第四章:未確認飛行物体の召喚について
第四章:未確認飛行物体の召喚について
日本では世間が神であり、もちろん神は殺さなければならない。
オカルト研究会には部室はない。
しかし、オカルト研究会には、活動がある。
現在は、バチェルダー式マクロPK練習法をやっている。
目撃抑制と保有抵抗を回避して、超常現象を起こすやり方だ。
目撃抑制とは、超能力が人の視線やカメラのレンズを避けるように見える傾向のことである。
保有抵抗とは、自分が超能力を持っていることを否定する傾向である。
これを回避するために、十九世紀の交霊会よろしく、暗い部屋で、机に手を軽く置いて、念動力が発動するのを待つ。
暗い部屋だから、当然、インチキが起こる可能性だってある。
しかし、それでいいのだ。
本当に超能力が発現したわけではなく、インチキかもしれないという可能性を残しておくことで、保有抵抗を弱め、暗い部屋にしておくことで、目撃抑制を弱める。
その結果、念動力が発動する可能性を高めるのが目的なのだから。
超常現象には、「超常現象のとらえにくさ」とでも形容される特性がある、という話があるらしいよ、とイオから聞いた。
僕はちょっと信じられないのだが、超常現象が存在すると断定できないような形で超常現象が発現することが多いらしい。
はっきりと超常現象がある、といえないことから、このような傾向のことを、「超常現象のとらえにくさ」と呼んでいるらしい。
まあ、ともかく、最近の僕たちは、放課後になると、イオの部屋に行って、暗い中で、たわいもない話をしながら(こういう風にリラックスするのも大事らしい)、机が勝手に動き出すのを待っているのだ。
ちなみに、このバチェルダー(Kenneth Batcheldor)の、暗闇の中で、リラックスした状態で、マクロPKを発現させる方法については、インターネット上で動画も見られるので、見たい人は検索してみるといい。
僕としては、このインチキを排除しないやり方で、本当に超常現象が発生したといえるのかと思う。
もともとのバチェルダーの研究では、電気的な装置を使って、人間がだれも手を触れていない時間を測り、実際に机が動いた時間と後で比べることで、だれも触っていないのに机が動いたというのを、「事後的に」発見する、ということをしていたらしい。
(それでもこのやり方には、同じような研究をしている人たちからも批判があったらしいが)
だけど、僕たちには、そんな電気的な装置はない。
つまり、厳密な科学的研究というわけではなく、ちょっとしたお楽しみということだろう。
「ははぁ、動く動く~」
ガタガタ、と机が動くのを見て、イオが笑う。
「ははっ、イオが動かしているくせに」
僕が、多少苦笑しながら言うと、イオは、「かもね~」と笑って、実際にどうだかは教えない。
だけど、そういうのが、悪くない気分な僕がいる。
もしかしたら、本当に、イオは動かしてないのかも。
でも、みなみが動かしているのかもしれない。
僕は動かしてないけど。
ガタガタと、暗闇の中で震える机の上に、軽く手を置きながら、そんなことを考える。
僕が、ちょっとずつ、周りの二人に気づかれないように、手を離していく。
完全に手が離れても、机は揺れている。
「ねえねえ、でも、念力がつかえても、世界は滅ぼせないんじゃない?」
みなみの疑問はもっともだ。
「まあ、すごく強いサイコキネシスが使えたら、世界を滅ぼすことは簡単っぽいけど、自殺テレパシーみたいにはいかないよなあ」
そりゃそうだ。
それに、目撃抑制が実在するなら、人が見ているところや、自分にはっきり見えるところでは、その強いサイコキネシスも使えないわけだし。
「なら、サイコキネシスじゃなくて、自殺テレパシー的な、もうちょっとダークな超常現象を研究する?」
イオの疑問に答えて、みなみが提案する。
「あのさ……未確認飛行物体を、呼んでみない?」
「未確認飛行物体?」
イオは、なんのことだかよくわかっていないようだ。
たしかに、ちょっと難しい日本語だもんな。
「ユーフォ―のことだよ」
「ゆ、ふぉ?」
よくわかっていないイオに、説明する。
「あー、UFOね、わかるわかる。わかった。ありがと」
けっこう軽い感じでわかるというものだから、本当にわかったのか、僕はちょっと疑問に思ったが、実際にこういう軽い感じでわかるという人もいるから、きっとちゃんと理解しているのだろう。
「でも、どうして、UFOを呼ぶんだ? そんなにダークか?」
みなみは、少し、顔をふせる。
いまだに、机は揺れ続けている。
「あの、その」
そのまま、少しの間、口を閉じる。
「実は、わたし、好きなんだよね、UFO」
「そっか。好きなら、いいね」
「好きなら、しょうがない」
僕たちは、口ぐちに賛意を示す。
美香任飛行物体の召喚?
