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蛇影〜真実を歪めたのは一体何か?〜

作者: なふもん
掲載日:2026/10/14

何気ない日常こそが人生において最高の宝物だなと感じたことはありませんか?これは、そんな日常が崩壊し、真相を求めていく。そんな短編小説になっております。

XXXX年4月4日

杯中の蛇影――そこにあるはずのない蛇を見たとき、人は何を恐れるのだろう。


第一章 壊れた日常


 犀川優斗からの返信が途絶えたのは、何の変哲もない日のこと……。

 その日も、いつもと同じようなやり取りをしていた。仕事の愚痴をこぼし、昼食に何を食べたかを報告し、どうでもいい動画を送り合う。社会人になって一年。学生の頃と比べれば会える時間は減ったが、連絡を取り合う頻度はほとんど変わっていなかった。


 優斗は昔から明るいやつだ。


 誰とでもすぐに打ち解け、初対面の相手でさえ、いつの間にか笑わせてしまう。勉強もできたし、運動もできた。顔立ちも整っていて、身長も高い。学生時代、優斗を悪く言う人間なんていないんじゃないか?って思うくらいだ。俺たちは幼なじみだった。物心がついた頃には、もう隣にいた。家が近かったこともあり、小学校も中学校も一緒。高校は別々になったが、それでも関係が途切れることはなかった。

 大学に進学してからも、暇があれば一緒に遊んだ。くだらないことで笑い、互いの悩みを話し、時には朝までゲームをした。

 優斗は、俺にとって一番気を遣わずにいられる友人。

 だからこそ、返信が来なくなったことを、最初は大した問題だと思わなかった。仕事が忙しいのだろう。疲れて寝ているのかもしれない。あいつにも、ひとりでいたい日くらいある。そうやって自分に言い聞かせて、スマホを伏せた。翌日になっても、返信はない。二日目になると、少しだけ気になった。三日目には、こちらから電話をかけてみた。呼び出し音は鳴ったが、出ることはなかった。メッセージも既読にならない。


 珍しいな、と思った。

 何かあったのだろうか。

 

そう思ったとき、ようやく胸の奥に小さな不安が生まれた。仕事帰り、俺は優斗の住むアパートへ向かった。インターホンを押す。返事はない。もう一度押した。やはり、何も聞こえなかった。郵便受けを覗いても、特に変わった様子はない。窓の向こうは暗く、室内に明かりがついている気配もなかった。どこかへ出かけているだけかもしれない。そう思いながらも、胸の不安は消えなかった。


 俺は警察に相談することにした。


 何を話したのか、どんな順番で説明したのか、思い出せない。ただ、優斗がいなくなったことだけははっきりと伝えられた。でも、何かを聞かれるたびに、頭の中が真っ白になった。息が苦しくなって言葉を発するのも難しかった。警察官は落ち着いた声で質問を続けたが、俺はまともに答えられていたのかさえ分からなかった。それから、時間だけが過ぎていった。優斗は見つからない。手掛かりもない。俺の日常から、ひとつの大きな穴が消えずに残った。


 あいつがいない。


ただ、それだけのことが、こんなにも世界を変えてしまうとは思わなかった。

 ふとした瞬間にスマホを確認してしまう。いつもなら優斗に送っていたような話題を見つけるたび、指が止まった。出るわけもない電話を何度もかけた。何をしていても、どこか落ち着かなかった。スマホの通知音がなる度に、外で話し声がする度に、胸が苦しくなった。寝ようにもあいつの顔が浮かんで来る。夜も眠れなかった。

 そして、一ヶ月が過ぎた。俺は、自分でも何かできることがないかと考え始めた。優斗がいなくなる前に、何か変わったことはなかっただろうか。何か、見落としていたことはなかっただろうか。

