契約破棄されたとて、痛手ではありませんが?
『薬術の魔女の結婚事情』で契約破棄モノを書いてみました。
わりと王道の流れを取ってみた(つもりだった)が、どうしてこうなった……
「お前と顔を合わせるのは、もううんざりなんだよ。契約を破棄する!」
唐突に言い捨てられ、女性は目を瞬かせた。
その女性は『薬術の魔女』と呼ばれる、製薬の天才だ。もはや神がかり過ぎて『天災』とまで言われている。
「(今、『契約を破棄する』って言った?)」
薬術の魔女は周囲に待機していた、部下の補佐官達に目線を配った。金髪の男性はにこやかなままで、銀髪の男性は頭が痛そうな顔をしている。ちなみに薬術の魔女は金髪の方を補佐官1、銀髪の方を補佐官2と内心で呼んでいた。
目の前の男性は、伯爵であり商人である家系の嫡子だ。つまりは貴族。
「俺はこの男爵令嬢と契約する!」
そう言って、「来てくれ」と周囲の人混みへ声をかける。
「はぁい」
すると、砂糖を煮詰めたかのような甘ったるい声が上がった。
人混みの中から現れたのは、可愛らしい女性だ。睫毛は上向きで唇もぷるんとした、イチゴのコンポートを思わせる容姿。だがその甘ったるさに、薬術の魔女は僅かに眉間を寄せた。
「彼女は薬師です」と、補佐官1が小声で情報を教えてくれる。なんか聞き覚えがあるな、とぼんやり思考した。
「この子は、俺の話を分かってくれる! お前のような淡々として面白くない奴など、願い下げだ!」
願い下げ。どの面が、と冷めた内心で呟く。先に声をかけてきたのはそちらだろうに。乗り気でない薬術の魔女に、粘り強く粘りに粘られて契約をさせられたのだ。眉間のしわが少し深くなる。
相手の目論見は分かりきっていた。『魔女』の知名度が欲しかっただけだと。魔女のおかげで知名度が上がっただけだと言うのに、調子に乗っている。
「彼女はお前と違い、俺の気持ちを汲んでくれる。意味のわからない話もしないし、俺の疑問に分かりやすく答えてくれる」
それはあなたの理解力の問題では、と口に出かけたがどうにか飲み込む。この男性、プライドは高いが知識教養がその高さに追いついていないのだ。基礎の勉強をさせようとしたが、嫌がられて逆ギレされたのも記憶に新しい。
今日は、とある伯爵家に招かれた、宴会だった。主催でないのになんか知らんが契約破棄を言い渡された。周囲は静まり返っているし、多分常識はずれの行動だろう。
「……分かりました。では、解約の手続きをさせていただきますね」
丁寧に頭を下げ、薬術の魔女はそう告げる。すると予想外だったらしく、男性は鼻白らむ様子を見せた。
「なんだ、やけに物分かりがいいな」
「いえ、あなたを煩わせるのは悪手だと思いますので」
「そうか。分かったなら良い」
薬術の魔女の返答に、男性は満足げに頷く。薬術の魔女が反発せず、殊勝な様子だったのも一役買っているだろう。
男性は男爵令嬢の腰を抱いて、薬術の魔女に背を向け去っていった。なんか知らんが、男爵令嬢が勝ち誇ったような顔でこっち見た。
そうして、なんとなく話が終わったようなので解散する。宴会のざわめきが戻ってきた。
葡萄酒にちび、と口をつけたところで「(あの人、なんて名前だったっけ?)」と内心で首を傾げた。書類などの手続きは補佐官2がやってくれるだろうから、もう思い出すこともないだろう。
×
「最近やけにこの商会の名前聞くんだけど、どうかしたの?」
道に落ちている広告を見、薬術の魔女は補佐官1に問うた。今日は、材料購入の交渉に行くところだった。補佐官2は執務室でお留守番だ。
「どうやら、繁盛しているらしいですよ。『安くてすぐに購入できる薬がある』らしくて」
「ふーん」
安い薬が良い薬とは限らないけどな、と内心で呟きつつ広告から視線をずらした。
×
「あの商会、行政調査が入ったそうですよ」
ある日。
執務室で作業をしていると、新聞を読んでいた補佐官1が声をかけた。
「ふーん? どの商会かは知らないけど、何か違法なことでもやってたのかな」
作業を止めずにそう返せば、補佐官1の苦笑が聞こえた。
「だから、言っても無駄だと言ったでしょう」
補佐官2の呆れた声がした。ん? と思い、薬術の魔女は顔を上げる。
「なんか関わりあったっけ?」
「過去のことなので、気にしなくて良いですよ。きちんと縁切りしましたから」
問えば、補佐官2がぴしゃりと告げた。じゃあ良いか、と薬術の魔女は作業に戻る。
「では、あの薬師の話はどうですか?」
「薬師?」
補佐官1の言葉に首を傾げると、
「何かとあなたに突っかかってきた男爵令嬢の事ですよ。どうやら、『格安の薬を提供できる』謳い文句で質の悪い薬を売りさばいていたようです。その上、薬草提供者には低賃金で働かせ、過酷なノルマを課していたようで」
「ふーん。流れるような違法行為だね」
違法行為の渋滞に、薬術の魔女は感心する。相当に悪意の強い人だったのだろうか。
「あなたとは真逆ですね」
「だって。手伝ってくれる人には、いい思いをさせたいじゃん。『手伝ってくれてありがとう』って」
「誰もが貴女のような精神を持っていれば、よかったんですけどねぇ」