悪くない。
特に、メンバーのだれかが好きなものを召喚するなんて、ますます悪くない。
「UFOかぁ、どうやって召喚するんだ?」
イオの疑問は、僕も思っていた。
「ベントラー、ベントラー、だっけ?」
確か、UFOを召喚する呪文だったと記憶しているのだが。
僕は、そのうろ覚えの呪文を言ってみる。
「うん、なんかそういうものもあるみたいだね。でも、わたしがしたいのは、みんなで手をつないで、輪になってUFOに来て、って念じるやつ」
あー、なんか、そういうのいいなあ。
みんなで輪になって、一体感を感じて、そしてUFOを呼ぶんだ。
なんだか、それは、かなりロマンチックな響きだ。
「それ、楽しそうだなあ」
イオも、僕と同じ感想なようだ。
「僕も、楽しいと思う」
僕たち二人の声を聞いて、みなみが、うれしそうに笑う。
どこか照れたように、恥ずかしそうに笑うみなみは、かわいい。
まるで自分の意見が受け入れられるとは思っていなかったのに受け入れられたときのように、うれしそうに笑うのだ。
それは、どことなく哀しみを引き起こす笑いだったが、同時に、とっても心を温める笑いだった。
「そっかぁ、じゃあ、UFOに世界を滅ぼしてもらう?」
イオの言葉に、みなみが別の観点から提案する。
「みんなで、この世界じゃないどこかほかに連れて行ってもらうっていうのは、どう?」
その提案で、僕たちはみんな、口を閉ざす。
机はまだ動いている。
UFOに連れて行ってもらうこと。
どこか違う世界へ。
そうだな。
そういうのも、悪くないかもしれない。
「そういうの、素敵だと思うよ」
「そうだな、俺もそう思う」
僕が賛意を示すと、イオも同じく賛意を示した。
みなみも、こっくりと首を上下に振った。
「みんなで、この世界から逃げ出そう」
そのとき、僕は気づいた。
イオもみなみも、そしてもちろん僕も、机から手を離しているのに、机がまだ震えていることを。
「そういえばさ、あのとき、机が、だれも触っていなかったのに震えていたの、気づいてた?」
僕は、お茶を飲みながら、イオとみなみにそう言った。
ユーフォ―を呼ぶための夜の合宿。
合宿、なんていうけど、別にどこかホテルに宿をとるわけでもなければ、なにか学校の合宿所みたいなところに行くわけでもない。
友だちの家に泊まりに行くというだけだ。
つまり、みなみの家に。
まあ、研究会だから、ホテルとか合宿所に泊まれないのは、しかたない。
予算がおりない。
今夜は家族もいなくて、僕たち三人きりだ。
「うん、実は気づいてた」
みなみが、秘密をわたしも知ってるよ、という顔で笑う。
「実は俺も気づいてたんだよなー」
イオも、そう答える。
実は、みんな気付いていたらしい。
「だれも気付いていても言わなかったんだね」
「わたしは、言葉にしてしまうと、机が動かなくなってしまうんじゃないかと思って」
「わかるよ」
その気持ちは、本当によくわかる。
神秘的なことは、言葉にすると、消えてしまう気がして、僕も言えない。
「あれ、なんだったんだろうね」
「わかんないな」
「僕もわからない」
みなみの疑問に、答えを与えるものはいない。
もっともらしい説明をする人間はいるだろうが、きっと、この世のだれにもこたえられないだろう。
でも、よく考えてみたら、自分の腕がなんで動くのかだって、わかりっこないじゃないか。
電気信号が、とか、神経が、とかいうけれど。
それでも、手を動かしたいという気持ちが、手を動かすというその理屈が、電気信号だけで説明がついたとは、僕にはとても思えない。
だって、手を動かしたいという気持ちは、電気信号ではないから。
それと電気信号をつなげるのには、一種の飛躍がある。
パソコンの比ゆを使って、データの中身と、パソコンの中を流れる電流に例える人もいる。
しかし、それでも僕は納得できないのである。
なにかが間違っている気がする。
そういう、直感。
そして、僕は、そういう直感を大事にする人間だ。
直感的に考えると、僕は何も知らないんじゃないかって思う。
世界は謎だらけだ。
そう思うと、何も手が触れていないのに、机が動くことなんて、些細なことのように思える。
それは、人の手が、思ったとおりに動くことと、同じ程度の神秘だから。
「それにしても、UFOの召喚って、前からやっているけど、なかなかうまくいかないよな」
バチェルダー式の、念力発動実験を終えたあと。
しばらく、僕たちは、放課後の教室で、UFOを呼ぶことを試していた。
しかし、UFOはやってこなかった。
「やっぱり、学校っていうのがまずいんじゃないかなあ」
「なんでさ、みなみ?」
「やっぱり、あまり目撃されないところに出てきそうな気がする」
「あー、なんとなく言いたいことはわかる」
「僕、思ったけど、それって幽霊っぽいね」
そうだろう?