 考えれば考えるほど、記憶は曖昧になっていく。

 それでも、何もしないままではいられなかった。


第二章 一筋の希望


 最初に向かったのは、衣通陽菜のところだった。陽菜とは大学時代の知り合いで、現在は優斗と同じ会社に勤めている。部署は違うため、顔を合わせる機会は少ないらしい。

 俺は大学時代、陽菜にずっと片思いをしていた。そのことは優斗にも話していた。付き合いたいと思いながら、結局、気持ちを伝えることはできなかった。

 陽菜に会うのは久しぶりだった。

影人「優斗、何か言ってなかった?」

陽菜「何かって?」

影人「俺のことでも、仕事のことでも。失踪する前に、何か変わったことがあったとか。」

 陽菜は少し考えたが、首を横に振った。

「ごめんね。特に何も聞いてないと思う。」

影人 「……そうか。」

 せっかく会いに来たのに、手掛かりのひとつも見つからなかった。

 肩を落としながら、俺はその場を後にした。

それでも、この方法なら手がかりが見つかるかもしれない。ほかの友人なら、何か知っているかもしれない。そう思った瞬間希望を感じた。

 優斗と大学時代から付き合いのある人間は、俺以外にもいる。会社の同僚だっている。ひとりに聞いて分からなくても、何人かに話を聞けば、何かしらの情報が出てくるはずだ。そう考えて、俺は共通の友人たちを訪ねて回った。最初の友人は、優斗が仕事の愚痴をこぼしていなかったかと尋ねても、特に思い当たることはないと言った。

 二人目は、最近は忙しくて、ほとんど会えていなかったらしい。

 三人目は、優斗がいつもどおり明るかったと話した。

 最後のひとりは、少し考え込んだあと、ふと思い出したように口を開いた。

X「そういえば、あいつ、日記を書いてるって言ってなかったっけ?」

影人 「日記?」

X 「ああ。毎日つけてるとかなんとか。詳しくは知らないけど、前にそんな話をしてた気がする。」

 俺は思わず顔を上げた。

影人 「それ、本当か?」

X 「うん。まあ、本人から聞いただけだから、今も続けてるかは分からないけど。」

影人 「……そうか。」

 日記。

 そんなものを書いていたなんて、知らなかった。いや、考えてみれば、優斗が自分の時間をどう使っていたか、俺はすべてを知っているわけではない。幼なじみだからといって、何もかも把握しているつもりになっていただけなのかもしれない。

 それでも、毎日書いていたのなら、何かが残っている可能性がある。

 失踪する前日、何をしていたのか。誰と会っていたのか。何か悩みを抱えていたのか。俺は、その日のうちに優斗のアパートへ向かった。今度こそ、何か手掛かりが見つかるかもしれない。


 優斗の部屋は、以前訪れたときと同じように静まり返っていた。


 俺は何とか鍵を開ける方法調べあげ、夜中にこっそりと侵入した。

 いつもどおりの家具。机の上に置かれた小物。読みかけの本。生活感の残る部屋は、まるで住人が少し出かけているだけのように見えた。

 

 ここに、あいつがいた。

 

 その事実を改めて突きつけられたような気がした。机の周りを見ていると、日記らしいものが目に入った。俺はページを開いた。そこには、仕事のこと、食事のこと、誰かと交わした会話、日々の小さな出来事が書かれていた。特別なことばかりではない。むしろ、どこにでもある普通の日常だった。ページをめくっていく。そして、失踪する前日の記述で手が止まった。

 

 その日、優斗は誰かと会っていたらしい。詳しい内容は分からなかったが、少なくとも、いつもとは少し違う予定があったようだった。俺は何度もそのページを読み返した。何か見落としているのではないか。その一文の裏に、何か意味があるのではないか。だが、読み返しても、そこに書かれている以上のことは分からなかった。

 それでも、何もないよりはましだった。優斗がいなくなる前日、何をしていたのか。その手掛かりを、ようやくひとつ見つけた気がした。


第三章 疑念


 優斗の日記を読んでいるうちに、俺は大学の同窓会を思い出した。

 今から1ヶ月ほど前の事だった。久しぶりに集まった顔ぶれは、学生時代とあまり変わっていなかった。仕事の話、恋愛の話、昔の失敗談。酒が入れば、誰かの近況が話題になり、そこから別の誰かの噂へと移っていく。

 みんな、相変わらず噂話が好きだった。俺はそんなことを思いながら、何気なく耳に入ってきた会話を聞き流していた。

「そういえばさ、犀川って、衣通さんに好かれてるらしいぜ」

「え、マジ?」

「なんか、そういう話を聞いたんだよね」

 優斗の名前が出てきたので、一瞬だけ意識が向いた。その場にいるみんなにも聞こえるくらいの声だった。

 だが、すぐに興味を失った。噂なんて、どこまで本当か分からない。優斗は昔から人に好かれるやつだった。陽菜だって、あいつと話せば楽しいだろう。もし本当にそうだったとしても、別に不思議ではない。俺はグラスに口をつけ、別の話題に加わった。

