2.聖女ファナも魔王を倒したくないと思っている
皆さんは人生のやり直し方をご存じですか?
天界へと続く光の柱の中を漂いながら、私は魔王城での戦いのことを思い出してた。
ここにいるってことは、私、大奇跡をきちんと祈れたんだ。
きっと今ごろは私の勇者様が大魔王を倒しているはず。
勇者様とお別れなのはちょっとだけ寂しいけどこれが私の聖女としての宿命、仕方ないよね。
『仕方なくないから。だってあたし、すごくあなたに感謝してるんだもん』
聞こえてくるディーゼ様の声。
『あなたのお陰でアブザバースを封じられた訳だし。あいついちいちうるさいのよね。やれ作者の物語から逸脱するなとか、吾輩達が秩序を維持しなければこの世界は崩壊するとか』
え? ディーゼ様って大魔王とお知り合い?
『お知り合いというか、あたし達ってこの物語の二柱って感じ? いまいましいけどどちらが欠けてもこの物語が消えちゃうのよね』
すみませーん、私にはちんぷんかんぷんなんですけど。
『こっちの話だから気にしないで。そんなことより感謝の印としてあなたにやり直し人生をプレゼントします。ただ、大奇跡を使ったあなたをもう一度聖女には出来ないんでそれだけは許してね」
それが一度目の人生で私が聞いた最後の言葉でした。
◇
私のやり直し人生は勇者様がこの世界に転生してきた直後の時間から始まった。
今の私には聖女の加護はないけれど、勇者様にもう一度会える、勇者様とまた一緒に冒険ができる、私にはこれだけで十分。
格好だけは聖女に見えるよう修道服に着替えると、脇目も振らずに出会いの町へと一直線。
で、町は素通りして背後にある小さき森へ踏み込むと、記憶どおりの場所にゴブリンの洞窟を発見。
今は昼間、夜行性のゴブリンは洞窟の中で寝静まってる。ごめんねゴブリンさん、私と勇者様のためにちょっとだけ大人しくしててね。
聖鈴を取り出した私はそれを手にはめる。うん、ディーゼ様の言うとおり手に馴染むし攻撃力もありそう。
確信した私はイゾイデがやっていたように足を開いて重心を低くすると、息を吐いてへその下に意識を集中し――洞窟の入口に向かって――せいっ! と氣を飛ばす。
ドガーン! まるで爆裂魔法でも撃ち込まれたかのように入口が木っ端微塵に吹き飛んだ。
すごい、これなら勇者様のお役に立てること間違いなし、と私が喜んでいると頭の中にディーゼ様の声が届いた。
『新しい体、気に入ってくれたようね』
はい、この体、控えめにいってもサイコーです。
『なんだか聖女ってより武闘家みたいなんだけど――それより分かってると思うけど、さすがのあたしもあなたを生き返らせることはできなかったの。だから死んだまま動けるようにしてるわけ。つまり今のあなたはゾンビ、100%の力を出し続けてたら体が壊れちゃうんだからね』
はい、難しすぎてちんぷんかんぷんですけど新しい加護は私にとってはサイコーということは分かりました。ゾンビだから声が出せない? 大丈夫です、勇者様への愛があればっ!
『ゾンビを維持するには条件があって、今のあなたは大奇跡使用後だから大魔王と役割を替えてるの。だからあいつを倒したら――って、あたしの話聞いてる?』
まだディーゼ様の説明が続いてた気がするけど、早く戻らないと勇者様が出会いの町が来てしまう。早く行かなくちゃ。
出会いの町、ここで本当は勇者様の最初の冒険が始まるんだけど私が洞窟の入口を塞いでしまったから勇者様がこの町に来ても何も起こりません。なので町の危機に駆けつけるはずだった剣聖イゾルデ・インシュタットと氷結の魔女マギザ・マギエンはここには来ません。
イゾイデはドラゴンハーフの力持ち。すごい頼りになるけどその怪力を維持するために毎日牛一頭を平気で平らげちゃう女の子。でも怖い物が苦手なちょっぴり寂しがり屋。
マギザの微笑みは氷の微笑といわれてるけど本当は極度の人見知り。実はウンディーネなので緊張すると氷になっちゃうのは私達だけの秘密。
そんな二人が勇者様を好きになってしまうのは分かる、でも私のやり直し人生からは退場して頂きました。
そして夕方、ようやく現れた勇者様は、やっぱり私の勇者様で、その姿は何も変わってなかった。
ふさふさの赤い髪、爽やかな笑顔、近くにいる人に暖かさを与えてくれる太陽みたいな人。
勇者様は最初の冒険が発生しないことを不思議がっていたけど、ごめんなさい、全部私の仕業です。
そんな私がニコリと笑うと、勇者様は何も言わずに微笑み返してくれました。
こうして私達二人だけの冒険が始まったのです。
◇
冒険の中で勇者様は私の声を取り戻そうといろいろ手を尽くしてくれました。
けれどもどんな魔法も私の声を戻すことはできませんでした。だって私、ゾンビですもの。ゾンビは最初から喋れません。
そのたびに勇者様はすごく落ち込みました。でも私は喋れなくても今こうして側にいられるだけですっごく幸せです。
困っている人には必ず手を差し伸べるのが、好き。
子どもにもお年寄りにも誰にでも優しいのが、大好き。
弱い人を見捨てず強い人にも正義を貫き通す姿が、好き好き大好き。
と、それはともかく、私達は大魔道士ギルベンノの道案内で深遠の森にある魔王城に向かっていたのだけれど――。
「言ったはずです、魔王は渡しません。と」
消えていく爆炎の中から現れたのはギルベンノでした。
彼が小脇に抱えてるのは助手のミリィちゃん。可愛い小人族の女の子。左右に揺れるツインテールが愛らしいのだけど――今はすごくしなしなにしおれてる。元気出して、ミリィちゃん!
その間にもギルベンノはハイエルフ特有の長耳をピクピクさせながらなんだか難しいことを言ってるのだけど……えーと、この変なエルフ、勇者様の敵でいいのかな?
すると私の聖鈴が震え出す。勇者様の敵を倒せと輝き叫んだような。うん、勇者様の敵は私の敵!
地面を蹴って変なエルフに挑もうとする私の腕を勇者様が掴んだ。
そしてその勢いのまま私は勇者様に抱きしめられる。きゃっ、恥ずかしい、こんな人前で。
でも勇者様が止まれというなら私、自分の心臓だって止めてみせます。
『ゾンビなんだから元から動いてないでしょ!』私の頭の中にディーゼ様のツッコミが突然入った。
『それよりミリィまで倒す気? そんなことしたらあなたの体が――』
あ、大丈夫です、ディーゼ様。ちゃんと分かってますから。
いま私がゾンビでいられるのは、本当は私が背負うはずだった聖女としての宿命を魔王が担ってくれてるからですよね。私、ずっと勇者様と一緒にいると決めてるんで魔王を守ります!
『なんでそこだけしっかり理解してんのよ!』ディーゼ様の絶叫が大反響する。
「ミリィ、君が大魔王なのか?」勇者様が問いかける。
「吾輩は……大魔王……で……」ミリィちゃんが苦しそうに呟く。
そして私は勇者様を見上げ――、




