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第4話

あれから数日。


ミソラとライコはどこかぎこちない。

ミソラは普段同様、普通にしているのだがライコが変だ。

ふとした時に背中に視線は感じるのにミソラが振り返るとスイっと視線を避ける。

いつもなら鬱陶しいくらい纏わり着いてくるくせに、あまりミソラに触れなくなった。

まだ怒ってるのだろうとミソラは思い、悲しくなる。


この島で人間に唯一危険な存在はあのワニだ。

ミソラが考えた通りワニがいないのはあの高台の水場だけ。ライコは遠いがそれであの水場を使っているのだという。


「ミソラに言うのを忘れてた俺が悪い」


ライコはソッポを向いて言っていたけれど、自分も疑問に思ったのなら聞けばよかったのだ。

タバコの匂いなど気にしないで、いつものように寝床で『臭い』とライコに文句を言われながら一緒に眠れば良かった。

そう言ったらライコは機嫌が悪くなったのか飛んで行った。


ミソラは途方に暮れていた。どうしてライコを怒らせてしまうのかわからない。怒るライコをどう扱っていいのかもわからない。

戦うのは得意だが、軍では命令を聞くことが全てだった。

絡んでくる奴は無視したし、直接危害を加えようとした奴らはぶちのめした。

喧嘩をするほど親しい友人はいなかったから、こんな時の仲直りの方法などミソラにはわからない。


ライコに噛まれた左肩が引き攣るように微かに痛む。

力なくうな垂れていると耳が聞き慣れた音を拾った。

瞬間的にミソラは顔を上げる。

極彩色の鳥たちが梢を揺らし一斉に空へと飛んでいった。


(あれは!?)


ゴーーッという低い唸り。

空を見上げてミソラは必死に音の正体を探した。そして見つけた影に慄く。

ミソラの顔にかかる影は軍用機のもの。機体のマークは――。


ミソラは走り出した。力が抜けそうになる足を叱咤しながらジャングルへ飛び込む。

馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ!

今までなぜ放っておいた!

早く海に切り捨てておけば良かったのだ!


「ライコ……ライコ!」


ミソラの必死な呼び声に樹上からライコが降ってくる。

「どうした?!」と聞くライコにミソラはしがみ付いた。

広い背中に抱きつくと少し安心出来たが、ミソラの指先は知らずに震えていた。

ミソラの異常な様子に、ライコも驚きながら強く抱きしめ返す。


「ライコ……」

「ミソラ?」


おそらく軍は発信機を追跡してきたのだ。

発信機はミソラの右腕の骨に埋め込まれている。

埋め込んだ時は臆病者共と内心せせら笑っていたのだが、今になってコレに脅えさせられるとは皮肉なことだ。2日前に捨てた腕時計のように簡単に破壊することも出来ない。今更ミソラが右腕を切り落としたとしても、すでにこの辺りだと目星をつけられているならいずれ遠からず見つかってしまう。


嫌だ。戻りたくない。


ミソラはこの島に居たかった。

ミソラを純粋に求めてくれたのはライコだけだ。

例え今気まずくてもミソラはライコの傍にずっと居たかった。

軍になど、息をして生きているのかわからなくなるあの生活になど戻りたくない!



(――しかし、軍がこの島に上陸したら)



奇跡のようなこの島は人の手によって簡単に壊される。

動物達は追われ、森は資源として伐採され、調査という名目で山や土壌が深く抉られる。

その尊さを認めようが認めまいが、それだけ戦争という荒廃に晒された世界は喘いでいるのだ。


そして、とミソラは目を閉じた。


ライコも必ず利用されるだろう。

超人的に強いライコ。彼を知れば軍が放っておく訳がない。

素質のある彼に鎖を付け肉体を改造し意思を奪う。ライコが抵抗すればそんなことさえ奴らはしかねない。

ライコは血に塗れた醜い争いの場へ否が応でも引きずり込まれるだろう。


許さない。


想像の中でさえ瞼の裏が真っ赤に燃えた。

絶対に許さないともう一度心に刻む。

それは自分が死ぬことより辛いとミソラは思った。自分が死んでもそれだけは阻止してみせるとミソラは思った。

そこでやっとミソラは自分の気持ちの変化に気が付く。

ミソラは決意を込めてライコを見上げた。


「ライコ、迎えが来た……」

「ミソラ?」


ライコの青い目が好きだ。ボサボサの長い金髪もライコには良く似合う。

ミソラは踵を上げてライコの頬に手を伸ばした。

ライコも不思議そうにしながらミソラが届くように腰を屈めた。


「私は帰る」


ライコの頬がピクッと強張った。

ミソラはその動きを宥めるように微笑んで手を這わす。


「今までありがとう。忘れない」

「ミソラ、なぜ?あの音を出す鳥か?嫌だ」


ライコが歪んだ表情でミソラの手首を掴み、背中を木の幹に押し付けた。

出会った時の様だとミソラは笑った。

お互いの表情はあの時と逆だけれどとミソラはまた笑う。

本気で怒ったライコの顔も今のミソラには愛しかった。


「どこにも行かせない。ミソラは俺のつがいだ」

「ライコ、聞け」

「駄目だ」


ギリリと力を込めたライコにミソラの手首は悲鳴を上げた。怒りの炎を目に宿し顔を近づけたライコ。

同じ高さで視線が合った。

ライコの与える痛みが自分への執着の強さだとミソラは思う。だからミソラは笑いながら言った。


「ライコ。これではお前に口付けが出来ない」


ライコがピクンと力を抜いた。

ミソラはそのまま目を閉じ、ライコに唇を重ねる。何度も角度を変え思いをこめて唇を食む。

彼の唇を丁寧に舌先で舐めると、驚いて固まっていたライコもミソラの唇を舐め返してきた。

自分の真似をしてくるライコが可愛くて仕方ない。

ミソラがライコの硬く閉じた歯列をそっと舐めて口を開けるよう促すと、ライコはミソラを強く抱きしめ舌を甘噛みしてきた。


(勉強熱心)


