(3-2)
私が帰らなかった年の冬のことだ。クリスマスと年末年始が近づき、街に出れば楽しそうなカップルと家族連れが目につく季節になった。このひとの気分は孤独に塗りこめられ、ギザギザにささくれ立った。
その気持ちは私にも、ほんの少しだけ共感できた。マサヒコを失った後、もしも調理の仕事に巡り合っていなければ、このひとと同じところまで堕ちていたかもしれないと思うのだ。
多くの購買客に手ごろな価格で美味しい食事を提供しようと、工夫を重ねる毎日の作業は私の正気を保ち、心身の健康をもたらしてくれた。食べものに関心を持てるうちは、人は死ぬ気にならないものだと知った。夢中で生きた年月だった。いま、私には気に入った仕事があり、マサヒコとの思い出があった。なんと言ってもこのひととは、そこが大きな違いだ。
以下は、あくまでもこのひとの言い分だ。
日課となった気晴らしのドライブ中、先行車の二人が〈やけにイチャイチャしている〉ように、このひとには見えた。目障りだった。無性にムカついた。実際は車体に当てるまでもなく、例の黒くて大きな外国製のSUVを、スレスレに寄せて追い越しただけのことだ。凍結路のせいもあって、先行車は嘘のように呆気なくダム湖に落ちて行った。その一瞬だけ、スッとして気分がいいと感じた。
バックミラーの中で落ちてゆくそのクルマは、軽ワゴンのように見えた。そのときすでに、好ましくない予感があった。案の定、翌日のローカルニュースで、このひとは知りたくもない事実をいくつか知った。
ダム湖に落ちたクルマはやはり軽ワゴンで、乗っていた高齢の夫婦は宅配業務中だった。国民年金だけでは不足の生活費を稼ごうと、働き続ける夫と同乗して手伝う妻。予想とは違ったが、やはり仲むつまじく、イチャイチャしていたに等しいカップルだった。
このひとはその二人を、謂われもなくダム湖に葬った。山道には街頭カメラなどなかった。目撃者どころか通行車両の一台もなかった。逃げたらいいじゃないの。耳の奥でささやく声が聴こえた。もっともだと思ったので、救助も通報もせずに走り去った。苦い悔恨と罪の意識は、後から芽吹いた。ほんのちょっぴりだけど。
「気の毒なことをしてしまったと、思ったんですか?」
あなたでも。人並みに。あとの二語は敢えてつけ加えずに呑み込んだ。
ところがこのひとの返答は、まったく意表をついて奮っていた。
「あら。ぜんぜん。気の毒なんて思わないわよ、あの人たちのこと。そもそもあんなふうに長生きしたのが、イケてないんだものね。年金が足りないなら、がんばって生きようとするのはやめにして、終わりにしたらいいのよ。ダラダラと粘るのは美しくないっていうか、みっともないわ。わたしはイヤよ、お年寄りとかシニアとか呼ばれながら、もっと長く生きていようとするなんて。
あれはね、言ってみればわたしのミステイクだったわ。軽ワゴンかもしれないって気づいたときに、すぐにやめればよかった、落ちる前に。そうしなかったことが悔しくて、でもびっくりするほど簡単に相手は落ちてしまって。なんてドジな成り行き。罠にハマったみたいだった。スマートに避けられなかった自分が赦せなくて、落ち込んじゃったわけよ。
想い人に先立たれた者は後を追うように早世するって言い伝え、聞いたことある?それってとってもステキだと思わない?なんて美しい逝き方かしら。だってそうでしょ?長く一緒にいれば、千年の恋も醒めるときが来るのよ、いつかは。醒めた後の残骸を見ないで済むなら、どちらかを早めにdeleteした方がよっぽどいいと思わない?失ったほうが恋しさは募るものだわ。千年の恋は振り出しに戻って、残された者とともに生き続けるのよ」
delete?
