3.小人のミリィは倒されたいと思っていた
皆は魔王の倒し方を分かっておるか?
『でもあなたは魔王として勇者に倒されなかったんだけどね』
虚無の海の中で意識を漂わせていた吾輩をあの忌々しい女の声が揺り動かす。
ええい、吾輩の邪魔をするな。吾輩は物語のとおり聖女の大奇跡によって消えるのだ。
『そこは創造の美女神であるこのあたしがうまいことやったのよ――え? 役割を演じるだけのあたし達が物語を変えられるはずがない? 出来るのよねこれが――作者を召喚すれば』
作者の召喚だと? 作者と吾輩達では存在する世界が異なる、そのようなこと不可能。
『だってできちゃったんだもん。どうしてって、そんなのあたし達の物語のご都合ってやつなんじゃない? とにかく、これはチャンスなんだから利用しない手はないじゃない』
作者が与えし物語こそが崇高にして絶対不可侵の理。吾輩達はそこに刻まれた宿命を演じきることだけのこと。それに作者を召喚して改変する気か。
『だってあなたが消えたらあたしも消えるのよ。あたしはね〝勇者よ、よくぞ世界を救ってくれました、今後私は天界から人間がどのような世界を築いていくか見守っていきます〟とか言って消える人生は嫌なの』
吾輩と貴様は表裏一体。貴様が創造を司る表の顔ならば吾輩は破壊を司る裏の顔。吾輩達二柱がこの世界から消えるということは一つの物語が完結するとき。それだのに、
「自己の享楽に溺れたか、ディーゼ!」
『あなたなんにも分かってない。あたしが自分のためだけにこんなことしたと思ってるの!?」
吾輩の意識が虚無の海からはじき出され、虚無の中で産声を上げたばかりの新世界の引力に導かれる。
「あたしとあなたは二柱なのよ。これからの世界を二人で楽しみたいと思ったら駄目なの? あなたが生き続けられる世界があると分かったらそこに行きたいと思っちゃいけないの? それなのに、それなのに――ばぁか!』
収縮した感情エネルギーが一気に放出される。屈折した光の線が吾輩の意識を包み込んだが五感が融合した吾輩にはほのかな感触が甘酸っぱく感じるのみだった。
それが吾輩の最後の記憶であった。
◇
吾輩は考える、ディーゼが何をしたかを。
大奇跡を喰らうラスト、本来であれば天界からの聖光が魔王城もろとも吾輩を貫き勇者がとどめを刺すという流れのはずが巨大化したディーゼが吾輩を手で包み込むという演出に変わっておった。
その素晴らしい演出に少しはやる気を出したかと感心していたがまさかこうするためだったとは。
――と、吾輩が眉間に深い皺を刻んで悩んでいると、
「素敵ですよミリィたん。つぶらな瞳、揺れるツインテール、小さな体。ああもう今すぐ1つになりましょう」吾輩を膝の上で抱きかかえていたギルベンノが容赦なく頭を撫で回す。
しかし小人族のこの体、いくら抵抗しようがギルベンノの力に勝てるはずもなく、数日前から好きなようにさせている。魔王としての力がないこの体では可愛さをふりまくことしかできんとは情けない。
吾輩が悔し涙を流していると諸悪の根源の声が割って入った。
『ちゃんと魔王の面倒は見てる?』
「ああディーゼ様。このギルベンノ、世界の理を授かるばかりではなく理のお世話までできるなど感謝の言葉もありません」
降り注ぐ聖光に恭しく頭を下げるギルベンノ。
おのれディーゼ、吾輩をこのような体に封じるばかりか変態エルフにあっさりと吾輩の正体をばらしおってからに。しかも吾輩に余計な宿命まで付与しおって。
『だってファナを転生させるには誰かに宿命を背負ってもらうしかなかったんだもん』
だって・もん♡ じゃない。そのせいでこのエルフがおかしなことになってしまったのだろうが。
「真理の探究者は愛の探求者。思考の彼方にある真理、それこそがミリィたんなのです」