 そのときは、何も感じなかった。少なくとも、そう思っていた。

 だが、優斗の日記を読みながら、失踪する直前の記録を探しているうちに、あのときの会話がふと頭に浮かぶようになった。

 そういえば、以前、優斗と陽菜が一緒にいるところを見たことがあった。

 仕事がいつもより早く終わり、定時で帰れた日のことだ。

 会社を出ようとしたとき、建物の脇にある人通りの少ない路地に、見覚えのある二人の姿があった。

 優斗と、陽菜だ。

 何か話しているようだったが、会話までは聞こえなかった。

 どうしてこんなところにいるのだろう。そう思った直後、会社からもうひとり人が出てきた。あの人は、この前の同窓会でやたらと噂話をしていた人と仲が良かったっけ?

「あんまりいけ好かないんだよなぁ…。」

つい心の声が漏れてしまっていた………

 その人は二人を見つけると、何かを謝りながら駆け寄っていった。

 あの二人に、何の用があるのだろう。気になって近づいてみようとも思ったが、三人の会話を盗み聞きするのも気が引けた。ちょうど退勤する社員たちが次々と外へ出てきていたこともあり、俺はそのまま帰ることにした。

 あのときは、何も考えなかった。ただ、仕事の用事か何かだろうと思っただけだった。

 けれど、同窓会で聞いた噂を思い出すと、あの光景が妙に気になった。

 優斗と陽菜は、あそこで何を話していたのだろう。

 なぜ、あんな人目につきにくい場所にいたのだろう。

 そして、あのとき駆け寄ってきた人物は、何を謝っていたのだろう。考え始めると、いくらでも疑問が浮かんできた。

 もちろん、何も特別なことではなかったのかもしれない。

 けれど、優斗が失踪する直前に、あいつが誰と会い、何を話していたのか。

 それを知ることができれば、何かが分かるかもしれない。

 俺はもう一度、陽菜に話を聞いてみることにした。

影人 「また急にごめん。」

陽菜 「ううん。優斗くんのこと?」

影人 「ああ。前に聞いたとき、最近はあんまり話してないって言ってたよな?」

陽菜 「うん」

影人 「失踪する前に、何か話したりはしてなかった?」

 陽菜は少し考えたあと、首を横に振った。

陽菜 「ほとんどないと思う。会社でも部署が違うし、たまに顔を合わせるくらいだから。」

影人 「そうか……。」

陽菜 「何か分かった?」

影人 「いや。前に二人が一緒にいるところを見かけた気がしてさ。何か知ってるかと思ったんだけど」

 陽菜は不思議そうな顔をした。

陽菜 「一緒に? いつ頃?」

影人 「少し前。会社の前で」

陽菜 「ああ……でも、私、優斗くんとはそんなに話したことないよ。」

 その言葉を聞いて、俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 そうか…………。

 あまり話したことがないのか。俺は何を期待していたのだろう。あの二人が一緒にいたのは、ただ何かの用事があっただけなのかもしれない。そもそも、優斗が陽菜に好かれているという話だって、誰かが面白半分に広めた噂にすぎないのかもしれなかった。

陽菜が不安そうにこちらを見つめる。

 俺は、慌ててもう一度笑って礼を言った。

「そっか。ありがとう。」

 結局、何も分からなかった。

 優斗が失踪する前に何をしていたのか。なぜ、あんな場所で陽菜と話していたのか。

 何も分からないままだった。

 それでも、もう少し調べてみようと思った。優斗と親しかった人間は、まだ何人かいる。

 彼らなら、何か知っているかもしれない。


第四章 杯中トンネル


 愛知県の山奥に、そのトンネルはあった。杯中トンネル。地元の人間でも、今ではほとんど近づかないという廃トンネルだった。ずいぶん前に新しい道路が整備されてから使われなくなり、周辺の道も荒れているらしい。優斗が失踪する前日、肝試しの話をしていたらしい。