キーボード上にあるその語の意味が、ひどく恣意的に応用されていることを、私の脳が受け入れるまで少しの間が必要だった。deleteだって?私のマサヒコも?かつて私のマサヒコにしたことなど、すっかり忘れたような澄まし顔で、ひときわ優雅にコーヒーカップを口に運ぶあのひとを、私は強いまなざしで見据えた。できる限り強く。そして、静かに問いかけた。
「あなたの逃げムコさんも、deleteなさったんでしょうね、当然」
「あら。まあね。あんなオトコですもの、きちんとお片付けしなくちゃ、気持ちがワルくてしょうがないわ」
「いままでに何回やったんですか?たまたま目についたカップルを、deleteしたんですね?いったい何人くらい?」
「あら。何回もなんてやってないわ。そんな人聞きの悪い言い方しないでよ、アガタさんたら。だいたい知ってるでしょ。あ。去年のアレは知らないんだわね、そうでしょ?でも、知らないのはそれひとつよ」
あのひとが、事もなげに言ってのけた去年のアレ。
軽ワゴンの高齢夫婦をダム湖に転落させて以来、久々の衝動に駆られて引き起こした激突だった。どうしてだか。どうしようもなく。抑えきれないなにかのせいで、ぶつけたくなった。気分のままに、そうした。
ところが相手のクルマも、それなりに大きくて頑丈な輸入車だった。年式はごく新しかった。大破したのは、十年近くも愛用して酷使を重ねてきた、このひとのクルマの方だった。当人も重傷を負った。相手のクルマの損傷は少なかったが、若い母親と幼い子どもが命を落とした。残された父親は、いまも入院中だ。
淡々と語りながら、あのひとは錠剤のシートをいくつか取り出した。指さし確認をして数え、プチプチと音立てて薬の粒を摘まみ出し、口に含んだ。
「なんの薬ですか?」尋ねた私に、
「えーと。これは抗生剤でこっちが消炎剤、それと痛み止めね」
言いながら鎮痛剤を四錠も口に入れ、水で流し込んだ。心配したわけではないが、訊かずにはいられなかった。
「どこか、痛むんですか?」
余興マジックの種明かしでもするように、あのひとは肩にかけたケープをひらりとめくって見せた。左肩から肘にかけて、痛々しく大きなギプスで固定されていた。
「この辺の骨がね、バキバキ折れちゃったのよ」
なにが可笑しいのか、さも可笑しそうにあのひとはクスクス笑っている。言われてみれば、肘から手首までの皮膚に生気がなく、動きも不自由そうだ。いままでまったく気づかなかった。平気そうに見せているが、これでは着替えるのも指輪をつけるのも、痛いことだろう。
「旅行には不向きなコンディションのように、お見受けしますけど」
皮肉を込めて言ったのに、あのひとはさらりと受け流し、楽しくてしょうがないことを思い出したというように、またクスクス笑って見せた。
「ほんとはね、まだ病院にいなくちゃならないのよ。外泊ダメって言われたから、こっそり抜け出して来ちゃった。スゴイでしょ」
「それじゃ、後でうんと叱られそうですね」
「はいはい。叱られるのはもうたくさん。兄からガミガミ小言を言われたし、ケーサツの人からもたっぷり説教されたの。すごい罰金取られて免許停止になっちゃったし。クルマもオシャカになったから、まあしょうがないけど。というわけで、わたしにはもうなんにもないの。輪蔵場町にいる理由がなくなったと、気づいたわけよ。
だからこの際思い切って、よそに移ろうと決めたの。アガタさんが住んでる街に行ってみたいって、前から思ってたし。だからね、ほら見て。会社の口座とか例の貸金庫とか、出せるおカネを全部出して持ってきたのよ。あった方が断然いいでしょ、おカネっていうのは」
あの人は右手で無造作にグッチのキャリーバッグを引き寄せ、ファスナーを少し開いて中を見せた。札束が詰め込まれてあった。
「三十三個あるわ。なかなかのもんでしょ」
