「ざまぁ男の後日談」ー婚約破棄したら、魔王討伐させられました。
書いていたら珍しく女性向けじゃなくなってしまいました。
ラブコメが好きな方は是非見てください。
「レベッカ、君との婚約を破棄させてもらう……!俺は真実の愛を見つけたんだ!」
愛する人を傍らに置いて、公衆の面前で婚約者に言い放つ。
これは俺が主催の夜会にて起こった、衝撃的な出来事。
夜会に来ていた貴族や著名人たちは、何が起こったのかわからずに口々不安を漏らす。
一方で、俺の目の前にいる華やかな照明の光を反射する程に美しい黒髪に、知性を感じさせる凛とした赤い瞳の少女は、婚約破棄を言い渡されたにも関わらず顔色一つ変えることなくそのルビーのような瞳をこちらに向けていた。
この女らしい、面白みの無い反応に呆れつつも……俺「シュルク・アンペール」は今、長年のうっ憤を晴らしとても清々しい気持ちでいる。
――婚約者の「レベッカ・バルニエ」は、とにかく可愛げのない女だった。
顔はまあ合格として、冷静で口が重く、従者や貴族家からの信頼も厚い上、学業では俺より成績が良くて、何故か魔術と剣術まで達者と来た。
女とは男の3歩後ろを歩くものであり、男のはるか先を全力疾走していい存在ではない。
それに比べてどうだ、俺の愛する人「ハリー」は、キャベツとレタスの区別も付かず、か弱くて、守ってやりたい可愛げがある。
ハリーと一緒にいる時、俺は「なぜあんな浅はかな男があの方の傍に」等と囁かれることもない。
……それに、俺は知っている。
このレベッカという女は愚かにも、俺の兄にしてこの国の第一皇子である「ジャック」に心を寄せているとの噂だ。
そして同時に、ジャックもレベッカに惹かれていると思う。
俺は以前からジャックとレベッカが非常に楽しそうに話している所を何度か目にしていた。
これでいい。やっと、心の荷を下ろすことができたのだ。
★ ★ ★ ★
「愚か者め!貴様が勝手に婚約を破棄できる立場だと思ったか!
私に話も付けず数多の貴族が出席する場で……何ということを!」
客間に父上の怒号が響く。
「……申し訳ございません……」
「今すぐバルニエ家へ謝罪しに向かうぞ、訪問の報せは済ませてある。」
「お、お言葉ですが父上!私はレベッカと結婚する気はありません!
それに、王宮に仕える者たちは皆『レベッカ嬢はジャック様の婚約者にこそ相応しい』と噂しております。
私が婚約者でなくとも……もっと、適任がいるではありませんか。」
だんだんと、小さくなっていく声で訴える。
父上はそれを耳にしてため息を溢すと「それができたらどんなに良かったか。」と耳をすませばようやく聞き取れる程の声で呟いた。
俺はその言葉の意味を理解できないまま、レベッカの家へ向かうことになったのである。
「……国王陛下直々に訪問頂けるとは、光栄ですわ。」
薔薇のような美しい唇を緩めながら、レベッカがそう口にした。
「その愚息が多大なご迷惑をお掛けし、誠に申し訳なかった!
