Ⅱ.生存者《サバイバー》3
《RCV-6》は先ほどの家の隣家の前に停車した。隣家と言っても田畑を挟んで優に五十メートルは離れていた。
再び一木と三沢が降車して中を捜索する。やはり誰もいない。無人の室内で一木はテーブルの上の新聞を手に取った。日付を確認すると前日の夕刊だった。
「やはり何かがあったのは昨日の夜らしいな」
新聞を三沢に示す。
「どないなってるんですかね」
三沢一士は頭を振った。
「この家も誰も居てへんなんて。もしかして村中こんななんですかね」
「かもしれん」
一通り家の中を見て回る。先の隣家と同じく、つい最近まで人のいた痕跡があった。まるでちょっと近所に出かけて留守にしているかのようだった。
「あの、曹長どの」
「なんだ」
「ちょっと気ィになったんですけど」
「だからなんだ」
「靴です」
「ん、なんだ、土足で入ったことが気になるのか」
思わず自分の足元を見る。だが三沢は首を横に振った。
「ちゃいます、この家の土間のことですわ」
「うん?」
「靴がようけありました。住んではった人は裸足で出かけたんですかね?」
玄関に確認に戻る。三沢の指摘通り玄関には様々な履き物が脱ぎ捨てられていた。
当然、住人がここにはない別の履き物――たとえば農作業用の長靴などを履いて家を出た可能性もある。
「なるほどな。よほどの緊急事態だったということか」
「ちゅーかですね、」
言い淀む三沢。
「なんだ。言って見ろ」
「あの、この状況って幽霊船みたいちゃいます?」
「幽霊船だと」
「はい。ほら、あるやないですか。難破船を見つけて乗り込んでみたら中は無人で、なのに食事の用意がしてあって、ついさっきまで人がいた形跡があった、て言う」
「メアリー・セレスト号事件か」
「そう、それですよ。あとはあれです、村人全員が消滅した青森の村やとか」
「なんだ、お前オカルトマニアだったのか」
「ちゃいますよ。でもテレビとかでよくやってるやないですか。夏とかに」
一木は大げさに首を振って見せた。
「バカなことを言うな。大抵のことは合理的に説明がつくものだ。この事態だって案外単純なことかもしれない」
「どないなことですか」
「そうだな。たとえば突発的な災害であるとか」
「火事とかでっか?」
「あるいは局所的な地震があって、地滑りを恐れて避難した、とかな」
「現実的ですなあ」
「俺たちの仕事をなんだと思ってる。国防はリアルなものだぞ」
成果のないまま二人が装甲車に戻ると、一木は今後の方針を告げた。
「我々の当面の目標は指示通りコミュニティセンターに向かうことだ。現状には不明な点が多々あるが、着けば何か分かるかもしれん。むろん途中の民家などで情報を収集しつつ、必要なら救護活動を行う。何か質問、意見はあるか」
偵察員の四谷陸士長が手を上げた。
「意見というか提案ですが」
「言って見ろ」
「情報収集活動は自分と三沢が。通常の事態とも思えませんし、車長がそうそうRCVを離れられては」
「そうか。よし、では四谷、三沢の両偵察員は車体後部に跨乗。全周を警戒しつつ、適宜に降車、徒歩偵察の用意」
「はっ」
「はいです」
「双葉と五十嵐はハッチ全開のまま周囲を警戒」
「はい」
「はっ」
一木は車長席に陣取ると、改めて周囲を確認した。
ふと、偵察員席の少女が自分を見上げていることに気付く。一木は精一杯の笑顔を作って見せた。少女はそんな一木の顔をじっと見つめていたが、興味を失ったのか、ぷいっと横を向いた。
一木は嘆息しつつ首を振った。慣れないことはするものじゃないな、と思う。気を取り直して命じる。
「RCV、前へ!」
§ § §
統合指揮所のディスプレイには車体後部に二人の偵察員を乗せて走行する《RCV-6》が映っていた。
白黒画面の中の装甲車は田畑の中に点在する民家一軒一軒の前で繰り返し停車していた。偵察員が降車して家屋の中を探索しているのが見て取れる。
「戦車跨乗だな、まるで」
熊谷がそう評すると八俣は、
「住民の捜索と情報収集のためでしょう。合理的で実際的な判断だと思います」
「無駄な努力だがな」
熊谷は暗い声でつぶやいた。
「《領域》の内部にはもはや『住民』と呼べるものは存在し得ない」
「・・・」
ディスプレイの中の《RCV-6》の搭乗員の活動を見ながら熊谷はぽつりとつぶやいた。
「連中は『良い軍隊』だな」
「は?」
「統率の取れた確固たる目的意識を持った兵士たち、というほどの意味だ。異常事態の中でなお自衛官としての義務を果たそうとしている」
八俣は熊谷の顔を見た。だが、その表情から内心は窺えなかった。
「もっとも、そんな彼らがなぜ封鎖を破って村に進入したのかは分からんがね」
「命令伝達の錯誤、でしょうか」
「システムトラブルかもしれん。A-Recsは便利だが、何らかの理由で誤った指示が表示されることもある。電子を介した指揮命令にはつきもののトラブルだ」
紙の作戦地図を前にそんなことをつぶやく熊谷に八俣はある種の感銘を受けていた。
航空自衛隊に所属している彼にとって、戦闘とはボタンを押して電子の流れを変えることに他ならない。実際に戦うのは機械なのだ。だが陸上自衛隊の熊谷は前線に立って戦うのは常に人間なのだと理解している。
熊谷はふと思い出したように、
「搭乗員にはPKO帰りがいたな」
「はい。先任偵察員の四谷陸士長です。アフリカで長距離偵察パトロールの経験があります」
手元のタブレットコンピュータに視線を落として答える。
「数少ない実戦経験者か」
「はい。現地では相当に過酷な体験をしたようです。彼がいるのは幸運でしたね」
「幸運?」
熊谷がそう言うと、八俣は恥いるように、
「・・・失言でした」
「ベテラン隊員が居ることは確かに幸運と言えるがね」
熊谷はつぶやくように、
「この事態を覆すほどの幸運とは言えんよ」