三千三百万円。銀行員だった頃には珍しくもなかった金額だ。けれどこんなふうに銀行ではない場所で、カフェテリアのような開かれた場で目にしたのは、初めてのことだった。渇望にも似た震えを覚えた。
「ステキな眺めでしょ」
あのひとはグッチのキャリーバッグのファスナーをピタリと閉じた。
「ええ。ステキですね。ずっと持っていらしたの、重かったでしょう」
自分の口調が心なしやさしくなっていると気づいて、嫌悪を感じた。カネのチカラ。押し流されそうな自分。縣ファミリーの威光。これでは輪蔵場町にいた頃とまるで同じだ。
展望台に昇りたいと言い募るあのひとの顔色は、よく言うところの土気色だ。たしかに街を歩きまわるより、病院のベッドに横たわっているほうがふさわしい。相当に辛いことだろう。それでもあのひとは楽しそうにハイテンションだ。エスカレーターの前のステップに立つ私に、しきりと話しかけてくる。
とりとめなく続くおしゃべりの端々に、小さな真実の欠片が散りばめられていたと、後になって気づいた。私が知るこのひとのおしゃべりと言えば、深刻そうな大法螺とアホらしい小法螺が入り混じった世迷言の類だ。どこからどこまでが本気なのか、線引きのむずかしいところが厄介だった。
だから大部分はスルーして聞き流した。以前はそうしたほうがよかった。でも、今回は違った。聞き流してはいけないと思った、直感的に。聞き取れたかぎり、覚えているかぎりを、記録しておく。
話のついでのように、往来商事はもう存在しないと打ち明けられた。最初の娘である自分に甘かった父親の死去が、〈運の尽き〉の始まりだった。後を継いだ兄は、ごくつぶしの妹の行動に厳しい監視の目を向けた。端的に言って、カネを出し渋った。最小限の生活費しかくれなかった。兄は〈働かざる者食うべからず〉の実践者、つまりケチだった。
なんといってもこのひとに、〈自分の命運もついに尽きたか〉と覚悟させたのは、去年のアレの被害者だった。妻子を亡くして重傷を負った若い父親は、めそめそと嘆いているだけの人ではなかった。職業は刑事事件を専門とする弁護士で、自ら戦う人だった。
入院中の身であっても、彼は精力的に調査を進めていた。長年にわたって自分はアガタクリコじゃないと、言い張ってきたこのひとの周辺には、不穏なウワサがまとわりついていた。折しも、絶対的な庇護者であった父親は不帰の人だった。このひとをガードしていたバリアは、だれかが触れるたびにパラパラと剝がれ落ち、もはやバリアの体を為さず、全壊寸前だった。
「これ重たくてしんどいわ。アガタさん、持ってくださる?」
言いながらあのひとは、昇りエスカレーターの前ステップに立つ私に、グッチのキャリーバッグを押しつけた。受け取って段差を越えるために持ち上げた。ずしりと重かった。
グッチのキャリーバッグを、というより三千三百万円を手にした私の姿を眺め、ホッとしたように微笑んだあのひとは、そのままふわりと後ろに倒れた。後ろにはなにもない。下方に、延々と続く昇りエスカレーターのステップがあるだけだ。
あのひとは後頭部から落下して、長いステップの中段あたりに激突した。首がぐにゃりと捻じ曲がった不自然な姿勢のまま、昇るエスカレーターの動きに逆らい、ごろごろと落ちて行った。人の身体というよりは、大きなボロ人形のようだった。
長いエスカレーターは昇り続けている。私も為す術なく昇ってゆく。後続する人々は皆、巧みに避けてくれた。さっきまであのひとだったボロ人形は、昇り口の床にあり得ない体勢で横たわり、ぴくりとも動かない。巻き込まれて落ちた人はいなかった。あのひと、一人だけだ。
驚きと安堵と、どちらが勝っているかわからない、ため息が漏れた。すべてが終わった。あまりにもあっけなかった。展望台のあるフロアに立ちつくした私は、突然グッチのキャリーバッグの重さを意識する。
