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⭐︎・砦(1 ビュー)

 ビューは、小さな窓から外を見ていた。少年は、今日も塔に来ている。


 彼は、僕と同じくらいの年ごろだろう。まあ、見かけじゃわからない。もしかしたら、むこうのほうが少しばかり年下かもしれない。僕は、年齢どおりに成長するには弱すぎたから。それに、年齢なんかにたいした意味はない。


 窓のそばに寝椅子が寄せてある。ビューは一日のほとんどをそこに横になって過ごす。

 毎日塔にやってくるあの茶色の衣の少年のように、草を踏んで走るのはどんな気分だろう、と思うこともあったが、自分の体力でそんなことをするのは不可能だということは、誰よりもビュー自身がよく知っていた。


 病気というわけではない。弱く生まれついたのだ。高い超能力と弱い体を持つビューのような子が生まれたのは、近親婚を繰り返すしかなかった彼らの仲間の宿命だったのかもしれない。ビューは、一族の中で一番若かった。最後の子どもだったのだ。


 ビューの体力は、今は特に衰えている。長い眠りから覚めて、まだ日が浅いからだ。


 ビューは、これまで都から遠く離れた西の海で眠っていた。この、果ての海の底に「船」が沈めてあった。海の底は宇宙に似ている。無音の闇の中に、浮くものがあり、光るものがあり、ときおり思いがけないものが通り過ぎる。星々の間を旅してきた船は、半球形のバリアに守られて、もう長いことそこにあった。

 船の中には、まだ仲間たちが眠っている。


 長い、長い眠りだった。別の星系にある彼らの故郷、あの小惑星を出発してからずっと続く眠りだったのだから。

 宇宙旅行の初期に開発された冷凍冬眠では、こんなに長く眠ることは不可能だったろう。不活性ガスを充填したカプセルの中で、コンピューターに制御された「休眠」は、体の組織にかかる負担が少なく、かなりの長期間にわたる眠りが可能となった。冷凍冬眠だったとしたら、ビューは再び目覚めることはできなかったかもしれない。


 西の海と都は遠く離れていたが、それは彼らにとって問題ではなかった。船と砦とは、移送装置と呼ばれる瞬間移動の仕組でつながっていたからだ。この装置があれば、誰でも一瞬にして長距離の移動ができる。

 丘の上に見える砦の建物は、平屋のこじんまりしたものだったが、その地下には通路が掘り抜かれ、移送装置をはじめ、コンピューターやホロデッキなどが備えられていた。もともと小惑星の岩盤をくりぬいて地下を居住地としてきた彼らにとって、ごく自然にできた形だった。


 あのまま船で眠っていたかった、とビューは思う。休眠している間は、外からの刺激がない限り夢を見ない。こうして起こされて、いわゆる「生活」がはじまると、夜の眠りの中に夢がしのびこむ。

 ビューは夢を見たくなかった。


 あれは、ほんの子どものころだった。ビューが破滅を夢に見たのは。


 ビューの仲間たちは、惑星の間を帯のように流れる小惑星帯の中のひとつに住んでいた。そういうことになったいきさつは、仲間たちの悲しく辛い記憶となっているが、生まれたときからその小惑星しか知らないビューにとっては、故郷といえばそこ、不毛な岩の塊としか見えない小惑星だった。


 小惑星帯をはさんでいる、ふたつの大きな惑星の重力は、絶えず小惑星帯に干渉している。そのため小惑星の軌道は、宇宙をめぐりながら微妙に変わっていく。そして、ぶつかり合うこともある。


 ビューの夢は、熱気と衝撃、そして破壊だった。

 自分たちの住んでいる星が、惑星に衝突する。


 ビューは、燃える火の玉となって惑星に落下していく小惑星を見た。小惑星は落下の途中でいくつかに砕け、彼の耳には、星の内部で暮らす仲間たちの悲鳴まで聞こえるような気がした。

 その夢を見たとき、ビューも悲鳴をあげたのだろう。気がつくと、かたわらにいちおさがいて、目を閉じてビューの額をおさえ、なだめるようになにかをつぶやいていた。


 悲鳴をあげることはなくなったが、ビューは今でもあの破滅を夢に見ることがあった。



 茶色の衣の少年が、塔の窓から顔を出している。下の草地には誰か来ている。


 ああ、あのまるいのだ。同じ茶色の衣を着た青年。


 ビューはふたりが歩いていくのを見送って、それから殺風景な石の天井を見上げた。都の住人は、ここを「砦」と呼んでいる、と仲間のひとりが教えてくれた。


 一の長。一の長がいてくれたら。


 一の長の能力は、彼らの中で抜きん出ていた。その一の長は、小惑星からの脱出のとき、船に戻れなくなってしまった。

「死んだ」という言葉は誰も使わない。戻れなくなったのだ。一の長は、意識を体から切り離して宇宙空間に浮かべ、小惑星の最期を見届けていた。彼は、船がワープに入る前に意識を体に戻さなくてはならなかったのに、間に合わなかった。


 一の長の体は、西の海の船の中で休眠している。意識のないままからっぽになった体は、きわめてゆるやかな代謝を続けて肉体の生命を保っている。


 はっきり口に出したことはなかったが、一の長が、自分の後継者にビューを考えていたことはほぼ間違いないと思われていた。二の長、三の長より、はるかに優れた能力をビューが持っていたからだ。そして、あの小惑星に住み続けていられたら、それはきっと本当になっただろう。あそこでなら、ビューは星の内部に造られた低重力の部屋で、かなり自由に、疲れずに、動きまわることができた。そうしながら少しずつ筋力と体力をつけることも可能だっただろう。


けれども、あの星はもうない。


(ビュー)

 二の長の思考が聞こえた。

(話ができる? できるようなら迎えに行くわ。三の長も調子を取り戻したようだから)


 三の長は中年の男性で、これまでにも何度か目覚めてこの砦で暮らしたことがあった。本来なら、今は西の海で眠っているはずの期間だったが、今回ビューとともに目覚めることになった。

 このように、能力の高いものを目覚めさせる決定がなされたというのは、何か重要なことが起きつつあるということにほかならない。


 ビューは目を閉じた。

(うん。待ってる)

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