のたった親鳥が襲いかかってくることがあるので気をつけましょう、とあった。

 この山は昭和山しょうわざんという。大阪万博の開催を控えた大阪は地下鉄を敷くべく街のあちこちをモグラのごとく掘り返したのだが、その残土を集めて出来たのがこの山なのだそうだ。万博が開催された年に記念植樹式典が開かれたというから、出来上がってまだ半世紀にも満たないのである。この山が出来る前は貯木場だったそうだ。確かに、山から下りて少し歩くとすぐに運河にたどり着くことからもそれはうなずける。

 ところがついでに調べてみると、この昭和山が心霊スポットだという声が随分とネットに見つかるのである。なんでも、首つり自殺が後を絶たないというのだ。あの山には恐ろしい何かがあって、人は吸い寄せられるように足を踏み入れて、そのまま…ああ、恐ろしや恐ろしや。

私は笑ってしまった。


 私の故郷は山陰の、寒村と呼んだほうがいい小さな町である。自宅から子供の脚で20分も歩けば日本海の海岸に着くし、車ならば1時間もかからないうちに中国地方で最も高い山、大山だいせんの登山道入口に乗りつけることが出来る。その中で育った私にとって、山はとことんまで山であり、海はどこまで行っても海であった。杉や檜が植えられた人工林はともかく、原生林やそれに限りなく近い雑木林は子供心にもどことなく神秘的で、うっかり同行者なしで入りこんだら抜け出せなくなるような異様な凄みを感じさせるものだった。林業の手伝いをさせられるときには蜂やまむし、ぬかるみの中のひる、原生のウルシに注意するよう親に何度も言い聞かされたし、その親の世代では農作業中の怪我が原因で感染する破傷風で命を落とす者もいたというのだ。現在では破傷風はワクチン接種が普及したのでまず心配はいらないそうだが蝮や蜂の毒が危険なのは今も変わらないわけで、そう考えると我ながらえらく危険なところに連れて行かれたものである。仮に友人達から、お前の生まれ育った田舎にうちの子供を連れて行ってやってくれよ、本物の自然を体感させてやってくれよ、という依頼が寄せられたりしたら、はたして引き受けるかどうか相当悩んでしまう。頼む、なんとか、と拝み倒されたら、フィールドアスレティックの遊具を備えた公園で遊んでもらうくらいでお茶を濁したほうがよさそうだ。

 自分が住みもしない町の廃墟やトンネルを見物しては心霊スポットだの何だのと無責任なことを言って騒ぐ者がいたら、とっ捕まえて人里離れた原生林の真っただ中に二日ほど放置してやりたいものである。特に夜だ。フクロウがどこまでもよくとおる声で鳴き、風も無いのに梢がそよぎ、何かが枝を踏みしめて歩く気配がすぐ近くでする。おそらく恐怖に震えあがり、一睡もできずに夜が明けるだろう。泣きつくようだったらテントと寝袋、ランプぐらいなら貸してやってもいいかもしれないが、あの森の、浸みこんでくるような恐ろしさの前には気休めにもならない。


 私の眼から見れば、昭和山は山ではなく公園である。市民の憩いの場であってほしい、汚れた空気に満たされた大阪の街にあって誰もが樹木のもたらす潤いを、穏やかな木陰を感じられるオアシスであってほしいという、高度経済成長期の願いが込められた人口の公園であり、それ以外のなにものでもない。公園の管理はおそらく区役所の管轄だろうが、遊歩道の清掃やカラス注意の看板の設置だけではないことは容易に想像がつく。スズメバチやアシナガバチが巣を造れば駆除することになるだろうし、モラルの低い飼い主による捨て犬も十分ありえるだろう。アレルギーを引き起こす植物が見つかることもあるかもしれない。そう考えると、この街の中にあれだけ豊かで管理の行き届いた森林と公園があること自体が大変な価値のあることだろう。それを、見えもせず見たことも無い幽霊にかまけて心霊スポットなどと言いふらすことに、人はためらいを感じないものなのだろうか。


 「恐怖はつねに無知から生じる」とは19世紀のアメリカの思想家エマーソンの言葉である。昭和山のような場所に心霊を見出し、勝手に恐怖におののく人達がいることは、いつまでたっても無知から脱却しきれずに、命を、人の生死を心の中で弄ぶ者がいるということに他ならない。人の心にはそのような弱さや醜さもあるわけだが、それを自覚出来ない鈍麻な心のほうが私はよほど恐ろしい。

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