この通り、お詫び申し上げる。」
父は俺の頭を手で無理やり押さえつけながら、自らの頭も下げる。
「頭をお上げ下さい陛下。陛下が謝られるようなことは、何一つございません。」
レベッカが言うと、父上と俺は再び頭を上げた。
その時見えたレベッカの顔はあくまでも涼し気で、何を考えているのかわからない不気味さがあった。
「しかし……!この男のしたことは到底許されるようなものではない!大勢の前で、公爵令嬢であらせられるレベッカ殿を辱めたのだから。」
改めて父上の口から出る自分の行いを聞くと、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
あれは、元はと言えばハリーの提案であった。
「今まで沢山レベッカと比較され辱められたのだから、仕返しに」と、わざわざ夜会まで開いて醜態を晒してやったつもりが、王宮では「バカな第2王子がまた醜態を晒した」と囁かれる結果となってしまった。
「こちらにも問題があってのことです、シュルク様が私に婚約破棄を突きつけた原因は昨日聞きました。
『私に可愛げがなく、比較されるのに限界を感じた』と。
お辛い思いをしてきたことでしょう。お可哀想に……!」
目を潤ませながら、レベッカは口を押さえて震える。
泣いているつもりだろうか?こんな演技などに俺は騙されたりしない。
……しかし父上は「なんと慈悲深い……!」と感嘆していた。
「だから、例え国王様に断りもなく、わざわざ夜会を開いて、2ヶ月前に出会った都合よく優しくしてくれただけの女に入れあげ『真実の愛』などと宣った挙句、あんな大勢の前で婚約破棄を突きつけ得意げになられるような醜態を晒す気持ちも……!理解、できますわ。」
やけに早口で言いながら肩を震わせるレベッカ。
……待てよ?この女、口を押さえているがよく見ると笑っているぞ!父上は何故気づかない!?
「ああ……より、好きになってしまいました……」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でレベッカが呟いたような気がして、俺は青ざめた顔をしながらレベッカを見る。
――何か、妙な胸騒ぎがした。
「私は特に意に介していないのですが……父は今回の件で大分憤慨しておりまして、申し入れられた婚約破棄は受けざるを得ないようでございます。ああ、非常に残念ですわ。」
レベッカが伏し目がちで言い放つと、父上は真っ青な顔で頭を下げる。
「本当に……本当に申し訳なかった!何とお詫び申し上げたらよろしいものか……!バルニエ家には昔から世話になっているというのに、この馬鹿息子は……!」
「いいえ、ですから頭を下げないでください。全ては私が未熟故に起こった事。
国王陛下が謝ることなど何一つないのです。」
しかし助かった、どうやら俺はレベッカとの婚約を破棄できるらしい。
これでやっとあの劣等感に苛まれる日々から解放されるのだ。
「ご安心ください、私は……諦めておりません。シュルク様と出会ってからずっと、この方のお傍を離れたいと思ったことはありませんでした。
それはこれからも同じ。シュルク様をずっと、見ていたい……だから、この婚約破棄は一時的なものとお考え下さい。
すぐに……全てが上手く行きますわ。」
レベッカがそれを口にした時、彼女のルビーのような瞳の奥がギラリと光り、炎のような輝きを見せた気がした。
★ ★ ★ ★
「うーん、清々しい昼時だ!」
学園の裏庭で、言いながら伸びをする。
いつもならばこの昼休みの時間、レベッカが手料理を持参して空間移動魔法を使い俺の前に押し掛けるのが日常だった。
それは誰といようと、何処にいようと関係なく起こり、いくらハリーとこっそり昼食を楽しもうとしても時に壁から、時に床から現れては
「どうぞ、お食事を共に」と言って涼し気に笑うのだ。
しかし、もうあの女が現れることは無い。
俺はハリーを昼食に誘おうと彼女の教室を訪ねたが見つからず。
しばらくうろついていると、屋上で見てはいけないものを目にしてしまった。
「あ~ん、ジャック様、私炎魔法が上手く使えなくってぇ、教えて欲しいですう」
妙に体をくねらせながら、ハリーがジャックに懇願している。
ジャックの傍らにはレベッカが座っており……何やら、ノートの見せあいをしているようだった。
「諦めない」と言っておきながら、やはりレベッカはジャックの元に行くんじゃないか。
……しかしこれは、今に始まったことではない。
大分前から、あの二人の話は合うようでよく顔を合わせては楽しそうに話し込んでいた。
なんでも特定の生物への関心が高いとか何とかで、それを語るための交換日記までしていたと聞く。
インテリ同士は惹かれ合う、何も不自然ではない。
俺からしたら良く解りもしない生物の話で盛り上がれる気持ちは理解できないが……あの二人からしたら楽しい話題なのだろう。
だが、今重要なのはそこではない。
何故俺の愛するハリーがジャックに腰をくねらせながら迫っている?
