星降る丘
星降る丘で、あなたは言った。
「ごめんね」
それは慟哭のようでもあり、懺悔のようでもあり。
それとも、そのどちらでもあったのか。
ついぞ、私に知ることはできなかったけれど。
星降る丘で、あなたは逝った。
吸い込まれるように、夜空のように輝く湖面。
微笑むあなたを、止めることはできなかった。
そんなことをする資格が、私にあるわけがない。
飢えと渇きと恐怖のなかで、ここに来れば楽園が広がっていると信じていたのに。
あるのは星の海と、静かな湖面と、この丘だけ。
あなたが消えた湖面を見つめ、私は躊躇していた。
私が追いすがれば、あなたは笑うだろうか。
いや、きっとそれはない。
「大丈夫かな」
掛けられた声に驚いて振り返る。
私とあの人以外はいないと思っていたのに。
「大丈夫?」
もう一度。
湖のように静かに尋ねられる。
私は大丈夫。いつだってね。
頷いてみせると、声の主は笑った。
「そうは見えないけど」
心外だ。
「大丈夫だったら」
少しきつく言うと、目の前の人物がまた笑った。
さっきから失礼なやつ。
年は私と同じくらいかな。
夜空に溶けそうな黒髪に、水色の瞳。
お人形のように整った顔立ちをしていて、湖の妖精かなと思った。
「この近くに住んでるの?」
「そうだよ。でも家はないんだ」
そのわりには身綺麗だなと思う。
この子が湖の妖精なら、あの人は今頃死ななくてすんでたはずだし。
本当ににここに住んでるのかもね。
我ながら冷たいとは思う。
あの人……自分の母親が死んだのに、始めに思ったことが「これからどうしよう」なんだから。
なんだか何もかもがわずらわしくなって、私は地面に身を投げ出した。
「風邪引くよ?」
少年が笑う。
何がそんなに楽しいのだろう。
少しだけ腹立たしく思いながら半身を起こす。
「どうしてここに来たの?」
少年が尋ねる。
「ここに、楽園があると聞いたから」
淀みなく出た言葉は、他人のもののようだった。
それは、私自身信じていなかったからだ。
ここに来るまでに沢山の人に言われた。
あそこにはもう何もない。
あるのは湖だけだって。
でも、あの人はすがりたかったんだ。
ここに来れば、私達のクソみたいな人生から抜け出せるって。
「そう。昔はあったんだよ」
少年が笑う。
私は興味がないから、そっとしておいてほしいのに。
「今はないけどね。でも、また作ろうよ」
少年が事も無げに言う。
「なんで私が」
「行くところないんでしょ?それとも……」
少年が目を細めて、湖面を指す。
「君もあそこへ行くの?」
悲しげな声。
少年はここに住んでいると言った。
それなら、何度こうして後悔の波を乗り越えたのだろう。
私は少しだけ同情した。
「まぁ、いいよ。することもないし」
行くところもね、と付け加えた。
少年はレインと名乗った。
仕方がないので私も名乗る。
「ステラよ」
「いい名前だね」
「どうも」
私が適当に相槌をうつと、レインは微笑んだ。
こうして、私とレインの「楽園」を創る物語が始まる。
最果ての湖で、レインと二人。
星降る丘で、レインが言った。
「さぁ、始めよう」
遅咲きの桜が、ヒラヒラとその命を散らす。
透き通った湖面を、桜色の花びらが覆っていく。
そんな風景をぼんやりと眺めながら、私はレインがどこからか持ってきた果物を頬張っていた。
「それで、楽園を創るって具体的にどうするの?」
「宿屋をするんだよ」
「宿屋?」
建物もないのに。
私は馬鹿馬鹿しくて思わず笑った。
「そんなに変かな」
きょとんとして首を傾げるレインに頷きながら、私は立ち上がる。
「どうして楽園が宿屋になるのよ」
「寄る辺がないから、人は迷うんだよ。行き場がないなら、まずはここに来た人の居場所をつくればいい」
当たり前だと言いたげに、レインが言う。
確かに、暖かな寝床と美味しい食事があれば、あの人も死ななくて済んだかもしれない。
「でも、家なんて建てられないし」
「そうかなぁ」
やっぱりレインは馬鹿なのかもしれない。
私は一抹の不安を覚えつつ、一つの提案をした。
「じゃあ、最初は小さな小屋から始めよう」
我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。
でも、レインの輝くような笑顔を見て、馬鹿になるのも悪くはないかなと思った。
それから数日は、資材を集めるのに奔走した。
といっても、大抵はレインがどこかから調達してきた道具で近くの林に生えた木を切り倒すだけで一日が終わる。
あっという間に手に豆ができたけど、身体を動かしていると清々しい気持ちになるから不思議だ。