介護ドロイドは電気アンマの夢を見るか?
——この小説をフィリップ・K・ディックに捧げる——
そろそろ足腰の弱りはじめた祖父母のために、わが家でも介護用ドロイドを購入することになった。
介護用といっても使い道はさまざま。
炊事洗濯もすれば料理もつくる。
乳幼児の面倒だってみる。
あと特殊な使い方ではあるけれど、こっそり夜のお相手をさせるなんてことも……。
そして待ちに待った配達日。
共働きの両親に代わって、大学夏休み中のおれが商品を受領することになっていた。
のだが……。
「ええっ、なんだよこれ?」
あきれ顔のおれを見て、納品にやって来た営業レディはさも不思議そうに首をかしげた。
「どこかお気に召さない点でも?」
「いやお気に召さないもなにも……」
「あ、なるほど」
営業レディはポンと手を打った。
「ナース服のスカートが短すぎるということですね?」
「いやそこは問題ない。というかむしろもっと短くてもいいくらいだ」
「ではこの白いニーハイソックスが、あざと過ぎると?」
「あざと過ぎないっ。ナースなら白いニーハイソックスは必需品っ」
「じゃあ……なるほど分かりました。このゆるふわツインテールと猫耳カチューシャがいけないんですね」
「そこ変えちゃダメっ。直球どストライクなんだからっ」
営業レディは困ったような顔になった。
「ではどこがダメなのでしょう?」
おれは彼女の横に立つドロイドを指さして言った。
「だから、なんで男の子なわけ?」
「……と申しますと?」
「ふつう、こういうものは女の子と相場が決まっているでしょう」
「契約書には、男女の指定はありませんでしたけど」
「いやたしかに書いてなかったけどさ。でも商品名が白衣の天使きゅるるん18号なんだから、そこは美少女ドロイドを想定するのが当然の流れじゃないですか」
「お客さま、それは偏見というものです」
営業レディはさっと眼鏡の縁を持ちあげ、おれを睨みすえた。
「いいですか。今世界の大きな流れはジェンダーレス社会の実現へと向かっております。しかるにわが国のジェンダーギャップ指数は世界153ヶ国中121位とかなりの低水準、世界的に見てもわが国は男女格差の大きい国といわざるをえません。本年度まとめられた男女共同参画庁の報告によりますと男女格差が生まれるおもな原因として昔ながらの社会通念やしきたりまたは企業中心の価値観などがあげられ、政府としても男女の完全な平等の達成に貢献することを目的とした――」
「で、本音は?」
「少年ドロイドの在庫がダブついてまして」
「やっぱりそれか」
「ああっ、誘導尋問するなんて卑怯ですう」
彼女は赤面しながらコホンと咳払いした。
「でも見てくださいよ、この水もしたたる美少年ぶり。まるで少年時代の岡田◯生みたいじゃないですか」
「いやたしかに美少年ではあるけどさ」
「しかもムダ毛をきれいに処理してあるツル肌プロテクト仕様」
「まあたしかに肌はきれいだけどさ」
「まつ毛は通常の三倍の長さでくるんとカールして、つぶらな瞳は永久アイプチ加工」
「だから見た目はきれいだけど、そういうことじゃなくって」
「わかりました。試しにちょっと起動させてみますね」
「あっ、おい――」
止める間もなく彼女は、少年のうなじにかくされたスイッチを押した。
ウィーン、とコンデンサに通電する音がして、少年の目が瞬きをする。
やがて変声期前の少年とも少女ともつかない中性的な声で、彼はにっこりと微笑んでみせた。
「はじめまして。今日からご主人さまのお世話をさせていただく白衣の美少年きゅるるん18号です。男の子なので胸はないしお尻も小さめですけど、これから精一杯ご奉仕させていただきますので、なんなりと御用をお申し付けくださいね」
最後の「ね」でウインクしたとき、おれの心の琴線になにかが触れた。
……アリかも。