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Ⅱ.生存者《サバイバー》1


 《RCV-6》は迷路のような林道を抜けた。そこからは道幅も広くなっており、舗装こそされていなかったが普通乗用車でも問題なく通行できる程度には整備されていた。


 道の両側には水田が広がっていた。


 夜は完全に明けている。だが太陽は見えない。雲が周囲の山々よりも低く、ちょうど蓋をしたようになっていたのだ。雲全体がぼんやりと白く光り、地上を柔らかく照らしていた。


 一木曹長は砲塔の車長用ハッチから半身を乗りだして外を見ていた。


 日本の田舎ならどこにでもありそうな景色だった。青々とした稲穂が整然と並ぶ初夏の田園風景。


 だが一木はその光景になぜだか強い違和感を覚えた。


 (こうべ)を巡らせて周囲の景色を見渡す。車体の上の三沢一士もしきりと頭を動かして周囲を見ていた。目が合うと、三沢は言った。


「なんかヘンな感じしません?」

「ああ。妙な雰囲気だな」


 ほどなくして一木は違和感の正体に気づいた。


 影がほとんど見えなかったのだ。


 水田の稲の列にも、路上の装甲車にも。むろん、よく見れば影があるにはあった。だが、その境界は曖昧で、注意していないと分からないくらいぼやけていた。車体に落ちる一木自身の影も同様だった。


「影が見えない」

「そういえば・・・」

「天候のせいだな。低い雲によって太陽光が乱反射しているんだ」 

「それだけでっしゃろか。なんかイヤーな感じです」


 不安気な三沢を安心させるように、


照明(ライティング)によって舞台の雰囲気は変わるものさ」

「ピンクのライトでエロい雰囲気になる、みたいなもんですやろか」

「例えが下品だぞ」


 そんな軽口を叩きつつも、それでも一木は奇妙な違和感を拭いきれないでいた。


(影なき世界、か)


 一木は頭をひとつ振って気持ちを切り替えると、インターコムを通じて「停車」を命じた。装甲車が止まると、


「告げる。一木だ。これより村に入る。双葉二曹はハッチを解放して操縦。四谷陸士長は後方警戒。五十嵐一曹も顔を出せ。全員で周囲を警戒せよ」


 つづけて車体の上にいる偵察員の三沢一士に、


「三沢、お前が一番見晴らしがいいところに居る。全周囲を警戒。何か見つけたらすぐに報告しろ」


 全員から「了解」という小気味よい返事が返ってくる。搭乗員たちは各ハッチを開いた。三沢一士は車体の上から本来の自分の席、つまり少女が座っている前部偵察員席のハッチを開いた。


 少女は座席の上に立ち上がると、背伸びして頭だけを外に出した。


「危ないわ。座っていなさい」


 双葉がそう注意すると、少女は首を傾げてみせた。そして車体の上の三沢を見上げる。


「この子も外を見たいん違いますか」


 三沢にそう言われ、双葉は、


「もう。じゃあ、しっかり掴まってるのよ。ほら、ここを握って。いい?」


 手を取って姿勢保持用のバーに掴まらせる。甲斐甲斐しく世話を焼く双葉に、少女は無表情のままで従った。


 準備が済むと装甲車は再び走り始めた。


 生ぬるい風が搭乗員たちの頬に吹き付ける。ねっとりとした、絡みつくような風だった。


 偵察員席の少女は、その風に髪をなびかせたまま、ハッチから頭を出して一心に前だけを見つめていた。


(まるで子供連れのドライブだな)


 一木は場違いな想像にひとり苦笑した。牧歌的な田園地帯を子供を乗せた無骨な装甲車でドライブしているのだ。ある意味シュールな光景といってよかった。


 ややすると舗装してある道路にたどり着く。一木は再度停車させると、双葉と三沢に携帯電話を試すように命じた。


 だが。


「あきまへん、圏外ですわ」

「わたしのもです」


 この時代、山中ならともかく、村の近くでも携帯が繋がらないというのは異常だった。


「携帯は当てにできんか」

「どないしましょ、一木さん」

「公衆電話を探す。さもなければ一般家庭の加入電話を拝借するさ」


 《RCV-6》は装輪の利点を生かして舗装道路をひた走った。進むにつれ前方に民家がぽつりぽつりと見えてきた。


「一木さん、一木曹長どの」

「どうした。何か見つけたか」

「いいえ。ちゅーか、ヘンです」

「だからなんだ」

「人が居てへんようになってません?」


 一木ははっとして、


「五十嵐一曹、時間は」

「〇七〇五時です」


 農村の朝は早いはずだった。それなのに誰の姿も見えない。車さえ走っていなかった。


 道の先に民家が見える。林を出てから一軒目の家屋だった。一木は双葉に停車を命じた。 民家まで十メートルほどの距離で装甲車は停車した。


 一木は双眼鏡を目に当てた。


 二階建ての古い農家だった。玄関先には農機具を載せた軽トラックが停めてある。見える範囲の窓をつぶさに観察する。だが人の気配はなかった。


 一木は車体後部の三沢に、


「三沢一士、ついて来い」


 そう命じるなり車体から降りた。あわてて三沢もそれに続いた。一木は三沢の装備を一瞥して、


「小銃は置いて行け」

「ですけど、万一の場合」

「民間人を怖がらせるな。安心しろ、銃なら俺が持っている」


 と、腰のホルスターを見せる。


「九ミリ拳銃なんて豆鉄砲ですやん」


 だが一木は「これで十分だ」と答えた。

 続いて一木は小型無線機(ウォーキートーキー)を試した。だが、すぐ横に立っているのにも関わらず装甲車との連絡は取れなかった。レシーバーから聞こえるのは雑音だけだった。