幽霊も、あまり人がいるところには、出てこない気がする。
「あははっ、ユーレイとユーフォ―が似てるかぁ。言葉もなんか似てるな」
イオがおかしそうに笑った。
「でも、案外本当かもしれないぜ」
イオが真剣な顔になる。
「だってさ、バチェルダーの念力実験でも、そうだったろ? 目撃抑制ってあったじゃないか。そういうの、ユーフォ―にもあるのかもよ」
「でも、念力と違って、保有抵抗とかはないだけだし……うーん」
「まって、UFOを呼び出す能力に対する保有抵抗かも」
僕の言葉に、みなみが反論する。
「う、うーん、言われてみれば、たしかに、そういう解釈もできるかも」
まあ、目撃抑制も保有抵抗も、一種の仮説ではあるのだが。
「でもさ、ぼく、本当に、なんか今夜は、UFO来そうな気がするんだよね」
そう言ったあとで、あわてたように、口をおさえるみなみ。
僕とイオは、ちょっとだけ首をかしげる。
なんで口をおさえたんだ?
「なんで口をおさえたんだ?」
考えたことが口に出る。
「確かに、僕もUFOが、今夜出そうだなあって思った。でも、別にびっくりさせるような考えじゃないと思うけど」
「あ、うん、その」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、みなみが説明してくれる。
「自分のこと、ぼくっていうの、いやかなぁ、なんて」
「いや、別にいやじゃない」
「うん、全然いやじゃない」
僕とイオが、口ぐちに否定する。
「そっかぁ。ふふっ、二人ならそう言ってくれる気がしてた」
本当にうれしそうに、みなみが笑う。
「なんかさぁ、ダメだよね、恥ずかしがってちゃあ。だって、ぼくの一人称は、ぼくなんだから」
みなみの本当の一人称は、ぼくだったのか。
「本当は、ちゃんとぼくって言いたかったんだけどね。いやがられたらいやだなあって思っちゃって」
「うんうん、言いたいタイミングでいいんじゃない」
「俺もそう思うよ」
「ありがと」
僕たちの間に、優しい沈黙が降りる。
それを破ったのは、みなみだった。
「一人称が、ね。昔から、ぼくだったんだ。でも、それって他の女の子たちと違うから。ぼくはぼくの世界を守り切りたかったけど、どうにも守り切れなくて、それが一番くやしいんだ。ぼくの世界を壊しに来た連中もむかつくけれど、それよりも、守りきれなかった自分自身が一番くやしい。同調圧力なんて大嫌い。みんなに合わせると自殺したくなるし、みんなに合わせないと生きていけない気がしてた。ぼくの力で、ぼくの世界を守っていきたかったんだ。でも、生きてく方法が思いつかないから、あきらめかけてた。でも、そんな世界は大嫌い。滅ぼしたい。だってそうだよね。自分の守りたいものを守りきれない世界なんて、存在する価値ないんだって思うよね」
「思うね」
「思う思う」
僕もイオも賛成だ。
「ぼくは、ぼくがぼくと言えるような、それで同調圧力をかけてくるやつがいないような、ううん、同調圧力に負けないような、それでみんなが幸せになれるような、そういう世界が欲しかったの。でも、そのやり方がわからない」
やり方がわからない。
「だから、研究会は、福音だったよ。通常の方法を超えて、世界を変える方法を教えてくれるんだから。本当に、世界が変わるかもしれない、そんな気にさせてくれた」
「僕も、その気持ちは、わかるな」
「それに、実際に机は動いたし」
そうなのだ。
実際に、机は動いたのだ。
「俺はね」
イオが話し出す。
「働きたくないんだよね。働かないで生きていける世界が、俺にとっての理想世界。働きたいやつが働いて、働かなくてもいいやつは働かなくてもいい世界。技術的には、そういう世界を創ることは可能だと思うのに、だれもやってないのがむかつくんだ。能力に応じて働き、必要に応じて受け取る世界に、俺は行きたかったんだよ。でも、そういう世界に行く方法が見つからなくてさ。参ってた。研究会を作ったのは、みんなで何かしたかったし、形にちょっとでも残るようなことがしたかったんだよ。その過程で、何か、世界を革命するヒントでも見つかればいいかなって思ってた」