そう思って少し唇を離して笑ったミソラにライコはムッとすると、むさぼるように唇を押し付けた。

いつの間にか自由になった両手でライコを抱きしめ、彼の背中の大きさを確かめる。

許した口内にライコの舌が入ってくるのをミソラは喜んで迎え自分から舌を絡めた。

一度舌を引いたライコも少しづつミソラのように舌を絡め、2人の口付けは深くなっていく。

自然とライコの手がミソラの体を探っていたが、それでいい。

忘れない、絶対に。ライコにもミソラの事を覚えていて欲しい。



息が上がったライコとミソラは唇を離して至近距離から見つめあった。

ライコの瞳が熱を帯びている。

その目を見ながらミソラは微笑み、涙が零れるのを感じていた。

軍用機の音が戻って来たのかまた近づいてきた。

確実に自分を探している。ミソラはもう時間がない事を知った。


「お前が好きだ。だけど私は行かなければならない」

「俺が好きなら傍に居ればいいだろ?!」

「違う。好きだから私は行く」


ライコには意味がわからないだろう。好きだから行くなんて矛盾している。

だがミソラはわからなくていいから彼に伝えておきたかった。彼を守る為ならどこで死んでも悔いはない。


「ミソラわからない」


はたしてライコは困惑していたが、真剣な顔でミソラを見下ろす。


「ミソラは何に苦しんでいる?」

「苦しくはない。私は私のために軍へ戻るだけだ」

「嘘だ。ミソラは泣いている」


ライコの大きな指がミソラの涙を掬い取り、ゆっくりとその指を口に含んだ。

「海の味」と鋭い目に見つめられて、ミソラは顔を下げた。

ライコの青い目を見続けていれば口から「行きたくない」と出てしまいそうで怖い。


「私を見るな」

「ミソラ?」

「――もう行かなければ。ライコ。元気で」


もう一度だけ。

ミソラがライコを抱きしめる。ライコの体が大きすぎて、この手に全てを抱きしめられない事が悔しい。ミソラは精一杯の力を込めてライコの肌の感触を覚えると、温かい胸に口付けを一つ落とす。

ライコに赤い印を付けるとミソラは「ではな」とスルリと身を離してあの崖に向かって歩き出した。


見晴らしの良いあの崖ならば軍もミソラを発見しやすい。

ミソラには軍用機に収容されてからしなければならないことがある。

ミソラの体には右腕に発信機がつけられているのと同様に、左胸に超小型の高性能爆弾が埋め込まれている。

自国からの逃走防止と敵国への最後の攻撃手段。2つの意味を持つそれをミソラは今、心から感謝した。

例え拘束されるような状況でも、奥歯の下に仕込まれたスイッチを押せば爆発させられる。

この島から離れた場所で情報を知る者ごと軍用機をミソラは海に沈めるつもりだった。


涙はもう零れない。

これから向かうのは戦場なのだから。



「許さない」



だが、数メートル歩いたところでミソラはまたライコに強く拘束された。

「崖で軍を待つ。放せ」と暴れるミソラを無理やり抱えて、ライコに連れて来られたのは寝床のツリーハウスだった。

ライコは荷物のようにミソラを床に放り投げると、痛みに呻くミソラにかまわず部屋の隅の天井を押した。するとそこに四角い穴が開く。

ヒョイと梯子も無しに上に上がったライコは、しばらく天井裏を歩き回っていたが、やがて穴から顔を出しミソラに向かって手を伸ばした。

疑問だらけの不可解なライコの行動を見ていたミソラもその手を掴んで上へ上がる。


「な、に?」


その光景にミソラは目を疑った。

このツリーハウスに不似合いな広い屋根裏があるとは思ってもいなかった。

しかしそれよりも。

大きな書棚に並ぶ専門書の数々。壁一面に機械が何台も並び、しかも起動している。

大きな机の上には数台の小型コンピューターや書きかけの書類が散乱していた。

「よし」と机の上を物色し始めたライコの口調はのほほんとしたものだったが、ミソラは激しく動揺していた。


「ラ、イコ。これは?」

「父が使ってた。死んでからは俺が」

「はぁ?」


ミソラに似合わぬ間抜けな声が出たのは仕方ないだろう。

ライコは「狭くて頭ぶつけるんだよな」と文句を言いながら、目の前で機械をいじりはじめた。


「嘘だろ……」


呆然とするしかないミソラにライコが古びたノートを投げてきた。


「父がお前のつがいにと残したものだ」



ライコは作業に戻ってミソラを振り向きもしない。

ミソラはため息をついてノートを開いた。

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