「ハリー!」
我慢ならず、声を上げながら3人に近付いていく。
ハリーは俺の顔を見ると顔を歪めながら「げっ」と声を漏らすのだった。
「ハリー、俺という者がありながら何をしているんだ。」
「えっとぉ……?ジャック様に魔法を習おうと思ったんです。」
目を泳がせながら答えるハリーに、どこか違和感を覚える。
「兄上はどう見ても……その、レベッカ嬢と憩いの時を楽しんでいるだろう、邪魔してはいけないよ。」
レベッカとジャックの顔がまともに見れず、俺はハリーの腕を引こうとする。
するとハリーは大げさに「いやあ!」と声を上げた。
「!?」
思わず手を放し、何もしていないぞと言わんばかりに両手を上げてアピールしてみせる。
「ひどい……昼休みになるといつもそうやって乱暴に私を攫っては、人目の無い場所で弄ばれ……!
あんな大勢の前での婚約破棄だって私は止めましたのに、シュルク様が無理に強行したせいで私まで陰口を叩かれることになりましたのよ!もう限界です、二度と私に関わらないで!」
大粒の涙を流しながら、ハリーは駆け足で屋上から去っていく。
「な……誤解だ!彼女の言っていることは……!」
手を上げたまま俺が2人を見ると、レベッカとジャックは意に介した様子もなく微笑んでいる。
「勿論、でたらめだと解っていますよ。私たちはシュルク様の味方です。」
「大方彼女は君ではなく……レベッカ嬢の恋人に興味があったのだろうね。
きっとレベッカ嬢から男を奪うのが彼女にとってのステータスなんだ。」
レベッカが冷静に言い放ち、ジャックが興味深そうに分析する。
よりにもよってこの2人にこんな現場を見られたことが屈辱で、俺は平静を装うことに必死だった。
「そ……そうかよ。ふん、別にあんな女……!遊んでやっただけさ、気にしてない。
お楽しみのところ邪魔して悪かったな。」
今できうる最大限の笑顔を向けると、二人は笑顔のまま
「いいえ。私達、とある生物の話をしていただけですからお構いなく。」
「俺達を見かけたら今後も気軽に声をかけてくれ。」
と、口にした。
また、「とある生物」の話か……本当に好きみたいだな。
別に、ジャックとレベッカの興味を惹くものを理解できなかったのが悔しい訳じゃない。
単純にこのインテリ共が何に夢中になっているのかが気になって
「前から気になっていたんだが、そのとある生物とやらって何なんだ」
と尋ねる。
するとレベッカは口を覆いながらジャックと顔を見合わせ
「駄目です、とても……口にできるものでは。」
と笑い交じりに答えた。
ジャックも少し笑いを堪えるように震えている。
(そうかよ、馬鹿にしやがって。)
こちらには到底理解できない代物だと言いたいようだ。
気を悪くした俺は少し早足で屋上から退散した。
―――そして、それが俺が平穏に学園生活を送れる最後の日となった。
「ねえ聞いた?シュルク様ったら大勢の前で得意げに婚約破棄を言い渡したとか……」
「宮廷料理人ですら舌を巻くレベッカ様の料理を不味いと触れ回ったらしいわ……」
「面倒な仕事は全てレベッカ様に押し付けて愛人と遊んでいたって聞いたけど。」
