Ⅳ.地獄の業火《ヘルファイヤ》1
「我々は核弾頭を提供する用意がある」
統合指揮所を訪れたデクリオン大佐は挨拶もそこそこに熊谷にそう告げた。
「まってくれ、ジュリアン」
熊谷は少なからず狼狽して、
「まだ《封じ込め》は破られていないぞ」
「A-Recsはこちらでもモニターしている。装甲車が一台侵入しているじゃないか」
「そうだ。だが、外への拡散ではない。《領域》内部への誤侵入だ」
イタリア系のアメリカ人は黒々とした頭を振った。
「そんな話は条約機構の石頭どもには通用しないぞ。それに装甲車には複数の《搾り取られた者》が乗車している可能性があるそうじゃないか。その装甲車が《領域》を出て、外部へ汚染を広げる事態もあり得るだろう。《封じ込め》が破られたことには変わりがない」
「むちゃくちゃだ」
身振り手振りを交えた激しい英語のやり取りを聞きながら、副官の八俣は自分の胃が収縮するのを感じていた。
核攻撃しようというのか。アメリカは日本を。
「私が派遣された意味はわかるだろう、アツシ」
デクリオン大佐は真摯な口調で言った。
「我々は国家よりも人類全体のことを考えねばならない立場だ。そのための地球防衛条約機構(グローバル・ガード・トリーティ・オーガニゼーション)だ」
沈黙してしまった熊谷に、さらに追い討ちをかける。
「それに、米国は確かに核弾頭を使用するが、それは日本政府の要請により、日本政府が指定した地点に核弾頭を提供する、という形になる。国家の主権は守られるのだ」
「詭弁だ」
「むろんだとも。だが――こう言えば理解してもらえるかね。今回の件では中国も核弾頭を『提供』したいと言って来ている。連中は楼蘭の砂漠で実績があるからな」
「砂漠の村とは訳が違うぞ。それに、何を使うというんだ」
「東風3号――中距離弾道ミサイルの用意があるそうだ」
「あんな命中精度の低いミサイルを使うというのか。第一、メガトン級の戦略核じゃないか」
「確かに過大な威力だ。だが確実な方法だと人民解放軍は判断したのだろうな」
真顔でそんなことを言う。デクリオン大佐は続けた。
「我々はトマホーク巡航ミサイルを使う。命中精度は君も知っているだろう。数キロトンの戦術核で《領域》だけを蒸発させることができる。被害も最小限だ。周辺地域の被爆もごくわずかで済むはずだ」
「お前はいつから悪魔の手先になったんだ、ジュリアン」
「わかってくれ、アツシ。俺も辛いんだ」
そして、声を低くして、
「米国内の過去の例でも核攻撃の準備はされていた。幸い《封じ込め》がうまくいったので発動はされなかったがな」
「ウィルス汚染の焼灼という名目だったそうだが」
「そうだ。ピートモンドとシーザークリーク。僻地の村だった」
熊谷はふと眉を寄せた。
「中国の楼蘭といい、今回といい、地方の小村ばかりだな」
デクリオンは頷くと、
「そうだ。小さなコミュニティであると同時に、砂漠や森林、山岳で周囲から隔絶された土地ばかりだ」
「偶然・・・」
「であるわけがない。理由についてはいくつも仮説が提唱されているが、一番有力な仮説は、これが何者かによる《実験》ではないかというものだ」
「《実験》・・・」
「戦略拠点である大都市を攻略するまえに、実験的に小規模なコミュニティを襲っていると考えられている。いずれはニューヨークか、パリ、ロンドン、北京、東京で同様のことが起きるのかも知れん」
「・・・・・・」
「わからないことが多すぎるのだ」
デクリオンは続けた。
「だが何が起きるのかは分かっている。特定の地域を電磁気的な一種のバリヤーで覆い、外界と隔絶させる。そして――方法は不明だが――その内部にいる人間たちを、異常行動を起こさせるモンスターのような存在に変えてしまう。《搾り取られた者》の誕生という訳さ」
「犠牲者たちが回復したという記録はないのか」
「ない」
にべもなく答える。
「記憶も、理性も、感情も、すべての人間性を搾り取られた残り滓のような哀れな存在。そして、外部から進入した人間を見つけた《搾り取られた者》たちは、群をなして襲いかかり、いずこかに連れ去ってしまう」
「それでどうなるのだ? 喰われるのか。それとも血でも吸われると言うのか」
「具体的に何をされるのかはわかっていない。だが、襲われ、連れ去られた人間も次に現れた時には《搾り取られた者》と化している。連中の発生や、その生態については謎が多い」
「問答無用で吹っ飛ばしてしまうからわからんのだろう。知っているぞ、核こそ使用しなかったものの、町ごと気化爆弾やナパーム弾で《清浄化》した例があるだろう」
「マニュアル通りの標準的な対応だ。いまさらきれいごとは言わん」
デクリオンは冷血ともいえる態度で肯定した。
「今回、特定の建物に連中が集まっていたことが確認されたな。もしかすると、これまでもそうした《巣》があったのかもしれん。ある種の社会性を持った昆虫――蟻や蜂のように。そしてその《巣》の中で、連れ去られた犠牲者は新たな《搾り取られた者》として生まれ変わるのかもしれんな」
「ドラキュラ城にさらわれた乙女のようにか」
「うまいことを言うな。じっさい、吸血鬼、生ける死体の伝承というのは、過去にも同様の出来事があった証拠ではないかとも言われている」
「その説は聞いた。悪い冗談だ」
「冗談なものか。襲われた者もまた《搾り取られた者》になる、という事実は看過できん。メカニズムがわかっていない以上、《現象》が収まった後も《感染者》が増え続ける恐れがあるのだからな」
「《感染》なのか。なにか新たな発見があったのか?」