三千三百万円の重さ。これだけのおカネがあったら、一体なにができるだろう。働いて自活しては来たけれど、実を言えばいつもおカネは不足していた。大きな借金はしないで済んでいるが、その秘訣は質素な生活、ただそれに尽きた。
グッチのキャリーバッグが微かに揺れた。エスカレーターから、転落事故の現場から、遠ざかろうと促された気がした。素知らぬ顔で。いつもの歩調でさり気なく。だれもオマエを知らない。オマエとあのひとにまつわる、関りも因縁も知らない。だれひとり、知るわけがないのだ。
ぐらりと傾きかけたとき。すぐ近くで小型犬の吠える声がした。通行人のショルダーバッグの中から、チワワが顔を出して吠えている。私に?なぜ吠えるの?飼い主は慌てた様子で足早に去っていく。
イヌ。似ても似つかないけど、安兵衛。あの飼い主は私を見た。グッチのキャリーバッグを持っている私。落ちて行ったあのひとから受け取ったキャリーバッグだ。安兵衛。マサヒコ。チワワの飼い主は私を見た。こんなにも大勢の人がいる。だれも見ていないなんて、あり得ない。
そんなこと、あり得ない。
私の返答を聞いて、グッチのキャリーバッグは黙り込む。ショック状態から脱し、冴えてきた私の耳は、その沈黙に企みの気配を聴きつける。なにか、ヘンだ。
三千三百万円の誘惑を論破しようと試みる。これほどの大金を、実際あのひとはどこから持ち出して来たのだろう。往来商事はもうない。あのひとはもう社長じゃない。自由になる口座もない。カネを握っているのは、厳しくてケチな兄なのだ。
盗んで来たに違いなかった。
頼んでも融通してくれない兄に見切りをつけ、その会社のカネを横領して来たのだ。あの貸金庫の中の、十個くらいの引き出し。表向きは親族からの預かり資金。怪我人の身で重い現金をわざわざ私のもとへ運び、見せつけた。欲しくなるように。グッチのキャリーバッグを私に持たせ、自分はステップを踏み外し、落ちて行った。ひどく満ち足りた表情で。私がグッチのキャリーバッグを持って立ち去るに違いないと確信し、勝ち誇った笑みを浮かべて。
これくらいのおカネはもらって当然、と私は考えるべきかも知れない。マサヒコの死によって人生を狂わされた慰謝料としては、少なすぎるくらいだ。償いたい、とあの人は考えたのだろうか。
そんなバカな。
そんなしおらしく、殊勝な思考回路を持っているはずがない、あの女は。刑事弁護士の妻子を死なせてしまったために、もう後がないと観念したのだ。ただ、疲れてしまっただけかも知れない。いずれにせよあのひとは私のことを思い出し、巻き込んで道連れにしようと決めたのだ。
犯罪者という、同じ穴のムジナに私を貶めることが目的だ。そうすれば、自分が死んだ後も私は決して自由になれない。逃亡中のアガタクリコからカネを奪った、もっと卑劣なもうひとりのアガタクリコとして、蔑まれ続ける。
どこから来たにしてもこのカネの履歴のどこかには、私の名前が浮かび上がる仕掛けが為されているに違いない。もしかしたら現住所と身分も。グッチのキャリーバッグの中に詰め込まれた三千三百万円は、そのときが来ればアラームを発し、十和田毬子に盗られたのだと泣き叫ぶ。
これは、あのひとが仕組んだ罠だ。
眼下のフロアに人が集まり始めていた。警備員らしき人物もいる。私は大きく手を振って合図を送り、下りのエスカレーターに乗った。スマホを取り出し、119番通報をした。オペレーターの指示に従い、十和田毬子と名乗った。落ちたのは自分の古い知人で、縣九里子という人だと告げた。年齢や職業や現住所は知らない、出身地だけが同じ輪蔵場町の縣九里子さんです。
言いながら、自分をアガタクリコと呼ぶ人はもういないのだとしみじみ思った。清々しいのに、ほんの少し寂しいような気がした。でも、ほんの少しだけ。だって私はもう、アガタクリコじゃないのだから。
安兵衛に会いたい。
無性に会いたいと思った。すぐにも会いに行こう、これが済んだら。この転落事故にまつわる一切が、すっかり片づいたら。