 そのことを知ったのは、何人かの友人に聞き込みをした後だった。

Y 「そういえば、あいつ、友達が廃トンネルに行きたいとか言ってて…ついて行くって言ってたと思う。」

 そんな何気ない一言が、俺の心を動かした。

動揺で少し言葉に詰まる

影人 「ど…どこの?」

Y 「さあ。あそこの山の方にあるやつ。名前までは覚えてないな」

影人 「気の所為じゃないのか?」

Y 「まぁ…そうかもな。」

その話を聞いたとき、最初は何の関係もないと思った。だが、ほかに手掛かりはなかった。俺は地図を調べ、古い記事を探し、ようやく杯中トンネルという名前にたどり着いた。現地へ向かう車の中で、何度もスマホを確認した。優斗から連絡が来ているのではないか。そんなはずがないと分かっていても、通知が表示されるたびに心臓が跳ねた。山道に入ると、周囲の景色は次第に寂しくなっていった。木々が道路を覆い、日差しが遮られる。舗装の荒れた道を進むにつれ、車の音だけがやけに大きく感じられた。

 

 やがて、トンネルが見えた。

 

 入口の周囲には雑草が生い茂り、コンクリートの壁には黒ずんだ染みが広がっていた。奥は暗く、出口の光がかすかに見えるだけだった。俺は車を降りた。冷たい風が吹いている。 木々の葉が擦れ合う音が、遠くで誰かが話している声のように聞こえた。


 「ん?気のせいか…。」


 そう言いながら、トンネルへ近づいた。入口の手前に、何かが落ちている。古びた紙切れだ。拾い上げてみると、文字のようなものが書かれていたが、雨に濡れたせいか、ほとんど読めなかった。俺は紙を戻し、トンネルの中を覗き込んだ。冷たい空気が流れてきた。妙な場所だ。何もないはずなのに、誰かに見られているような感覚があった。俺はスマホのライトをつけ、ゆっくりと中へ入った。足音が反響する。一歩進むたび、音が何度も返ってきた。


 そのときだった。


 背後で、何かが動いたような音がした。振り返る。誰もいない。ライトを向けても、そこには暗い壁と、入口から差し込む薄い光しかなかった。俺はしばらく立ち尽くした。そして、もう一度前を向いた。トンネルの奥に、人影が見えた気がした。優斗だと思った。

 名前を呼ぼうとして、声が出なかった。もう一度、目を凝らす。何もなかった。ただ、暗闇が続いているだけだった。俺はその場に立ち尽くし、何度も息を吸った。ここに来れば何か分かる。そう思っていた。けれど、目の前にあるのは、何も答えてくれない暗闇だけだった。

 

 優斗は、どこにいるのだろう。

 何をしているのだろう。

 まだ、生きているのだろうか。

 

 ただひたすら問いが生まれるだけで、何一つ解決しない。俺は、さらに奥へと歩き出した。


第五章 強まる疑念


 トンネルの奥へ進むにつれ、妙な感覚が強くなっていった。何かを忘れている。そんな気がした。ここへ来たのは初めてのはずだった。少なくとも、そう思っていた。なのに、壁の染みも、足元のひび割れも、妙に見覚えがある。


 どこかで見たことがある。


 いつだっただろう。俺は立ち止まり、壁に手を触れた。冷たい。指先に、ざらついた感触が伝わる。その瞬間、頭の中で何かが弾けた。暗いトンネル。自分の荒い呼吸。俺は反射的に手を離した。


「……なんだよ、これ。」


 声が震えていた。思い出せない。思い出したくない。どちらなのかも分からなかった。

 出口に向かって走った。壁の一部が崩れ、地面には土砂が積もっていた。その向こうに、妙な窪みがあった。俺はライトを向けた。土が不自然に盛り上がっている。周囲の地面とは、色も質感も違っていた。胸が、嫌な音を立てた。

 俺は近づかなかった。近づけなかった。代わりに、スマホを強く握りしめた。

もう帰ろうと入口に向かった。

 そのとき、背後から声が聞こえた気がした。


…… 「影人」


 優斗の声だった。

振り返る。誰もいない。


影人 「……優斗?」

 返事はなかった。


 俺は何度も周囲を見回した。音が反響しただけだ。そうに決まっている。

 ここは廃トンネルだ。音が妙に聞こえることくらい、あるだろう。そう自分に言い聞かせた。

 けれど、胸の奥では、別の何かがうごめいていた。

ここに来るのは初めてではない。俺は、この場所を知っている。知っているはずなのだ。

 そして、ようやく――思い出す。


第六章 杯の中の蛇


 そうだ……そうだった……。

 俺は今日、優斗と二人で、杯中トンネルに来たんだった……。

 俺が誘ったんだ。

 肝試しをしよう、と。

 優斗は最初、少し面倒くさそうな顔をしていたが、最後には笑って付き合ってくれた。

優斗 「お前、こういうの好きだったっけ?」

影人 「たまにはいいだろ。」

優斗 「まあ、そうだけどさ。」


 いつもどおりの会話だった。

 

