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Ⅰ.彷徨《ワンデリング》2


 一台の装甲車が夜の林道を走行していた。


 それは陸上自衛隊の六輪駆動の装輪装甲車、八七式偵察警戒車(レコンネッサス・コンバット・ビークル)だった。


 コールサインは《RCV-6》。車体の上部には二十五ミリ機関砲を備えた旋回砲塔があり、一見すると戦車のようだった。前世紀に制式採用された旧式の装甲車だったが、度重なる改良と装備の更新により、いまだに第一線で働き続けていた。


 《RCV-6》は前照灯を付けていなかった。暗闇の中、微光暗視装置(ロウライトスコープ)を頼りにゆっくりと進んでいた。


 旋回砲塔の内部、機関砲の右にある車長席で一木曹長はディプレイに映った白黒の暗視映像を睨んでいた。両側を鬱蒼とした木々に挟まれた細い砂利道が続いている。


 突然の呼集でたたき起こされたのが二時間前。準備もそこそこに駐屯地を出て、再編成もないままに無線による指示だけで配置につかされたのだ。


 出動時に何の説明もないのは異例なことだった。有事なのか災害派遣なのかすらわからない。


 ひょっとすると抜き打ちの動員訓練なのかも、とすら思う。上級司令部も混乱しているのだろう、と一木は半ばあきらめていた。なにしろ、口頭で受けた最後の命令は、「以降は発展型基幹連隊指揮統制システム(A-Recs(アレックス)と通称されていた)の指示に従え」、という雑なものだったからだ。


 一木の車長席には、小型のタッチパッド式のディスプレイが据え付けられており、上級司令部からの指示はネットワークを通じてすべてここに表示されるようになっていた。


 電子化された作戦指示書へのアクセスも可能だったが、一木曹長のセキュリティ・レベルでは閲覧できる範囲は制限されていた(そもそも作戦名すら閲覧できなかった)。


 その作戦指示書の冒頭には、本作戦は防衛省の総合指揮所が直接指揮をする旨のただし書きがあった。編成表を呼び出してみると、彼らの《RCV-6》は現隊から完全に切り離され、臨時編成された警戒部隊に編入されていた。


 《RCV-6》はディスプレイに表示された無味乾燥で簡潔な指示に従って、林道の入り口で警戒任務に就いたのだった。


 そして三十分ほど前、突然A-Recs(アレックス)のディスプレイに担当地域の変更が表示された。そして、指示に従って移動を開始した直後にリンクが切れた。


 同時に無線も不通になっていた。全地球測位システム(G P S)だけはかろうじて動いていたが、電波は途切れがちで、安定していなかった。


 スタンドアローンとなった戦術端末は、しかし新たな座標へ移動せよと表示し続けていた。従う他はなかったのだ。


「双葉二曹」


 喉に貼り付けた咽頭式マイクを通じて操縦手に声をかける。狭い車内には大馬力のディーゼルエンジンの音が反響しており、車内通話装置(インターコム)を使わなければ会話もままならない。


「路面の状態はどうか」


 ヘッドセットのイヤホンから聞こえたのは柔らかな女性の声だった。


「運転には問題ありません。ただ微光暗視装置(ロウライトスコープ)ではスピードが出せません」

「かまわん。灯火管制中だ、慎重に行け」

「はい」


 車体前部右側の運転席でハンドルを握っているのは、機甲科には珍しい女性自衛官(W A C)の双葉二曹だった。小柄だが豊かな胸を持つ魅力的な若い女性で、大型車輌を「転がし」たくて入隊したという変わり者だった。


「三沢一士、前方の様子はどうか」


 運転席左隣の前部偵察員に聞く。


「障害物なし。相変わらず森ン中ですわ」


 関西弁のイントネーションのせいか、どこかおどけた口調に聞える。普通科から転科して来たばかりの若い隊員だった。


「四谷陸士長?」


 車体後部左側の、後ろ向きにしつらえた席の偵察員に声をかける。


「後方異常なーし」


 覗き窓(ペリスコープ)から後方を確認した四谷は低い声で答えた。この中では唯一、国連平和維持活動(P K O)で海外への派遣経験のあるベテラン偵察員だった。


 一木が機関砲を挟んで左隣の砲手席に目をやると、五十嵐一曹は即座に答えた。


「異常なし。いつでも発砲可能です」

「おいおい」


 一木は苦笑して、


「まだ装填しなくていいぞ。側方警戒任務といっても監視が主だ」

「はい」


 五十嵐一曹はゴリラを連想させるいかつい容貌の男だった。年齢は一木と同じ三十二歳だったが、寡黙な性格のせいもあり、ずっと年上に見えた。


「五十嵐一曹どのは射撃マニア(トリガーハッピー)ですやん」


 前部偵察員の三沢がちゃちゃを入れる。


「てっぽう撃ちたくて陸自に入ったお人ですねん」

「うるさい」


 五十嵐がぼそりと返す。


「そういうお前は自分の足で歩くのが嫌で機甲科に来たんだろうが」

「そうですねん、普通科言うたら、昔の歩兵ですやん。いっつも歩かされる切ない兵科ですもん。座って移動できる機甲科の方がいいに決まってますし」

「三沢、俺たち偵察員は必要とあらば降車して徒歩偵察するんだぞ」


 後部偵察員の四谷陸士長がたしなめる


「分かってますて。でも大概は座っていられますやん? 天国ですわ」

「お尻が痛くなるわ」


 双葉二曹の言葉に一木以外の男たちが笑い声を立てる。


 部下たちの軽口を聞きながら、一木はからからに乾いた唇をなめた。システムとのリンクが途絶えたことはまだ話していない。いたずらに部下を不安にさせてどうする? きっと地形の関係で一時的に電波が途絶えているのだ。指示の地点に着けばきっと無線も回復する。


 一木は端末の指示をもう一度確認した。


 目的地の座標は村の中央。コミュニティセンター、とあった。

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