第1話
※R15です。性的な描写があります。
「……チ」
ミソラは四肢を枝に引っ掛け、体を安定させると唸った。
落下した時に右の手首を捻ったようだ。こんな時にと悪態を付く。
じっとりした暑さと、まとわり付く湿気、鼻腔に感じる潮風、そして見下ろした周辺に群生する植物でここが南方の島だという予測は付く。
東に戻る予定だったのだが、とミソラは左手で胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。
(さて、どうするか)
事の起こりは転移陣の誤作動が原因だ。
以前から転移先が狂うという事故は300回に1回程の割合で起きていたのだが、科学者達が躍起になって研究しても今だに改善策は見出せなかった。
ミソラ自身も7年間で2回だけ誤作動を経験したことがあったが、今回のように空中で放り出されたのは初めてだ。
幸い簡易パラシュートを装備していた事で何とかなったが、なければ死んでいた。
言ってもどうにもならないだろうが、帰ったら科学者どもに抗議しようとミソラは思った。
ギラギラと焼き付くような日差しに目を細め、逃げたカラフルな鳥たちが森へ戻ってくる姿を眺めて紫煙を吐き出す。
吸殻を携帯灰皿にねじ入れると、ミソラはベルトからサバイバルナイフを引き抜き、絡まった簡易パラシュートのロープを切った。
邪魔な荷物を先に地面へ落とし身軽になってから真っ直ぐな幹を伝い降りたのだが、右手首の激痛にバランスを崩す。
(くそっ!)
ヤバイと思った時には遅かった。ミソラは自分の身長の3倍以上ある高さから再び落下した。
掴まることの出来る枝はないかと四方に手を伸ばすが、ツルリとした幹に枝などない。
仕方なく衝撃に備えようと身構えたミソラの体はドサリと何者かに受けとめられた。
驚きつつバッと相手を確認したのは身に染み付いた習性か。
真っ先に目に入ったのは右腕に巻いた極彩色の鳥の尾羽。次いで目が合ったのはデカイ20代前半と思われる男だった。
金色の髪は伸び放題で無造作に外へと跳ね、二重瞼の大きな青い垂れ目がミソラを見つめている。
肌は褐色に良く焼けているが顔立ちはアングロ・サクソン系かと思われた。
男の引き締まった裸の胸には鈍い銀色のドッグタグが揺れており、ミソラの体に回された男の腕もひどく逞しいものだった。
(何者?同業者か?)
ミソラが口を開く前に男は無邪気な笑顔を見せた。口元の緩みきった心からの笑顔だ。
グイッとミソラを立たせると更に大きな口を開けて笑い出す。
男は160cmのミソラより50cmは頭の位置が高かった。2m越え。見上げるほどデカイ。
「天から、降りてきた、よな?」
男は低いハスキーボイスでそう言うと、答えようとしたミソラの唇を行き成り塞いだ。
強い力で首を押さえられ、避ける事も出来ない。
「は、んっ!……ん!……あむ……!」
乱暴に強く唇を押し付けられミソラの口内は舐め回された。
技巧なんてどこにも感じられないただ苦しく不快なだけの幼稚な口付けだ。
それだけでも噴飯ものだが男の手はミソラの胸をガッシリと鷲掴みにすると遠慮ない力で揉み始めた。
服の下にも手を入れられそうになり痛みに呻きながらミソラはキレた。
(このっ!)
男の股間目がけて蹴り上げようとしたミソラの足が空を切る。男が素早く身を離したせいだ。
吊るしていたホルスターからミソラも素早く銃を抜き、男の額に照準を合わせた。
「ふざけるな。誰だ、貴様は」
男は銃を見てもキョトンとしただけで口元の唾液を拭うと笑いながらミソラに近づこうとする。
「動くな。撃つ」
ミソラは決して油断などしていなかった。しかし。
男の大きな体が沈むと視界から一瞬で消え、気づけばミソラの右手首ごと銃を握りこまれていた。
突然襲った痛みにミソラが悲鳴をあげた隙に銃を奪い取られ、背後の断崖絶壁から捨てられる。
ミソラは鋭く睨んで男から距離をとった。今度はサバイバルナイフを引き抜き構える。
男は「怒ってるの?」と笑っていた。
(なんだ、ヘラヘラとこの男は。狂人か?)
