エピローグ
「殿下、殿下」
コンコン、と窓を叩く音がする。眠りかけていたがすぐさま覚醒したシャルルは窓際に駆け寄ると、窓を開けた。
窓の上の微かな取っ手を持って器用にぶらさがっているアガットのこうした姿にはもう驚かなくなった。
「なんだ、賊か」
「いえ。排除しましたので、ご報告にあがりました」
「……朝でも良かったのだぞ?」
不機嫌にそう言うと、彼女は微笑む。
「信頼されているようでありがたき……。ですが、再び襲撃があるかもしれません。お気をつけください」
「おまえが守ってくれるのであろう?」
「ご冗談を。自分の身は自分で守ってください、殿下。あたしは一人しかいないんですから」
「わかっている」
思わずくすりと笑ってみせる。こういうやり取りも気軽に交わせるようになって、楽しい。
シャルルはアガットの燃えるような赤色の髪と、闇の中で爛々と輝く金色の瞳を見た。
「もっと近くに寄れ、アガット」
「……なにをする気ですか」
警戒する彼女に、シャルルは笑ってみせる。
「おまえに腕力で余が敵うか?」
「そう言いながら、二週間前はびっくり箱を出されてあやうく落ちそうになりましたが」
不満たらたらのアガットだったが、素直に身を寄せる。
「内密のお話でしょうか?」
「うむ。実はな」
「はい」
神妙に頷く彼女は緊張したように身をすくませる。
二人の顔の距離が近づく。
「いつか軍人を辞める気はないか?」
「は?」
唐突の話題にアガットは眉をひそめる。
「その決断は今はできません」
「余の伴侶とならないか」
「…………」
アガットは無言でシャルルを見ていたが、思わず室内に反動をつけて入ってきて、彼の胸倉を掴んだ。軍の訓練を受けてから、どうもアガットは乱暴にことを運ぶようになってしまった。
「あなたはまた冗談でも! そういうことを口にしてはなりませんとあれほど!」
「本気だぞ」
くすくすと笑って言うシャルルに、アガットは困惑した。
「余は皇帝になる。なれずとも、その補佐にはなるだろう。死ぬものか。おまえが守ってくれるのだから」
「はい、必ずや」
「だが世界初の、トリッパーの妻を持つ皇族というのにもなってみたいのだ」
「…………」
ついていけないとばかりに背を向けて外へと向かうアガットの背中には、楽しそうなシャルルの笑い声が響いた。
「覚悟しておけ、アガット。おまえは必ず余の妻になるであろう」
「……夢は寝てからみてください」
颯爽と窓から外に飛び出したアガットの頬は赤くなっていた。それを見逃すシャルルではない。
室内に残った彼は「うーん」と小さく唸った。耳のいい彼女なら、聞こえるはずだ。小さく囁いた。
「大好きだぞ、アガット」
この数年で育った感情が彼女に届き、受け入れられるのは苦労しそうだった。




