⭐︎・砦(2 二の長の話)
「休眠に入るまでのことは覚えているわね?」
二の長が尋ねる。ビューはうなずいた。
ビューが小惑星の先のない未来を見てからは、考えること、決めること、やらねばならぬことが降るようにあった。まず、ビューの見た未来が本当かどうかを確認し、それでも「子どもの見た夢」で片付けたがる者を説得しなくてはならなかった。
そして、脱出の手段を確保しなくてはならない。
彼ら全員が乗れる宇宙船は、この星への移住を余儀なくされたときのものしかなかったが、あのときより人口は減っていたから、船のスペースとしては問題なかった。彼らの仲間は減る一方だったのだ。
宇宙船はメンテナンスしなくてはならなかった。技術者はすぐに取り掛かったが、全員が脱出すればそれで終わり、というわけにはいかないのだ。
小惑星は人の住む惑星に衝突する。これだけの大きさの小惑星が衝突したら、惑星がこうむるダメージははかり知れない。衝突後の気候変動や、衝突時に発生するに違いない大規模な火災による大気汚染を、人間が生き延びることは不可能かもしれない。
惑星の人間などかまうことはない、と言う者もいた。
あそこにいるのは、超能力者を異端として追放したやつらの子孫だ。こんな冷たい、不毛な小惑星で暮らすことになったのは、あの連中のせいなのだ。やつらはやつらで、自分たちの未来を破滅から救えばいい。
惑星でも、もうすぐこの小惑星が自分たちの星に衝突することに気づくだろう。はるか昔から、隕石や小惑星の衝突を監視するシステムができているのだから。
彼らはそのとき、ここに追放された超能力者が住んでいることを考慮するだろうか。多数の住民とひとつの惑星を救うためには、やむを得ない犠牲だと考えるのではないか。そして、小惑星を破壊して衝突を回避しようとするのではないか。
たくさんの星がばらまかれたように散らばっているこの小惑星帯で、正確にひとつの星を狙って破壊するのは難しい。惑星に近づけばもっと容易になるが、破壊できてもそのかけらによって、小規模な衝突は起きるだろう。
仲間たちは、知識として追放の歴史を知ってはいても、それを実際に覚えているものはすでになかった。ビューのような子どもたちに、恨みという負の財産を引き継がせていい理由はあるだろうか、と一の長は考えた。衝突するはずの惑星に住む者たちが自分たちを追放したわけではなかった。
結局、一の長の意見が通ったのだった。仲間たちが船に乗り込んだあと、皆は自分たちの能力を使って小惑星を破壊することになった。追われる原因となった超能力で惑星を救うのだ。
小惑星には、爆薬のたぐいはわずかしかなかったが、それらを効果的なところに仕掛け、宇宙船から思念の力を合わせて起爆させる。彼らの思念は爆薬の効果を高め、小惑星を形成する岩や水の分子を揺り動かして、一層破壊を進めるはずだった。惑星との衝突は回避される。
準備が整うまでには、長い時間が必要だった。子どもだったビューも、もう少年になっていた。
「……一の長は、追いついては来ないんだね?」
ビューが言うと、二の長はうなずいた。
「ワープした宇宙船のあとを追ってくるのは、無理だろうと私たちは思っている。一の長の体は休眠している。葬ることができないのは、万にひとつの可能性があれば、彼なら逃さないだろうと思うからよ。でも……」
一の長は、小惑星の破壊を見届ける責任を引き受けたのだった。
「軽はずみだったのだ、一の長は」
三の長が、つぶやくように言った。
「すべてが成し遂げられたことを確かめる責任は、確かにあったかもしれない。それはあの方が言い出して決まったことでもあった。だが、我々の一の長として、ワープに間に合うよう戻る責任のほうが大きかったはずなのだ」
ビューは何も言わなかった。体が弱かったせいで、ほとんどの時間を自分の部屋で過ごしていた彼にとって、一の長は一番よく会う人間だった。実の両親と顔を合わせることはあまりなく、一の長だけが毎日、ときには日に何度もビューのところへ来た。誰よりも身近な存在だったのだ。
責任などはどうでもよかった。ただ、あの老人がいないのが寂しかった。
「私たちの多くがジャンプのあと休眠に入ったけれど」
二の長は、三の長の言ったことには答えずにそう言った。
「船内の管理をする技術者の何人かは、しばらく目覚めていた。私は、技術者をのぞいては、最後に眠りに入ったひとりなのよ。みんなの中では、起きていた時間はきっと私が一番長いわね。考える時間もたくさんあった。だから年をとったけど」
二の長は、三の長のほうを見た。
「一の長の本質には、小さい子みたいに好奇心旺盛で、なんでもまず面白がるところがあったのよ。あなたはそれを『軽はずみ』と言うけれど。あの人は、あのままでは衝突がなくても私たちの未来は暗いと思っていた。仲間の人数は減るばかりで、やがて誰もいなくなる。彼は、あれを、未来を変えるチャンスだと思ったかもしれない。そして、星ひとつ破壊するというもくろみに、実はわくわくしていたのかもしれない。……不謹慎かしらね」
二の長は、ちょっと笑った。
「確かに、それは一の長としてはあるまじきことなのかもしれない。でも、あの人のそういうところは、長として大切な資質でもあったのだと思うの。好奇心と、わくわくする心がなかったら、私たちは停滞してしまう」
三の長は、考えるように目を伏せた。
「船にトラブルが起きて、自動的に技術者と私たちの休眠が解けた。あのときのことは、あなたも覚えているわね」
三の長はうなずいた。
「あれはひどかった。休眠の消耗から回復する暇もなかったからな」
「それは誰も同じだった。でも、あなたも技術者たちも頑張ってくれたわ。私たちはなんとか最初の設定通りの星に向かおうとした」
その事情は、砦の者たちは承知していただろう。二の長は、初めて目覚めたビューのために話していた。
「この星の同一軌道上に、もうひとつ惑星があった。一の長が計算した座標はそっちを示していたの。太陽をはさんで対極の位置にあるので、この星からは決して見えない。問題はね、対極なのは位置だけではなかったということなの」
二の長は目を閉じた。
「ビュー、私の意識を探ってくれていいわ。あなたは最年少だけれど、能力は最高。無茶をしないことはわかってる。私は技術畑の人間じゃないから、受けた説明をたどたどしく口でくりかえすより、直接意識を見てくれたほうがよくわかると思う」
ビューは、二の長の信頼に驚きながら、少し嬉しくなった。
「うん」
ビューは心の触手を伸ばして、二の長の意識に触れた。