そういうことを、イオは思っていたのか。
「ま、実際に、机が動いちまったからね。こりゃあ面白いことになったな、とは思ったよ。自殺テレパシーも、面白かったけどな。ひどい世界を壊すのって、革命的じゃん?」
そうだ、革命的だ。
「ま、UFOの方はさ、最初は、UFOを使って、世界を滅ぼす計画を、俺が提案したじゃない? 覚えてる?」
もちろん、覚えている。
「あれ、あとで一人でこっそりやってみたんだ。一人で召喚の練習をして、世界をUFOに滅ぼしてもらおうとしてた。ま、しばらくやっても、成功のきざしは見えないから、あきらめたんだけどね」
だけどさ、とイオは続ける。
「今夜は何か起こる気がするんだよなあ。やっぱり、滅ぼそうっていうのが、UFOを呼び込むのには余計だったのかも」
「かもね」
僕たちは、お茶の食器を片づけると、みんなで屋上にあがる。
この家は、屋上にあがることができるのだ。
「小さい頃さ、僕、屋根裏部屋に住みたかった」
「それわかる!」
「俺もだよ!」
みなみも、イオも、こういうことを思ったことがあるらしい。
なんだか、それがうれしい。
「じゃ、さっそく、呼んでみよっか」
みなみの声で、僕たちは手をつなぐ。
輪になって、屋上に横たわる。
夜には、夜の空気がある。
この独特のにおい。
僕は、この夜の独特のにおいが好きだ。
風が、その、夜のにおいを運んでくる。
なんだか、このにおいをかぐと、僕はわくわくしてくるんだ。
何かが起こりそうな気がする。
どこかに、行きたい気がする。
手をつないで、輪になっていると、二人の体温を感じることができる。
みなみの手。
みなみの体温。
イオの手。
イオの体温。
それは、僕に、つながっているっていう気にさせてくれる。
僕たちは、つながっている。
それは、間違いのない事実で、確かにそこにあった。
他人の気持ちなんてわからない、という人がいる。
だけど、僕は他人の気持ちがわかる。
それは錯覚だという人がいる。
だけど、そんなの信じない。
僕は、イオとみなみを感じていた。
つながっているとわかる。
一緒にいる。
そして、一緒にUFOを呼ぶ。
僕たちは、無言で、目を閉じる。
それが夢だったのか、現実だったのか。
あとから考えても、よくわからないのだけど。
そのあと起こったことからすると、きっと現実だったのだろう。
UFOが来た。
僕は、UFOを見つめている。
きっと、イオもみなみも、UFOを見つめているだろう。
それが、僕にはわかった。
イオとみなみが、僕の手をふりほどいて、立ち上がる。
「ねえ、ぼくをそっちに連れて行って」
みなみが、空に浮かぶそれに、声をかける。
声は聞こえない。
でも、みなみは幸せそうに笑う。
これはテレパシーか?
「俺も、そっちに行きたい」
イオも声をかける。
僕にはやっぱり何も聞こえない。
しかし、やっぱりみなみと同じように、イオも幸せそうに笑う。
テレパシーなのだろう。
僕は、突然、二人から切り離されてしまったかのように感じる。
僕は、何も言葉を出すことができない。
みなみと、イオが、こちらを向く。
僕も、二人を見る。
そして、次に、上を見る。
ふんわりと、重力を感じさせずに夜空に浮かぶUFOを見る。
「どうする? のるか、そるかだ」
イオの言葉に、ぼくは、答えることができない。
「どうすれば、いい」
ぼくは、言葉をしぼりだす。
「それは、ぼくが答える問題じゃないな」
でも、それは、だれにもこたえてもらえない。
しかし、みなみの言う通りだ。
僕は、みなみが言った言葉を、自分の言葉で繰り返す。
「それは、自分で答えなきゃ、意味がない」
ぼくがこたえなきゃ、意味がない。
二人の乗ったUFOを見る。
「ぼくは、いけない」
ゆっくりと、視界が光に染まっていく。
光だ。
目を開けると、そこは朝で、みなみのご両親が、僕をたたきおこしているところだった。
そして、二人は消えていた。