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Ⅰ.彷徨《ワンデリング》3


「いかん」


 統合指揮所の熊谷はデスクを平手で叩いた。


「なぜ村に向かっている。これでは《封じ込め(コンテインメント)》の意味が無くなってしまう」


 八俣はタッチパッド式のコンピュータで《RCV-6》の状況を確認した。


A-Recs(アレックス)のリンクが外れています。無線も途絶。ただ、GPSのアップリンクを断続的に受信していますので、かろうじて位置は掴めています」

「いったいなんだって命令もなしで村に入ろうとするのだ。車長はどこのどいつだ」

「一木和哉曹長、三十二歳。経歴は優秀です。ただ、即応部隊の所属ではありません。今回臨時に編入されています」


 熊谷はそう聞いて額に手をあてた。


「数合わせの間に合わせか。なら《現象(フォノメノン)》については」

「レクチャーを受けた搭乗員は一人もいません」

「最悪だな。連中、訳も分からずに《領域(ゾーン)》内をさ迷うことになりかねんぞ」

「いえ」


 八俣は壁面のディスプレイを見ながら言った。


「もう迷っていると思われます」


  §  §  §


 《RCV-6》は夜明け前の闇の中をひた走っていた。


 あたりの景色はここ一時間ほど変化がない。細い砂利道と、その両脇に立ち並ぶ木々の壁。まるで迷路の中を進んでいるかのようだった。


 さっきまでかろうじて機能していたGPSも今は完全に働かなくなっていた。端末の電子地図には現在位置を示すマーカーが表示されていたが、それは最後に測位した場所を起点とした計算上の位置に過ぎない。


 一木は自分が指揮する装甲車が迷子になりつつあることを自覚した。やばいな、と声には出さずにつぶやく。


 微光暗視装置(ロウライトスコープ)の画面に映る単調なモノクロ映像が焦燥感をかき立てる。


 その映像に何かが映った。突然現れた白い影。


「あ、」

「なんっ、」

「止まれっ!」

「危ないっ!」


 微光暗視装置(ロウライトスコープ)で前方を見ていた四人が同時に叫ぶ。総重量十五トンを越える《RCV-6》はタイヤが砂利を噛む凄まじい音を立てて急停車した。


 全員が規定通りシートベルトをしていたのでけが人はなかったが、一木はディスプレイの角にしたたか頭をぶつけた。ポリアミド製の装甲車帽を被っていなかったら大怪我をしていたところだ。


