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5・要の星(2 風の司)

 テンを部屋の床におろして、梧桐は巻いた紙の束を抱えた。塔から観察していた星の動きを記したものだ。


 司様は、これを見てどう思うだろう。


 梧桐は、ぎゅっと紙束を握りしめた。


 俺が間違っているのかもしれない。なんといっても手作りの木枠だし、糸は夜露でたるんだかもしれない。いや、間違ってたっていいんだ。自分が正しいと言ってもらいたいんじゃなくて、本当のことが知りたいんだ。


 梧桐は頭を強く振ると、額に落ちてきた髪をかきあげて、部屋を出た。


「梧桐か。なにをしとった」

 梧桐の顔を見ると、風の司はぎょろりとした目を白いもじゃもじゃ眉毛の下から光らせた。

「遅くなってすみません。テンを部屋に入れて……」

「まあいい、まあいい。わしも、忙しいような気がしてはおるが、実際のところ寸暇を惜しんでやらなきゃならんようなことはひとつもない」

 司は目の光を和らげてそう言った。


 司の居室は二階の突き当たりにあって、ほかの者の部屋よりは広かったが、いたるところに岩石のかけらや、石化した昔の動物や植物が入った石、あちこちからとってきた土のはいった瓶などがごたごたと積みかさなり、そこに書物やなにかの書き付けが加わって、空いている場所はむしろ屋根裏の梧桐の部屋より狭いほどだった。


「そこになにを持ってきた。話とはそのことかね?」

 梧桐はうなずいて紙を抱え直した。

「あの、要の星のことです。書物には、要の星は動かない、と書いてあります」

「そうじゃ」

 梧桐は、つばきを飲み込んだ。


「わたしは、夜、塔に……あの、丘の近くの昔の観測塔に登って星を見たんです」

 もじゃもじゃの眉の片方がぴくりと上がったが、司はなにも言わなかった。

「書物に書いてあることを確かめたかったんです」

 

「五枚あります。塔に五晩登って、一枚ずつ描いてみたんです」

 梧桐は、あれこれものが置いてある司の机の上に、用心深く紙を広げた。

「真ん中に、二重丸にしてあるのが要の星です」

 司はちょっと目を細め、体を反りかえらすように遠ざけて紙を見た。

「前に、塔の窓に木枠をはめるお許しをいただいたことがありました」

 司は目をあげて梧桐を見た。

「その枠に糸を張って、それを目安にして……」


「ふむ」

「時間の経過も書き込んであります」

「ふむ」

 司は、しばらく無言でそれを見た。


「ふむ。なかなかきちんと観測したようじゃな。おまえが書物をまる写しにしたというのでもなければ、星々がきれいに円を描いておるのがわかる」

 梧桐は、もう一枚の紙を広げた。

「書物から写したのはこれです。塔で記した紙と同じ大きさになるように書き写したんです」

 司は、新たな紙を見た。最初の五枚と同じように見えた。


「これと、こっちの塔から見て描いたのと、要の星のところを重ねて、日に透かしてみてくださいませんか」

 司は、なにかいたずらをしかけられるのではないか、というような目で梧桐を見てから、言われたとおりに二枚の紙を持ち上げた。


「おまえが描いたほうは、円弧がずれておる」

 しばらくして、司は言った。

「重なっている部分もあるし、わずかな違いではあるが、正しい線とずれておる」


 正しい線。


 梧桐は、丸まりそうになる紙を手のひらで押さえた。

「わたしも、自分の描いた線が間違っていると思いました。それで、五枚描いたんです。でも、どれも同じようにずれてしまう。描いたのは五晩で五枚ですが、観察はもっとやりました。……それで……」

 梧桐は、ちょっと言い淀んだ。

「円弧がちゃんと重なるようにすると、要の星の位置がずれるんです。中心からほんのわずかですが。……それで……要の星が、ほんの小さな円を描いて動いているなら……わたしの描いた線は間違ってないかもしれない……」

 梧桐の声が小さくなった。

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