 いつもどおりの、幼なじみの時間だった。なのに、俺の中では、何かが変わっていた。同窓会で聞いた噂。会社の前で見た、優斗と陽菜の姿。人目につかない場所で話していた二人。そして、あのとき駆け寄ってきた知人。それらが、頭の中で何度も繰り返されていた。

影人 「なあ、優斗。」

優斗 「ん?」

影人 「お前、陽菜と仲いいの?」

 優斗は少し驚いたように俺を見た。

優斗 「陽菜? いや、別に。どうした?」

 俺は目を逸らした。

 優斗は少し考えてから、何かを思い出したように笑った。

優斗 「ああ、そうだ。お前、陽菜のこと好きだったよな。」


 怒りが湧いた


影人 「……なんだよ、急に。」

優斗 「え?ちがうの?」


からかうかのような声で優斗は言った。


 俺は顔を上げた。


影人「は?」

優斗 「最近、お前を紹介しようと思ってたんだよ。」

 俺は、優斗の言葉を聞いていた。聞いていたはずだった。けれど、陽菜という名前を聞いた途端、頭の中では別の声が響いていた。優斗が陽菜に好かれている。優斗は、俺より何もかも優れている。そんな優斗が、俺の好きな人まで手に入れようとしている。

 そう思った瞬間、胸の奥に積み重なっていたものが、音を立てて崩れた。

影人 「……嘘つけよ。」

優斗 「え?」


 驚いた表情でこちらを見つめている。


影人 「そうやって誤魔化すなよ。」

 優斗の表情が変わった。

優斗 「いや、誤魔化すって、何を?」

影人「陽菜のことだよ。お前、あいつと何話してたんだよ。」

優斗「だから、紹介するって話をしてただけだって。」

影人 「じゃあ、なんで二人であんなところにいたんだよ。」

優斗「え? ああ、あれは……。」


 優斗は説明しようとした。

 

けれど、俺にはもう、その言葉を聞く余裕がなかった。

影人「お前はいいよな……。」

 自分でも驚くほど、冷たい声だった。

影人 「何でもできて、誰からも好かれて。俺が何年も好きだった人だって、お前なら簡単に振り向かせられるんだろ。」

優斗 「影人、何言ってんだよ。」

影人 「うるさい!」

 声がトンネルに響いた。優斗は黙った。その顔を見て、俺はさらに腹が立った。


 どうして、そんな顔をするんだ。

 どうして、まるでおかしな事が起こったような顔で、俺を見ているんだ。


 俺がどんな気持ちで、お前の隣にいたと思っている。何度も羨ましいと思った。何度も、自分が惨めになった。それでも、お前は俺の友人だった。俺を見下しているわけではない。馬鹿にしているわけでもない。そんなことは、分かっていたはずだった。

 それなのに、俺は。

優斗 「影人、落ち着けよ。俺、お前と遊ぶ約束もしてただろ?」

「今度、久しぶりに遠出しようって。お前、行きたいところがあるって言ってたじゃん。」

 何を言われても無駄だった。もう俺は、親友を信じれなくなっていた。

影人「そうやって、何でも誤魔化そうとするなよ!」

優斗 「あの日は別に何もなかったって……。」

影人 「もういい!」

 俺は、優斗の言葉を遮った。


 それから先のことは、断片的にしか覚えていない。優斗が何かを言っていた。自分の息遣い。暗闇。そして、静寂。気づいたとき、俺はひとりだった。優斗は、もう動かなかった。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。ただ、目の前にある現実だけが、どうしようもなく重かった。

「……優斗?」

 返事はなかった。

 何度呼んでも、返事はなかった。俺はその場に座り込んだ。何をすればいいのか分からなかった。どうして、こんなことになったのかも分からなかった。


 いや、本当は分かっていた。

 俺がやったのだ。

 俺が、優斗を殺した。

 頭の中で、何かが崩れていく音がした。

 俺は優斗の亡骸を埋めた。


 そのとき、何を考えていたのかは覚えていない。ただ、ここから逃げなければならないと思った。誰にも知られてはいけない。知られたら、すべてが終わる。そう思った。そして、俺は杯中トンネルを後にした。


