Ⅰ.彷徨《ワンデリング》4
空は徐々に明るさを増して来ていた。
だが、太陽はまだ周囲の峰よりも低い。《RCV-6》はエンジンをアイドリングさせたまま薄闇の中に停車していた。
一木からA-Recsのリンクが途絶していること、無線も通じず、GPSも働いていないことを告げられた《RCV-6》の男たちは、湯気の立つコーヒー入りのマグカップを手に、一様に押し黙っていた。
対照的なのは双葉で、地面に座って膝の上に少女を乗せると、ココアをふうふうと冷ましながら、一口づつ飲ませていてた。
「ほうら、甘いわよ、ね?」
少女は双葉とカップを交互に見ながら、されるがままにココアを飲んでいた。双葉の表情はまるで赤ん坊に乳をあげている母親のように穏やかだった。
「現状は以上だ。リンク途絶の原因は不明。だが、同時に無線とGPSが不調になっていることから見て、何らかの電磁波の異常かもしれない。実はさっき気付いたのだが」
そう言うと一木は自分の腕時計を見せた。
「電波時計なんだがね。時間がメチャクチャだ」
デジタル表示は28:70、というありえない数字を表示していた。隊員全員が自分の腕時計を見る。
「ほんとですわ。ワヤんなってます」
「俺のは止まっている」
「わたしのも」
「自分のは動いてます」
五十嵐の言葉に、注目が集まる。
「機械式ですから」
一木は嘆息して、
「今後、時間については五十嵐一曹に確認するように。五十嵐、いいな。お前は今から本車両のタイムキーパーだ」
「はい」
「ネジを巻いておけよ・・・さて、と」
一木はあらためて全員の顔を見た。
「通常ならもと来た道を引き返して、原隊に復帰するのがセオリーだが。最後に受けた指示は村のコミュニティ・センターへの進出だ。そもそもイレギュラーな動員なので、戻るべき原隊もはっきりしない。それに道が細すぎるので切り替えしてUターンすることも出来ないし、バックのまま走るのも現実的ではない。なにより・・・」
「その子ですね」
四谷陸士長が双葉と少女を見た。
「そうだ。村の行政機関に任せた方が良いと思う。だからこのまま村に入り、その子をしかるべき相手に託し、電話を借りて本部と連絡を取って今後の指示を仰ぐ」
一木は部下たちの顔を見た。少女にかかりっきりになっている双葉を除いて、一木の顔を真剣に見つめていた。
「質問はあるか。なければ出発する」
砲手の五十嵐一曹が口を開いた。
「質問があります」
「なんだ」
「そもそも今回の任務は何なんですか? 部隊の側方警戒としか知らされていません」
一木は肩をすくめた。
「俺のアクセス権限ではそれ以上のことはわからん」
五十嵐は言い淀みながら、
「自分は思うのですが・・・」
「言ってみろ」
「今回の出動は村の封鎖が目的のように思うのです。元の位置に戻った方が良いのでは」
そう聞いて、三沢が疑問の声を上げた。
「封鎖て。なんでこんな片田舎を」
「知らん。他国のゲリラが潜入したか、生物・化学汚染か、原子力災害か。あるいは核攻撃かもしれん。通信の途絶は核爆発に伴う電磁パルスかもしれないぞ」
冷静な五十嵐の言葉に、三沢は青くなった。
「シャレんなってませんがな」
一木は、
「五十嵐一曹の話にも一理はある。だが、直前の指示は村への進入だ。元もとの意図がどうあれ、指示には従うべきだろう」
「そう・・・ですね。すみません、差し出たことを」
「いいさ」
一木は五十嵐に向かって手を振って見せた。
「状況には不明な点が多い。意見や質問があれば言ってくれ。チームにとって有益なら感謝する」
「あの・・・」
三沢一士が恐る恐る手を挙げた。
「なんだ」
「実は私物のケイタイを持って来てるんですけど」
「また私物か。規則違反だぞ・・・で、使えるのか」
「すんません。山に入ってからはずっと圏外でした」
一木はふうっと息をついて、
「他にはどうか」
今まで会話に参加していなかった双葉が手を挙げた。
「携帯電話はわたしも持っています。圏外ですけど」
「そうか・・・わかった。村に入ったら二人とも繋がるかどうか試してくれ」
「はい」
「はい」
一木は部下たちの顔を見ると、
「では全員乗車。その子は前部偵察員席に座らせてくれ。双葉二曹、悪いが面倒見ていてくれ」
「はい。おとなしい子なので助かります」
「三沢一士は車体の上に。悪いが砲塔に掴まっていてもらう」
「はあ。戦車跨乗でっか」
「歩くよりはましだろう? それに外の方が快適だぞ」
と、四谷がからかうと、
「でも戦車跨乗兵って死亡率高いですやん」
「いいじゃないか。真っ先に楽になれるってことだ。楽したいんだろう?」
「きっついなあ」
全員が乗車すると、一木はハッチから半身を乗り出して周囲を確認した。そしておもむろに右腕を挙げると、前方にむけて振り下ろした。
「前へ!」
《RCV-6》は払暁の空の下、前進を開始した。