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Ⅳ.地獄の業火《ヘルファイヤ》2


 山中では《RCV-6》の準備が完了していた。


 点検の結果、操行装置の一部に故障があったが、なんとか走行出来るように応急処置を施した。燃料補給も完了していた。


 人間の方は、コーヒーとインスタント・ラーメンによって肉体的な栄養補給は完了していた。


 だが。


「救出に戻るのですか」


 五十嵐は怪訝な顔で聞き返した。


「そうだ」


 一木は短く答えた。


「しかし、四谷陸士長の話では、もう」

「確認の必要がある。四谷は正常な判断ができる状態ではなかった」


 地面に敷かれたシートの上で横になっている四谷を見る。状況報告をしていた四谷は途中で錯乱状態になった。一木と五十嵐とでどうにか押さえつけ、鎮静剤で眠らせたのだ。


 錯乱する前の四谷の状況報告も要領も得なかった。暗い室内で大勢の住民たちに取り囲まれ、混乱の中ではぐれたのだという。そして激しく振り回された手持ちのライトの光芒の中で三沢と戸塚が引き倒され、恐ろしい悲鳴を上げるのを聞いたのだという。


 四谷陸士長にPKO活動での実戦の経験がある、という話は一木も知っていた。所属する長距離偵察パトロール(L R R P)が現地の部族間の戦闘に巻き込まれたことも。


「アフリカの紛争地帯での戦闘で、彼を残して小隊は壊滅している。同じような状況に陥ったためにパニックになったのだろう」

「心的外傷後ストレス障害(PTSD)ですか」

「おそらくな」


 五十嵐一曹は難しい顔で、


「だとすると、やはり三沢一士たちは・・・」

「未確認だ。少しでも生存している可能性があるなら、助けに戻らねばならない」


 そしてこう付け加えた。


「部下と民間人は見捨てられない」


 しばしの沈黙の後で五十嵐は、


「わかりました」


 と答えた。だが続けて、


「それよりも、いったい全体この事態は何なんです? 住人たちはどうなってしまったんですか? それとあの空の光る十字架は? UFOだとでもいうのですか?」


 一木は首を振った。


「わからん。状況は不明、本部との連絡も途絶している。だが俺たちは自衛官だ。国民を守るのが仕事だ。そして仲間を見捨てない。そうだろう」

「それはそうですが。しかし国民といったって、あれはまるで動物・・・いや、バケモノですよ」

「何らかの毒物や病原菌のせいかもしれん。だとしたら彼らは治療が必要な病人だ。俺たちが守るべき国民に違いはない」

「どうしろというんですか」

「俺たちに出来ることをする。つまり、戸塚くんと三沢一士の救出、その後に村を脱出して現状を上級司令部に報告するのだ」

「――もしこれが何かの病気だとしたら。三沢たちにも感染していたら」


 一木は豪快に笑いとばした。


「そうなら我々もすでに感染しているさ。最初にお前が言っていたように村の封鎖が生物・化学汚染のためだとしたらもう手遅れだ。そもそもRCVには対生物化学(N B C)装備なんてものは無いのだからな」

「覚悟を決めろと?」

「そいつは自衛官になった時に済ませているはずだ。そうだろう?」


 しばらく考え込んでいた五十嵐は、ややしてからきっぱりと言った。


「――了解です」


 そして不敵にわらって見せ、


「二十五ミリ機関砲は完全な状態にあります。いつでも発砲可能です」


 そう聞いて一木は内心で苦笑した。砲手の五十嵐はそればかり言っていたような気がしたからだ。


 突然、けたたましい笑い声が響いた。


 ぎょっとなって声のした方を向く。ナナを膝に抱えた双葉二曹が、けらけらと笑っていた。


「双葉・・・」


 一木が声をかけると双葉は笑いながら、


「部下を、見捨てられない? 助けに戻る? く、くふふふふふ」

「何がおかしい」


 一木が静かに尋ねると、


「おかしい? おかしいのはあなたでしょう。あんなところに、しかももう死んだ人間のために戻るだなんて!」

「我々は自衛官だ。仲間は見捨てられない。君だって自衛官だろう」


 双葉は真剣な顔で言った。


「そうよ。私は自衛官よ。国民を守るのが仕事。今の私たちが守らなければならないのは誰? ナナよ! この子を守るのが今の私たちの義務のはずよ。そうでしょう、一木曹長、五十嵐一曹どの!」


 そして愛おしそうにナナを抱きしめる。


「この子は私が守らなければならないの。なにがあっても、私が」


 五十嵐は困惑して一木の顔を見た。一木は頷き、


「双葉。確かにその子を守るのは俺たちの仕事だ。だが、」

「その子なんて呼ばないで!」


 双葉は金切り声を上げた。


「ナナよ! そう決めたじゃないの」

「悪かった。そうナナだ。ナナを守らなければな」

「そうよ」


 爛々と光る目で、双葉は一木を睨みつけた。


「だいたい、あなたはいつもそう。そうやって正論ばかり言うんだわ。愛情が薄いのよ。あの時だって、私は生みたかったのに! 本当は堕したくなんてなかったのに!」

「まてよ」


 一木はあわてて、


「そんな話を今するな。それにあれはお前も納得してのことじゃないか。家庭よりもキャリアを取ると言ったのはお前だぞ」

「あんなの、本心の訳ないじゃないの!」


 ヒステリックに言い返されて一木は口を閉じた。


「今も同じだわ。ナナのことを考えたら、あんな恐ろしいところに戻るなんて考えられないはずよ。それなのにきれい事ばかり言って。さっき二人を見捨てたことが後ろめたいから助けに行きたいのでしょ。そんなのただの自己満足だわ。この偽善者!」