俺が生徒の前を通り過ぎると、生徒達は俺を見ながら噂する。
……しかし、否定しようにも奴等の話していることは事実だった。
なんなら今までどうしてこの悪評が外に洩れなかったのかが不思議なくらいだ。
大方、俺に愛想を尽かしたレベッカがぽつりぽつりと不満を口にしたのだろう。
実際に自分のやってきたことだ、軽蔑されても仕方がない。
しかし王宮でも学校でも、俺の肩身は狭くなるばかり。
「馬鹿息子」、「兄と違って……」そんな今までに何度も何度も聞いてきた言葉が耳に刺さる。
ハリーとはあの後全く話していない。
たまたま鉢合わせた日には、ゴミを見るような目を向け立ち去ってしまう。
「真実の愛」等存在しない、あったのはただ利用された、その事実のみ。
婚約破棄の一件で、俺を支持していた層は皆離れていった。
彼らは俺を支持していたのではない、「人望に厚いレベッカの婚約者支持していた」のだ。
ハリーも支持者もレベッカを見ていたというのに、勘違いして本当に惨めだ。
……破滅。
その言葉が脳裏をよぎった。
聡明な婚約者を笑顔で捨て、女に騙され、自分の過去の行いに苦しめられる。
頭を抱えたいような気持ちと、当然の報いだという諦めが心の中で混ざり合いぐちゃぐちゃになっていた。
……「真実の愛」というワードが浮かんだ時、俺はふとレベッカとの出会いを回想した。
…………
……
7年も前のこと、俺は親戚の開いた茶会に無理矢理参加させられていた。
ジャックは茶を好んだが、俺は好きになれず……こんなこまごました菓子類をつまむより肉を頬張った方が幸せだと辟易していた頃、
レベッカがスカートの丈を持ち上げながら俺に声を掛けたのだ。
「初めまして、シュルク殿下。私レベッカ・バルニエと申します。」
一目見た時から思っていた。
この女は落ち着き払っていて、どこか不気味な奴だ、と。
「ああ、第二王子のシュルク・アンペールだ。挨拶ご苦労。」
関心無く言い放つと、レベッカは興味深そうに俺を見つめて、離れようとしなかった。
「ずっと……ジャック殿下を眺めておいでですね。」
「兄上はどうしてあんなにも人の関心を集めるのかと不思議に思っていたのだ。
大人たちは皆、兄が未来の王だと確信して周りに集まり……俺には目もくれない。まるで、蝋燭の明かりにたかる蛾みたいだと思わないか?」
俺のひねくれた一言に、上品なレベッカが柄にもなく声をあげて笑う。
「な……何だよ!」
「……いえ、言い得て妙だ、と感じたのでございます。
ジャック殿下はまさに下心を持って寄ってきた者を焼き尽くす、あの齢にして聡明な方ですわ。
しかしシュルク様に興味を持つ人間だって、中にはいるでしょう。
少なくとも私は……より人間らしいシュルク様を眺めていた方が楽しいです。」
俺はただレベッカに興味を持ってもらったことが嬉しくて、愚かにも彼女を気に入ってしまった。
それからというもの、茶会や催しでレベッカを見つけては話かけ続け……
同時にレベッカもまた、俺を気に入ったようだった。
「レベッカ、俺と婚約するぞ!お前はずーっと、兄上ではなく俺を見るんだ!
