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青春ショートケーキ

「思い出した?」

作者: 狂言巡

 あついひだった。

 せみがうるさかった。

 まいにちプールにはいりたかった。

 そのときたべたアイスクリームは、すこししょっぱい、なみだのあじがした。



***



「……まいご?」


 いつも遊んでいる近所の公園の入り口に、オトコノコが立っていた。自分より一回り上の大きさなのだが、捨てられたわんこみたいな不安げな顔をして、辺りをきょろきょろと見渡している。

 かずらは普段、自ら誰かに声を掛けないような、人見知りの子どもだった。

 しかし、目の前の少年の、あまりにも不安そうな表情が可哀想に見えて、つい声を掛けてしまったのだ。


「……っ、……!」


 少年は、突然掛けられた声に驚いて、大きな瑪瑙に似た瞳を更に大きく丸めた。そして、ふたつ分くらい下にあるかずらの顔をじっと見つめる。

 睫毛が何度か瞬き、ぼろぼろぼろぼろと、透明な涙のしずくを一気にこぼした。かずらもさすがに、それにはぎょっとする。


「な、なんでなくの!? どこか、いたい?」

「ちっ、ちが、ちが……ふえ…ひっく……うえぇ」

「…………」


 大きく首を振って否定の意思は見せるものの、涙は止まる気配を見せない。

 かずらには兄と姉が二人ずついるのだが、どちらもあまり泣かないので、誰かの涙を見るのは新鮮だ。自分も泣き虫だとよくからかわれるけれど、ここまでひどく泣いた覚えはことがない。

 ぼろぼろと泣き続ける彼を前に、どうして良いのかわからずに、かずらまで泣きたくなってくる。そんな自分の心境を察したのか、彼が一生懸命涙を拭いながら口を開いた。


「ごっ、ごめ、ごめんね、おれ、あのね、ねえちゃんと……あかねえちゃんが……っ」

「……やっぱり、まいご?」

「そう、みたいなんだ…うう、…ひっく、えぐ、」


 泣いている理由がとりあえずわかって、かずらはほっとした。それから、精いっぱいの背伸びをして、少年の頭をぽんぽんと撫でて、なぐめようとした。

 彼は一度きょとんとして、それから嬉しそうに、ふわりと笑う。

 一瞬、涙の止まった笑顔がすごくきれいだった。


「あり、がと」


 稲穂色の髪の毛と澄んだ緑色の瞳。どちらもきらきらしていて、この前読んだ絵本に出てきた、天使みたいだと思った。



***



「わたし、かずら」


 かずらは公園の入り口前のベンチに座って、隣の子どもが言う『お姉ちゃん』を待つことにした。

 現在食べているアイスクリームは、本当は兄と食べるはずのものだったけれど、ちゃんとその事情を話したら許してくれるだろう。三つ年上の兄は、しっかりしていて、とてもやさしい人だ。


「おれ、えと、あんどりゅー…みんなはあんでぃって呼んでる……」

「アンディー?」


 わんこみたいな名前だとかずらは思った。さっきは天使みたいだと思ったのだけれど、パイナップル味のアイスを一生懸命食べる姿は、お隣さんのブランに似ているかもしれない。

 かずらは犬が好きだったから、なんとなく嬉しくなった。

 アイスクリームを食べるのに夢中なのか。さっきまでぼろぼろと流れていた涙は止まり、すっかりと乾いている。


「おいしいかな?」

「うんっ」


 満面の笑みでこくこくと頷く様子が本当に美味しそうだったので、かずらも一緒に笑った。あまいあまいバニラアイスが、さらに美味しくなった気がする。


「いっぱい、ついているよ」

「うえ?」


 アンディーが食べきれず、口の周りに残してしまったアイスクリームをそのままにしておくのはもったいない気がして。かずらはアンディーのほっぺをぺろりと舐めた。

 涙がまだ残っていたのか、少しだけ、しょっぱい味がした。



***



「……そういえばさ、オレのファーストキスの相手、かずらだったんだよな」


 夏の或る日のこと。そろそろ九月も終わろうかと言うのに、残暑は厳しい。陽は傾いても日中焼けたアスファルトから熱気が放たれいて、少年と少女はドーナツ屋と眼鏡屋に囲まれた漫画喫茶に逃げ込んだ。

 めいめいの読書の休憩として、アイスクリームを食べていた

 その金髪の少年の方――アンドリューが黒髪の少女に声を掛けた。

 彼のすぐ隣に腰掛けていたかずらは、思わぬ発言にバニラアイスを吹きかけた。


「なっ、な、い、いきなりなにを言って……!?」

「今、急に思い出した。そんときも、こんな風にベンチに座って、」

「……あ、」

「思い出した?」


 にこりと笑った彼と、幼少の頃、一度だけ会った少年の笑顔が不意に重なる。

 あの少年のことは、よく覚えている。そう簡単に忘れられるはずがなかった。天使のようで、犬みたいなオトコノコ。


「成長したよな」

「君こそ……あのときは、まさか同い年だとは思わなかった」

「あはは、今もだろ?」

「なにを……でも、中身は全然成長してないみたいだけど」

「え、」


 かずらはくすりと口端を上げ、恋人の口元についたアイスをぺろりと唇ごと舐め上げた。

 一度ぽかんと間抜けな顔をし、次の瞬間、真っ赤になった。

 身体ばかり先に成長してしまった、アンドリューの頬が、何年振りかにもう一度揃った二人の成長を物語っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、たまと言います。  あまりにも私好みの素敵な作品でしたのでお邪魔させていただきました。  優しい文体と暖かな表現技法、昔話と今を繋げる映像描写にほっこりとさせていただきました。…
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