Ⅱ.生存者《サバイバー》2
階段を駆け降りると居間の縁側からそのまま庭に出た。三沢もそれに続く。二人は装甲車まで走った。
砲塔のハッチから半身を出した五十嵐が空を仰いでいる。
「どうした」
車体に駆け寄ると、五十嵐は空を睨んだままで報告した。
「何かが飛んでいました」
「何か? 何かとはなんだ」
五十嵐は口ごもり、
「その・・・今まで見たことのないもので・・・」
はっきりしない物言いに、一木は業を煮やして強く言った。
「判断しなくて良い。見たままを報告」
五十嵐はひとつ深呼吸をして、
「十字架が」
「なに?」
「十字架の形をしたものが飛んでいました」
「航空機ということか」
「わかりません」
「色は。なにかマークのようなものは見えたか」
「灰色一色にみえました・・・いえ、白かも」
戸惑いながら答える。
「あんな飛行物体は見たことがありません。それが雲の間を飛んでいました」
一木は微かに首をかしげると、
「他に見た者はいるか」
後部偵察員の四谷はひとこと「ネガティブ」と答えた。運転席の双葉も少女に気を取られて見ていないという。
「十字架か」
いつも冷静な五十嵐が断言しているのだ。なにか通常でない物を見たのは確かだろう。
「わかった。今後は対空監視を厳に。何か見たらすぐに報告だ」
そして家が無人だったこと、電話が不通だったことを皆に伝える。
「予定通りコミュニティセンターへ向かう。以上だ」
§ § §
「捕捉しました。《RCV-6》です」
オペレータの一人が報告する。
「画像を正面のディスプレイに」
熊谷の指示で白黒の映像が大写しになる。無人偵察機《プレデター1》からの赤外線画像だった。
水田の脇に装輪装甲車が停車している。片側三個の大きなタイヤと車体の上の旋回砲塔が特徴的だった。間違いなく八七式偵察警戒車だった。
横に立っていた二つの影が乗り込み、走り出す様子が見えた。だがどういうわけか一人は車内に入らず、砲塔の後ろにしがみついていた。警戒のためかな、と熊谷は思った。抜け目のない車長らしい。だが口に出しては、
「いったい何をしているのだ、連中は」
熊谷はいらだたしげにグリースペンで地図に位置を書き込む。
「近くに民家があります。電話を借りようとしたのでは」
八俣が常識的な考えを口にした。
「もっとも、《領域》内部では有線・無線とも使用不能ですが」
「そんなことではない。なぜ村の中心へと向かっているのか、ということだ」
不機嫌そうに言うと、ペンを地図の上に放り投げた。
「それに《搾り取られた者》どもの姿が見えないのもおかしい」
即座に八俣が答える。
「現在、《領域》全体を走査中です。今のところ反応はありません」
「なぜだ。昨夜のファントムの偵察では確認されていたのに。それに、これまでの例では《領域》内部は徘徊するやつらであふれかえっていたんだぞ」
「わかりません。ですが、《RCV-6》の彷徨といい、今回はこれまでにないパターンです」
指揮官はデスクに両肘をついた。
「なんとか《RCV-6》と連絡は取れないのか。《プレデター1》で通信は出来ないのか」
「そのような機能はありません」
「では雲から出て翼を振って見せてはどうか。視覚的通信の可能性はないのか」
副官は首を横に振った。
「高度を下げると電磁波異常にさらされて墜落の恐れがあります。雲間から機体が見えることもあるかも知れませんが、わが国が《プレデター》を装備していることは公表していません。一般隊員も知らないでしょう。それに、《プレデター》は航空機としては異常な形状をしています。機体も主翼も極端に細くて、全長よりも全幅の方が長いので、角度によっては十字架のように見えます。これまでもUFOと誤認されたことが一再ならずありましたし」
「つまり見守る以外なにも出来ないということか」
「現状ではそうなります」
「たまらんな。ただ見ているだけとは」
熊谷のぼやきに八俣は一種哲学的な答えを返した。
「神の視点を持つ者の孤独ですな」
「神だと」
しかめっ面をしてみせる。
「これではただの覗き屋だ」