 何日か経った。

 

 何をしていても、優斗の顔が浮かんだ。仕事へ行く気にはなれなかった。スマホもテレビも見るのが怖かった。誰かから連絡が来るたび、すべてが露見したのではないかと思った。

 それでも、何もせずにいることはできなかった。

 優斗は、失踪する前に何か話していなかっただろうか。

 俺と最後に会ったことを、誰かに話していなかっただろうか。何か、俺につながるようなことを。

 俺は、友人たちに会いに行った。

 できるだけ普段どおりに振る舞いながら、優斗が最後に何を話していたのかを尋ねた。

影人「そういえば、最近あいつと話した?」

Y「いや、特には。どうして?」

影人 「いや、ちょっと気になってさ。何か変わったこと言ってなかったかなと思って。」


Y 「そういえば、あいつ、友達が廃トンネルに行きたいとか言ってて…ついて行くって言ってたと思う。」

頭が真っ白になった。

影人 「ど…どこの?」

Y 「さあ。あそこの山の方にあるやつ。名前までは覚えてないな」

俺は食い気味に言った。

影人「気の所為じゃないのか?」

Y 「そう…かもなぁ。」

そうしてこの話題は終わった。別れ際、彼の後ろ姿が見えなくなる前まで気が気じゃなかった。姿が見えなくなって帰路に着いた。家に着いた瞬間少しホッとした。


 ほかの友人にも優斗に関するやり取りを何度も繰り返した。

 誰も、俺を疑っているようには見えなかった。けれど、安心することはできなかった。みんなが本当のことを言っているとは限らない。俺のことを疑っていて、何も知らないふりをしているのかもしれない。

 そう考えると、誰の顔もまともに見られなくなった。

ふと、こんな考えがよぎった。

優斗の事を好きな陽菜なら優斗から何か聞いてるかもしれない。もしそうなら、俺が疑われるかもしれない。不安に駆られ、いてもたっても居られなくなり、すぐに陽菜の元に足を運んだ。


影人「優斗、何か言ってなかった?」

陽菜「何かって?」

影人「俺のことでも、仕事のことでも。失踪する前に、何か変わったことがあったとか。」

 陽菜は少し考えたが、首を横に振った。

「ごめんね。特に何も聞いてないと思う。」

「……そうか。」

 俺は、それ以上何も聞かなかった。優斗は、何も話していなかった。少なくとも、陽菜はそう言った。杞憂だった。肩の力が抜けた。その日は、それだけで帰った。

 

けれど、数日後、また陽菜のことが気になった。

 あいつは、陽菜に好意を持っていたのではないのか?。もしそうなら、何か話していたはずだ。何も聞いていないなんて、おかしい。

 俺はそう考え、もう一度、陽菜に会いに行った。


影人「またごめん。少しだけ聞きたいことがあって。」

陽菜 「ううん。どうしたの?」

影人 「優斗のことなんだけどさ。あいつ、陽菜と何か話してなかった?」

陽菜 「何かって?」

影人 「何か知ってることがあればと思って。」

 俺は、優斗がいなくなる前に変わった様子がなかったか、誰かと会っていなかったか、仕事で何か問題を抱えていなかったか、思いつく限りのことを尋ねた。

 陽菜は困ったように首を傾げた。

陽菜 「うーん……。やっぱり、特に何もないと思う。私、優斗くんとはそんなに話したことないし。」

陽菜 「ほとんどないと思う。会社でも部署が違うし、たまに顔を合わせるくらいだから。」

影人 「そうか……。」

陽菜 「何か分かった?」

影人 「いや。前に二人が一緒にいるところを見かけた気がしてさ。何か知ってるかと思ったんだけど」

 陽菜は不思議そうな顔をした。

陽菜 「一緒に? いつ頃?」

影人 「少し前。会社の前で…。」

陽菜 「ああ……でも、私、優斗くんとはそんなに話したことないよ。」

 その言葉を聞いて、俺は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 そうか…………。

 あまり話したことがないのか。

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、少しだけ緩んだ。

 そうか。

 あまり話したことがないのか。なら俺と会っていたことも知られてないわけだ。優斗は、陽菜に好かれていたわけではないのかもしれない。俺が聞いた噂は、ただの噂だったのか。不安でいっぱいだった自分に嘲笑した。俺は、ほっとした。けれど、その安堵は、すぐに別の感情に変わった。

