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Ⅳ.地獄の業火《ヘルファイヤ》4


 一木はナナを抱き抱えて斜面を登っていた。


 背後で鈍い爆発音が聞こえた。まばゆい光が背後から指す。一木はそれらを無視して登り続けた。


 この山を越えれば安全地帯なのだ。この山さえ越えれば。そう信じて体を動かしていた。


 ナナはその腕の中で、じっと一木の顔を見上げていた。何の感情もないガラスの瞳。それは冷ややかでさえなかった。そうした人間的な感情は完全に欠落していた。


 だが一木はそれに気付いていなかった。守るべき対象としか考えられなかったのだ。


 斜面を登り切った一木は、自分が砂利道に立っていることに気付いた。


 どこか見覚えのある道だった。鬱蒼と茂った木々に両側を挟まれた、迷路のような細い砂利道。


 ゴトゴトと耳慣れた音が近づいて来る。砂利を踏むブーツの足音がいくつも重なって聞える。


 前方から姿を現したのは六輪駆動の装輪装甲車だった。一瞬、《RCV-6》が現れたのかと喜んだ一木は、しかしそれが八七式偵察警戒車と車台を同じくする化学防護車であることに気付いた。


 そして化学防護車に続いてガスマスクと防護衣で完全装備した生物・化学戦部隊の隊員たちが現れた。


 一木は安堵してその場にへたり込んだ。


「大丈夫か」

「しっかりしろ」


 ガスマスク越しのくぐもった声に勇気付けられた一木は、ナナを助けたい一心でこう言った。


「俺はいいから、この子を頼む」


 隊員たちは顔を見合わせていた。一木は焦れて、


「この子を、ナナを病院に」

「しかし、」


 指揮官らしい男がマスク越しにためらいながら言った。


「その子はもう死んでいるぞ」


 一木は自分が抱きしめているもの(・・)を見た。


 それは半ば腐っている少女の骸だった。内臓は腐り落ち、腕は骨が見えている。可愛らしかった顔からは、眼球が神経線維の糸を引きずって抜け落ちていた。


 ナナだった肉体は急速に形を失い、悪臭を放つ肉塊と白い骨の残骸となり、一木の腕から崩れ落ちて行った。


 一木は声にならない絶叫を上げた。この時、彼の精神は完全に崩壊した。

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