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Ⅱ.生存者《サバイバー》4


 《RCV-6》が何軒目かになる民家の前に停車した。車体の上の三沢は手をメガホンにして大声を上げた。


「誰か居てはりますかぁー! こちらは自衛隊のものですぅー!」


 関西弁の柔らかなイントネーションでの呼びかけはどこかユーモラスな響きがあった。まず外から声をかけ、反応が無ければ家屋内を探索する。それが即席で決めた行動規定だった。もっとも今までのところ一度も応えは返ってこなかったのだが。


 なおも繰り返す三沢の声を聞きながら一木は操縦席でハンドルに手をかけたままの双葉に、


「双葉二曹、あの子の様子はどうか」


 隣のシートに目をやった双葉は、目を閉じて安らかな寝息をたてている少女を見て頬をゆるめた。


「退屈して眠っています・・・あの、一木さん」

「なんだ」

「あの子、とか、その子、ではかわいそうです。何か呼び名をつけて上げたいのですけど」

「名前か」

「はい」

「・・・情が移ったのか」

「はい、たぶん」


 そして双葉はこう続けた。


「名無しではかわいそうです」

「それやったら」


 今まで声を張り上げていた三沢が会話に割り込んで来た。


「ナナちゃん、言うのはどうです?」

「ナナ・・・」


 一木はふうむと唸った。


「かわいい名前だとは思うが。なぜだ」


 三沢は得意そうに、


「だって名無しですやん。ナナシのナナちゃん、ですわ」

「ひどいセンスだな、おい」


 三沢の隣で四谷が顔をしかめて言った。


「どうする、双葉」


 一木が聞くと、双葉は笑いながら、


「いきさつはともかく、きれいな名前だと思います」

「よし」


 一木はまじめくさって、


「それではその子はこれからナナと呼称する。ただし、これはその子の本名が判明するまでの便宜的な措置とする」


 搭乗員達の顔に笑みが浮かぶ。一木はそれを見て良い傾向だと思った。笑顔は心に余裕がある証拠だった。


 一木は景気づけるように一言「よしっ」と声を出すと改めて命じた。


「四谷、三沢の両偵察員は家屋内を捜索」


 二人の偵察員は「はっ」と応え、装甲車から飛び降りた。


 §  §  §


 壁面のディスプレイには田圃の一軒家と、その前に停車する装甲車が映し出されていた。二つの人影が家の中へと入って行くのが見える。


 八俣一尉は熊谷一佐を振り返って、


「提案があるのですが」

「なんだ」

「これまでの観察から屋内の捜索には十数分かかると思われます。この時間を利用して《プレデター》で《領域(ゾーン)》内を精密走査(フルスキャン)したいのですが」

「うむ」

「一時的に《RCV-6》の監視ができなくなりますが現状では問題無いようですし」


 熊谷は思案顔で腕組みをした。ややして、


「いいだろう。《搾り取られた者(スクイーズド)》どもの位置を特定することも必要だ」

「《掃除(スイープ)》のために、ですね」


 熊谷は唇を歪めた。


「そうだ。《現象(フォノメノン)》が終わった後には《掃除(スイープ)》が必要だからな」 


 §  §  §


 《RCV-6》で待つ一木たちは微かな物音を聞いた。砂利を踏む微かな音。一木は頭を動かして音のした方を見る。


 犬だった。


 一匹の犬がいつの間にか装甲車の正面にいた。黒色の大型犬。雑種らしい。その犬は吠えるでもなく自衛隊員たちをじっと見つめていた。


 やがて双葉も犬に気づいた。


「一木さん、犬が」


 だがその声に驚いたのか、黒犬は機敏に体をひねって走り去った。


「野良犬かな」


 一木がつぶやくと、


「いえ、首輪をしていました」


 と双葉が報告する。そして、


「少なくとも犬は消えなかった、ということですね」


 一木は頷き、


「そのようだな。しかし放し飼いというのは解せんな。それとも誰かが」 


 一木は口を閉じた。


 二階の窓がわずかに動き、三センチほどの隙間が閉じるのが目に入ったからだ。


「一木さん」


 五十嵐一曹が低い声で一木を呼んだ。


「見たか?」