そして侍女に負けないくらい俺に尽くせ!」
地獄の縁にいるとも知らず、俺はご機嫌にレベッカに言いつけると、1輪の花を渡す。
……兄が以前、母上に花を贈ったときに教えて貰った。
「贈る花には、言葉がある」と。
だから俺も、レベッカに意味のある花を贈った。
庭に生えていた中から、1番綺麗に咲いていたシロツメクサを差し出したのだ。
レベッカは雑草を差し出されたにも関わらず、憤慨することなく……どころか、微笑みながらそれを慈しむように見つめて
「いつも、貴方様を想っております。これからも、ずっと」と呟いた。
……
……後から聞いた話だが、当時10歳だったレベッカには、既に婚約の申し出が多数あったのだという。
きっとあんなしょぼい花など霞むほどの贈り物だってされた筈。
そんな彼女が、あんな……たかが、雑草を渡されてどうして喜んでいたのか俺にはわからない。
いや、どうせ俺が王族だったからだ、深い理由など無いだろう。
……だが……振り返れば、俺をずっと見てくれていたのはレベッカだけだったような気がする。
いや……見てくれた、というよりは途中から「見られていた」という言葉が適当だったような気もするが……
レベッカはきっと、これからジャックの妻になるのだ。
俺には何の関係もない。
心の中で呟くと、今日も自室に籠った。
★ ★ ★ ★
レベッカと婚約破棄をしてから、数週間が経った頃、俺は学校で恐ろしい噂を耳にした。
なんでも、「レベッカが俺に復讐する為に黒魔術を勉強していて、呪い殺そうとしている」のだとか。
まさか、あのレベッカが……と首を振った瞬間、脳裏にこれまで自分がしてきたことが浮かんでくる。
レベッカの胸を壁と馬鹿にしたこと、剣の稽古中に不意打ちを仕掛けたこと、
茶に唐辛子を混ぜたこと……他にも挙げればきりがない。
……今までの仕打ちを思えば、積もりに積もった不満が溢れてこちらに殺意を向けてきても不思議ではないだろう。
いや、いっそ今殺してくれた方がいいのかもしれないな。
宮廷では「シュルク様がアンペールの名を語るのを許していいのか」等と議論されていると聞く。
城を追い出されて路頭に迷う前にひっそり殺めてくれれば楽になれそうだ。
そんなことを考えながら通路を歩いていると、地面からニュッと見覚えのある黒髪が現れた。
「っぎゃああああああああ!」
俺は情けない悲鳴を上げながら逃げ出す。
「殺してくれた方がいい?」「殺めてくれれば楽になれる?」詭弁だ、やはり死ぬのは怖い。
できうる限りの力で足を回すも、運動神経の優れたレベッカに簡単に追いつかれてしまう。
「お待ちください!」
レベッカが襟の後ろを掴むと……首が絞めつけられる苦しさで俺の足は止まった。
「な……なんだレベッカ……何か用か……?」
苦しみに堪えながら尋ねると、レベッカは俺から手を放して得意げに
「私この数週間、高名な魔導士に教えを乞うて黒魔術を会得したのでございます!」
と満面の笑みで言い放ち、俺の反応を期待するかのような眼差しを向けてきた。
「え……あ、そう……?」
もう、殺すなら殺してくれ……そんな諦めの感情から自暴自棄に答えると、レベッカは少しもじもじした後にもう一度
「私、あの会得が最も困難と言われている!黒魔術を!会得したのです!」
と、まるで子供が必死に何かを伝える時のように握った拳を振りながら訴える。
……もしかして……褒めて欲しいのか……?
……俺……今からその黒魔術で殺されるのに……?
「はは、すごい……偉いね、流石。」
俺が言うと、レベッカは本当に嬉しそうににっこりと微笑んだ。
いつも冷静で表情の硬い彼女が歯を見せて笑うなんて……相当復讐の日を楽しみにしていたに違いない。
「それで、その黒魔術は何に使うんだ?」
真っ青な顔で尋ねると、レベッカはその言葉を待っていたと言わんばかりに
「シュルク様を操るのです!」
と、無邪気に口にする。
「あや……つる……?」
逃げるような暇もなく、レベッカが魔法で召還した蔦に縛られ……
彼女は禍々しい黒いオーラを放ちながら何かを詠唱すると、俺の額に触れた。
「うっ……」
額に焼けるような痛みが襲った後……自分の体から追い出され、それを俯瞰して眺めているような感覚に支配される。
「ああ……シュルク様。私が魔導士の元で修行していた間、きっと学校や王宮の者に蔑まれ、悲しい思いをしたことでしょう……!
