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第3話

意外なことにライコは綺麗好きだ。

暑いからもっともだが一日に何度も水浴びをする。


「ミソラ、行こう」


ミソラの返事も聞かず、ライコはミソラの腰に腕を巻きつけヒョイと抱き上げた。

いくら体格が違うといってもすごい力だ。


「ライコ!自分で歩けるといつも言っているだろう?!」

「ミソラは遅いから駄目だ」

「ではせめて背負え!」

「え~~?」


何が『え~~?』だ、とミソラは思ったが「それじゃミソラの顔が見れない」と口を尖らせるライコに不覚にも動揺してしまった。

ライコはミソラにストレートに好意を示す。

人から久しく好意を向けられていなかったミソラは、それが思った以上に嬉しいのだけれど怖くもあった。

いつかライコも自分を嫌うのではないか、要らないと捨てるのではないかと思うと怖くて怖くてどうしていいかわからなくなる。


島の奥、高台に湧いた水場にミソラはいつも連れて行かれた。

いつものようにミソラを降ろすと、ライコは腰に申し訳程度に巻いたボロ布をさっさと取り一目散に水に飛び込んだ。ミソラを構ったりしない。

何度も水に潜り楽しそうにしているライコを眺めてから、ミソラも木の下で服を脱ぎ始めた。


ミソラは汚れることには慣れている。だが恋人でもない男と一緒に裸で水に入るというのは出来れば遠慮したい。

最初に連れて来られた時にミソラはライコに交代で水浴びしようと提案した。

だが、頑固なライコはこの水場で一緒にとミソラの希望を跳ねつけた。

困惑はしたがライコに逆らう気がなかったミソラは、思い切って一緒に裸で水を浴びるようにしていた。

羞恥心は感じるが、ライコの視線はミソラから離れている事が多いし邪なものは感じられない。

それに年上としても、軍人としても内面は子供そのもののライコに裸ごときで恥らってたまるかと思う気持ちもあった。

ミソラのなけなしのプライドだったのかもしれない。

ミソラは洗濯もこの時一緒に済ませるようにしていた。


今日も水場で別行動になる筈だったのだが。


いつもは感じないライコのジッと見つめる視線を背中に感じた。

振り返ると案外近くにいた青い瞳と目が合う。ミソラの心臓がドキリと鳴った。

ミソラはそれを気のせいだと誤魔化し、さりげなく肩まで水に浸かった。


「何?」

「ミソラ少し伸びたな」


ライコはザブザブと近くまで来るとミソラの黒髪を摘んだ。


「切ってないからな」


我ながら可愛くない答えだとミソラは思う。

ライコは徐に頭上の木に手を伸ばした。ミソラが思わず息をつめる。

ライコはそんなミソラに気づかず何度もポキリと手折った赤い花をミソラの頭に飾っていく。

挿し損ねた花が水面を赤く彩った。


「ミソラの黒い髪には鳥の羽より赤い花が似合う」


青い瞳が真剣にミソラを見つめた後、その眦がゆっくり垂れる。

満足げに笑うと、ライコはミソラの肩に口付けを落としてそう言った。


「やっ!」

「ミソラ?」


ライコは急に身を翻したミソラに目を丸くしていた。

この程度のスキンシップなど普段と変わらない。なのにミソラは少女のように赤くなりライコの顔を見れない自分に困惑していた。

馬鹿な!それだけがミソラの頭を支配する。


「さ、先に上がる!」


狼狽したミソラは背を向けたままザブリと水から上がるとムンズと服を引っつかんで駆け去った。

「変なミソラ?」と残されたライコは首を捻るばかりだった。




その夜はいつになく蒸し暑かった。

父が作ったと誇らしげに語ったライコの高床式のツリーハウスは風通りが良かったが、彼の腕に抱き寄せられて眠っているのでは意味がない。

ミソラの上に乗った重い腕を持ち上げようとすると、ライコの眉間にシワが寄り反対の腕で抱き直されてしまった。

ミソラの眉間にもシワが寄る。


「ライコ、生理現象だ。どけろ」


その言葉に「う~~~っ?」と唸り、ようやくライコはミソラを放す。

眠りが浅いなら早く放して欲しいとミソラは思ったが、言っても無駄なので黙って地上に降りた。

鳥たちが眠ったこの島は今は小動物の活動時間だ。ネズミやモモンガなどが森では活発に動いているだろう。


「”楽園”か――」


平和な島だ。

人間が来ることも無く、危険な動物もいない。手付かずの自然がそのまま残っているこの状況は確かに奇跡だ。

島の外へ出れば、まだまだ戦争の爪あとが残る国はたくさんあるというのに……。

ミソラは久しぶりに外の世界を思った。


(軍はどう動いているだろう。私を探しているだろうか?)