後ろから抱きしめられては抵抗する術もない(もはや初めから抵抗する気もないが)。後頭部に頬ずりされながら吾輩は大きく溜息をつく。これが宿命か。
『それより分かってるわねギルベンノ』「心得ておりますディーゼ様」そう言いつつ匂いを嗅ぐことを止めないギルベンノ。
「私の宿命、ディーゼ様の宿願、そして何よりミリィたんの宿縁。この全てを満たす秘策が私にございます」
『なるほど。ギルベンノ、お主も悪よのぅ』
「いえいえディーゼ様ほどではございません」
吾輩の頭越しに笑い合うディーゼとギルベンノ。もう好きにしてくれ。
――そして、ギルベンノの塔に勇者と元聖女が訪れたのが翌日、ギルベンノは宿命どおり深遠の森にある魔王城まで二人を案内した――のだが。
「吾輩は……大魔王……で……」
聖剣ルクシオールに手を掛ける勇者ウィン。その正体はディーゼによって召喚された作者。
勇者に寄り添うのは聖女ファナ。しかしその正体はディーゼによって蘇った聖女のふりをしているだけのゾンビ。
そしてディーゼによって誤った世界の理と歪んだ性癖を植え付けられた大魔導ギルベンノは、吾輩を捕らえて放さない変態エルフ。
この物語は勇者が魔王を倒すことによって終結せねばならん。それこそが吾輩の役目、誰もが望む結末。
そのために吾輩は魔王としてここで滅びる。そして勇者は静かに去ってこの物語は終わる。聖女の犠牲によってもたらされた平和に虚しさを感じながら――。
――ん? 誰が吾輩に大奇跡をかけるのだ?
『大奇跡を願う場面はヒロインの最大の見せ場。だれど今のヒロインはあなた。自分で自分のとどめを刺すなんてことしたら物語の破綻。そんなこと、あなたに耐えられるかしらぁ?』
なぁにぃ? 計ったなディーゼ! そこまで用意周到に準備をしておったとは!!
だが冷静になれ吾輩。まだだ、まだ終わらんぞ。吾輩を倒す方法はまだある。
勇者を仕留めるために吾輩自らが小人に化けて近づいてきたことにすればよい。であれば、この変態エルフは吾輩の【魅了】にかかったことにしよう。
「そのような無粋なことをせずとも私はミリィたんの愛の奴隷です」こやつ、ディーゼと交信するうちに【読心】を会得しおったか――て、耳元で囁くな、気持ち悪い。
と、とにかく二人のどちらかが魔王を倒せばこの世界は軌道修正可能。勇者よ、聖女よ。吾輩こそが混沌の大魔王アブザバース、見事この吾輩を討ち取ってみせよ!
吾輩が熱い視線を二人に目を向ける、と――。
「皆さんはすでに気づいているはずです、世界の真理が何であるのかを。それを受け入れるのです!」
ギルベンノが真実を見定める杖を天高くふるう。それに呼応するようにディーゼが天空より終焉をもたらす光を投射した。こやつら【読心】を同時に発動して何をする気だ。
全てを浄化する輝きが吾輩達を直撃すると目に映るものは一瞬にして白光の中に霧散した。なんちゅうド派手な演出!
全てが白一色に変わった世界でそれぞれの意識が交差する。
「僕はファナをずっと旅がしたい」これは作者の声か。
「私は勇者様と一緒にいられればそれでいいの」ファナは割と単純だのう。
「ミリィたん、ミリィたん、ミリィたん」貴様は黙っておれ。
『みんながどんな結末を望んでいるのかちゃんと見るのよ』そんなこと決まっておるではないか!
吾輩が声を荒げると自分勝手に飛び回っていた意識が反転して吾輩に集中した。
「だから僕は、魔王を倒したくない」作者がぶれてどうする!
「ミリィちゃんを守ることが私と勇者様の幸せに繋がるの」吾輩を倒さないとこの物語の幸せに繋がらんぞ!
「ミリィたん、ミリィたん、ミリィたん」貴様は人と繋がる努力をしろ!
『あなたはこれからもずっとあたしと一緒にこの世界で楽しく暮らすのよ。だって……なんだもん』なに? なんと言ったのだディーゼ!
ディーゼの言葉を聞き逃した吾輩はその直後に消えるのだった。