ひとえに自業自得ではありますが……なんと、なんとお労しい!」
体の自由が効かずに困惑している俺を、レベッカが抱きしめる。
そして俺の体はそれに応えるようにレベッカの体を抱きしめ返した。
嘘だ……本当に操られている。
「待て待て、これからどうする気だ!?」
声は自由に出せるようだ。俺がレベッカに尋ねると、彼女は俺の腕の中で
「シュルク様はこれから……英雄になられるんですよ。」
と、恍惚とした表情で言い放った。
「……は!?」
★ ★ ★ ★
――体の自由を奪われたまま訪れたのは、国から禁止区域に指定されている竜の巣がある場所だった。
「大丈夫、国王陛下から足を踏み入れる許可は得ています!」
ああ成程、「竜と勇敢に戦って戦死した」って形で処理されるのか、俺。
レベッカに差し出された防具一式を着こみ、剣を握ると、俺はレベッカの操るままに走らされる。
そして、龍の吐く炎の息を避けながら、羽を――
羽を落としたら、首を――
そうやって次々切り落としていき、竜の血飛沫を感じながら魔法で奴らの身を焼いていく。
魔力まで自在に操れるのか……!?
驚愕している間に、俺は竜の大軍を殲滅してしまった。
「……あれ、生きてる……」
震えた声で、呟く。
レベッカは少し離れた場所から高揚した様子で「素晴らしい!」と言いながら拍手をしている。
「最近竜が人里に降り立ち悪さをするとの情報が入っていたらしく……討伐者を募りましたが誰も声を上げなかったそうです。
シュルク様がそれを退治したとなれば、きっと評価はうなぎ登りですね!」
こちらにゆっくり歩いてくると、レベッカは俺とハイタッチをする。
……もしかして、レベッカは俺が婚約破棄したことを本気で意に介していないのか?
下がりきった俺の評価を上げる為に、必死で黒魔術を勉強して……!
こんな馬鹿な男の為に、そこまでしてくれたのか。
「レベッカ……ありがとう、嬉しいよ。君がそこまで俺のことを想ってくれていたなんて……!」
「勿論です。私は……ずっと、貴方様を想い続けると、そう約束致しましたから。」
暫し、見つめ合う。
「レベッ……」
「それでは次に参りましょうか!」
俺がレベッカの名を呼ぶ前に、そんな不穏な言葉で遮られる。
「つ……ぎ……?」
――その後、俺は数々の討伐命令が出ている禁止区域を回っては、レベッカの操るままに魔物達を倒していった。
読めたぞ、厄介払いをさせられた挙句、最後は無惨に殺されるに違いない。
俺の予感は当たっていたのか、数々の魔物を討伐した果てにやってきたのは……魔王城だった。
「よく来てくれた、勇者よ」
魔王と思しき男は威厳たっぷりに俺たちを迎え入れると、蝙蝠のような大きな翼を広げ、身も凍るような笑みを浮かべる。
魔王の操る闇の魔法を光の魔法で打ち消すと、果敢に魔王の元へ駆けていき、奴の首元に剣をかざす。
そこで、俺の意識は飛んでいった。
―――気が付けば、俺は拍手の音に包まれていた。
「はっ!?」
見ると、謁見の間に大勢の人間が集まり俺を祝福している。
目の前には、満足げな表情を浮かべた父上が座っていた。
「シュルク、見直したぞ。あの魔王を討伐してしまうとは……!
レベッカ嬢を信じて送り出した甲斐があったというものだ!」
魔王……討伐……?
え、俺が……?