ここに来た頃は、早く戻らなければと思っていた。しかし今のミソラは軍に戻りたいとは思わなかった。

ライコと2人の生活は心地良く、久しぶりに”楽しい”という感情をミソラに思い出させてくれた。

それだけに、軍の迎えが来るのではないかとミソラの不安は日ごとに増していった。


胸ポケットに大事にしまってあった最後のタバコを取り出す。

「変な匂いがする」と嫌がるライコの前では吸えないから、ミソラはこうして1人になった時だけ吸うようにしていた。

カチリと火をつけ胸いっぱいに煙を吸い込む。

口に広がる苦さがタバコのせいか気持ちのせいか、ミソラにはわからなかった。




「さて……」


ラスト1本を吸い終え、ミソラは自分の腕に鼻を近づけクンと嗅いだ。

微かなタバコの移り香が今夜はやけに気にかかる。


(そういえば、北の方にも水場があった筈だ)


ライコと一緒に遠くから見たその水場はここから比較的近い。

いつもの水場より水がやや濁っているから飲用には向かないだろうが、ちょっと水を浴びる程度なら問題ないだろう。

蒸し暑さにウンザリしていた事もあり、ミソラはライコに黙って水場へ向かった。

夜目は利くので暗い森を歩くのは怖くない。この島に大型の肉食動物がいない事もミソラを大胆にさせた。

さほど歩かずに到着した水場は、静かな水面を月明かりに煌かせていた。


スルリと全裸になり、武器と服を一纏めにして木の陰に置く。


爪先で水を撥ね上げ、気持ちよさにミソラは笑った。

水を掻き分けそのまま腰の深さまで数m進む。

汗ばんだ体に水をかけている時、ようやくミソラは異変を感じた。

月明かりに光る黄色い双眸。向こうから悠々と水面を進んでやってくる大きな影がある。



(――ワニか?!)


ミソラはすぐさま反応し岸へ向かう。戦闘時に覚えのある警鐘が脳内に鳴り響いた。

武器は陸だ。さすがに素手でワニには適わないだろう。

ワニは獲物を水中に引き込む。強靭な顎に噛まれれば腕や足の一本は覚悟しなければならない。脳が急所だと言われるが、ミソラには狙って殴打する自信もなかった。


なんとか岸にたどり着き武器に手をかけた所で背後に水音を聞いた。


(間に合うか?!!)


振り向きざまに剣を抜き、迫るワニの鼻面を渾身の力で弾く。


「ナイフでワニ退治とは荷が重いな」


思ったより冷静な声が出たが、ミソラは内心焦っていた。

一度捕食に失敗したせいでワニは怒り狂っているようだ。

退路を素早く確認する。ナイフで威嚇し前方を睨みながら素早く後退するが、ミソラという獲物を諦めきれずワニは追ってきた。

ミソラは前方のワニと足元に全神経を向けていた。

だから横からもワニが迫ってきていることに気づくのが遅れた。


(な?!もう一匹だと?!)


ミソラの目が月明かりに光るワニの牙を見ながら驚愕に見開かれる。

駄目だ、やられる。

そう思ったときミソラの体は勢い良く後ろに引かれた。ワニの口がバクンと空で閉じるのが見えた。


「――ミソラ」

「ライコ?!」


ミソラは状況に頭が追いつかない。

ライコはミソラを抱えると数メートル先の太く高い木の上に軽々と登った。

ミソラの心臓はバクバクと落ち着かないが、危機は去ったと安心する。何か言わねばと強張った顔で振り返るとライコはミソラを冷たく睨んでいた。

何故ここに?と言う間も礼を言う間もない。

ライコはそのままミソラの剥き出しの肩を容赦なくギチリと噛んだ。


「あっっつ!」

「――俺に黙って北へは行くなと言った」


ミソラの肩には大きな歯型がつき、破れた皮膚には血の珠が浮かんだ。

ライコはその血を痛みを感じるほど何度も舐めた。


「あれに噛まれていればこんなものでは済まない」


痛い目に合わされているというのに、ミソラはライコに何も言えなかった。

ライコの言う事が正しいからだ。

その時になってようやくミソラはライコに言われたルールを思い出した。

南側では自由にしていいこと。水浴びは一緒にここでということ。

基本的にライコはミソラの行動を縛ったりしない。そんなライコが制限する意味をミソラは深く考えていなかった。


(ワニがいるからか……)


ミソラは自分の考えの足りなさを恥じた。

「悪かった……」と心から謝るミソラにライコは何も答えない。

しかし抱えるライコの腕に力が入ったから、ミソラもライコの背に手を回した。ライコの温もりにミソラの中で何かが動く音がする。



「……少し待って」


やがてライコは脅える様子もなくワニがいる中にヒョイと飛び降り、ミソラの服を掴むとすぐに木の上へ戻ってきた。

ライコに抱えられたままミソラは寝床へ連れ戻される。

おしゃべりなライコが口を開くことはなく、しかし朝までミソラをその腕から放してはくれなかった。

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