聞き返す熊谷に、
「いいや。ウィルスなどは検出されていない。肉体的には何らの異常もないのだ。医学の見地からは心神喪失状態としか診断のしようがない。だが、それは実際に起こるのだ。襲われた者も同じ異常行動を取るようになる。だから現時点では病原菌と思って対処するしかない。もっとも、最近の科学者どもは《精神汚染》などと言う言葉を使い始めたがね」
「《精神汚染》・・・」
「それと《搾り取られた者》たちには知性が無くても、知性のある何者かに操られているという可能性は以前から指摘されていた」
「《地球外知性体(エクストラ・テレストリアル・インテリジェンス・エンティティ)》仮説か」
「そうだ・・・いや」
デクリオンはふと何かを思い出し、口調を変えた。
「・・・先日、条約機構の研究施設で新しいレクチャーを受けたのだが・・・」
「なんだ。なにか新事実でも」
「そうではない。だが、科学者たちの中から新しい見解が出てきたことを思い出したのだ」
熊谷が訝しんでいるとデクリオンは、
「これまで《現象》は地球外からの干渉である可能性が高いと考えられてきた。だからこそ我々の組織は地球防衛条約機構などと名づけられたのだ。だが」
いったん口を閉じる。
熊谷は、それで? というようにデクリオンの顔を見た。
「だが、本当にこれは地球外からの干渉なのか?」
「なんだって」
「これまでも電磁波異常などの空中現象は確認されている。だが地球軌道外から何らかの物体が侵入して来たことを検知したことは一度としてないのだ」
「ではどこから来るというのだ」
「わからん」
肩をすくめて見せるデクリオンに熊谷は尋ねた。
「地球由来だとでもいうのか」
「わからん」
デクリオンは繰り返した。そして、
「わかっているのは、その何者かは人類とは異なる存在らしい、ということだ。いや」
首を振りながら、
「ほんとうに物理的な実態を持った存在なのかすら・・・最近の科学者たちがなんと呼んでいるか知っているか」
「いいや」
一呼吸置いて、デクリオンは言った。
「《異種知性》」
「なんだと?」
「《現象》の発生には人類とは異なるある種の知性の存在を思わせる。だが、どこから来るのか、何に由来しているのかはわからない、ということだ」
「《異種知性》・・・」
「空飛ぶ円盤に乗った爬虫類型異星人だったらよかったのだがね」
冗談ともつかない口調で、
「じっさい、科学者の中には心霊現象との関係性を云々する者すらいる」
「というと?」
「不可知の存在からの干渉、という意味では同じなのだとさ」
そしてあらたまって、
「これは私の勝手な想像だがね。この一連の《現象》は太古から繰り返されてきたのではないか、と思うのだ」
「今度は古代の宇宙飛行士説かね」
「そんな三流オカルトのいかがわしい話ではない。条約機構の基礎レクチャーは覚えているだろう? 十九世紀末の幽霊飛行船騒動、二十世紀前半の幽霊戦闘機。そして後半のUFO宇宙人の目撃と接近遭遇。これらは実は同一の現象を、その時代時代の人間たちが認識しやすい形に読み替えて理解しているのではないか?」
「・・・・・・」
熊谷はデクリオンの真意を図りかねて沈黙した。デクリオンは構わず続けた。
「《現象》についての研究は二十世紀の後半、冷戦終結の前後にようやく体制が整ったといっても過言ではない。各国政府や民間機関がバラバラに行っていた研究がまとめられ、一九八〇年代に秘密裏に地球防衛条約機構が結成されたのだ。だから、我々が持つ《現象》についてのまとまった知見――つまり科学的価値のある、ということだが――は、ごく最近のものだけだ」
「何が言いたいのだ」
熊谷の問いにデクリオンは答えた。
「だから、この問題はもっと巨視的な、超長期的な視点で見なければならないのかもしれない、ということだ。君はさっき古代の宇宙飛行士説などと言ったが、古代の神話や伝承に、今一度あらたな角度から科学の光を当てる必要があるのかもしれん。そう、我々は、我々の神さえ再定義しなければならないのかもしれないのだ」
「・・・ジュリアン、何を言っている。いったい何の話をしているんだ」
「だから、この《現象》は、当初我々が考えていたような、地球外からの干渉などではない、もっと別の何かなのではないか、ということさ」
「何かとはなんだ」
「知るものか。人類の想像を絶する何か、ということしか言えん」
「・・・軍人の発想ではないな。どのような状況であれ、相手が何であれ、現実の脅威に対処するのが我々の仕事だ」
「そうだとも」
デクリオンは大きく頷いて、
「では目の前の仕事に戻ろうか――迷子の装甲車についてだ」
「RCV一両のために核攻撃するなど容認はできないぞ」
鼻白む熊谷に、デクリオンは静かな口調で、
「これは独り言だがな。もし侵入した装甲車が行動不能になれば《封じ込め》が破られる心配はなくなる。そうすれば核攻撃の必要もなくなる」
熊谷ははっとしてデクリオンの顔を見た。
「確かか」
「神かけて」
「信用できんな」
「では悪魔に誓う、とでも言おうか」
「・・・よかろう」
デクリオン大佐に背を向け、熊谷は八俣に命じた。
「交代の《プレデター2》を爆装せよ」
「本気ですか」
「すぐに入間に連絡だ」
「・・・はい。対戦車誘導弾ですね」
「そうだ」
八俣は手が震えないことを祈りながら、同胞を殺すためのコマンドを端末に打ち込んだ。
COM/IAB/GGS/RDY/P2/ARM/AGM114/EXE
《プレデター2》にAGM114を搭載。待機させよ。