 三沢も同様に無線をためす。だが結果は同じだった。


「自分のもアカンようになってます」


 三沢の報告に頷くと、搭乗員たちに、


「RCVの指揮は五十嵐一曹に一任する。双葉、何かあったら警笛を鳴らせ。長一回は注意セヨ。短連発はスグモドレ、だ。四谷はRCVを守れ」

「はい」


 砲塔の砲手席から半身を乗り出した五十嵐が応じる。


「射撃許可はいただけませんか」


 一木は一瞬の沈黙の後に答えた。


「発砲は厳禁。装填もするな」


 §  §  §


「《プレデター1》オンステージしました」


 八俣一尉から報告を受けると熊谷指揮官は待ちかねたように、


「直ちに偵察活動に入れ」

「はい。《プレデター1》は高度710で上空を旋回。赤外線センサーで地上を走査(スキャン)中です」

「画像はないのか」

「いま出します」


 §  §  §


 一木は玄関前に立つと呼び鈴のボタンを押した。


 柔らかなチャイムの音が家の中から聞える。だがそれだけだった。一木は二度三度とボタンを押した。


「留守ちゃいますか」


 背後で三沢がそう言う。


「かもな」


 一木は表札を見た。そして声を張り上げ、


「内藤さん、お留守でしょうか。自分は陸上自衛隊の者です。電話を貸していただけないでしょうか」


 そしてガラス戸をがたがたと叩く。だが三回繰り返しても何の反応もなかった。一木は意を決してガラス戸に手を伸ばした。


 カラカラと軽い音をたてて引き戸が開いた。


 家の中に明かりはなかった。


 一木は装備の小型ライトを点けるとブーツのまま室内に上がった。土足での侵入は気が咎めたが、はだしでは緊急事態に対処できない。三沢もその後に続く。


 古い家屋に特有の臭気が鼻孔をくすぐる。微かな食物の匂いもあった。壁のスイッチを探り当て、パチパチとオン、オフを繰り返してみたが点灯しない。


 一木は一部屋一部屋確認して行った。明かりがついていないことを除けば、ついさっきまで誰かがいたかのような生活感があった。居間のテーブルの上には食事の用意がしてあった。器に触れてみる。料理はすっかり冷めていた。


「夕べから無人のようだな」

「朝飯ちゃいますか」


 一木はテーブルの上をライトで照らして見せた。


「ハンバーグとサラダボウル。そして缶ビールが三つ。朝からビールとハンバーグはないだろう」


「ごもっともで」


 固定電話を発見すると、一木は受話器をとりあげた。だが耳に当てても何の音も聞えない。


「まいったな。不通だ」


 二人の自衛官は二階へと上がっていった。


 この家は二世帯同居だったらしい。一階はいかにも年輩者の住む部屋らしかったが、二階には近代的な改修が施されていた。


 一室は若い夫婦の部屋に見えた。畳の部屋に絨毯を敷いて洋間のようなしつらえになっていた。むろん誰もいない。


 別の部屋を覗いて見た。壁にはサッカー選手のポスターが張られ、床にはサッカーボールやコミックスが雑然と置かれていた。机の上には教科書とランドセル。子供部屋らしかった。


「あれあれ」


 三沢はその部屋に入るとベッドの上から何かを拾い上げた。


「どうした」

「これ、発売されたばかりですねん」


 と、手にした携帯ゲーム機を見せる。


「品薄でなかなか手に入らへんモンです」

「だから何だ」

「おかしいですて。子供にしたら宝物でっせ。置いていくなんてありえへんです」 

「そういうものかね・・・」

「そうですよ」


 言いながら、三沢は電源を入れた。ひび割れたような電子音が響く。


「壊れてますね、これ」


 そう言って携帯ゲーム機の画面を見せる。そこに映っているのは極彩色のノイズだけだった。


「だから置いていったんじゃないのか」

「はあ、そう言われてみると」


 だがA―Recs(アレックス)の途絶や電波時計の異常などを考えると、何らかの電磁気の異常があった可能性が高い、と一木は思った。携帯電話の不通もそのせいかも知れない。


 三沢はスイッチを切ったゲーム機をベッドの上に戻した。そしてそわそわと辺りを見回しながら、


「一木さん、もう戻りましょうよ」

「なんだ、怖いのか」

「ちゃいますよ。でも、なんとなく」

「なんとなく、なんだ」


 三沢は自らの首の後ろを撫でながら、


「このあたりがぞわぞわしますねん」


 青い顔でそんなことを言う三沢をたしなめる。


「災害派遣では無人の家屋に立ち入ることもある。この程度でビビっていたら仕事にならんぞ」


 突然、警笛の音が聞えた。断続的な鋭い音が響く。三沢はヒャッと叫ぶと辺りを見回した。


「短連でっせ」

「分かってる。RCVだ」


 一木は窓から外を確認した。《RCV-6》は同じ場所に停車していた。

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