 

 なら、俺は何のために。

 何のために、あいつを…。

 考えがまとまらなかった。


 俺は、少しだけ表情を曇らせた。

陽菜 「影人くん? 大丈夫?」

影人 「……え?」

陽菜 「顔色、悪いよ?」

 俺は、慌てて笑った。

影人 「ああ、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ。」

陽菜「本当に?」

影人「うん。大丈夫!」


 そう答えながら、俺は考えていた。陽菜は、俺のことをどこまで知っているのだろう。優斗と最後に会ったことを、誰かから聞いているのだろうか。俺が何かしたと、疑っているのだろうか。余計なことを聞かれるわけにはいかなかった。陽菜とのLINEをブロックしておこう。連絡を取れなくしてしまえば、何かを聞かれることもない。そう考えながら、俺はその場を後にした。


 それからしばらく友人に俺との会っていた事を知られていないか聞いて回った。回るうちに、俺は優斗の日記のことを聞き出した。

X「そういえば、あいつ、日記を書いてるって言ってなかったっけ?」

影人 「日記?」

X 「ああ。毎日つけてるとかなんとか。詳しくは知らないけど、前にそんな話をしてた気がする。」

 まずい…俺は思わず顔を上げた。

影人 「それ、本当か?」

X 「うん。まあ、本人から聞いただけだから、今も続けてるかは分からないけど。」

影人 「……そうか。」

 日記。

 そんなものを書いていたなんて、知らなかった。いや、考えてみれば、優斗が自分の時間をどう使っていたか、俺はすべてを知っているわけではない。幼なじみだからといって、何もかも把握しているつもりになっていただけなのかもしれない。

 それでも、毎日書いていたのなら、何かが残っている可能性がある。


もし、俺と最後に会ったことが書かれていたら。

もし、俺があいつをトンネルへ誘ったことが残されていたら。

 もし、俺が疑われるようなことが書かれていたら。


 考えるだけで、息が苦しくなった。俺は夜中に優斗のアパートへ向かった。周囲に人がいないことを確かめ、誰にも見られないように部屋へ侵入した。室内は静まり返っていた。

 いつもどおりの家具。机の上の小物。読みかけの本。そのすべてが、あいつがもう戻ってこないという事実を突きつけてきた。俺は日記を探した。見つけたとき、手が震えた。ページを開く。

 そこには、俺の知らない優斗の日常が書かれていた。

 仕事のこと。食事のこと。誰かと話したこと。俺のことも書かれていた。俺と遊ぶ約束をしたこと。陽菜を紹介しようと思っていたこと。その文字を見たとき、目の前が暗くなった。


 俺は、何をしてんだ。

 何を、してしまったんだ。


 それでも、日記をそのままにしておくわけにはいかなかった。

 俺は、そこに残されていた記録を改ざんした。

 自分が関わっていると疑われそうな部分を消し、別の意味に見えるようにした。

 そして、部屋を出る前に、侵入した痕跡を消した。

 すべてが終わったとき、俺はようやく部屋を出た。

これでもう大丈夫だ。いつも通りの日常を送れる。そう自分に言い聞かせた。


そんなわけがない。何もかも、元どおりになどなるわけがない。

 俺は優斗を殺したんだ。

 それだけは、どうやっても変わらない。


 家に帰ると、急に身体から力が抜けた。玄関に座り込んだまま、しばらく動けなかった。怖かった。誰かに見られている気がした。誰かが、すべてを知っている気がした。スマホが鳴るたび、息苦しさを覚えた。外で人の声がするたび、息を潜めた。眠ろうとしても、目を閉じると優斗の顔が浮かんだ。


 俺を見ていた、あの顔。


 最後に、何かを言おうとしていた顔。俺は何度も、あの場面を思い出した。そして、そのたびに、別のことを考えようとした。あいつが悪かったのだ。あいつが何もかも持っていたから。あいつが、俺の好きな人まで…

 そう思おうとした。

 けれど、すぐに思い出してしまう。

 紹介するつもりだった。

 遊ぶ約束をしていた。

 俺のことを、覚えていた。

 