しみじみと零す補佐官1に、「そうすると、自分達の仕事の方が無くなりますよ」と補佐官2が突っ込んだ。
補佐官達は、実は『薬術の魔女』の監視のために国を守る『王の盾』から付けられたのだ。だが、薬術の魔女は気にしていない。
「そういえば、きみたちの仕事って、監視だけなの?」
問う薬術の魔女に、「基本的には監視と調査と捕縛だけですよ」と補佐官1が答える。補佐官2は何も言わなかったので、その通りなのだろう。
×
ある日、声をかけられた。商談に向かうために馬車に乗ろうとした時だ。
なんだろう、と思い振り返ると見窄らしい格好の男性が立っていた。「(誰?)」と内心で首を傾げていると。
「もう一度、契約してくれ!」
急にそんなことを言い出した。一体何のつもりだろう? と目を瞬かせる。縋り付こうとする男性を、補佐官2が捕縛し、押さえつける。馬車に乗り込んでいた補佐官1が「早く乗ってください」と声をかけた。
「この俺が頭を下げているんだ! いいから頼みを聞け!」
そして『前も似たようなことがあったな』となんとなく思い出す。それと同時になんだか嫌な感情も現れて、思わず眉を寄せた。
「嫌ですけど。今から取引があるので。それじゃ」
そう告げ、馬車に乗り込もうとすると。
「今契約すると、薬草をどこよりも安く仕入れてる提供してやれるぞ!」
男性が叫んだ。そして、男性が告げたラインナップには、珍しい薬草も混ざっていた。
「あ、要らないです。今日の取引の方が重要度高いので。お引き取りください」
そのまま、薬術の魔女は馬車に乗り込む。
「……さっきの誰?」
補佐官達に問うも、彼らは「気にしなくて良いです」「縁は切ったはずなんですが」と答えただけだ。
×
「なぜだ! どうしてどこの生産者も、俺との『契約を終わりにしたい』と言ってくるんだ!?」
男性は声を荒らげた。
「……それは。あなたがせっかくの『幸運の青い鳥』を手放したからですよ」
最後の契約者が答える。
「偶然にも、あの『薬術の魔女』と契約できたのに。その幸運をあなたは、欲にかられて手放してしまった。そんな商会に未来はない。みな、同じ思いでしょう」
「……そんな……」
膝を突き項垂れるも、何も変わらない。
そして。
例の商会は信用を失い、没落した。
その上に、悪あがきとして毒物に手を出してしまったのだ。
それを大公爵に目をつけられ、完全に商会としての地位を失った。
それから、国を影から守る『王の盾』によって裁かれる。やがて、その家のことを口にする者は居なくなった。
×
「あの貴族家を潰せて、良う御座いましたね」
ある部屋で朱殷色の髪の男へ、側に控える魔術師の男が声をかけた。朱殷色の髪の男は、王弟だ。実は、王弟は補佐官達を薬術の魔女に付ける命を下した『王の盾』の長である。魔術師の男は、その副官だった。
「全部、お前が仕組んだことだろうに」
くつくつと笑いながら、王弟は魔術師の男を見る。
「はて。私はある男爵家の土地に、商会の噂を流しただけで御座いますが」
「本当に、それだけか?」
白々しい顔の魔術師の男に、王弟は(やや悪い顔で)問うた。涼しい顔のままで、魔術師の男は口元に手を遣る。
「後は——儲かるやもしれぬ草の情報を偶然、商会の末端に聞かれてしまっただけで御座います」
「そうか。なら、情報漏洩の罰くらいは与えてやるか」
「ほう」
「一週間、謹慎だ。仕事に来るなよ」
「致し方無し。承知致しました」
胸に手を充て頭を下げると、魔術師の男は姿を消した。
×
「うーん。なんか知らないけど、一週間お休み貰っちゃった」
首を傾げながら、薬術の魔女は自宅へ着く。自宅、とは言うも、王都の伯爵程度の住む屋敷であった。
「ただいまー」
帰宅を知らせると、
「おかえりなさいまし」
魔術師の男が出迎える。
実は薬術の魔女と魔術師の男は、『相性結婚』と呼ばれる制度によって結ばれた夫婦であった。
商会の男性を魔術師の男が貶めたのには、実は理由があった。
本音を言うと、魔術師の男は気に食わなかったのだ。
あの商会の男性は、薬術の魔女に下心を持っていた。ことあるごとに触ろうとし、食事に誘い、口説いていた。
薬術の魔女が鈍かった(上に運が良かった)ので、大事には至っていないが。
「ねー、なんかわかんないけど一週間のお休み貰っちゃった」
手を洗いながら、薬術の魔女は魔術師の男に報告をした。すると
「然様ですか。実は、私も休みを頂きましたよ。一週間も」
そう、魔術師の男が答える。
「ふーん。お揃いだね。なにする?」
問う薬術の魔女の声は、隠し切れない嬉しさがにじんでいた。それに、くす、と魔術師の男は小さく笑う。
「買い物と、庭の手入れでもしましょうか」
「そうだねー」
本編『薬術の魔女の宮廷医生活』(https://ncode.syosetu.com/n2390jk/)(推理モノ、スピンオフ(?))
本編2『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)(恋愛モノ、馴れ初めの話)
今回は年齢が近い宮廷医生活の方を上に置いています。