警戒し構えを解かないミソラに男は笑いながら言った。
「ようこそ、”楽園”へ」
「あぁ?!」
ドスの利いた声を出したミソラに男が怯むことはなかった。益々嬉しそうに笑うと男は両手を大きく広げた。まるでミソラに飛び込んで来いと言わんばかりだ。
男とミソラは無言でしばらく距離を保っていたのだが、先に男が両手を広げたままの姿で眉をヘニャリと下げた。
来ないの?と言いたげな瞳が潤み口がへの字になる。男は手を下ろそうとしては、考え直したかのようにまた広げ直していた。
泣くのを堪えた様な男の表情にミソラは困惑した。本当になんだこいつは。これではまるで子供のようではないか。
心の迷いに剣先がぶれる。
その瞬間、男は前へ飛び出しミソラのナイフの柄を叩き落とした。
「な?!」
驚くミソラに構わず、男はミソラの腕を掴むと自分の胸に引き寄せた。
デカイ男に体重をかけて抱え込まれてしまえば、ミソラに逃げ出す術はない。
裸の胸から顔を離そうともがくうち、男の腕の尾羽がミソラの頬を傷付けた。
「あ~あ」と呆れたように声をあげた男に舌で傷を嬲られ、ミソラは鳥肌を立てる。
「何をする!離せ!」
素足をブーツで踏んだ時に男が顔を顰めたのは見えたが、クルリと向きを変えられミソラは背中を木の幹に押し付けられた。
そのまま地面から持ち上げられ、両足の間に男の足がねじ入れられる。
逃れようと身を捩るミソラの腕を片手でまとめ、男は鋼のような力で放そうとはしなかった。
「まるでヒクイドリだな」
一人頷く男の顔は涼しげで、真っ赤になって抗っていたミソラは息を吐いて動くのを止めた。
ミソラの力が抜けると、男も拘束の力を弱めてくれる。
瞳を覗き込まれ視線をそらすと顎をつかんで引き戻された。ミソラの黒い瞳と男の青い瞳がお互いを計ろうとするように交わった。
「夜の色だ」
どこか期待に満ちた声色で男はミソラの髪留めを外す。
「止めろ」というミソラの制止はまるで聞いていない。
ハラリとミソラの黒髪が肩甲骨まで滑り落ちた。まとめていた癖がつき、緩いカールを帯びた黒髪を摘んでは放す。
しばらくその手触りを楽しむと、男はにんまりと笑った。
「髪も夜の色」
男の手がミソラの軍服の襟を掴んでボタンを引き千切った。制止する間もない。
男はミソラの鎖骨を撫で、その下に続く胸にも触れる。ミソラの胸に置いた自分の手をジッと見ながら不思議そうに言った。
「俺と違う白い肌」
「……あっ!」
男はミソラの胸の頂をゆっくりと擦ると、次にミソラの唇に触れた。
待ちかねたように指を噛もうとするミソラを笑い、男は腕から手首へと拘束の場所を変える。
ギシリと力一杯握られ、捻った右手首から脳天を貫く痛みが走った。
もう一度大きな悲鳴を上げ開いた口内に、男は無遠慮に指を入れるとミソラの舌を力を込めて掴み出す。
「噛むのは駄目。わかった?」
楽しそうに告げる男の瞳に悪意は感じない。それが無性に怖く冷や汗を流しながらミソラは頷くしかなかった。
男は頷いたミソラを「いい子だね」と目を細めて褒め、舌へ柔らかく指を這わし始めた。
舌や歯や唇を丹念に何度も指で辿られて、ミソラは嘔吐と眩暈を起こしそうになるのを必死に堪える。
やがて満足したのか男はミソラの唾液まみれになった指を引き抜くと舌でペロリと舐めた。
「ここは花の様に赤い」
頭に花が咲いてるのは貴様じゃないか、とミソラは言い返したくて出来なかった。
男がミソラの顎に伝った唾液を舐め取り、目の前で花がほころぶように笑って宣言したからだ。
「待っていた。俺の番」
ミソラは真実眩暈を起こした。