「なんです、どうしたんです」


 後ろ向きに座っていた四谷だけが訳が分からずに声を上げた。


 だが、誰も応えなかった。


 一木は微光暗視装置(ロウライトスコープ)の白黒の画面を凝視していた。


 ぼうっと白く光る、人間の形をしたシルエット。ひどく小さく見える。凹凸のないのっぺりとした胴体、ひょろりと伸びた細い四肢が印象的だった。


「い、一木さん、これって」


 三沢が上ずった声で、


「オ、オバケちゃいます?」


 砲手の五十嵐は、


「違う。宇宙人じゃないのか。テレビで見たぞ。リトルグレイとか言う」

「バ、バカなこと言わないの」


 双葉の怯えた声。一木は、


「前照灯をつけろ」

「でも灯火管制が」

「構わん」


 言うなり頭上のハッチを押し開くと、車外に身を乗り出す。それと同時に車体の前方から光が放たれた。


 一木は見た。交差する二本の光線に照らされてそこに立っているものを。


 裸の少女がそこにいた。


 幼児体系の十歳くらいの女の子。髪は短く、頬の辺りまでしかなかった。平坦な胸は男の子と見まごうばかりだったが、股間に男性器は見えない。間違いなく女の子だった。


 少女は前照灯に照らされているのに眩しそうなそぶりも見せずに《RCV-6》の前に白く輝く裸身をさらしていた。


「君、どうした」


 一木はハッチから這い出すと、装甲車から地上に降りた。


「聞えるか」


 少女は近づいてくる一木を瞬きもせずにじっと見つめていた。かわいらしい顔立ちをしていたが、その顔に表情はなく、瞳はさながらガラス玉のように澄んでいた。


「裸やないですか」


 前部偵察員席のハッチから頭を出した三沢が上ずった声をたてる。


「なんで子どもが」


 車体の左側面のハッチを開き、後部偵察員の四谷が外を見てつぶやく。砲手席のハッチも開いており、五十嵐が無言で一木と少女を見下ろしていた。


「双葉二曹!」


 運転席のハッチが開き、若々しい女性の顔が現れた。


「はい曹長」


 双葉は少女に気付くと、微かに表情を変えた。


「面倒を見てやってくれ」

「はい?」

「女の子だ。何か着せてやってくれ」

「はい。替えのシャツがあります」


 双葉が降車して少女に駆け寄るのを見て、一木は部下たちに命じた。


「小休止。五十嵐一曹は現状で待機。砲塔の微光暗視装置(ロウライトスコープ)で周囲を警戒。四谷陸士長は降車、周辺を警戒せよ」

「はい」

「はい」


 四谷はハッチからするりと地面に降り立つと、九ミリ機関拳銃を手に車体の横に立った。


「三沢一士は湯を沸かせ。コーヒーだ」


 三沢は少女の方を見ながら、


「ココアの方がええんちゃいます?」

「あるのか」

「私物ですねん」

「まったく、お前は・・・ではその子にはココアを。それと全員分のコーヒーを頼む」


 三沢が携帯コンロを出して、いそいそと準備を始めるのを横目に、四谷は一木にすうっと近づくと、声を低くして、


「本部に報告しなくてもいいのですか」


 一木は努めて平静に答えた。


「ここは電波状態が悪い。ひらけた所に出てからだ」


 四谷は一瞬戸惑った顔をした。が、すぐに、


「わかりました。トラブルはあの子だけではない、ということですね?」

「どうもそうらしい」


 しかたなく一木も認める。四谷は頷くと、


「歩哨に立ちます」


 ベテラン偵察員らしく、無駄なことはなにも言わない。一木はほっとして、車体の前にいる双葉と少女のところに行った。


 少女はオリーブドラブ色のTシャツをワンピースのように着せられて立っていた。その横で双葉二曹が片膝をついて少女の肩をさすっている。


「どんな様子だ?」


 一木の問いに双葉は、


「別段怪我はしていないようです。体も冷えていません」

「今夜は暖かいからな。ところで」


 一木は声をひそめて、


「何か痕跡はなかったか。つまり、その」

「性的暴行を受けた形跡、ですか」

「そうだ」


 少女のガラスの瞳が一木と双葉とを交互に見ていた。自分のことが話題になっているのに、まるで理解していないかのようだった。


 双葉は静かに首を横に振った。


「私は医者じゃありませんけど、見た限りでは」

「そうか・・・だがこんな小さな子が裸で夜の森にいること自体異常だ」

「虐待されていると?」

「可能性はあるだろう」


 しばらく黙った双葉は、しかし小さな声で、


「私の憶測ですけど」


 と断って、


「この子の意思かもしれません」

「なに」

「気付きませんか? この子、さっきから一言も口をききません」

「怯えているのだろう」

「いいえ。パニックの兆候はありません。さっきから話しかけているのですけど、わたしの言うことが理解できないみたいです。それに・・・」

「それに?」


 双葉は少女の足を指さした。


「見てください、この子の足」

「普通の足のように見えるが」

「足の小指です。両方ともまっすぐです」

「そのようだな」

「現代人は靴の生活ですから、足の小指は靴に圧迫されて内側に曲がってしまいます。これ位の年の子でもそうです。なのに、この子の足は」

「靴を履いたことがない?」


 まじまじと少女を見る。少女もまた無言で一木を見つめかえしていた。


「もしかしたら、何かの病気か障害があってずっと入院していたのかも知れません」

「裸で外に居るのもそのせいか? 発作か何かを起こして飛び出したと」

「憶測ですけど」


 一木はうーむ、と唸ると顎に手を当てた。


「医療機関で診察をうけさせるべきです。本部に連絡を取っていただけませんか」 

「うむ・・・」


 その時、三沢の明るい声が聞えた。


「ココアですよ、曹長、姐御」


 カップを持った三沢一士がニヤニヤしながら近づいてきた。


「いやー、そうしているところを見ると親子づれみたいですやん」

「よしなさい、三沢くん。それと姐御はやめて」

「姐御ですやん。元ヤンキーとしては、元暴走族の姐御には頭が上がりませんもん」

「暴走族言うな。走り屋よ」

「おんなじですやん」


 一木は呆れながら三沢の差し出すコーヒー入りのカップを受け取った。


「お前ら、暴走族とか走り屋とか、いったい何時の時代の人間だ」


 双葉もカップを受け取りながら、


「それに親子づれって。曹長どのに失礼じゃないの」

「そうでっか? お似合いと思いますけど」


 思わず顔を見合わせる一木と双葉。だが、すぐに視線をそらす。


「お、何です、思わせぶりですなあ」

「三沢一士」


 低い声で名を呼ばれて、三沢はびくっと体を震わせた。


「そ、曹長、そないに睨まんといてください、ただの冗談やないですか」


 一木は怖い顔で首を横に振って見せる。三沢は「すんません」とおどけて頭を掻いた。一木は表情を緩めた。いい空気だ。このタイミングで皆に現状を認識してもらおう、と決意する。


 一木は装甲車の方を向き、


「四谷陸士長もこっちに来てくれ。それと五十嵐一曹」


 警戒にあたっていた四谷が駆け寄ってくる。砲塔からは五十嵐が頭を出した。


「みんな聞いてくれ・・・実はトラブルがある」


  §  §  §


 統合指揮所では熊谷一佐がじりじりしながら報告を待っていた。


 ついにGPSのトラックバックも途絶えたのだ。《RCV-6》は本格的に行方不明となっていた。


 副官の八俣が報告した。


「熊谷指揮官、《プレデター1》離陸しました」

「ようやくか」

「はい。二時間後に現着の予定です」


 熊谷は腕時計を見た。


「二時間・・・夜が明けるな」

「はい。到着時には完全に明るくなっています。ただ、現地の天候は高曇り(オーバーキャスト)ですから、赤外線での観測になります」

「歯がゆいな」

「まったくです」


 二人は黙って現地の状況図に見入った。八俣は正面の大型ディスプレイを、熊谷は机上の書き込みだらけの地図を。

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