第16話 賞金より大事なもの
リハーサル終了後のバックステージ。
薄暗い通路の陰で、ミアの告白を聞き終えたあと、俺は静かに息を吐いた。
「……ごめん、ミア」
「……っ」
高校時代、告白してきた女子たちを全員「ゲームがあるので」「購買にチョコパン買いに行くんで」と切り捨ててきた俺が――人生で初めて、別の理由で誰かを断った。
「幼馴染としてしか見られない。……好きな人がいる」
ミアは目元を拭い、鼻をすすりながら、どこか悔しそうに泣き笑いを浮かべた。
「……そっか。ソウマくん、その断り方ができるようになったんだね」
彼女は小さく手を振って、踵を返した。
その背中を見送りながら、俺はポケットの中のスマホをぎゅっと握りしめた。
◇
控室に戻る途中、通路の壁にもたれかかっていたRENと目が合った。
「振ったんだ?」
「……聞いてたのか」
「たまたま通りかかっただけ。……で、明日の決勝、お前その調子で勝てるわけ?」
RENが挑発するように口角を吊り上げる。
かつて、高校時代から二人でプロの頂点を目指していた頃。
賞金分配の揉め事なんて表向きの理由に過ぎなかった。
ただ勝つことだけを求められ、画面の前で笑わなくなった俺に失望して、RENはチームを出て行ったのだ。
『勝つだけの機械と組んでても、つまんねえんだよ』
あいつは、昔の「楽しそうにゲームをしていた如月蒼真」を取り戻させようと、ずっと荒療治を仕掛けていたのだと、今なら分かる。
「決勝、全力で潰すからな」
すれ違いざま、RENが低い声で告げた。
「あと、あの人のこと……俺、結構まじだから」
◇
深夜、自宅のマンション。
二十二時を過ぎても、アストラル・オンラインのフレンド欄にある【アキ】の文字は灰色のままだった。
彼女がログインしてこなくなってから、ゲームがまた「ただの仕事」に戻ってしまっていた。
賞金のためでも、フォロワーのためでもない。
ただ画面の向こうの彼女とくだらない話をして、一緒に笑い合うあの時間だけが、俺にとって本当のゲームだったのだ。
ベッドの上に座り込み、スマホのメッセージ作成画面を開く。
文字を打っては消し、消しては打ち直す。
普段は「はい」か「了解」の二文字しか打たない俺が、画面を睨みつけながら推敲すること一時間。
心臓が破裂しそうなほど脈打つ中、送信ボタンを親指でタップした。
『夜遅くにすみません。
明日の決勝戦、関係者席のチケットを用意しました。
仕事のときの俺は生意気で、感じが悪かったと思います。
でも、アキさんとゲームをしてたときの俺も、嘘じゃないです。
明日、俺が本気でゲームしてるところを、見てほしいです』
「……っ、あーーーーー!!!」
送信完了の文字が出た瞬間、俺はスマホを放り投げ、枕に顔を埋めて盛大に悶絶した。
二十歳、国内トッププロゲーマー。
恥ずかしさで部屋の壁を殴りそうになりながら、明日の決戦を待つしかなかった。
◇
そして迎えた、決勝戦当日。
巨大アリーナは、数千人の観客の歓声と熱気で揺れていた。
ステージへと上がる入場ゲート。
ヘッドセットを装着した俺の視界の端――関係者席の最前列に。
ネイビーのジャケットを着て、祈るように両手を握りしめている彼女の姿があった。




