雪遊び、したって
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遠ざかる背が、雪の上を駆けていく。風に吹かれてぶわりと舞うのは長い黒髪。立ち止まらぬまま振り返った咲は、翠色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「みー! めっちゃ積もってるよ!」
それだけ言って、咲はまた走り出す。この子はいつまで経っても小学生みたいだ。あともう少しで、大学生になるというのに。
「咲、あんまり走ると転ぶよ」
呆れながらそう呼びかけるも、咲にはその言葉が聞き取れなかったらしい。ようやく立ち止まった彼女は、なーにー? と大きな声で訊ねてくる。
「だーかーら、転ぶってば」
積もったばかりの雪はやわらかい。さくりさくりと音を立てて足が沈む。咲はその余韻を楽しむ、なんてことはせず、足元の雪を蹴飛ばして遊んでいた。
「もう、風邪引いたら困るのは咲でしょ」
しゃがみ込んで、触れたのは真白で柔らかな雪。指先はみるみる冷たくなって、感覚はあっという間に鈍くなっていく。何も感じ取れなくなってしまいそうな指先は、けれどじくじくとした痛みを訴え始めていた。
「咲、困んないもん。推薦終わったし」
「……あっそ!」
ぐ、と。指先を深く沈めて抉り出した雪を、ろくに固めることもせずにぶん投げた。きゃー、なんて響く声は本当に嬉しそう。
だからまた、痛くなる。指先とは違う場所が、こっそりと。
「やっぱみーも遊びたいんじゃん!」
眉を寄せて彼女を見たけれど、咲は気にする様子も見せず、雑に握った雪玉をぽいぽいと投げ始めた。けたけたと笑うその声が心臓の裏を叩くような心地がして落ち着かなくなる。
「ちょっと、咲!」
文句を言ってやりたくて、でも、彼女はそれさえ許してくれない。
「先に始めたのはみーなんだからねーっ!」
ばすんばすんとコートに雪玉がぶつかる。無遠慮なその音の隙間に聞こえるのは、やっぱり楽しそうな笑い声。
もうとため息を吐いて腕を上げる。布に寄り添う雪の結晶たちは陽の光に当てられてちかちかと輝きを放つ。誰かの瞳みたいに。
ほう、と。また、ため息がこぼれた。
「さ──」
き、と。続く言葉は、顔面にぶつかった雪玉に遮られた。
「あっははは! みーのまっぬけー!」
「……んの、馬鹿咲!」
ははは、なんて。心底おかしそうに笑いながら咲は私を見ている。ちか、と。翠の瞳がまた、光った。
「……ほんと、馬鹿」
呟いて、心臓の感覚の意味に思い至る。
──嫌い。
そう、嫌いなんだ。
だからこんなに、痛くて落ち着かなくて、苦しくなるんだ。
かじかむ指先で雪をかき集める。まだ塊になりきっていないのにそのまま咲へとぶん投げる。ろくに固まっていなかった雪玉は空中で崩れてしまう。光る。雪の結晶が。光ってる。太陽が。光って光って、眩しい。
その、翠の瞳が。
変わらないのに。
いつまでもずっと小学生みたい。子供っぽいまま。ずっとずっとキラキラ輝いてる。
変わってしまう。
勉強、いつの間にできるようになったの。大学、私と違うとこじゃん。なのに変わらないみたいな顔してんの、ほんと腹立つ。
本当に、大嫌い。
「みー!」
そうやって、笑わないでよ。
変わらない笑顔で。
輝く瞳で。
そしたらさ、変わらないって勘違いしちゃうじゃんか。