 優斗は、俺を裏切ってなどいなかった。その事実が、何よりも苦しかった。

 俺は一ヶ月、家にこもった。仕事を休み、外に出ず、誰とも会わなかった。何も考えたくなかった。

 

それでも、何も考えずにいることはできなかった。やがて、耐えられなくなった。


警察へ行こうと思った。

 

すべてを話そう。

 

俺が何をしたのか。


どこで、何をしたのか。

 

 なぜ、こんなことになったのか。話してしまえば、少しは楽になれるかもしれない。そう思った。けれど、交番の前に立ったとき、足が動かなくなった。


 怖かった。

 

自分が何をしたのか、口に出すのが怖かった。俺は、何度も深呼吸した。

 それから、中へ向かった。


「どうされましたか?」


 警察官が尋ねた。俺は口を開いた。だが、声が出なかった。何を言えばいいのか、分からなかった。いや、分かっていた。分かっているのに、言えなかった。

 俺は震える声で、言葉を絞り出した。

「……友人が、いなくなったんです。」

 それは、嘘だった。

 いまさら俺は友人がいなくなったことを相談しに来たのではない。俺が、友人をいなくしたのだ。その事実を、認めに来たのだ。

 警察官は、俺にいくつか質問した。俺はうまく答えられなかった。何度も言葉に詰まり、何度も視線を逸らした。それでも、もう逃げられなかった。俺は、すべてを話した。

 杯中トンネルのこと。


 優斗のこと。


 自分がしたこと。


 そして、あいつを埋めた場所。


 話し終えたとき、胸の奥にあった何かが、音もなく崩れた。

 楽になったわけではなかった。

 ただ、もう嘘をつかなくていんだという束の間の安堵。

 それだけだった。


終章 壊してしまった日常


 事件が明らかになってから、しばらくの時間が過ぎた。優斗の遺体は、杯中トンネルの奥から発見された。俺の供述によって、失踪事件は殺人事件へと変わった。

 ニュースでは、幼なじみ同士の悲劇として報じられたらしい。


 仲の良かった二人。


周囲からも、いつも一緒にいるところを見かけられていた二人。そんな二人の間に、いったい何があったのか。人々は理由を知りたがった。

 俺は、取り調べの中で、自分が優斗を殺した理由について話した。


 嫉妬していたこと。


 劣等感を抱いていたこと。


 陽菜が優斗に好意を持っていると聞いたこと。

 

そして、あの日、優斗が陽菜を紹介しようとしていたこと。


 すべてを話した。


 それでも、最後の部分だけは、どうしても答えが出なかった。なぜ、俺はあの噂を信じたのだろう。なぜ、あのとき、優斗の言葉を聞かなかったのだろう。そもそも、あの噂は誰が言い出したのだろう。誰かが、俺を陥れようとしていたのだろうか。それとも、俺が勝手に疑い、勝手に憎み、勝手に友人を殺しただけなのだろうか。


 答えは出なかった。


 俺が犯した罪は、変わらない。

 

どんな理由があったとしても、優斗は戻ってこない。それだけは、確かなことだった。





「なあ、聞いた?」

「ああ。あの人、気になってた人からLINE返ってきてないらしいよ。」

「マジ? かわいそー……。」

「そういえば、聞いた? 影人。」

「あの二人、めっちゃ仲良さげだったのに、殺したんだってね。」

「まさか、そんなことになるとはね。」

「あの二人が喧嘩したらどうなるか、ちょっと興味あったんだけどな。」

「聞かれたらどうすんだ。」

「わりぃわりぃ!」


杯中の蛇影

杯の中に蛇を見た者は、その影を恐れる。けれど、その蛇は、本当にそこにいたのだろうか。


御愛読ありがとうございます。この作品は、私が友達と思い込みによって関係が悪化した事がある過去をイメージして作った人生初の小説です。

思い込みって時に、人を奮い立たせ、時には人をどん底に陥れる。そんな真逆な1面があって怖いですよね。主人公の思い込みと物語を読み進めていく中で、いつの間にか自分自身も思い込みによって、え?っと驚く事があったのではないでしょうか?

この小説を読み、思い込みが秘める怖さを体験できたでしょうか?

初めての作品なのであまり面白くなかったかもしれませんが、つまらなかった。面白かった。こうすればいいと思う。など、どんな感想でもいいのでお聞かせください。

今後の作品の参考にします。

今一度御愛読ありがとうございました。

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