 一木が問うと、


「はい。誰かがこちらを覗いていたようです」

「覗くって」


 双葉がにわかに緊張した声音で、


「四谷さんたちでは?」

「彼らが隠れる必要がどこにある」


 逡巡の後、一木は命じた。


「警笛をならせ。長一回、注意セヨ、だ」



 四谷陸士長と三沢一士の両偵察員は互いに援護しつつ家の中を探索していた。


「こちらは陸上自衛隊の者です。どなたかいらっしゃいませんか」


 言葉だけは丁寧に、一部屋づつ室内を確認して行く。それは探索(サーチ)というより制圧(クリア)と呼んだ方がふさわしい動きだった。


 一階を《制圧(クリア)》した二人は階段を上り、二階に上がった。


「どなたかいらっしゃいませんか」


 四谷の声にも反応はない。


 三沢が手近のドアを開けようと手を伸ばした時、鋭い警笛の音が聞こえた。



 家の前に停車した《RCV-6》で待機していた一木たちは、警笛を鳴らし終えると同時に屋内から突然聞こえてきた声にぎょっとした。


「やぁー、ろぉー、なあぁーっ、なあーっ、なあーっ、いぁぁぁ!」


 意味をなさない獣じみた叫び。


 だがやがてその声が若い男のものらしいことに気づいた。そして叫んでいる内容も、徐々に聞き取れるようになっていった。


「や、やめろぉー、く、来るなぁ、ち、近寄るなぁ!」


 一木はそうと理解すると、装甲車から飛び降りた。そして振り返りざま、


「五十嵐と双葉はその場で待機!」


と命ずる。


 砲塔ハッチの五十嵐一曹が口を真一文字に結んでうなずくのが見える。双葉は操縦席のハッチから蒼い顔をのぞかせていた。


 一木はその隣にある偵察員席のハッチからナナの頭がにゅっと出てくるのを目の端で捉えた。今の騒ぎで目を覚ましたらしい。ナナは一木の方向に顔を向けた。ガラス玉のような瞳の視線を感じつつ、一木は前を向いた。玄関の引き戸を乱暴に開け、声の聞こえた二階へと階段を駆け上がる。


 若い男の声はなおも続いていた。


「や、やめろぉー、く、来るなぁ、来るなぁ」


 声の聞こえる部屋に入る。室内は暗かったが、二人の偵察員の持つライトで中の様子はおぼろげに見えた。


 二条の光芒のなかに一人の若い男がいた。でっぷりと太った体にジャージの上下、長い髪の毛は汗ばんだ顔にべったりと張り付いていた。そしてベッドに背中を預けて、床の上に両足を投げ出していた。


「お、俺は行かない、行かないんだぁ」 


 なおも叫ぶ男の前には四谷と三沢の二人の偵察員が困り顔で立っていた。


「状況は」


 四谷が簡潔に答えた。


「この部屋に閉じこもっていたようです」


 見ると薄暗い室内には四方に本棚が置かれていた。棚を埋めているのはほとんどマンガらしい。部屋にはベッドとパソコンの載った机があった。


 一木は三沢に命じた。


「話してみろ」

「自分がでっか?」

「歳が近い方が彼も話しやすいだろう」

「はあ」

「フレンドリーに頼むぞ」

「やってみます」


 三沢は男と視線の高さを合わせるためにその場でしゃがむと、


「あー、怖ない、怖ないでぇ。俺らは陸上自衛隊のモンや。俺の名は三沢いいます。自分の名前、教えてくれへんかなぁ」


 男――青年は大きく喘ぐと、


「お、お前ら、お前らが、むか、迎えなのか。お、俺を迎えに来たのか」

「迎えて?」


 三沢は首を傾げて、


「俺らは村の様子がおかしいよって、見て回っとるだけや」

「ほ、ほんとか。ほんっ、ほんとうなのか」

「ホンマ、ホンマ。大体なにがどうなってるのかも分からんのよ、実際のところ」 


 三沢は自然な調子で、


「自分、何か知ってへん? それとも何か見てへんかなあ」


 人なつっこい笑顔で問う三沢に、青年は、


「ひ、光だ」

「何て?」


 聞き返す三沢。


「ひ、光だよ。ひ、光を見たんだ」

「光て。何の光なん?」

「し、知るもんか、ひ、光だよ。ひ、ひか、光ったんだ! よ、夜なのに、ま、真昼みたいに!」


 要領を得ない答えに、自衛隊員たちは顔を見合わせた。

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