⭐︎・砦(5 告知)
「調子はどう?」
二の長が長椅子のかたわらにすわる。ビューは、ちょっと頭をねじって長の顔を見た。
「いつもと同じ。ってことは、たいしてよくもないってことだよ。でも、星系図をつくるくらいのことはできるよ」
二の長は、病気の子どもを見るまなざしでビューを見た。ビューの青白い頬に血が昇った。
「大丈夫だよ。僕を気の毒だと思ってるわけ? それでも、その気の毒な子どもの能力に頼らなきゃ先に進めないなら、せめて仲間だと思ってくれよ」
二の長は微笑んだ。
「すまないわね。もちろん、あなたは仲間よ。でも、時が来る前に目覚めさせられることになったのは、気の毒としか思えない。それは本当。あなたに替わる超能力者がいないことも、気の毒だと思う。あなたひとりで重圧をしょいこんでいるんだから。でも、あなたの体を案じるのは、私のわがままかもしれない。もしかしたら、あなたのほうで、私たちを仲間だと思う義理はないのかもしれないわね」
ビューは目を閉じる。二の長が、意外にビューのことを理解しているようで、ほっとすると同時になんだか腹立たしい気分になった。
僕を一番わかっていた一の長は、戻ってきてくれなかった。
「ややこしいことはどうでもいいよ。星系図は、たぶんもう少しなんだ。なんていうか、まだ『これで完了!』っていう気持にならない。わかる? 完成したら、感じるはずなんだ。そういう……」
ビューが、小さい音をたてて両手を軽く合わせてみせると、長はうなずいた。
「よくわかるわ。急ぐことはない。……わたしは、それとは別に、あなたに相談したいことがあってここへ来たのだけど」
ビューの目が大きくなった。
「相談? 僕に?」
二の長は、真面目な顔をしていた。
「星系図ができたら、私たちはここを離れることを考えなきゃならない。もちろん、戻って来ない仲間たちのことはあるけれど」
「戻って来ないのは七人だっけ?」
長はうなずく。
「そう。それも、前に話した季節のめぐりで考えると、もう三十回近くも前のこと。あのころ、きちんと彼らを捜索するための人出を割くことはできなかった。私もできる限りの思念を送ったけれど」
二の長は、ふっと黙り、やがて言葉を続けた。
「彼らは、自分たちの心に蓋をしていたと思う。私の思いが聞こえないように」
ビューは、長を見た。
「彼らはあれから休眠に入っていないから、三十の年を重ねているはずね。そういうリスクだって承知している人たちだった。それでも彼らは、私たちのところから出て行きたかった。それを認めるまでには、ちょっと葛藤があったけど」
長は、ひとつ息を吐いた。
「もしかしたら、ほかにも出て行きたいと思っている者がいるかもしれない」
ビューは、外の世界のことを考えた。開けた空の下で、草を踏んで暮らすこと。
ふと、何かを思い出しそうな気がした。
「でも、今はそのことでもないの」
二の長が、ビューの記憶をさえぎる。
「私たちは、告知をしなくちゃならないのじゃないかしら」
「告知? 告知って誰に? なんの告知?」
「都の人々に」
ビューは首を振る。
「だって、来たときだって、告知なんかしなかったんだろ」
「あのときは、私たちにもゆとりがなかった。私たちに不審を抱く人たちの、その不信感をとりのぞくのが精一杯だったし、それだって完全じゃなかった。大きかったのは、司会議の人たちが私たちを調べに来たことだった。私たちは、司たちをちょっと『押した』のよ。司たちがこちらを認めるように。ここでは、司と呼ばれる人たちは、それなりに影響力があるので、都の人々も私たちに慣れていった」
二の長は続けた。
「あなたは目覚めてまだ日が浅いから、この砦もそんなに古くないと思うかもしれない。でも、私たちがここに居を構えてから、長いときがたってしまったのよ。すでに、都の人々は、私たちがここにいることを当たり前だと思っている。受け入れているとは言えないけど、風景の一部みたいにね」
二の長は首を振った。
「……だめね。私たちは、黙って消えるわけにはいかない」
「でも、黙って消えたって、別にどうっていうことはないんじゃないの?」
ビューが言うと、二の長は目を伏せた。
「たいしたことじゃないかもしれないけれど、それでも私たちは、ここの人々と細い糸のような信頼を結べたと思う。だから、なにか悩みごとがあるときここに来る人がいた。それに対して黙って消えるというのは……」
二の長は、目を上げて微笑んだ。
「論理的ではないけど、失礼な気が私はするの」
二の長は、最初に都へやってきたうちのひとりだった。強いテレパスだったために、街に出ることはほとんどなかったのだが。
「ほかの人にも相談しなくちゃならないことだけど、どうやって告知するか、そこに筋が通れば、賛成してくれる人は多いと思う」
二の長はビューを見た。
「あなたはどう思う?」




