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平民に転生した元公爵令嬢の、地味だけど効く復讐

作者: 藍沢 理

 王城の謁見の間に通された私は、十年前に見たきらびやかさとは裏腹に、いまはいろあせて見える金色の装飾と、ひんやりとした大理石の床を見下ろしながら、内心で苦笑を禁じえなかった。


 十年前、私はこの場所で「国家反逆罪」という濡れ衣を着せられ、処刑台へと送られた。その時、冷たい眼差しで私を見下ろしていたのは、婚約者だったレオンと、親友だったソフィアだ。


「お待ちしておりました、アンナ殿」


 玉座から立ち上がったレオン。いまや国王となった彼は、疲れきった顔で微笑む。その隣には、王妃となったソフィア。彼女は不機嫌そうに扇を揺らしていた。


 平民の商人に頭を下げる王。十年越しに目にするその光景は、滑稽なまでに歪んでいた。


「恐れ多いことでございます、陛下」


 慇懃無礼にならず、決して卑屈でもない。完璧な商人としての立ち居振る舞いで、深々と頭を下げた。この十年で身につけた商人としての立ち居振る舞いは完璧だ。


「単刀直入に申し上げる。我が国の財政を立て直すため、そなたの力を借りたい」

「まあ、陛下。こんな平民風情に頭を下げるなんて」

「ソフィア、黙っていろ」


 王妃を一瞥したレオンの目に、昔はなかった疲労の色が滲む。

 ああ、そうか。望んだ地位を手に入れても、幸せにはなれなかったらしい。


「具体的には、どのようなご要望でしょうか」

「税収が年々減少している。そなたが開発した『保存食』の製法を、国に譲ってもらいたい」

「なるほど。軍事物資としてお使いになるおつもりですね」


 私の言葉に、レオンが目を見開く。平民の小娘が政治を理解していることに驚いているのだろう。

 当然だ。かつて公爵令嬢として、この国の政治を学んでいたのだから。


「理解が早くて助かる。対価は――」

「金貨一万枚でいかがでしょう」


 王妃が息を呑んだ。レオンも絶句している。


「そ、それは……国庫にそれほどの余裕は」

「存じております。ですので、十年の分割払いで結構です。ただし」


 私は顔を上げ、初めてまっすぐに二人を見据えた。


「年利は複利で計算させていただきます。それと、王室御用達の称号をいただきたく」

「それは……」


 レオンは躊躇する。王室御用達となれば、私の店の権威は揺るぎないものになる。でも、他に選択肢はない。それは彼も分かっているはずだ。


「陛下、よくお考えください。私の保存食があれば、軍の遠征費用は三分の一に削減できます」

「本当にただの平民なのか、そなたは」


 レオンの呟きに、私は商人の笑顔で応えるだけ。

 ソフィアが苛立たしげに立ち上がった。


「レオン様! こんな小娘の言いなりになる必要などありませんわ!」

「では王妃様。他に財政を立て直す案がおありですか?」


 私の問いかけに、ソフィアは言葉を詰まらせる。

 あるはずもない。この女は見た目の美しさしかなく、前王妃である私の母から教わった王妃教育もまともに身につけていないのだから。


「……分かった。そなたの条件を呑もう」


 レオンは深く息を吐きながらそう言った。その声に、かつての威厳は微塵も感じられなかった。


 私は再び深く頭を下げた。


「ありがとうございます。きっとご期待に添えるよう、尽力いたします」


 謁見を終えて退出する際、私は振り返らなかった。

 もはや過去は、私を縛る鎖ではなくなっていた。


 彼らは知らないだろう。保存食の原料である特殊な香辛料を扱っているのが、私の店だけだということを。

 これから十年、彼らは私に頭を下げ続けることになる。


 王城の門を出ると、涼しい風が頬を撫でた。


 これで復讐は終わり。あとは、私の新しい人生を楽しむだけ。


 振り返れば、王城が夕日に染まっていた。

 かつて私を処刑した場所が、いまは私のビジネスの相手。民が困窮しない程度に搾り取ってやろう。


 これほど愉快な復讐があるだろうか。

 踵を返して、商店街へと続く道を歩き始めた。


 明日も忙しくなりそうだ。王室御用達の看板を作らなければ。


 気づけば、口元に笑みが浮かんでいた。



(了)


超短かったですねっ!

濃縮して色々すっ飛ばして書きました。サクッと読んで頂けたと思います。

よろしければ、ブクマしていただいたり、★いただいたりすると、作者がくるくる回って喜びます。

お読みになっていただきありがとうございます。

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