 一木も五十嵐もこの双葉の突然の変調が理解できずにいた。だが双葉はそんな二人には構わず、腕の中のナナに向かって言い募った。


「ナナのこと見捨てて、どこかに行ってしまうなんて悪いパパでちゅねー、でも、だいじょうぶでちゅよー、ママが守ってあげまちゅからねー」


 まるで赤子をあやすように、体をゆすり、陶然とした表情でナナの頬を撫でる。ナナはそんな双葉をガラスの瞳でじっと見つめていた。


 呆然としている男二人を前にして、双葉はなおも無抵抗なナナを抱きしめ、頬ずりしていた。それは赤ん坊をあやす母親というよりも人形遊びをする幼児の姿に見えた。


 突然音楽が聞えた。それは双葉が持ってる携帯電話の着信メロディだった。その場の雰囲気にふさわしくない軽快なポップスが流れる。


 双葉は当たり前のように通話ボタンを押した。


「もしもし? ああ。ええそう。こちらは大丈夫よ。ええ。ええ。今代わるわ」


 そしてスピーカーフォンに切り替えて、一木に手渡した。

「電話よ。三沢一士(・・・・)から」


 携帯電話からは紛れもなく三沢一士の声が聞えてきた。


「ひどいですよお、置いていくなんてぇ」

「三沢? 三沢一士か。本当にお前か」

「もちろんですよぉ。この声はぼくでしょう?」


 だが一木にはなぜだか違和感があった。間違いなく三沢の声だというのに。いや、そもそもどうして携帯電話がつながるのだ?


「大丈夫だったんだな? 無事なんだな?」


「だからそう言ってるじゃないですか。いやだなぁ」


「今何処にいるんだ、これからお前たちを救出する相談をしていたんだ。そうだ、戸塚くんはどうした。一緒なのか」

「いっしょですよぉ。こっちで、みーんな、みいいーんな、いっしょにいますよぉ。一木さんたちもこっちに来てくださいよぉ」

「こっち? こっちとは何処のことだ」

「こっちですよお。こっち側」

「なに?」

「そちらに迎えが行きますからぁ。一緒にこっちに来て下さいよぉ」


 その声を聞いてはっとなる。一木は固い声で訊いた。


「お前は誰だ」

「いやだなあ。ぼくですよ。三沢ですって」

「嘘をつくな。関西弁はどうした。三沢は標準語など話さないぞ」

「・・・」


 一瞬の沈黙の後、「三沢」は今度は四谷陸士長に話しかけてきた。


「りくしちょぉー、よつやさぁぁん、どうしてぼくを置いていったんですかああ」


 その声を聞くと、鎮静剤で眠っていたはずの四谷がむくりと起き上がった。


「りくしちょうどのぉー、また(・・)見捨てるんですかぁー。たすけてぇ、たぁすけてぇ」


 一木はぞっとして電話を切った。


 四谷陸士長は半身を起こしたままで、真っ青な顔で視線を宙に泳がせていた。その口から嗚咽が漏れる。


「あ、あああ、ああ」


 一木は四谷の元に行くと、その肩を抱いて、


「しっかりしろ、四谷」


 四谷は焦点の定まらない目を一木に向けた。


「曹長どの、自分は、自分は、三沢を見殺しに」

「やめろ四谷」

「あああ、また、自分はまた、見捨ててしまった」

「なにを言っている」

「アフリカの時も、じ、自分は逃げたんです、小隊を見捨てて。もう、あんなことはしないと、そう誓ったのに。自分は、自分は」

「四谷陸士長! どうした、しっかりするんだ。五十嵐、鎮静剤を」 

「三沢一士、すまん、俺が悪かった。いま、いま助けに行くからな」


 四谷はそう言うなり一木の腕を振り払い、立ち上がった。突き飛ばされた形になった一木はその場に尻餅をついた。木々の間を走って行く四谷の背を見ながら叫ぶ。


「まて、四谷、どこへ行くつもりだ、まて!」


 追いかけようと立ち上がった一木は、呆然と立ち尽くしている五十嵐と、ナナと手をつないで立っている双葉の姿を見た。


「さあナナ、私たちも行きましょう」


 そして二人は手をつないだまま、木立の中へと歩んでいく。双葉がナナの手を引いているのか、それともナナが引っ張っているのか。


「まて双葉、行くな!」


 一木は五十嵐に、


「《RCV-6》を守れ、ここに居るんだ」


 そう命じると双葉とナナを追って走り出した。


 呆然と事の成り行きを見ていた五十嵐は、ややしてからはっと我に返ると装甲車の砲塔によじ登り砲手席についた。


「そうだ俺は守るんだ。このRCVを。俺の二十五ミリ砲で。弾種榴弾、装填!」

 五十嵐は機関砲の装填装置を切り替え、二十五ミリ榴弾を装填した。

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