血の気の引いた顔で、俺はゆっくりと右を向く。
するとレベッカが口元を抑えながら、目に涙を滲ませ震えていた。
しかし俺は気づいている、泣いているのではなく……レベッカは今まさに、笑いを堪えているのだと。
「シュルク様、ばんざーい!」
「シュルク様に栄光あれ!」
何が何だか分からぬままに、「魔王を討伐した男」として祝福され――
「は……はは」
そんな、乾いた笑いしか出てこなかった。
★ ★ ★ ★
「ああシュルク様、何もわからないままに伝説の勇者になられてしまうなんて……お可哀想!本当に本当にお可哀想ですわ!」
謁見の間を離れると、俺の自室にてレベッカが恍惚とした笑みを浮かべながら言う。
「いや、どう考えてもお前のせいだろレベッカ。」
「はい!私どうしてももう一度シュルク様と婚約を結びたく……父の機嫌を取るためには、やはりシュルク様の名誉を回復するのが1番だと考えたのです。」
俺の隣に座り、優しく微笑むレベッカ。
「……どうして、そこまでバカな第2王子に拘る。お前程のいい女なら、兄上のような完璧な人間と共にいる方が有意義だろう。」
顔を伏せながらいうと、レベッカは小さく、そして優しく、「そういう所ですよ」と返した。
「……え?」
「人は、自分に無いものを他人に求めるのだと言います。
しかし私には……無いものがありません。」
寂しそうに語ってはいるものの、要するに「自分は完全無欠の人間だ」と言っているようなものではないか。
「唯一あるとすれば、それは愚かに揺れる人の情……わかりやすく言えば、シュルク様の言うような『かわいげ』や『人間味』になると思われます。
……貴方様には、それがある。」
優しい声で言いながら、レベッカは俺の髪を撫でる。
細くて白い、綺麗な指が触れ、少しくすぐったい。
「初めて貴方様にお会いした時、皮肉を言って笑ってはいたものの……誰も自分を見ようとしない寂しさやジャック様への劣等感を強く感じたのです。
……その時、思いました。」
『なんて、可愛らしいお方なのでしょう。』
「貴方様は実に愚かで、寂しくて、劣等感の塊のようなお方……でも同時にそれが人間らしくて、美しい。
触れれば壊れそうな程に弱い貴方様を、見つめていたい……守りたいと、強く思うようになったのです。」
俺は血の気を引いた顔で、ただ呆然と全てを聞いていた。
……しかし、レベッカの言っていることは何一つとして理解できない。
ジャック程頭脳明晰であれば、彼女の言うことを理解できたのだろうか。
「『私をずっと想って』シュルク様が下さったあの1輪のシロツメクサで……私の興味は、恋に変わりました。
あの時から、これからも、永遠に。お慕い申します、シュルク様。」
天使の様な笑みで言うレベッカに、俺の心は絆される。
彼女の言っていることは理解できないが、恐らく俺を好いてくれていることは間違い無いのだろう。
「……俺もだ、レベッカ。色々失って初めて分かったんだけど、俺のことを見てくれているのは今も昔も君だけ。愛してるよ。」
俺たちは抱き合うと、暫しお互いの体温を感じていた。
そして、レベッカが俺の顔に自分の顔を近付けると、そっと目を閉じる。
……しかし、口に触れる感触は何も無く、代わりに耳元にレベッカの息を感じた。
「私から、逃げられると思わないで下さいね……」
耳元で囁かれたその言葉を聞いて、俺は再びこの女に心を開いたことを酷く後悔したのだった。
★ ★ ★ ★
――学校の屋上で、レベッカはジャックとノートを交換する。
「……最近、いましたか?面白い『人間』」
ジャックのノートを眺めながらレベッカが尋ねる。
「いやあ、この前炎魔法の教えを乞いに来た彼女……凄く面白いよ。
非常に愚かで、俺には到底考え至らない嘘ばかり吐くんだ、見てて飽きなくてね……そちらは?」
「色々めぼしいのはいましたが……極上の『人間』がいつも傍におりますから、それと比べると霞んでしまいます。」
レベッカは頬を染めながら、気恥しそうに言う。
「解るよ、本当に俺の弟は……この上ない『人間』だ。」
2人はふと、幸せそうに笑みを零す。
「見たかい?シュルクのあの顔……勇者と呼ばれる度に顔が青ざめていくんだ。」
「勿論、いつも間近で見ておりますわ。ああ、本当に可哀想……まあ元はと言えばシュルク様が悪いのですが……」
そして、2人はため息を吐き
「「また、酷い目に遭わないだろうか……」」
と、ほぼ同時に呟いたのだった。




